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うちの猫が強すぎる!  作者: シンカワ ジュン
第四章 お猫様とご主人さま
61/66

お猫様は、獲物を見据える【ΦωΦ】

     ΦωΦ


 ウォルフの隣に倒れているご主人さまを見て、ジャルがピリピリした空気を纏いつつ口を開いた。


「アイラさんを返してもらいましょうか」


 この言葉を聞いたウォルフは、それはそれはいやらしい笑みを浮かべる。その笑い方は本当に不快で、アタシたちの神経を逆撫でするには十分だった。

 ざっ、と地面を踏み締める音がアタシの耳に届く。それはジャルが一歩前に出た音で、ついでにひどい威圧感も同時に放っていた。


 アタシと同じくらいジャルが怒っている。


 それが理解できたせいか、アタシの怒りのボルテージも更に上がっていく。そうよ、これは怒っていいことなの。

 無意識のうちに、シャアシャアいう声が大きくなる。あの男が隙を見せたらいつでも飛びかかれるようにしなくちゃ。

 注意深くウォルフを観察していると、奴はまたも腹の立つ表情をしながら、これまたアタシたちを激怒させるようなことを言い放った。 


「やーだよ。久しぶりにジャルと遊びたいから、まだ返してやんない」

「このっ……! お前は昔から、一切変わっていないな……!」


 ギリギリ、ビキビキ、ミシミシ。


 アタシの隣に立つジャルから、そんな音が聞こえてきた。


 これは多分ヒトの体からしてはいけない音だと思うわ。だからかしら、サディも「ひょえ」なんて情けない声を出していた。ダニーも「うわ」って言ってたわ。

 そんな二人の声は、幸いというかジャルの耳には届いていなかったようだ。それとも、頭に血が上っていて目の前の男以外の音が聞こえないのか。

 ジャルを気にしつつ、サディが一歩前に出たようで足音がした。アタシはウォルフを警戒しつつサディを見ると、彼女は右手を前に突き出していた。その掌には赤い魔力が集まっている。その魔力からはちょっと攻撃的な力を感じるわ。いいわね、それをウォルフのヤロウにぶち当ててやって。


 珍しくアタシがサディを応援していると、彼女はウォルフに対して啖呵を切った。


「ホント、相も変わらず人を苛立たせる奴だね、アンタは!」

「それがオレのいいところさ。そう思うだろ、サディちゃん?」

「うっげ」


 ウォルフに馴れ馴れしく「サディちゃん」なんて呼ばれたからか、サディは心底嫌そうな表情を浮かべて身震いする。そうね、アタシもウォルフに「マロンちゃん」なんて呼ばれたら同じ顔をすると思うわ。

 そんなことを考えていたら、サディが溜めていた魔力を細い針のようにしてウォルフに向けて放つ。近くに倒れているご主人さまには一切当たらないようにして放たれたそれは、見えない壁に阻まれて弾かれた。

 ご主人さまを避けるように地面に突き刺さったサディの魔力が、地面を埋め尽くしている花に染み入っていく。すると、ウォルフの周囲に咲いていた花がみるみるうちに巨大化し、まるで生き物のようにうねりながら奴に襲いかかった。

 だけど悲しいかな、これもウォルフには通じない。ウォルフは右手を軽く払うだけで、化け物みたいな花をあっという間に枯らしてしまった。


「ふふ、なかなか豪華なプレゼントじゃないか」

「うーん、効かないかぁ」


 ちえっ、と唇を突き出しつつ言って、サディは一歩下がった。


「やっぱりウォルフの相手をできるのはジャルだけみたいだ。だからボクらは、ジャルがウォルフとやり合っている間に、アイラを守ることに全力を尽くすよ」

「俺は余波を防ぐ結界を張るぜ。だからこっちは気にしなくていい」

「ありがとうございます、二人とも」


 ジャルはそれだけ言うと、姿を消した。


 ……と思ったら、一瞬でウォルフの目の前に現れる。そして奴の顔面を鷲掴み、そのままジャルの身長十個分くらい引きずって、勢いよく地面に叩きつけた。

 ジャルの姿が見えなくなったのは魔法なのかと思ったけれど、特に彼の魔力は感じない、つまり今のは魔法でも何でもなく、ジャル自身の身体能力だけで行なったことなのだろう。


