お猫様は、激痛に耐える【ΦωΦ】
ΦωΦ
アタシがいつにも増して真剣な態度を取ったからかしら? ジャルはいつも以上に優しくアタシの頭を撫でて、それから背中の方に滑らせる。そして、なんだか温かいものをアタシの体の内側に流し込み始めた。
この温かいものがマリョクっていうものなのかしら? チューシャとかお薬とか、そんなものを想像していたから拍子抜けしちゃったわ。だって、マリョクってとってもあったかいんだもの。
「ナァ」
気持ち良くてうっかり目を細めてしまう。どんどん体がポカポカしてきたわ。まるで窓辺でお昼寝をしている時みたいな感覚ね。
だんだんと本当に眠くなってきて、アタシは少しウトウトしてしまう。もうこのまま丸くなってしまおう、なんて考えたのがいけなかったのかしら。
「ゥミギャア!」
マリョクがアタシの体の中心まで流れてきた、ってなんとなく分かったその時、思わず叫んでしまうくらいの痛みが全身を襲った。アタシの体の一番奥の部分に、このあったかいマリョクを拒む何かがあるみたい。
いつものアタシなら、きっとジャルに対してネコパンチするか引っ掻いたりとかしたと思う。だけど、アタシはご主人さまの次にジャルのことが好きなの。だから、なんとか我慢できたわ。
「マロンちゃん、すみません、辛いですよね……でも、もう少しだけ耐えてください」
「ニャ……」
ジャルの言葉に返事をしたけど、自分でもびっくりするくらいか細い声だった。痛みのせいで声が出せなくなってるみたい。
それからしばらく。
唸り声が漏れ出ることが何度かあったけれど、痛みはずいぶんとマシになったわ。だからかしら、ジャルのあったかいマリョクがまた気持ち良くなってきたの。
少し余裕が出てきたアタシは、さっき感じた体の奥にある何かに意識を向けた。
その何かは、今はジャルのマリョクをそんなに拒んでないみたい。ご主人さまがお鍋のすーぷをかき混ぜるみたいに、何かとマリョクがぐるぐる回っている。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ずっと回っていると思ったのに、それはいつの間にか溶けて混ざり合っていた。
――なんだか不思議な感じがするわ。ふわふわして、ぬくぬくして、ゆらゆらして。大好きなおやつを食べた後のような満足感や、冬の寒い日にご主人さまの腕の中に収まって眠るような安心感もあって。
この不思議な感覚の正体。それは、アタシの中を巡っている二つの力だ。
そう認識できた次の瞬間、二つの力はアタシの全身に染み渡るように広がっていった。体の中心から足先、耳の先、尻尾の先、それこそおひげの先にまで。
気付いた時にはもう、さっきまでの激痛が嘘のように無くなっていた。
「マロンちゃん、大丈夫ですか?」
アタシの体から手を離したジャルが、心配そうに話し掛けてくる。
「ニャン」
もう平気だと伝えるために短く鳴いて、アタシは顔を上げた。
ジャルだけじゃなくて、サディとダニーも情けなく眉を下げてアタシを見ている。そうよね、痛みで思わず叫んでしまったんだもの、二人も驚いたはずだわ。サディなんか今にもアタシに抱きついて無事を確認してきそうよ。
さすがに抱きつかれるのは勘弁してほしかったから、アタシはわざと大げさに伸びをして顔を洗ってみせた。それこそいつも通りの、リラックスしている時にする行動を。サディは普段からアタシのことをよく観察しているから、これだけでアタシの体が大丈夫なことを察してくれたわ。
「……どうやら大丈夫みたいだね。でもよかった、キミに何かあったらアイラに顔向けができないところだったよ」
……そういえばそうね。これでアタシの身が無事じゃなかったら、きっとご主人さまはとても悲しんだわ。でも、結果的にこうして何事もなかった。だから、そんなに辛そうな顔をしないでよ、サディ。アナタがそうだと調子が狂うじゃない。
「ニャア」
そんなことより、ご主人さまとあのいけ好かないオス……ウォルフの居場所は分かったの?
アタシは『変換器』とやらの台座の上を二回ぐるりと回ってお座りする。そして短く「ニッ」と鳴いて、右手で台座をテシテシと叩いた。
どうやらこれでなんとなくアタシの言いたいことを分かってくれたらしい。ジャルはハッと顔を上げると、サディたちに確認するように指示を出した。
「神力の変換は無事にできていますか?」
「ああ、できているみたいだぜ」
「機材も途中で変な挙動を示していなかったから、不純物も混ざっていないはずだよ」
指示を受けた二人はテキパキと変換器の中身を確認している。
サディが変換器の本体らしい部分にある取手に手をかけ引っ張ると、パカリと小さな扉が開いた。そこには透明な容器が入っている。
「うわあ、結構な神力が込められていたみたいだね。移動秘術で使用するにしては神力の量が異常だよ」
そう言いながら、サディはジャルに容器を手渡した。それを見てダニーも驚いたように声を上げる。
「リオン坊ちゃんは、ウォルフの奴が異次元にいるって言ってたが……それにしても確かに多いな」
「そうですね。あのウォルフのことですし、痕跡を残しているのはわざとだろうとは思っていましたが……この量はさすがにわざとを通り越して嫌がらせの域ですよ」
ジャルが呆れたように呟いて容器の中身をじっと見つめる。アタシもつられてそれに視線を移した。
容器の中には、赤い何かがみっちりと詰まっている。よくよく見ると、それは小さな赤い光りの集合体のようだった。これはアレね、ご主人さまが見たら鳥肌を立てるやつだわ。
「この量をこの場で開放するのはさすがに危険ですね」
「それじゃ裏の広場に行こう。あそこ最近使ってないから、地面が少々抉れるくらいは大して問題ないよ」
「……地面が抉れないように私の方で調整しますよ」
サディの言葉を聞いて、ジャルは微妙な表情を浮かべながらそう答えた。




