閑話:万馬券と貢ぐ女
前回のあらすじ
勇者パーティー達はリッツを解放する為に日々、冒険者ギルドのクエストに勤しみます。
一度、拳を交えたカルカンとは、かなり仲良くなったようです。
ep.「ギャンブルで資金繰り」~ ep.「総理不在の獅子節」までのレオ視点となります。
(なんだか蠍魔族の尾のクエストが多いな)
俺は新しく受けるクエストを定めて、受付嬢の所へ向かう。今受けようとしているクエストは、日課になりつつある蠍魔族の討伐・採集依頼だ。
「これを受ける」
「はい、レオ様。期限は2週間となります」
正直、今日明日にも終わる。他の奴らには2週間が妥当なクエストらしい。蠍魔族の尾は毒があり、その毒は、加工次第で様々な病に効く薬になるそうだ。
丸いテーブルで妙に格好つけながらお茶を飲んでいる相棒に目配せする。グラスに薄く注いだ……まるでウイスキーのように見えるそれは、ただの麦茶だ。だけど相棒は、雰囲気を大事にしているのさ。
「ピコラとノワールは?」
「……パドック」
あぁ、またか。どうせカルカンさんにピコラが付き添っているのだろう。リッツ姫から俺ら男3人は変態扱いされているが、本当の変態はピコラだ。全員がそう確信している。それに本人も「好きでいて良いのなら、私は変態でいいわ」と真顔で言っていた。
一見、まともに見えるからタチが悪いんだよ。
相棒と屋台で買い食いをしながら、競馬場へと足を向ける。この串に刺して赤のマナ石で炙った鶏肉は、甘辛いタレがかけられていてとても旨い。
カルカンさんから「焼き鳥+ビール=幸せなのにゃー」と紹介して貰ってからは、俺もヘビロテしているな。
いつものように、隣で相棒が饒舌に語っている。
哲学っぽく聞こえるが、内容なんてなんも無い。だけど喋りを止めると、結構不機嫌になるんだ。俺は長い付き合いだから知っている。
「いたいた!おーい、カルカンさん!」
「むむ!7番のお馬さんのマナは漲ってるにゃ!」
「スー……スー……はぁはぁ……カルカンさん……」
望遠の魔術具を使って、夢中でパドックを見ているカルカンさん。そのカルカンさんに抱きついて香りを嗅いでいるウチの紅一点のピコラ。
競馬場からおよそ900m離れた小丘。その大木の上に陣取っていた。カルカンさんは全ての賭博施設に出禁だから、ここでパドックを見ている。
仲間のピコラは重度の猫好きだ。
病的といっていい。彼女は会話が出来る猫魔族も同様に、大好きだ。愛しているといって過言ではない。
そう……抱かれたいとまで言っていた。マジもんのド変態だ。正直、あの性癖だけは受け付けないな。
(しっかし……カルカンさん、マジ気づかねーのな)
ルクルさんからも、リッツ姫からも、カルカンさんがKYだと聞いたが……「なるほど納得だ」と最近はしみじみ思う。ピコラが毎日のようにカルカンさんに対しセクハラ行為をしているのに、全く気づかない。本物だぜ。
「ノワール氏!7ー1ー3の3連単にゃ!」
「えぇー?また3連単です?カルカンさんは単勝なら的中率7割なんだから、単勝にした方が良いと思いますよ?」
「ノワール氏は黙ってるのにゃ!」
「そうよ!ノワールは黙ってて!」
「えぇー、カルカンさんまで黙ってコンボに加わるの?」
項垂れながらノワールが馬券を買いに向かった。
だけど年長の彼が落ち込んでいる訳も無く、そういう演技だろう。
なんだかんだウチのパーティーの中で、一番精神的にタフなのはノワールだしな。
