過ごした日々の記憶と記録
前回のあらすじ
諸々の案件が終わったので、リベラをつれて温泉旅行に来ていたワド達。
珍しくカルカンが空気を読んで、リベラ本人には伏せていた事実があるようです。
「んにゃー?リベラ氏は人族なのにゃ!」
カルカンは酔っていて、何か論点がずれている。僕はカルカンの肩をゆっさゆっさと揺さぶって回答をせがんだけど回答では無くて「うぷ、気持ち悪いにゃ」と、酸っぱい香りのプレゼントをされた。臭い。
カルカンが撃沈したのと同時に、リゼが控えめな感じで僕を慰めようとしてくる。
「ワド……元気出して欲しいの」
「うん。でも気になって」
「ルクルに連絡するから、話してみて」
そう言うとリゼは【ガラケーの魔術具】で、ルクルに連絡を取り始めた。ちなみに、異世界の情報を研究して、白金緑のマナ鉱石の技術の粋を集めたヘーゼル作の最高傑作だそうだ。
『もしもし、リゼ?今日はどうしたの?オヤスミの電話には少し早いよね?』
『ん。ワドの相談に乗って欲しいの』
リゼから魔術具を手渡される。僕はそれを受け取ると、直ぐにさっきのルクルの声真似をした。
『もしもし?今日はどうしたの?オヤスミの電話には少し早いよね?ん?ん?』
『くっそーーー!最悪なやつに聞かれたーーー』
僕が聞いた事もないようなあま~~い声を出していたから、完璧に再現したった!
僕、これだけでご飯3杯はいけちゃうよ!
暫くそんなやり取りを続けていて、いざリベラさんの本題を振ったら、ルクルの声のトーンが変わる。
『本当に聞いて後悔しないのー?』
本当はちょっとだけ怖い。でも、リゼが隣にいてくれる。手を握ってくれている。大丈夫。
『僕、知りたい』
『あー、分かったよ。今からそっち行くからー』
ルクルが来るまで待っている間、カルカンと勇者パーティーの面々を、ノワール君が退室させていた。
パーティーメンバーの中で最年長だというその黒髪の彼は、こういう時だけはちょっと頼りがいある感じだよね。
程なくしてルクルが到着。そうして僕は、真実を知る事になる。
(ぼ、僕が原因だったなんて……)
リベラさんは命の危機が2度訪れている。
出産のときの無茶な帝王切開。ミカド王に腕を切り落とされた時。その2回だ。
出産の後、カルカンはマナ心眼によって、リベラさんの寿命が凄く減っている事に気づいていたらしいんだ。
バンナ村でのビール造りの最中にそれを聞かされたルクルは、僕が気に病まない様に情報を伏せていたんだと。
僕の癒しは死に直面するような大怪我でも治せるけど、その分は寿命を削ってしまう。というより、僕は加減がうまく出来なくて多く削ってしまう事もある。
それに先日訪れていたザグエリ王国の使者の将軍が「猫魔族の秘薬を使って一命を取り留めました」と言っていた。その秘薬も僕が関与している。
将軍がその薬を使う指示をした事は間違いじゃないと思う。体力が落ちていた所におびただしい出血を余儀なくされて、あわや失血死目前の状況だったと聞いている。
「元気出して、ね?ワドのせいじゃ無いの」
「違うよ!僕のせいだよ!」
あ、ダメだ。
これじゃまたリゼを傷つけてしまう。
これじゃダメなんだけど、僕は感情が抑えられなくて、更に言葉を……
「ワド!」
ルクルが右拳を押さえて悶絶した。
ん?僕は殴られたのか?推定3000tを超える僕を物理で殴るなんて、拳が壊れても知らないよ?
「ルクル?」
「まずは落ち着け。リゼは俺が慰めるから、暫く温泉にでも入って頭を冷やせ」
本気でルクルが怒っていた。
どうして、こんな事になったのだろう?
少し前までは本当に楽しい温泉宿のお泊り会だったのに。
一人、温泉で汗を流す。一緒に涙も流す。
リベラさんの事も、リゼの事も本当に後悔しか無い。でも、僕にはどうすればいいのか分からない。
どれだけの時間が過ぎただろうか?ルクルが僕を呼びに来た。浴衣に着替えて、中庭に向かう。
「ちゃんと反省したのかー?」
「うん……本当にごめん」
それからルクルが僕を気遣って、丁寧に説明してくれた。
僕がいなければリベラさんは今、生きていないって言われ少しだけ前向きな気持ちには成れたけれど、ビットが幼いままに別れを迎える事実に、胸が張り裂けそう。
既に深夜だけど、灯りの魔術具が灯されている中庭はほんのり明るい。僕も発光している。でも、僕の心は真っ暗だった。
僕が落ち込んでいる事を察したのか、ルクルが話題を変える。
「なぁ、ワド。リベラさんとビットにプレゼントをしよう」
「……唐突に何なの?」
ちょっと真面目な感じから、一転して最近は見せなかった無邪気なルクルが顔を見せる。
「リベラさんとビットを主演に映画を撮ろうよー!絶対、楽しいよー。たくさんたくさん撮ろうよー」
大げさなジェスチャーをしながら楽しそうに振る舞うルクル。僕は意図を汲み取れず小首を傾げた。
なんで唐突に映画とか言っているんだろう?と……
すると、頬をかきながら、バツの悪そうな顔で、テンションを元に戻して説明してくれる。
「大人になったビットの為に、リベラさんとの思い出の映画を撮ってあげようよ。絶対に素敵なプレゼントになるだろ?将来、それを見て笑顔になる……それがリベラさんに贈る最高のプレゼントのはずさ」
僕はそれを聞いて、絶対にプレゼントする事を決意する。最高の映画を撮りたい。そう自然に思えた。
「うん……うん……僕やるよ」
「そんなに泣くなよワドー、俺が泣かせたみたいじゃんー?」
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翌日の早朝。僕は土下座した。
いや、攻撃じゃなくて、純粋に本当に頭を下げただけだよ?
