帝国からの亡命者
前回のあらすじ
大幅に人口を増やしたワールドン王国。病院、医師、薬の全てが不足しています。
そんな中で薬の入手が妨害されている状況も続き、医療崩壊一歩手前です。
「んー、長くなるから詳細は後日会議で話すよー」
「要点だけでも今すぐヨロ!」
ルクルは一旦作業を止めて、ジャックにお茶を用意させた。
僕もカップを受け取る。湯気からは柔らかい酸味とほのかな甘みが漂っていた。
(このアップルティーいいなぁ。お土産に貰ってこ)
口をつけて落ち着いていると、ルクルが会話を切り出す。
どうやら、カービル帝国からの大量の亡命者と、妨害工作があって、それが微妙に厄介らしい。
「亡命者のほとんどが病人なのと、病気の子供だからさー、人道的に追い返す訳にもいかないじゃんー?最低限の治療をしようと思えば、薬が地味に削られるんよねー」
「お薬足りなくなってるの!?僕の国民には足りてる?」
「だからさー、足りないって言ってるじゃんー話聞いてるー?ただ、腹痛関連の薬はクシマっちの研究結果のおかげで、なんとか足りてるよー」
薬学に精通しているクシマが活躍しているそうだ。
クシマは虎柄の猫魔族だ。カルカンの1つ下らしい彼は、めっちゃトスィーテちゃんに惚れている。
カルカン曰く「悪い奴じゃないけど、話のネタに余計な事まで喋りすぎる問題児」だと言っていた。
クシマの研究である、腸内環境を整える微生物や善玉菌。それらを黄金聖水で培養して、量産するという新研究は大きく花開いたんだとさ。だから腹痛のお薬だけは数が足りている状況だった。
更にルクルが話を続ける。
「輸入品への妨害工作は人的被害も、インフラ被害も全く出てないから安心しなよー」
「そうなんだ良かった。じゃあ被害ゼロ?」
「んな訳ないじゃんー。いやぁ、ドウエン将軍は手ごわいよね。こっちが困ると分かっててやってくるんだからさー、薬だけ狙い撃ちだよー」
妨害工作は至極単純で簡単な物ばかり。泥水や汚物などを品物に大量にかけて回る行為なだけ。粉末や錠剤のお薬は全滅だ。液状のものもダメになったのもあるそうだ。
素材や食料品はよく洗って加熱処理すれば一応使えなくもないけど、そっちは精神衛生にダメージくるからね。元が汚物まみれだったのを知っていて、平気で摂取できる人はそう多くない。
廃棄は勿体ないので、家畜肥料・養殖研究、それから研究実験・薬効検証に使われる予定との事。
ロイクブーケ村出身のオールレーと、猫魔族のクシマが中心になって再利用は推し進めているみたいだ。
オールレーはスリックバックの髪が痛むのも忘れて再利用研究に没頭しているらしく、周囲が心配している。母親を病気で亡くした過去を持つ彼は、並々ならぬ気迫で取り組んでいるんだ。
(せめて、黄金聖水だけでも差し入れをしようっと)
残りは後日の会議でって事になって、僕はガトーと一緒に重機のお仕事に向かったよ。
「吾輩達……ついにやったなにゃん」
「うん!二人はブラドラの感動の最終回だよ!」
王都復興計画の僕らが担当している重機作業は、ついに終わりを迎えた。元々あった施設に加えて野球場まで用意したんだ。と言っても細かい仕上げ作業は残っている。後はボンや大工の皆さん達にお任せする事になっているんだ。
今日は気分よく打ち上げだよ!
「あ、御二人共、こちらでやしたか。旦那からノルマカードを預かってやすぜ」
「なぁワドよ。吾輩、なんだかとっても嫌な予感がするぞにゃん」
「奇遇だねガトー。僕も嫌な予感しかしないんだけど?今、確かに終わったよね?」
ボンからノルマカードを受け取り、折りたたまれているそれを開き、二人で覗き込んだ。
「……これ、本気なのかなぁ?どう思う?」
「さーて、これはドラゴンへのノルマみたいだし、猫魔族である吾輩には関係ないぞにゃん」
「いやいやいやいや、ガトーはドラゴン省大臣でしょ!逃げないで!僕を一人にしないで!」
感動のフィナーレだと思っていたら、イキナリ次シーズンの放送が決定したブラドラだよ!もう何クール目か分かんないよ!
ーーードラゴンへのノルマカードVTRーーー
『やぁやぁ、愉快なドラゴンさん達。放送終了したと感動して、油断した所で悪いんだけどさー、円盤の売り上げが好調だから、次シーズンが決定したよ!嬉しいかなー?ホバーバスの基礎部分をざっと1000台ほど仕上げてよねー』
ゼロの多さに、顔が少し引きつる二人。
『うん?喜んでやってくれるってー?助かるーぅ!』
勝手な了承に、目を丸くする二人。
『あ、ついでだけどさ、メイジー王都までリニアモーターカーの線路を敷くから、作っといてね。最終的にはブールボン王都までだからって事でヨローー』
((な、なんだってー!?))
ーーードラゴンへのノルマカードENDーーー
ホバーバスは……まぁまだ良い。輸出分もあるし、国民も増えたから予想はできた。思っていたより数が多いけどね。
問題は、ついでにって言っている方。ついでにって量じゃない。メイジー王国の王都までどれだけ遠いと思っているの!?マジありえないんだけど!?
