約束の歌
前回のあらすじ
旅を経て、ようやくケタの魂との再会を果たしたワド。
記憶の呼び水として、約束の歌を歌い始めます。
「ラララ♪ララララ~♪」
僕が歌い出すと、ケタは明らかに表情が変わり狼狽える。サビに差し掛かった時には、何か記憶が繋がったような反応が得られた。それが嬉しくて僕は一生懸命歌う。
「う!?あぁぁ!その曲は!」
歌の効果は劇的だった。ケタの瞳に生気が宿り、歌が進むにつれて明確に変わってゆく。
最初はたどたどしい感じだった動きが、拳を振り上げては力強くリズムを取り、足踏みは大地を打ち付けるように変わる。
時に飛び跳ねたりしながら、その笑顔は楽しげだ。
彼の中へ、歌に合わせてリズムが沁み込んでいくことがここからでも見て取れる。
ケタ曰く「自他共に認めるぢぇラッコ(本人談)」との事で、絶対に思い出すと力説していた。
なんでもツアーライブの時は、休みを取ってでも追いかけていたらしい。
だから本気でアルバム全曲叩きこまれたよ。
でも「歌だけで思い出せるかな?」と、歌う前は懐疑的だったんだけど、劇的ビフォーアフターで驚いた。
最終的にはケタも一緒に歌っていたな。もう奴隷の死んだような目はしていない。
あの意識体のキラキラした眼差しと変わらない。
(目の輝きが戻って、良かった……)
ちなみに、物凄い高速で拍手を送っているのはエリーゼで、「ふぅーー!ワールドン様ー!」と、黄色い歓声をあげている。
平和で良かった。
ダメなら全曲歌う覚悟はあったんだけど、一曲目で思い出せたみたい。歌い終わり少しの余韻を楽しんでいたら、ケタから声をかけてきたよ。
「ワド……」
「おかえり、ケタ」
「うん、遅いよワド。……久しぶり」
二人で暫く見つめ合って、意識体の頃を思い出していた。たった3年の交流だったけど、濃密なあの日々を。
ちなみにエリーゼは、血の池の上に立ってトリップ状態だ。あの鼻血の量はちょっと心配だけど、今のうちに話を進めよう。
約束していたキーワードを伝える。
「ケタ。僕と過ごした日数を憶えてる?」
「寝てないから1日だ!共有したアニメ作品数は8000以上だ!……だよな」
「凄い!僕と一緒の記憶もバッチリだね!」
事前に僕と過ごした日々を忘れていないかのキーワードを決めていたんだ。「過ごした日数」で質問したら「1日で回答し、アニメ作品数を答える」で返すって約束さ。
(忘れてたら嫌だったから、本当に良かった)
「歌詞も思い出せたんだね。どこまで記憶は取り戻せたの?」
「まだ4割ぐらいだと思う。オタク知識だけは戻った感じ、かなー?」
4割は微妙だと思って、ネタを振ってみた。
「忘れてる内容は分かる?」
「わかるかー!それ分かったら憶えてるだろー?今日、欠席のやつ手を上げろーと同じだろー!」
「うん。オタク知識は問題なさそうね」
これなら良かった。必要な記憶は完全復活したみたいだ。
歌は種族も異世界をも超えるね。これなら敵対勢力さえも虜にできそうだよ。
約1名、興奮が収まらないのか恍惚とした表情で「素敵ですわ。美声ですわ。最高ですわ」とブツブツ言っている。
「じゃあ、ケタも一緒に帰ろうか。色々話もしたいし、相談したい事もあるんだ(切実)」
「待って。俺は奴隷だから勝手にいけない」
「どういうことなの?」
これまでの事を聞いてみたよ。
産後すぐに母親が急死して、幼いころは不思議な現象が多く起こったらしい。父親から不気味がられて、10歳の時に奴隷に売り飛ばされた。それから農作業の奴隷として生活。
最近になって、この大陸に移動させられたとの事。
細かい事は思い出せないと、言葉を濁していた。大変だったのだろうなと思って、あえて明るく振る舞う。
「随分と楽しそうな人生だったんだねぇ」
「全然楽しくない。それより迎えにくるのが予定より遅くないー?」
「それな」
ここまでにかかった期間を説明したよ。
結論としては僕が11年間も寝ていた説が濃厚になった。
「そ、そんな馬鹿な。確かに若木が……」
「あー、寝坊ドラゴンの言い訳はいいからー」
寝ていたから気づかなかっただけだし。若木がどれも似ているのがダメなんだし。
(僕、悪くない!)