「あ、頭をあげて下さいませ!わたくし、いつでも替わりますわ!」
「ごめんね、エリーゼ」
エリーゼに懇願して睡眠薬を服用して貰う。
リゼが目覚めるまで、僕は側で待った。
「……ん」
「リゼ、本当にごめん!それと僕にはリゼが必要なんだ!映画の撮影に協力してくれる?」
寝起きのリゼはパニックだったけど、僕はすぐに謝りたかったんだ。それに映画に協力して欲しいってのは本音だ。そこに嘘は無いよ。
「……必要……必要……必要……必要……」
「リゼ?」
「分かったの。任せて欲しいの」
良かった。
リゼは映画を受けてくれたし、昨日の事を許してくれたのか凄いご機嫌になっている。
(ルクルやエリーゼがうまく慰めてくれたのかな?)
それからはリベラさんやカルカン達と合流して、楽しい朝食を摂っている。ルクルも今日はここで朝食を摂るようで、僕に目配せをして来た。
(大丈夫、僕が言う。僕が言わなきゃ……)
「リベラさん、大事なお話があるんだ」
僕が決死の思いで余命を宣告したのだけれど、何故かリベラさんは安堵の表情をしている。
「よかったわ。まだ1年も生きられるんですね。教えてくれて、おおきに」
1年なんてうたた寝したら過ぎちゃう一瞬なのに、それなのにリベラさんは「まだ1年」と言う。
混乱している僕にKYが教えてくれたよ。
「そもそも、ワールドン様と他の皆は生きてる時間が違うのにゃ。ワールドン様からすれば誤差の範囲かもにゃ。でも、寿命の短い人族には貴重な1年にゃ」
猫魔族は人族よりも3倍くらい長生きできるそうだ。だから、猫魔族の3年よりも、人族の1年は貴重だと言っている。
良く分からない。けど、分かったような顔で何度も頷く。
いつもの知ったかじゃないよ?
皆が優しさで言っている事が伝わってくるから、その空気を壊したくないんだ。
「リベラ氏、最高の1年にするのにゃ!」
「カルカン様、ありがとうな。噂に聞いていたよりも、ずっとずっとKYお方やで」
どんな時でも前向きなカルカンの言葉にほっこりする。誰も暗くなる事はなく、終始明るく朝食を終えたよ。
(よし、やろう!最高の映画撮影を!)
僕はビットが将来、再びリベラさんに会える日まで寂しくない様に、映画をたくさん撮影してあげようと強く思った。
被害者友の会のガトー&ストローにも、勿論協力を要請したよ。二人ともノリノリでOKしてくれた。
今回の映画には色んな人が協力してくれたんだ。
なんと、あの鬼畜までもが出演なんだよ。これには関係者一同ビックリだよね。
でも、何となくだけど、ルクルも無理していたんだなと気づいた。国だなんだと大事になってきていて、本来の全力で楽しむルクルを久しく見て無かった気がするから。
何となくだけど、楽しい撮影をしたいってのはルクルの本音じゃないのかな?
新しい国民の赤ちゃん&妊婦さん達。
その住処の確保は大変だったけど、苦労した甲斐もあって皆に笑顔が戻ってきている。映画にもモブ出演して貰っているんだ。
でも、いい事ばかりじゃない。
ザグエリ王国の平民からは、なんだか僕が凄く恨まれているっぽくて、様々な誹謗中傷が寄せられているんだ。
ルクル達は僕の耳に届かない様に必死に隠していたみたいだけど、僕には僕の情報網があるからね。一緒に作業をしている大工さん達から、そういう話をいっぱい聞いているのだ。親方さんなんか僕以上に、そういった誹謗中傷に憤っていたくらいだし?
(ま、ネガティブ発言はスルー推奨だよね)
僕は気にしない事にして、重機のお仕事や映画撮影に日々忙しくしていたよ。
そしてついに、連作映画の1本目が完成する。
今日は完成試写会。立見席が出る程の満員御礼。
でも、一番嬉しいのはリベラさん達が、集まっている全員が、皆笑顔って事だよ。僕、映画見る前から号泣しそう。
ーーー映画:母と子の日常を上映中VTRーーー
(母と子の何気ない日常風景を切り取った映画)
ーーー映画:母と子の日常を上映中ENDーーー
うひゃーーー!ビットってば、天才子役じゃない?ねぇ天才子役じゃない?凄いよ!
「ねぇ、あそこのカメラ目線すごくグッと来なかった?ねぇ?ねぇってば!」
僕が連日大興奮して自画自賛を繰り返していたら、皆からは呆れられたよ。
暫くの間は、ワドが映画を褒めちぎるのが続いたようです。
次回は「辺境伯と騒動の終幕」です。