馬券を購入して戻ったノワールが、飄々とした足取りでこちらに来た。ピコラの熱にあてられたようだ。軽い口調で「自分、邪魔して馬に蹴られて死にたくないですからねぇ……競馬だけに」と寒いジョークを飛ばしている。
これをスルーするまでがウチのパーティーの慣わしだ。
「うぉっしゃにゃ!」
恐らくレースが始まったのだろう。カルカンさんが興奮しだした。ついでにピコラの変態行為もエスカレートしている。正直、仲間として少し恥ずかしい。
そこに「あ……3番ヤバいかも」というノワールの呟きが聞こえた。俺ではこの距離のゼッケンが見えないが、視力が良い彼なら見えるのだろうな。
「あーーー!なんでなのにゃーーー!」
「はぁはぁ……スーーーー……あー幸せ!」
どうやらまた外れたみたいで「5000カロリ」を失ったと騒いでいる。どうやら3番は、馬郡から抜け出せなかったようだ。そして「次で盛り返すにゃ!」と熱くなっているので、今日も大量に負けそうだ。
「ぐぬぬ。お馬さんなんて嫌いにゃ。カール先生の所に馬刺し食べにいくにゃ。でもお金無いのにゃ……」
「カルカンさん、私がいつでも貸しますわ」
「ピコラ氏は優しいのにゃー」
「えへへへ!」
ウチの子のだらしない笑顔が見てられない。それにカルカンさんの借金がまた増えた。多分、どこまででも甘やかすんだろうから、この関係は抜け出せないのかも知れないな。あ、俺も馬刺し食いたい!
カール先生のビアバーは、ビールも料理も美味しくて王都で一番オススメの店だ。
「今日は牡蛎のキルパトリックもオススメですよ。カルカン君はいつもので良いですか?」
「にゃ!」
「私もカルカンさんと同じものをお願いします」
今日は馬刺しと牡蛎を堪能した。酔って寝てしまったカルカンさんを、ピコラがお持ち帰りするようだ。
(と、いっても俺らも同じ家に帰るんだけどな)
金欠のカルカンさんに、住み込み料を払う事でルームシェアしている。というかほとんどが、ピコラの欲望の為だけどな。二人は一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝ている。カルカンさんは全く気にして無いみたいだが……目のやり場に困るんだなこれが。
だけど、酔いが回っていた俺らも、その日は深い眠りに落ちた。
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ピンポーーーン!
泥のように眠った翌日。
呼び鈴の魔術具の音で目が醒めた。
ノワールが来客に対応しているようだ。一体誰だろうか?そう思っていたら、凄い勢いでノワールがやってきて一言告げる「リッツ姫!」と。
俺たちは大慌てでピコラの痴態の数々の証拠隠滅を図る……が如何せん時間が無いし物量も多い。俺たちはそれらを自分たちの物として示し合わせる事にした。
「暑いんだから、早く入れてよ」
「す、すいませんねぇ姫。色々と立て込んでまして……あ、お友達もようこそ」
「「こんにちは!」」
「よろしくお願いします」
カップルマグカップと歯ブラシは俺の所有物。お揃いのパジャマはルヴァンの所有物。ピコラと同室は、ノワールって事になっている。
リッツ姫から「なんでカップルマグカップなの?気持ち悪い」って罵られ、「男女で同じ部屋なんて、毎晩何してるの?」とノワールも流れ弾を受けていた。
「え?ルヴァンさんこんなの着てるの?意外……」
「……不服」
猫耳フードがついた全身パジャマ。サイズも合って無い。でも頑張れ相棒。お前の頑張りが、リッツ姫の目を誤魔化す為に必要なんだ。これは姫の情操教育の為に、必要な犠牲なんだ!
