不利な交渉テーブル
前回のあらすじ
偽装交渉を仕掛けて、裏で急襲して人質解放する作戦に出るワド達。
ワドのやる気はみなぎってきた!
※各節の補足
・双魚節(3月)
季節は双魚節。
いよいよ交渉に向かうんだ。花の香りを連れてくる春の一番風を受けながら、僕は決意を強くしていた。
けどそれは、会議室に入ると直ぐにへし折られる。
「なんで僕はいっちゃいけないの!?」
「んー、隠密行動なんだよー。光ると目立つだろー?」
「んとえと、ミカド王との交渉なら目だってもいいんじゃないの?」
ルクルは色々な理由をつけて、僕の同席を却下するんだ。救出部隊への参加も断られている。ガトーやストローも援護してくれない。
なんと驚いた事に、エリーゼまでもが僕の援護をしてくれないんだ。こんなの初めてで戸惑っている。
(誰も目をあわせてくれないのなんで!?)
仕方なく、僕は使節団を送り出したよ。不安から、どうしても媚薬の量が増えちゃうんだ。リゼに追加要望出さなきゃ。
そうして交渉初日の結果、第一報が届いた。
「相変わらずすんごい条件だね?ミカドって何様?」
「んー、王様じゃないのー?」
突きつけられた条件は以下。
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・金銀緑のマナ鉱石の半永久的な納品。
・神の力でザグエリ王国を守り続ける保証。
・今後100年は毎年10億カロリずつ納める。
・ワールドン王国の国民の労働力の無償提供。
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手土産に持って行った10億カロリが効いたのか、僕が絶対にヤダといった条件については、妥協可能な範囲になっていた。
ルクルに「交渉はダミーなら、手土産必要ないんじゃ?」と忠告しておいたけれども、「本気で交渉していると見せなければ、相手も油断してくれない」と諭されたよ。
幸い、メイジーとブールボンがマナ鉱石を高く購入してくれたから、お金は払えてはいる。でも、本来は国民が豊かになる為に使われるはずだったお金が、大量にザグエリへ流れるのは不本意だったよ。
現在は条件はそのままで、支払方法をどこまで分割で遅らせられるかの交渉中との事だ。そういった細かい交渉を続ける事で、「偽装と気づかせないようにするんだ」とルクルが言っていた。
そして急襲の決行日。
部屋で濡れ濡れのお仕事をしながらも、ソワソワしながら報告をずっと待っていた。鉱石ラジオの魔術具の前で全裸待機の勢いだよ!実際に全裸になると、皆から色々言われるから水着待機だけどさ。
濡れながら待つ事、数時間。
ビットの救出、それから身重の女性の救出の報告があった。やったよ!ビットが無事に救出できた。
続いてガトーからミカド王の身柄を押さえた報告が来た。来たけど【伝心】での歯切れがどうにも悪い。
『戻ってから話すにゃん』
と、人質交換の結果を聞けなかったし、ストローの定時報告もまだ来ていない。不安に揺れながらも、夜まで使節団の帰りを待った。
重機のお仕事をしながら待っていたんだけど、使節団が気になって作業が手につかない。
それで「注意力散漫ですと危険ですぜ」ってボンから叱られたな。でも、気になるから仕方ないよね。
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夜。
ワールドン王国の王都は明るい。世界各国の重鎮からも不夜城と評された王都。灯りの魔術具が至る所にあり、それが星の数ほど灯される。
屋外の広場に集まり、ガトー専用空輸邸から出てくる使節団の皆。王都の明るさとは裏腹に、戻ってきた使節団の顔色は暗かった。
今日はこのまま広場で話す事となったよ。使節団の面々と僕とルクルで、追加の交渉について内緒話するん。
ストローから交渉結果の詳細報告が行われたよ。
「……以上が今回の顛末やで」
「なるほどねー。まさかミカド王に全く人質の価値が無いとは盲点だったなぁー」
ルクルが報告資料に目を通した後、お手上げポーズで呆れていたね。
ガトーがミカド王を拘束した後、ストローがリベラさんの解放を求めて交渉したらしいんだけど、敵の上層部は全員がミカド王を切り捨てる判断をしたそうだ。
それで偽装交渉の交渉条件をそのまま呑むなら……という話になって、凄く困った状態に陥ったみたい。
ザグエリ上層部は寧ろミカド王は差し上げるとまで言ってきたんだ。
「で、ミカド王はどうしたのー?」
「一応、連れて来てますわ。会いますか?」
「僕、会って話がしたい」
皆がやめるように諭してくるけど、僕は絶対に譲らない。僕の意思が固いのを悟ったルクルが許可を出してくれた。絶対に【伝心】はしないという条件で。