しかもブールボンまで敷くとか書いてある。見間違いじゃないかの確認の為に、僕は五度見したね。
さっきから、ガトーが「いくらなんでも鬼畜すぎる休みが欲しいぞにゃんーーー」って騒いでいる。僕は寂しい気持ちで、免除する旨を伝えた。
「ガトー、線路は大変だからさ、僕がやるよ。ガトーには凄く迷惑かけちゃったし、休んでて……」
「おい!遊ぶ時は遊ぶ。線路作る時は作る。一緒にやるぞにゃん」
「でも……でも……」
「でもでもうるさいにゃん。友達だから一緒にやるぞにゃん。で、今日は楽しく打ち上げだぞにゃん!」
ガトーは腕を組みながら明後日の方向を向いて喋っている。顔がほんのり赤い。僕は照れている友達の、その優しさに甘える事にした。
その後はストローも呼んでプチ打ち上げをしたけど、ストローから「こっそりお金を工面するんで、王都復興の鍋パーティーをやりまへんか?」という提案をされたよ。
財務大臣代理の職権乱用な気がしないでも無いけど、僕とガトーは二つ返事で頷いた。
翌日は改めて幹部会議を開く事になっている。議題は当然カービル帝国関連だよ。
「じゃあ、回した資料に良く目を通してねー」
回ってきた資料に目をやる。ん?ガトーからの小さな手紙もあるな……って中身はクロスワードじゃん。
しかも「解けるもんなら解いてみろにゃん」と不敵なメッセージつきだよ。僕は会議そっちのけでクロスワードに夢中になって……
「で、ワドは聞いてたのかなー?」
「……き、聞いてたし?ちゃんと分かってるし?」
僕の目が泳いでいたのを、皆がジト目で見ている。
そこに左隣から、袖をクイクイっと引かれた。
「・・・・・・、・・・・・・・・・・」
「・・・・・、・・・・・・・・」
エリーゼから会議の内容を【伝心】で読み取る。
食料品は国内で賄っているので足りるし、よく洗って加熱処理をすれば使える輸入品も多い。そっちの被害は問題ない状況。
問題なのはやはりお薬。国土が小さいワールドン王国では、採れない素材が多いのだ。それは魔獣にも同じ事が言える。だから輸入品のダメージは、ほぼほぼお薬に帰結している状況。
それと、カービル帝国からの亡命者も殺到している。要はザグエリ王国のパクりなんだろう。だけど、その手口がより悪辣になっていた。
命からがら逃げてきたその平民達は、冤罪で国を追われる身となった人達だ。ここで追い返すと待っているのは処刑である。
数は約1000人。頑張れば受け入れられない数じゃ無いから、受け入れる事にしたよ。でも、彼らのほとんどが持病持ちであったが為に、それもお薬が減る原因になっている。
やり方が陰湿すぎて、僕は嫌いだなカービル帝国。
諸々の管轄は役場預かりって事で、ルクルに一任する流れで会議は終了したよ。
いや、一応は僕も何か力になれないかと提案したんだけど、勘違いで余計な事をするから要らないって、拒否られたん……酷いよね。
そんで別の仕事を積まれて、更に国民の為に何か新しい娯楽を考えろと突っ返されている。いや、線路だけでも大変なのに、流石にさ……鬼畜すぎないかな?
それぞれが仕事へ向かい、会議室はまばらになって来た。まだエリーゼが残っていたので、会議中のヘルプについて感謝を伝える。
「さっきはありがとね。エリーゼのおかげで助かったよ」
「~~~~っ!も、勿体ないお言葉ですわ!あ、それとクロスワードの答え合わせしますわ!」
どうやらエリーゼもクロスワードの紙をチラ見していて、答えが気になっているみたい。
そこにスッと現れたのがカルカン。
「私も、答えには自信があるのにゃ」
「ふむふむ、僕だって負けてないと思うんだ!」
それぞれの仕事場に向かう途中に、エリーゼと3人で答えを出し合ってみたけど、全員の答えがバラバラだった。
横の三文字の所が難しくて、エリーゼは「気合いですわ」カルカンは「きづち」僕は「ガツン」って埋めたんだけど、全く合わない。
ガトーがこんな鬼畜問題を作れるなんて、悔しい。
「んにゃ?それは違うのにゃ。この問題はガトー様作じゃないと思うのにゃ」
「じゃあ誰が作ったと思うのさカルカンは」
「そんなのルクル氏に決まってるのにゃ!」
ルクルは僕が会議聞いていない事を叱っていたのに「そんな訳無いじゃん」と思いながら、先に作業現場へ来ていたガトーに答えと出題者を尋ねてみる。
「あー、カルカンは言ってしまったのかにゃん。ちなみに答えは『ガベル』だそうだぞにゃん」
「え?ルクルが出題者なの?」
「実は……」
僕が気に病むような事が起こっているから、ひたすら忙しくして気づかないようにしようとしているんだと。
僕が暴走しないと信じて貰えず、しょんぼりと肩を落としていたら「仕方ないにゃん」とガトーが隠していた事実を教えてくれたよ。
(そ、そんな事になってるなんて……)
「いいか、吾輩から聞かされたと言うなよにゃん。それに暴走してカービル帝国へ神罰してもダメだぞにゃん」
「う、うん、そんなの分かってるよ!」
そうは言ったけど、僕は「僕に何ができるか」を必死に考えていたんだ。
答えがあわなかった三文字のお題は「裁判官が叩いて音をだすアレは何?」です。
ちなみにエリーゼは、三文字の回答に「気合」「いで」「すわ」とねじ込んでて、そこに気合いを持ってこられても……と皆が絶句してました。
次回は「おかえりが言えないままの誕生節」です。