閑話:陛下の失脚プラン
前回のあらすじ
二柱の神からの連名での神託により、大幅な軌道修正を余儀なくされたザグエリ王国。
「ストロー宰相の裏切り」「ミカド陛下の暴走」をどのようにコントロールしていくのか、元帥の手腕が問われます。
ep.「建国の挨拶回り」~ ep.「首脳会談」までのアジャイン・トカプリコ視点となります。
私はアジャイン・トカプリコ。
ついにザグエリ王国で元帥まで登りつめた。ミカド陛下に従順な振りをして、苦節14年の月日を要した。
「私が即位する日も近いか……」
エターナルドラゴンを利用して、戦果なしに昇進する事が出来た。
これまで、ミカド陛下を唆して悪政を敷いてきたので、政敵も市井も、反ミカド陛下派一色だ。あと一押しの悪行・愚行を敢行して貰って、それを断罪すればその者が英雄として国の長に迎えられるだろう。
最大の障害と考えていたストロー宰相は、民を慮って勝手に自滅した。
厄介なフェグレー将軍もエターナルドラゴン討伐の任で命を落とす未来しか無い。
ただし、引っかかる点が無い訳でも無い。
「元帥、申し訳ありません。ストローを取り逃がしました」
「そうか。深追いせんかったんは、ええ判断や。監視も解いてええで」
「監視をしなくても良いのでしょうか?」
「そうや。変に警戒されても困るんはこっちやしな。捕虜を取られて内情を探られる方が痛手や」
「わかりました」
ストローが出奔した事で、内情はガタガタになっている。ミカド陛下派の中にもまともな者はいる。
王都崩壊の愚行は、その忠誠心を削ぐのに決定的だった。
それらをまとめて、新派閥を作っている最中だ。反ミカド陛下派もストローという求心力を失った所に、ほんの少し介入するだけでこちらに傾倒した。あと少しでミカド陛下の治世は瓦解する。
その後に来るのは、トカプリコ新政権だ。
「フェグレー将軍の動きを報告してくれや」
「準備と称して時間稼ぎをしております」
「想定通りや。そん時間をつこうてこっちの計画を進めとき」
「はい。フェグレー将軍の裏切りを示す証拠を作るのは順調です。しかし冤罪で裁かれるのはフェグレー将軍も無念かと……」
「余計な気ぃ回さん方が長生きできるで?」
「ハッ、失言でした。お忘れ下さい」
冤罪で無く、フェグレーは裏切っている。
だが、それは民の為だ。それも分からん連中が多い。フェグレーは兵からの信頼も厚く、民にも人気がある。だからこそ、裏切りというのが大きな影を落とす。それは民の為の裏切りであってはならない。我欲の為の裏切りを捏造する必要がある。
フェグレーに思う所は無いが、捨てる事で多くの利を得られるので、新しい国の為に生贄になってもらう手筈だ。
別のルートも並行で進める。
「王子様と姫様の件は順調か?」
「はい。王子はもう間もなく、原因不明の病死となるでしょう。姫はエージェントが上手く射止めたようです」
「そうかそうか。駆け落ちの手筈は整っとるな?決行日の警備担当は誰や?」
「トト子爵です」
これ以上は有能な人員を消費しにくいので、助け舟の指示をだす。
「トト子爵にはフェグレー将軍の臨時補佐を出すわ。レベカ男爵に代行させるようにせえ」
「……レベカ男爵を切り捨てるので?」
「ちゃうわアホ。減刑の恩売って、さらに縛る為や」
「承知しました」
有能な臣下を切り崩しすぎた弊害が出てきている。部下のレベル低下も顕著だ。
なるべく早めにミカド陛下に退陣頂いて、立て直しを図る必要に迫られていた。
(ワールドンで失脚させるには手数が足らん)
時間をかけて良いのであれば、放置していても勝手に自滅するだろう。だが、早めに動かなければ、立て直しが困難になる。
早めに失脚させるには、後一押しが足りない。
その後一押しをどうするかを慎重に吟味していた。
そうして、ちょうど良さそうなネタを報告書の中から見つける。
「バンナ村の神像とワールドン接触の秘匿かい」
私は罪の大きさを煽るような報告を提出した。その報告を受けた陛下から、後日呼び出しを受ける。
「トカプリコ、バンナ村がワールドンを匿っとって、神像も作って信仰してるんはホンマか?」
「ホンマですわ、陛下。バンナはよう陛下の不満を零してたらしいですわ」
「なんで放置してんのや!?ちゃっちゃと見せしめの仕置きせな!トカプリコ、はよう!」
陛下は予想通りの食いつきを見せた。適度に激昂させて、扱いやすい状態に誘導する。
「陛下……お気持ちはよう分かりますわ。お望みを叶えたいのは山々やけど……」
「なんや?懸念あんならゆうてみぃ」
「討伐隊のフェグレー将軍に人員回しすぎとって、手が回らんのですわ。それに……」
私は陛下の反応を伺いつつ、悔しそうな演技を交えて言葉を紡いだ。
「ワールドンの被害のせいで、復興作業に多くの人手が必要な状況ですわ。なんもかんも、ワールドンのせいで上手く行かへんのですわ」
「復興作業なんか片手間でええやろ!バンナ村のみせしめを優先せな!」
「それがですね陛下……」
私は止めるべく意見をしたという状況を作りつつ、責任の矛先を別人に向けるように唆した。
「復興作業が滞っとんのは、ストロー宰相のせいみたいですわ。それを問い詰めよう思ったら、既に失踪してましたわ。ワールドンと裏で繋がってた様ですわ」