奴隷をどうにかできないのかを、先ほど正気に戻ったエリーゼに聞いてみる。
「奴隷は契約魔術があるので、先にそちらを解決する必要がありますわ」
「お金で解決は出来ない?」
「契約者と金銭で解決する事は可能です。解除の手続きには少しお時間頂きますわ」
ちなみにエリーゼは殺気は無いけど、怨念のような妬みの籠った眼差しをケタに注いでいる。殺気じゃないから特に注意はしない。
「お願い。エリーゼにしか頼めないから」
「すぐに手配致しますわ!全力ですわ!」
お願いしたら上機嫌で行動に移し、爆音響かせ去っていく。暫くはこれで平和だといいな。
手招きされたのでケタに近寄って内緒話をする。
「所でエリーゼ様の視線がキツイから、ワドから注意してよー」
「うーん、ちょっとした注意ぐらいだと止まらないから、慣れればいいんじゃない?」
「それにさー、ワドに近寄ると気持ち悪いんだけどー?」
気持ち悪いとはなんだ失敬な。だけど近づくと確かに気分が悪そうだ。
(どうしたのだろう?)
「それは……マナ酔いかと思われますじゃ」
「確かにそうかも知れません」
村長と案内役の人、まだいたの?
暫く無言だったから気づかなかった。
(でも、マナ酔いか……確かにありえるな)
世界中の人のマナ総量よりも、僕のマナの方が多いから普通の人は近づけない。
ケタの頃は意識体だから問題がなかった。
そのことを考えていて、ふと例外事例に気づく。
「あれ?エリーゼは、至近距離にいつもいたけど?」
「エリーゼ様はワドの側でも平気だったのー?」
僕は空を見上げながら、人差し指を顎に当ててエリーゼと出会った頃を思い出す。
「そういえば、最初の頃はエリーゼも体調が悪そうだったけど『まだいけますわ!気合ですわ!』って言ってたような」
「どうやって改善したんー?」
「エリーゼ曰く『気合ですわ!』だったかと」
誰も至近距離に近づけないのは困るな。なんか僕だけハブられているみたいで寂しい。
皆にも『気合ですわ』を頑張って欲しいと思う。
「それでエリーゼ様はあの身体能力なのですな。なるほどなるほど」
案内役の人が妙に納得している。高濃度のマナを浴び続けると、性質が変わったり進化したりする。
曰く「その現象が起こっているのでは?」との事。
僕の住処がマナ鉱石になったのと同じ理屈だ。
(あ、エリーゼが人間辞めてない?)
「手続きが終わるまで、ケタは少し待っててね」
「……あぁ。俺の事はルクルと呼んでくれよ」
ケタと呼ばれる度に、何か抵抗があるのか、少し顔が曇る。不思議に思って聞いてみた。
「どうして?」
「周囲へ(前世の)説明が面倒だからー」
「りょーかい」
ケタ改めルクルは、手続きが終わるまで農作業に戻る事になった。マナ酔いに慣れる為に側にいようか?と提案したら「殺す気か?まだ人間辞めたくない!」と言われたな。
─────────────────────
そんなこんなで村に戻り、3日ほどゆっくりと過ごす。
夏の果実を提供して貰ったよ。
ブルーベリーに似た果実と、桃に似た果実だね。
桃は、めちゃくちゃ甘い香りでみずみずしくて、特に美味しかったな。
堪能していると、遠くから何か聞こえてくる。
ドドドドドドドドド……!
あ、エリーゼが戻ってきたな。
確かに人間を辞めるのは危ない。早まってはいけないかも知れない。でもそれだとエリーゼしか僕に近づけないのか。
どうでもいいけど、村長や案内役の人の見込みだと、手続きには2週間ぐらいはかかるとの事。
(……あれ?……まだ3日だけど?)
まだ完璧では無いですが、記憶も無事に取り戻せました。
それと、エリーゼの身体能力の謎が一つ解明されました。
次回は「奴隷解放」です。