閑話:反抗のシンボルと蛮行
前回のあらすじ
ついにバンナ村へ牙を向き始めたミカド・ザグエリ。
子爵位のプリマッツ・トト将軍に、バンナ村の粛清の白羽の矢がたちました。
ep.「映画館と初主演作品」~ ep.「銀に会いにいく」までのプリマッツ・トト視点となります。
「将軍、出立の準備が整いました」
これから1つの村を粛清する為の遠征に向かう。
……正直、気が重い。
こんな仕事は誰でも嫌やろう。それでも荒れている陛下が、これ以上他に矛先を向けんうちに誰かがやらなならん事だ。自身にそう言い聞かせて馬に跨る。
双子節も中旬になり、照りつける太陽が日に日に暑さを増している。日も長くなって、日没までにかなり行軍する事が出来た。
「陛下、お疲れではありませんか?」
「なんやトト子爵、変な気いまわさんでええわ。アモーク伯の所には今日中につくんか?」
「はい、もう半刻もかかりませんよ」
今回の遠征にはミカド陛下も同行しとる。
なんでも姫を殺した犯人がバンナ村出身らしいわ。
王子の不審死も、バンナ村絡みやと陛下がゆうとる噂をよう聞くわ。
日没とほぼ同時にアモーク伯の屋敷を訪ねた。
「ようこそお越し下さった。陛下、トト子爵」
「よぅ!世話んなるで!」
陛下はまるで自宅かの様に振る舞ってはる。いつもの事ながら図太い精神やな。私はアモーク伯と旧知の仲や。挨拶と、明日の最終確認をする。
「ほんまにええんか?」
「手を下さなならんのなら、領主の儂がやる。これは儂が一生背負う業や」
何日も思いつめた事が分かる。そんな表情やった。確かにここで断れば、反逆の意思ありとして、アモーク伯の他の領民にまで被害が及ぶかも知れへん。その決断に身が引き締まる思いがした。
明けて翌日の朝食。陛下は赤い野菜のソースを所望しとった。我が家でもお気に入りで、ヘビロテしとる有名なソースや。
「今日な、こないな感じにしたいねん」
その赤いソースを、目玉焼きにぐちゃぐちゃに巻き散らかした陛下は、不気味な笑みを浮かべていた。
それからも「ぎょうさん死ぬな?ぎょうさん死ぬな?」とブツブツ繰り返しながらフォークを突き立てる。まともな精神状態やない。私もアモーク伯もそっと視線を反らし、吐き気を催す中で朝食を終えた。
意気揚々と出発を急ぐ陛下を宥めながら、バンナ村へ向かう事になる。
気分は曇り空。せやけど、実際の空は見渡す限りの晴天や。こんな気持ちのええ日に、これから行われる事を思うと足取りは重くなる。鼻歌混じりの陛下の神経は全く理解できひん。行軍はまるで、お通夜モードやったわ。
「ようこそ、バンナ村へ」
村長が朗らかな笑顔で出迎えてくれた。
心の中では申し訳なさでいっぱいや。アモーク伯は指揮権を受け入れた。これから行う自身の行動に青い顔をしとる。
私が心配して声をかけようとした時に、「なんや?やらんのか?」と陛下に問われとった。陛下の目は、「やらんのなら、こっちでやるで」と、そう雄弁に語っとる。意を決したアモーク伯は顔をあげて告げる。
「……村長、村の全員をここに集めや」
村人達が村の広場に集まった。全部でおよそ70人やろうか?広場にはシンボルとなる女神像がある。
(この女神様はどう思うやろうか?)
この女神像が原因で目をつけられ、今日を迎えるんや。村のもんには同情しかない。こちらの気も知らんと、皆にこにこと笑顔や。
「今日はおいしいパンを焼いたんよ。皆様たべてってーや」
「アホか、そんな平民の臭い飯よう食わんわ」
村のもんの好意を土足で踏みにじる陛下。
……悪夢が、いよいよ始まる。
「これから!ここにおる反逆者を粛清する!」
「な、なにゆうてんのや伯爵様!?」
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地獄や。
これが地獄や無かったら、どこが地獄なんや?
そう問いたい。私の目はよう見えん。涙で視界がぼやけとるん。でも、目は反らさん。アモーク伯もゆうとったが、これは罰や。心に刻め。
「フハハハハハ!ほら逃げろ!もっと足掻け!」
「いやぁーーー堪忍やぁ!」
陛下の高笑いと村人の絶叫がこだまする。
初夏の香りは既に消え失せ、血の香りで塗り替えられる。今朝の野菜ソースを思わせる色合い。それが村を覆いつくした。もう堪忍してくれへんか。そう思ってまう。
またも、命を切り落とされた村のもんの、亡骸を眺めながら心から願う。
(この蛮行に神罰を、それが私でも構へん!)