 アタシの目でも追うことができないくらいの、速さだった。


 どうしてかしら、ジャルのことは好きなのに……ひどく、悔しいと思ってしまった。

 アタシだって弱くはない。だけど、たった今見たジャルみたいな強さもない。

 あれくらい強くないと、ウォルフとやりあうことはできないの? それじゃあ、アタシの手と爪と牙が奴に届くまで、いったいどれだけの時間がかかるの? 一年? 二年? ……そんなに待てないわ。


 サディとダニーがご主人さまの元へと走っている。アタシも行かないと、ご主人さまの無事を確認しないと。

 頭ではそう思っているのに、アタシの足はジャルとウォルフの元へと向かっていた。

 サディたちの意識がご主人さまに向いているせいか、二人ともアタシの足音に気付かない。だからアタシは身を低くして草花に紛れながら先へ進んだ。


 二人とも、ご主人さまをよろしくね。


 サディたちから十分に離れたところで、アタシは全力で走り出す。アタシの視線の先には、ウォルフを地面に押さえ付けているジャルがいる。一見ジャルが優勢に見えるけど、どうやらウォルフはまだまだ元気らしい。

 奴は勢いよく足を振り上げて、自分を押さえ付けているジャルに攻撃を試みた。ジャルは空いている方の手に魔力を集めて盾を作って攻撃を防ぐが、小癪なことにウォルフも足に神力だと思しき力を込めていたらしく、ジャルの盾に大きなヒビを入れる。

 このままだとウォルフの攻撃が自分に届くと判断したのだろう、ジャルは押さえ付けていた手を離して咄嗟に身を引いた。


「うひゃあ! これひっさびさ! やっぱジャルとやり合うのは楽しいなぁ!」

「私はまったく楽しくないがね」


 心底楽しそうにゲラゲラと笑うウォルフの声が耳障りだ。アタシはスピードを上げたいのをグッと堪える。


 アタシはイエネコだ。だけど、猫であることには間違いない。

 思い出すのよ、野生を。アタシたちはどうやって獲物を狩るのかを。


 身を低くする。

 足音を立てずに移動する。

 耳に神経を集中させる。

 瞳孔を最大限に開いて、動きをつぶさに観察する。

 そして、獲物(ウォルフ)が油断するのをじっと待つ。


 時間がゆっくりと流れているような気がする。ウォルフがわざとらしく腕を広げ、そして下ろす。大仰な動きは余裕の表れにも見えるけれど、アタシは気が付いた。ウォルフの動きの一つ一つに、警戒心や緊張感が滲んでいることを。


「それにしても、ジャルってばもしかして昔より強くなった? さっすが、魔王をやってるだけのことはあるな」

「お前に褒められてもまったく嬉しくない。むしろ腹が立つ」

「ヒッデーなぁ、オレのことそんなに嫌わなくてもいいじゃんかよ」

「寝言は寝て言え。そもそも私に嫌われるようなことばかりしているのはお前だろう」


 軽口を叩くウォルフと、それに対して冷たく返すジャル。二人の間になんとも言えない緊張感が走っていた。


 その緊張感に先に耐えられなくなったのは、やはりというか、ウォルフの方だった。


 ウォルフの指先がゆら、と揺れる。先ほどまで感じていた緊張感が、その指先からだけ抜けたことが分かった。


 それを理解した瞬間、アタシは勢いよく飛び出す。

 狙うはもちろん、奴の指先。


 アタシは自慢の爪を出し、ウォルフの指を引っ掻いた。

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