こっちの苦労も知らずに、カルカンさんはお金を借りる代価として、マナ工学講座をしていた。なんだか難解過ぎて、俺には分からなかったが、サブロワ君だけは色々と質問していたな。
そうして怒涛の勢いで、リッツ姫と子供達は帰っていった。
「……ぐすん」
「いやいやいや、風評被害は自分の方が酷いですからね!ピコラさんとの噂なんて絶対嫌ですー!」
俺たちのダメージも大きかったな。だが、落ち込んでばかりもいられない。二度寝し始めたカルカンさんはおいといて、今日はクエストにいく事を伝える。
ピコラは勇者としての自覚と分別はあるので、勇者活動に否は唱えない。猫に対しても分別を持って欲しいとは切実に思う。
カルカンさんを起こさないようにそーっと家を後にする。リッツ姫を尾行して、学院寮までコッソリ送り届けた後に、馬房へ寄る。今日は山の中腹まで登る必要があるので、馬を借りて王都を出発した。
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「皆さん、ここからは徒歩でいきますよ?」
ノワールが先導して木々の中を進む。残暑で蒸した熱が、草の香りを強くしている。そこに身を低く伏せる合図が出た。蠍魔族の気配が近い。
(……いるな。4体か)
蠍魔族は大きいもので全長5mもある。強さはそれほどでも無いが、その甲殻は並みの銃弾を弾く。それゆえ、ルヴァンとノワールには相性の悪い敵だろう。
「じゃあレオ、紫のオセロと行きましょうか」
「あぁ」
紫色の蠍魔族の巨体をひっくり返すのは俺とピコラの役目だ。
開戦の合図を相棒が鳴らす。
銃声での陽動に釣られて、動き始める蠍魔族達。背後を取った俺は大剣を薙ぎ払いで叩きつけた。ピコラが、よろけた蠍魔族の下に潜り込み、その巨体を蹴り上げる。
「一丁上がり!」
「ほら、ぼさっとしてないで2体目いくわよ!」
蠍魔族がこちらに気づいて方向転換を始める。だが、遅い。
俺は思いっきり2体目に大剣を叩きつけた。素早くピコラが連動し、紫の巨体をひっくり返す。そのまま3体目に取り掛かろうとした瞬間、ノワールから警告が発せられて、後ろへ飛びのく。
俺がさっきまで居た所は、地面が見事に抉れた。
警告が無かったら、蠍魔族の尾で叩きつけられて、俺がミンチ肉になっていただろう。
ジョークはてんでダメだが、戦闘では役に立つんだよな……ノワールは。
相棒とノワールの銃撃が、腹を丸出しにした敵に突き刺さる。残りの蠍魔族は絶命した仲間に動揺して動きが乱れたので、そこをすかさず俺とピコラで刈り取っての勝利。
「よっし!楽勝だったな」
「いや、もうちょっと注意して下さいよねぇ」
俺たちは皆でノワールを黙らせる。
でも、ノワールの忠告が無ければ危なかっただろう。
次からはもっと強くなると胸に秘めつつ、帰路についた。
なんとか日が落ちる前にギルドへ報告に戻り、素材の納品を行って、クエスト報酬を受け取る。
ピコラは「これでカルカンさんにお金を貸せる」と喜んでいるが、返さなくて良いってそれもうあげているのと変わらないのでは無いか?と思わなくも無い。
だが、下手につついて関係がこじれるのも避けたいので、特に俺からは何も言わない。お互いに趣味趣向の範囲には口出さない事が、パーティーを長く続ける秘訣なんだよな。
クタクタになりながら、カルカンさんの家に到着。
「ん?ピンポンが鳴らないぞ?」
「あれれ?ほんとですね」
今朝、リッツ姫達が来た時までは鳴っていたはずだが、風のマナ石の不調だろうか?なぜか鳴らなくなっていた。仕方が無いので扉をノックしながら、大声でカルカンさんを呼び出す。
「ワールドン様が超速連打で壊したのにゃ……それからレオ氏たちも賭博施設に立ち入り禁止になったのにゃ」
俺らの中で唯一ギャンブルを楽しんでいたノワールが、「えぇ~、なんかとばっちりです?」と地味にショックを受けていた。
ちなみにノワールは競馬で稼いでたみたいです。
カルカンが一番コンディション良い馬をマナ心眼で見抜く。
オッズが良い場合にそれを単勝でかけるってので荒稼ぎ。
……でも、とばっちりで競馬禁止ですね(苦笑)
次回はガトー視点の「閑話:スイーツ天国」です。