「なんやて!?聞いてへんで!」
陛下は怒りをあらわにし、立ち上がって抗議してきた。顔は赤く染まり、怒りで手が震えている。
「昨日までは確証が無かったんですわ。それに私も今まで国に貢献してきたストローさんがそんな事するなんて信じとうなかったんですわ」
「ストローの宰相は解任しとけ!侯爵位も没収や!ほんで何がなんでも見つけてここに連れてきや!」
「……御意」
上手く事を運べた。ストロー宰相への報復を目の当たりにした貴族達は、平静で居られないだろう。
離反が相次ぐのは時間の問題だ。孤立した陛下が、民衆に当たり散らして失脚プランは完成となる。
私は来るべき日に備えて、派閥作りに勤しんだ。その間、陛下の苛立ちは募るばかりの日々であった。
さらに、予想もしなかった方向へ事態は動く。
「トカプリコ!ストローが狂って各地で騙っとる件はどないなっとんねん!」
「はい、陛下……それは現在調査中でして……」
「それ昨日も聞いたな?同じ事しか言えへんのか?」
年が明けてから、ストロー宰相が各地で支離滅裂な噂を流し始めた。目撃情報が点々としている事からもワールドンの関与は明白だ。
現在の人族の技術では、到底不可能な移動ルートを辿っている。だが、その足取りは全く追えない。人知を超えた力が、関与している事だけが分かっていた。
「申し訳ございません。対応しとるレベカ男爵にも、キツク言うときます」
「まだあんな無能を使っとったんか?娘の事も守れんかったあの無能を!」
「汚点があるから、身を粉にして働きます。それに使い潰しても構わへん存在やから、使える局面も多いのですわ」
責任を押し付ける用に確保しておいたレベカ男爵に飛び火しそうになって、慌てて擁護した。
「ほなら、成果出せや!」
「……御意」
私は大慌てで事態の収拾を図った。
だが、この噂は本当に厄介な内容なのだ。至る所で疑心暗鬼が生じ、動くに動けない状態になっていた。
(あれは、ホリター公爵家のプランやろうな)
噂だけで雁字搦めにするお手本のような裏工作だ。前大公のロワイト・ホリターが接触した事は分かっている。だが、これほどとは思わなかった。
大した成果が出せないままに月日が流れ、レベカ男爵を切り捨てざるを得なくなる。
陛下はすぐに処刑せず、レベカ男爵を貴族達の前で鞭打ちに処するなど見せしめに利用していた。
(逆効果やのに、ようやるわ)
その行為のおかげで、完全に貴族達の人心は離れていく。息子は既に病死し、娘は失踪した後に、自殺で発見された。跡取りはもういない。
最後の仕上げに動こうとした時、またも予想しない方向に大きく事態が動いた。
(インビジブルドラゴンへの対策を練っとった時にこれかい!)
神託があった。しかも二柱の神からの連名でだ。
ストローが各地で暗躍していた事に、最近ワールドン王国に増えた緑の猫魔族が、関与している事までは突き止めた。
そしてそれがインビジブルドラゴンと呼ばれる神である事も分かった。分かっていた。
夏に向けて大幅な軌道修正を図っている最中だ。そこに先手を打たれた感は否めない。
(ホリター公爵家の策か。厄介やな)
同盟の効果を最大限に活かしている。全く情報が無かったところへ、唐突に神託で情報拡散された。
これでは手の打ちようがない。二柱の神と二つの大国を、同時に相手するのは不可能だ。私は陛下に撤退を進言した。
「陛下、お気持ちは分かりますが……矛を収めて下さい。二大国と二柱の神をいっぺんに相手はできひん」
「ほんま腹立たしいわ!なんとかならんのか!?」
「カービル帝国とも緊張状態が続く中、これ以上は無理ですわ。ワールドンに対しては一旦諦めるしか無い状況ですわ」
この状況でもワールドンに反旗を掲げ続けるのは、無謀だった。だから、必死に陛下を宥める為の言葉を紡ぎ続けた。
「……国際指名手配は解除するわ。やけど、この事態になった事に対して、誰ぞ責任取らんとあかんよなぁ?トカプリコ?」
私は戦慄した。一番恐れていた事態に。
怒りの矛先が私に向くのを避けるべく、陛下が怒りを向けやすい情報を様々に語った。だが、どれも効果が薄い。
私は仕方なく、切り札を出した。
「陛下、裏を取っとる最中でしたが、こちらをご覧ください」
転写の魔術具で用意していた裏証拠を差し出した。
「なんや?こいつバンナ村の出身やったんか?」
「ええ、まだ状況証拠だけですわ」
「お手柄やトカプリコ。バンナ村の件は余に任して貰おか」
「……御意」
娘と駆け落ちした平民の男。それがバンナ村出身と捏造する為の証拠映像だ。娘の事で本当に怒りを爆発させていた陛下への最終手段として隠し持っていた。
勿論、バンナ村とは無関係の男だから捏造である。
それでも、怒りの矛先を見つけた陛下は、それに飛びつくと予想していた。そしてその通りになった。
(バンナ村のもんには悪いが、必要な犠牲や)
赤、青、緑、白は度々神罰を与えていたので人から恐れられています。
銀の神罰と人が捉えている現象も非常に恐れられていますが、銀は寝返りをうっただけです。
金と黒からは神罰が一度も人に与えられていないので、あんまり恐れられていません。
次回はマチ・ラコア視点の「閑話:消えぬ復讐の炎」です。