お猫様……?
不定期更新となりますが、投稿を再開いたします(予告より遅くなって申し訳ありません)
マロンが謎の光に包まれたのを目の当たりにして、私は悲鳴にも似た声を上げてしまった。今すぐにでも愛しいマロンの元に駆けつけたいのに、私を拘束しているウォルフ様がそれを許さない。
「こらこら、暴れんなって。それより面白そうなことになってんじゃん!」
妙にうきうきと弾んでいるウォルフ様の声が非常に癪に障る。そしてそれはジャル様も同じだったようで、今まで見たこともないほどに苛立った様子でウォルフ様を睨み付けた。
「ウォルフ、いい加減にアイラさんを離しなさい」
「だから嫌だって言ってんじゃん。それよりさ、そこの獣が何を企んでるのか一緒に見届けようぜ!」
マロンが何かを企んでいるなんて、そんなことあるわけがない。
だって、ミシミシだとかバキバキだとか、猫の体中から聞こえてはいけない音が鳴り続けているから。今まで聞いたこともないくらいに低い唸り声というか呻き声も私の耳に届いた。
マロンが無事なのかどうか心配で心拍数が上がるのを自覚する。バクバクとうるさく脈打つ自分の心臓の音とマロンの苦しそうな声しか聞こえなくなって、不安だけが大きくなっていった。
「マロン……」
そう呟いた時だった。
赤と金で構成された眩い光の塊が、こちらに突進してきたのだ。
「おっ、やるか?」
楽しそうに笑うウォルフ様が、私を捕らえていない方の手を前に出す。そして光の塊……おそらくマロンに対して攻撃を行った。
ウォルフ様の手から光弾が発射される。それは目の前の光の塊にも負けないくらいの強い光を放っていた。
光と光が激しくぶつかる。その瞬間、二つの光はあっという間に弾けて私たちの視界を奪った。
あまりにも眩しくて何も見えない。咄嗟にぎゅっと目を閉じると、私の体を衝撃が襲った。
……いや、その言い方が違うかもしれない。
私を拘束しているウォルフ様にこそ、何かしらの衝撃が加えられたのだから。
「ぐぅっ……!?」
ウォルフ様の口から呻き声が漏れる。その声色は先ほどまでの軽薄さはなく、どこか焦っているようにも聞こえた。
いったいどうしたのだろうかと考える間もなく、ウォルフ様の拘束が緩む。私はこの好機を逃さず彼の腕の中から抜け出した。
だけど目を閉じていても分かるほどに眩しいから何も見えない。そんな中で華麗に着地なんてもちろんできるはずもなく、私の体はそのまま横に傾いた。
その後訪れるであろう痛みを覚悟して体を縮こませる。だけどちっとも痛みなんか襲ってこなくて、その代わりに大きな手とがっしりとした腕の感触が伝わってきた。
「アイラさん!」
今までに聞いたことのない、ジャル様の焦った声が頭上から降ってくる。これはもしかしなくても、ジャル様に抱きかかえられているのではないだろうか。
「ひゃっ、ジャル様!?」
「良かった、無事ですね」
先ほどまでウォルフ様に放っていたような鋭さのない、いつも通りのジャル様の声を聞いて、私は少しだけホッとした。だけどそれも束の間だ。だって、マロンがどうなってしまったのか分からないのだから。
「ジャル様、マロンが……!」
「アイラさん、落ち着いてください」
大きな手が私の目元を覆った。どうしてそんなことをするのだろう? さっきから光が眩しすぎてどうせ何も見えていないというのに。
「ジャル様、どうして私の目を」
「……その、アイラさんには少々、刺激が……強いかと、思い、まして」
ジャル様にしては珍しく、もごもごと言い淀む。いったい何が起こっているというのだろうか。
そんな私の疑問は、耳に届く音とウォルフ様の声でなんとなく察することができた。
どすっ。
「ぐえっ、ちょ、やばいやばい刺さってる刺さってる!」
どんっ。
「ヴッ、お、重……みぞおち……っ」
ばきっ。
「ぎゃあ! これ絶対折れたって!」
ぐしゃっ。
「げぶっ、いや、マジで首狙いは殺意高いだろ!」
ぶしゃっ。
「げぇっ! この出血はさすがに一回くらい死ぬかもしれん!」
危機的状況だろうに、どうにもやかましいウォルフ様の声と物騒な物音の間に、グルル、ガルル、という獣の唸り声が聞こえてくる。
この喉の奥から響いているような唸り声だけど、私には聞き覚えがあった。だけど最近聞いたわけではないと思う。ずっとずっと昔、それこそ前世で。
……って。
「え、ちょっと待って」
この唸り声、それこそライオンとか虎の唸り声に似てない?
私はジャル様の手で視界を遮られているにも関わらず、大きく目を見開いた。もちろん何も見えないかと思っていたのだけれど、ジャル様の節くれ立った大きな手の指にわずかな隙間ができていることに気が付いた。
私はその隙間から必死に外の様子を見つめる。ぐしゃぶしゃとやけに生々しい音が耳に届く中、その発生源であろうウォルフ様の姿を捉えた。
「うわぁ」
そこにあったのは、確実にモザイクがかかるようなそういう類の、スプラッタホラーも真っ青な光景だった。
あらぬ方向に曲がっている腕だとか、噛みちぎられている足だとか、牙が突き立てられている首だとか。
とんでもない状況だというのに、恐怖と言うよりは驚愕の表情で固まっているウォルフ様とか。
そして何より、私の知らない、だけどとてもよく知っている、こよなく愛する猫と同じ毛色と模様をしているネコ科の獣が、ウォルフ様の首元に噛み付きながら鋭い爪をお腹の辺りに食い込ませて血まみれな姿だとか。
そのあまりのショッキングな光景を見て、前世で見聞きしたある言葉が脳裏を過った。
Q:世の中には大型犬はいるのに、なんで大型猫はいないの?
A:大型猫ってつまりはガチでマジの猛獣だから。
ママトジュースをたっぷり吸い込んだ雑巾のごときウォルフ様を、獣は大きな前足で叩く。するとウォルフ様は、勢いよく吹っ飛んでいった。
ごしゃあ、なんて鈍い音を立てて地面に転がるウォルフ様はげぼっ、と血を吐きながら、それでも軽い口調を忘れなかった。
「やば……も、動、けん……」
そんなウォルフ様の元に駆け寄った獣は、トドメと言わんばかりに前足を振り上げる。
そしてぷちっ、と。
前世で、それはそれは嫌われ者だった黒いアイツをやっつけるかのように、ウォルフ様を踏み潰した。
「ナァーオ」
獣の満足げな鳴き声が聞こえるけれど、それはきちんと猫っぽくて。
所々赤く染まっている体毛から目をそらせば、そこにいるのは猛獣だけどただの猫で。
「マロン……?」
「ニャン!」
名前を呼んだら嬉しそうに返事をしてくれる姿は、やっぱりよく知っている貴女で。
いろんなことが一度に起こりすぎたせいで混乱してしまったのだろう、私は現実逃避をするかのような発言をしてしまった。
「おうちに帰ったらお風呂だからね」
「ニャア!?」
お風呂嫌いなおっきなお猫様は、私の言葉を聞いて嫌そうな鳴き声を上げながら血塗れの体をぶるりと震わせる。
……ああ、この子はやっぱり、マロンなんだ。