どこまでも晴れた空。返り血で染まった神像は、赤い涙を流しとるように私には思えた。
村人も残り6名。
陛下は、逃げ惑う村人を優先的に始末するように指示しとった。せやから残っとんのは、動き回れんもん達や。
妊婦と老夫婦、幼い子と母、片足を失っとる男。
幼い子は状況が飲み込めて無いんか、辺りをキョロキョロと見まわしとった。
「ビット、動かないで……」
母親が子供の行動を窘める。理解できとらん子供は陛下へと笑顔とその小さな手を向けた。
「なんや、その子はビットゆうんか?」
「ええ、そうです陛下」
「ほんでお前はワールドンいう悪魔を知っとるか?」
悪魔はお前や!そう叫べたらどれだけ心が救われるか。そう思いながら悔しさを飲み込む。隣にいた男が大声をあげて減刑を申し出た。
「その女は特にワールドンと仲良うしとった!ワイは無関係や!足もこの通りやし!許してや!」
「ほーかほーか、ほれ!」
「うぎゃぁあああ!堪忍や!」
減刑を申し出た男は、小剣で失った足の古傷を更に抉られる。そんで必死に許しを乞うとった。
(アカン、逆効果やで……)
特に気に入られてしまった男。体のあちこちを切り刻まれながらも、命は取り留めた。せやけど、これから地獄が待っとる。ここで死んだ方が幸せやったかも知れんな。
「おい女。お前ワールドンと仲良かったらしいな?」
問われたビットゆう幼子の母親は、蒼白な顔色で目を伏せた。何も分かってへんビットの無邪気な声が、今も耳に残っとる。
長い。長い一日が終わった。
戦場で血の匂いは嗅ぎ慣れとる。そんでも今日の香りは忘れられん。血の香りをこないに気持ち悪い思ったんは、生まれてはじめてやったな。
ようやっと引き上げられる。
張りつめていた心をほぐし息を吐く。
それからバンナ村を後にするが、元気なんは陛下だけやった。
(アモーク伯……大丈夫やろうか?)
王都組が帰路に着く中、アモーク伯はバンナ村で地面に崩れ落ちたままや。その背中が泣いとる。声を噛み殺し、心を殺しながら。枯れる事のない涙を流し続けとる。ここからでは顔は見えへん。ただ、その涙だけはハッキリ見えた気がした。
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あの蛮行から3つの節が流れ、季節は獅子節から処女節に切り替わる時。私はアモーク伯を訪ねた。
夏の暑さが残る中、小雨が降り注ぐ。蒸し暑さでじわりと汗が背を伝った。今夜は荒れるかもな。そう思いながら館のノッカーを鳴らす。
従者に導かれて館の主に再会するが、その姿はまるで別人のように瘦せ細っていた。
「……ようきたな、トト子爵」
今にも自らの命を断ちそうな旧友に声をかける。
「アモーク伯……いやピーンド!死んだらあかん!死んだらあかんで!」
「……分かっとる、プリマッツ。この罪を抱え続けるんが、儂に科せられた罰や」
私の言葉は重い枷やろう。それでも言わな。生きて、生きて償えと。その言葉は自身に向けた物でもあった。
夜は予想したように嵐やった。その雨音、窓を打ち鳴らす風の音。それらがあの時の、村のもんの悲鳴を想起させやった。
(やっぱ、眠れんな……)
翌日。お互いに寝不足の顔で苦笑いを見せ合う。
なんや?ここには鏡があったんか?そう思ってもうた。互いの顔色を見て、自身の顔色を知る。
それから、アモーク伯に連れられて小川までやってきた。バンナ村の血痕はそのまま放置して、神像はボロボロに破壊されたようや。その光景を転写の魔術具で撮影して、陛下に送ったそうや。
あの蛮行を嬉々として撮影していた陛下は、もう何かが壊れとるのかもな。
少し開けた見晴らしの良い所に、見渡す限りの墓が建てられとった。数はゆうまでもない。バンナ村の村人と同じ数だけあるんやろう。言わんでも分かるわ。
「これは?」
「戒めや」
大きな墓碑。そこには「自ら奪ってしまった私の誇り達、この地に眠る」と刻まれとる。奪ったと自身に言い聞かせて、戒めにしとるのがよう伝わる。
彼は、他の多数の領民の為に、少数のバンナ村を切り捨てた。統治者としては正しい。せやけど、彼は恨まれて殺されたいんや無かろうか?
(誰かに裁いて欲しい思うんは、私も同じや)
私は墓に祈りを捧げ、懺悔し、私への天罰が下る事を、ただただ願い続けた。
赤い野菜ソースはケチャップです。
アモーク伯はケチャップがトラウマになったようですよ。
ちなみに、ボン作「ワドの神像」は粉々に破壊されました。
バンナ村の血痕が掃除されてないのは、ミカド王の指示の為です。
破壊と血痕が残る様子を撮影させています。
※ちょっと残酷表現が過ぎたので丸々カットしました。
次回からはドラ探の軽いノリに戻ります!
次回はレオ視点の「閑話:万馬券と貢ぐ女」です。