目隠しと猿轡をされたミカド王が連行されてきた。
猿轡を外した瞬間、まるで癇癪を起こした子供のように勢いよく叫び出す。
「お前ら、余にこんなマネしてただで済むおもてんのか!?直ぐにトカプリコがきやるで!」
装いは金銀財宝が散りばめられている高級品。
これだけの財があるのなら、もっと税金を安くしなよと思ってしまうな。
「……陛下、そのトカプリコ元帥から、救出不要と言われたんですわ」
「そん声はストローか!?これはよ解けや!」
まだ目隠しをされたままのミカド王は、縄で括られたままジタバタと暴れている。
僕はその動きをマナ力場で抑え込みつつ、神の威厳を携えて徐に口を開いた。
「久しいな、ザグエリの地の王よ」
「誰や!?」
「僕の名はワールドン。僕の宝を取り返しに来た」
「あん時のエターナルドラゴンか!?悠久の秘宝なら返さんで!力尽くで奪ってみぃや!」
僕は動きを抑えるマナ力場を強めた。苦しさからかミカド王はうめき声を一瞬だけあげる。
「神に対し無礼であろう?口の利き方に気をつけろ。それから取り戻す宝はそれでは無い。リベラという人族の女性だ」
「な……んや、うるさい……わ!殺すなら殺せ!」
皆は高圧的な僕の態度に驚いていた。ミカド王は狂ったように叫び続けている。だけど僕は態度を軟化させる気なんてサラサラないよ。
ミカド王に近づき、上体をマナ力場で起こす。見下ろしながら淡々と告げた。
「殺しはしない。生きて償え。まずは僕の宝の居場所を教えろ。二言は無い」
「だ、誰が!ぐっ……あがぁ!」
マナ力場で万力のようにミカド王を引き絞る。
慌てたルクルが立ち上がり「ワド、手加減しろ!」と叱責を飛ばしていた。
あたふたしているルクルを横目で軽く見て、再びミカド王を見下ろし強く言い切る。
「これは脅しではない。返答次第では腕を失う。誠実な対応を求める」
「がぁぁぁああ!なんや!?平民の女にした事をやり返す気なんか!」
「……なんて言った?」
僕はミカド王の言葉の意味を問い質そうと、胸倉を掴んだ。そこにミカド王は唾を吐きかけてくる。
「ぺっ!お前なんかなぁ……」
「うぅ……あああああぁあぁ!」
僕は唾を吐きかけられたのか?唾がかかった瞬間、冷静な思考が出来なくなっていく。やけに心臓の音がうるさい。周りの音が聞こえにくいくらいだ。
ミカド王が何を叫んでいるのかも、もう全く分からない。ええい、鬱陶しいさっさと【伝心】で全部読み取る。早く助けに行くんだ!
「うぅぅ……許さない!許せない!あぁぁああ!」
何か周りが騒がしいけど聞こえない。とにかく僕の中は怒りでいっぱいだ。
「リベラさんが怪我を!僕が……僕が助けなきゃ!」
周囲に気を配る余裕なんて無くて、見えた光景が凄く心配で胸が張り裂けそう。他に何も考えられない。
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伝心で、リベラさんが大怪我を負う光景が読み取れたけど、僕の意識を保つことができたのはここまで。
あとの事はよく思い出せない。
考えていた事は「リベラさんを助けなきゃ」って事だけ。
目の前には、ボロボロになったガトーがいる。ドラゴン形態のガトーがこんなにボロボロになるまでやられるなんて、一体何があったのだろうか?
霞がかった意識に強い何かが割り込んでくる。
『・・・!』
『・・・・・・!』
『・・・・・・・・!』
『いいから聞くにゃん!』
ガトーに思いっきりぶん殴られた。僕はバウンドしながらかなりの距離を吹っ飛ばされただろうか?
友達思いのガトーが、僕に手をあげるなんて考えられない。
その衝撃で我に返り、ようやく周りを見回す余裕ができた。
(え?一体何が起こったの?)
場所はザグエリ王国側にちょっと入った所。初日の出スポットから東に進んだ辺り。湖も、山脈も、そこに至る森林も……見る影もなく変わり果てていた。
僕はいつのまにかドラゴン形態になっているし、リミッターも解除している。僕はマナを抑え込んで、ガトーに慌てて問う。
「ガトー、一体何があったの?」
「……なんにも覚えてないのかにゃん?」
「ごめん、ガトー。隠し事しないで教えてくれる?」
そう伝えるとガトーは「ちょっと待ってろ」と言って誰かと【伝心】し始めた。軽く頷いたガトーが猫魔族形態に変身したので、僕も人形態に戻る。
「ルクルから許可出たから、教えるにゃん。だけど暴走したらスイーツ抜きだと思えにゃん」
僕はその真剣な眼差しに対し、神妙に頷いた。
光のマナ鉱石が豊富なので、王都には街灯が大量に配備されています。
……そして……。
異性との肉体の接触は気を付けてたワドですが、落とし穴があったようです。
次回は「媚薬の代償と後悔」です。