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うちの猫が強すぎる!  作者: シンカワ ジュン
第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常
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魔王様の専属シェフは、性悪神とやり取りする

 少し想像力を働かせてみればすぐに分かることだった。

 この性悪の神様が、何も考えずに人に力を与えるわけがないということに。


「残念だったなぁ? この獣の力がオレに通じなくて」


 ウォルフ様は言いながら実マロンの首根っこを掴んで持ち上げ、腹の立つ笑みを浮かべた。私たちでは彼に対しての有効打が何一つないことを分かっているのだ。


「さあて、オルカリムについて軽くネタバラシしたところで、そうだなぁ……ジャルが焦る姿も見たいし、お前さん、オレに拐われてくれね?」

「……は?」


 ウォルフ様の口から飛び出した言葉の意味が理解できなくて、私は情けない声を漏らしてしまう。

 というか、彼は今なんて言った? 拐われてくれ?


 それはつまり、私を……誘拐するっていうこと?


「え、突然何言って……」

「あれ、分かりにくかった? お前を拉致するって言ったんだけど」

「いや、意味が分かったから何言ってんのか聞いてるんだけど?」


 自分でも言葉遣いがだんだん悪くなって言っているのを感じる。それほどまでにウォルフ様の言い分は不快で私を苛立たせた。

 この私の態度を見ても、ウォルフ様は別に気分を害してはいないようだ。それはたぶん、私たちが彼にとって取るに足らない存在だからなのだろう。

 それが理解できるからこそ悔しくて歯噛みする。マロンも私と同じ気持ちなのか、首根っこを掴まれていながらも器用にシャーシャー言っていた。


 それにしても、この神様はどうして私なんかを誘拐しようとしているのだろう。


 自分で言うのもなんだが、一部下としては私はジャル様に気に入られている方だと思う。専属シェフという特別な職に就いているところから見ても間違いはない。


 だけど、それだけだ。


 ジャル様は優しいから、魔族よりも脆弱な人族である私をとても気遣ってくれる。それこそ一国の王様とは思えないほどに。

 些細なことに対してもへにょんと眉を下げて謝罪してくるから、私はいつも内心で「王様がそんな簡単に謝っちゃいけない」って呟いているけど、この思いにはちっとも気が付いてくれない。普段はこっちがびっくりするくらいになんでも察してくれるのに。


 そこまで考えて、私は軽く頭を振った。いけない、雑念を追い払わないと。どこからどう見てもチャラ男かパリピなウォルフ様だけど、彼は先々代の神王様なのだ。そんなウォルフ様と相対するのだから、少しでも冷静でいないと。


 気を強く持つために短く息を吐いて、グッと顔を上げる。ウォルフ様は黄金の目を楽しそうに歪めて、私を見据えた。


「いいね、その目」


 いったい何がいいというのか。


 まったく理解できないウォルフ様の思考回路のことなど考えても仕方がない。私はこの状況をジャル様とダニーさんにどのようにして伝えるか、必死に頭を働かせた。


 大声を上げる……は、ダニーさんには聞こえるかもしれないけれど、たぶん彼がここに来る前にウォルフ様に拐われて終わりだろう。この場から逃げ出すのも同様に無理そうだ。

 そうなると、どうにかして話を引き伸ばしてダニーさんに探しに来てもらうという方が現実的か。だけど、この神様が素直に私の話に付き合ってくれるとも思えない。


 ……これは、詰んだな。


 私に何か特別な力でもあれば少しは希望が見えたのかもしれない。もちろんそんな力なんてあるわけもないので、空想に期待を込めるなんて虚しいだけだ。

 そこまで考えて、ふと……ジャル様の専属シェフになる前に聞いた言葉を思い出した。


 ――最近はおじいさまの力の発露を感じ取っていないのに。


 マロンに授けられたオルカリムを調べたあの日、リオン様が確かにそう言っていた。

 つまり、リオン様はウォルフ様が何かしらの力を使えば、細かい場所の特定ができるかどうかは別として感じ取ることは可能なはずだ。


「そういえば、ウォルフ様はどうやってこの船に乗ったんですか?」

「うん? それ気になる?」

「そうですね、気になります。少なくともあなたの存在を知っていたら、ジャル様が何かしら対応をされていたと思いますし」


 話を引き伸ばしつつ情報を探る目的もある質問を投げかけてみた。ウォルフ様がこの質問に答えてくれるかどうかは一つの賭けであったけれど、どうやら勝てたらしい。

 彼はニヤニヤ笑いのまま、私の質問に答えてくれた。


「オレがどうやってこの船に乗ったかっていうと、まあ簡単に言えば密航だな、密航。道具の点検が終わった瞬間を見計らって直後にこっそり侵入しのさ」

「こっそり? ウォルフ様ほどの方であれば堂々と乗船してもバレない方法があるのでは?」


 少しわざとらしいかもしれないが、暗に「力を使っていないのか」と尋ねてみる。するとウォルフ様は、ああそれね、と特に何かを気にしている様子もなく口を開いた。


「姿隠しの秘術もあるにはあるけど、オレってば持ってる神力が強力だからなぁ。力を使うとすーぐ神族に居場所がバレて追っかけ回されるから、それが嫌で基本的には別次元からこの世界に干渉するようにしてんだよね」


 やはり思った通りだった。思った通りだったけど、さすが神様というか、なかなかにスケールの大きいことも聞かされてしまった。


 別次元からこの世界に干渉する。この言葉を聞いた瞬間、すごく嫌な予感がした。そしてこの嫌な予感は、ウォルフ様の浮かべている笑みがいっそう深くなったことで確信に変わる。


「……と、いうワケで、お前をこのまま別次元に誘拐しようと思うんだ」

「サラッと恐いこと言わないでください」


 どうしてこの神様はこんなにも傍若無人なのか。この神様の自分勝手のせいで前神王様やリオン様、ジャル様も苦労しているというのに。


 なんだろうか、現在危機的状況だということは分かっているんだけど、ウォルフ様の綺麗なお顔を一発叩いてやらないと気が済まない。こう、華麗にビンタをかましてやりたい。

 私の腹の底で煮え滾る怒りが伝わったのか、ウォルフ様はわざとらしく方をすくめた。


「おお、恐い恐い。そんなに睨まないでくれよ。そこそこ可愛いかもしれない顔が台無しだぜ?」


 褒めてるのか貶してるのかよく分からない言い回しをしたウォルフ様は、それじゃ、と今日一番の憎たらしい笑みを浮かべるとぺいっとマロンを後ろに放り投げた。


「ミャー!」

「マロン!」


 このままでは海に落ちてしまう!


 慌てて駆け出そうとしたけれど、ウォルフ様に行く手を阻まれてしまった。


「どいてください!」

「嫌だね。お前はオレに大人しく誘拐されればいいんだよ」


 あまりにも傲慢な物言いに今度こそ堪忍袋の緒が切れそうになるも、ウォルフ様に腕を掴まれた瞬間にいつかも体験した……ポータルを利用した時と同じような浮遊感と落下感、前後左右が分からなくなる感覚と高速で回転しているような感覚が襲ってきたことで何もできなくなる。


 こうして、私はウォルフ様にあっさりと誘拐されてしまったのだ。

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