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うちの猫が強すぎる!  作者: シンカワ ジュン
第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常
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魔王様の専属シェフは、海へ出る

 空は雲一つない快晴、気温も適温、海も時化ていない。

 今日は絶好の漁日和だ。

 私たちは漁に出る漁船の中でも一際大きいものに乗船し、心地の良い潮風を全身で浴びていた。


 本来は早朝から漁に出るのだそうだが、私たちが船に慣れていないだろうからと、こうして日が昇ってからの出港になったのだ。

 マロン共々船の揺れに身を任せていたところ、少し離れたところでジャル様とダニーさんが何やら難しい表情を浮かべていることに気が付いた。

 どうしたのだろうかと思い耳を澄ませてみると、二人の声が潮風に乗って私の元へやって来る。


「いつもならイオタが飛んでるんだが姿が見えねえ。空を見ても嵐が来るなんて思えねえし……まさかとは思うが、この海域に神獣が迷い込んだのか?」

「その可能性はありますね」

「ちょっと確認してみるぜ」


 ダニーさんは言うと、甲板に設置している通信具らしい魔道具を操作する。それからしばらく何やら話し込んでいる様子だった。

 私は足元でゴロゴロしていたマロンを抱き上げてジャル様の元へと向かう。ジャル様は私の姿に気が付くと、しわの寄っていた眉間を少しだけ揉んでいつもの柔らかな表情を浮かべた。

 まったく、ジャル様のこの表情はつくづくずるいと思う。

 私はつられて小さく笑ってから、先ほどの会話が聞こえていたことを伝えた。


「あの、先ほど神獣が迷い込んだかもしれないという話をしていましたよね?」

「ああ、やはり聞こえていましたか。不安にさせてしまいましたよね、すみません」


 眉尻を下げて私に謝罪するジャル様は、相変わらずわんこっぽい。そんな失礼なことを考えてしまったけれど、たぶんジャル様は笑って許してくれるだろう。もちろん言わないけれども。

 私は内心を悟られないようにへら、と笑ってから、ジャル様の言葉に対して首を小さく横に振った。


「いいえ、ここにはジャル様もダニー様もいますから、そんなに不安はありませんよ」


 海の上というのは逃げ場がないも同然だけど、それでもやはりジャル様がそばにいるという事実はひどく安心できる要素だ。何せ、サディさんに「この世界で一番強いのはジャル様」と言わしめたくらいだ。

 私たちが簡単な言葉を交わしている間にダニーさんも通信を終えたようで、こちらへ早足で戻ってきた。


「思った通りだ。今日はあまり魚が揚がっていないらしい。特に小さい魚種が軒並み全滅だそうだ」

「小さい魚種が全滅となると……もしや、ヴァイスでしょうか?」

「かもしれねぇな。しかし、迷い込んでいる神獣がヴァイスなら、早々に討伐しないとヤバいことになるぞ」


 ヴァイス、という聞きなれない単語が私の耳に届く。それが神獣の名前なのだろう。それにしてもそのヴァイスとやらだが、ダニーさんにはっきりと「ヤバい」と言わせるくらいだ。いったいどんな厄介者なのだろうか。

 少しばかり興味を抱いたので、私はヴァイスについて二人に尋ねることにした。


「ジャル様、ダニー様、そのヴァイスというのはいったいどんな神獣なんですか?」


 この私の質問に、ジャル様たちは快く答えてくれる。


「ヴァイスっつーのは、他の神獣の例に漏れず真っ白な体躯をしているんだが、こいつは体がでかいんだ」

「それこそ体長は十エルトを優に超えます。幸いなのは、ヴァイスは他の神獣と比べたら大人しいことでしょうか」

「まあ、大人しいっつったって体がでかいから、餌となる魚もよく食うのさ。それこそ今日みたいに小魚がいなくなるくらいにな」


 十エルトを超える巨躯に、小魚を食べ尽くすほどの大食らい。確かに、主に海の恵みで生活しているだろうテーラにとっては、いくら大人しいとはいえヴァイスはかなり迷惑な神獣のようだ。

 でも、海に出る神獣か。いったいどんな姿をしているのだろう? 見たいような、見たくないような。

 そんなことを考えた時、私に抱っこされていたマロンの耳がピクピクと動いた。


「ナァオォ」


 普段は聞かないような、あんまり可愛くない鳴き声を上げるマロンに、私だけでなくジャル様も驚く。


「マロンちゃん、どうしました?」

「この鳴き声は……何か警戒してる?」


 どことなく何かを威嚇しているようにも聞こえる声だ。尻尾も不機嫌そうにブンブン振っている。


「もしかして、そのヴァイスっていう心中が近くにいるの?」

「ゥナァオ」


 私の言葉を肯定しているのだろうか。マロンは鳴いて、毛をぶわりと逆立たせた。


「おい、そいつどうしたんだ?」


 マロンの毛が膨らんでいるところを初めて見たダニーさんが目を丸くする。だけど、マロンがこんな状態になったことで何かただならぬ気配は感じ取ったのだろう。彼はすぐに周囲の漁船に港に戻るよう指示を出していた。

 ダニーさんの指示はすぐに行き渡ったようで、たくさんいた漁船たちが進路をテーラに変更する。それを確認したダニーさんは、よし、と一つ気合を入れた。


「網の引き上げも終わったな。海に落ちている奴もいないな? ……それじゃ、やるぞ」


 大きく深呼吸をしたダニーさんは右手を高く掲げる。次の瞬間、彼の体が発光し、右手を起点にしてその光が海の各地に飛び散った。光は海の中に入り込むと、かなりの広範囲に広がっていく。これはいったい何の魔法なのだろうか。

 私が不思議そうに光を見ていたからか、ジャル様が簡単に説明してくれた。


「この光はいわば結界です。ダニーはこの結界魔法をもっとも得意としているのですよ」

「へぇ、そうだったんですね」

「おうよ。まあ、それもあってこのテーラの管理者なんてもんをやってんだ。海から来る神獣を押さえ込むには、海そのものに結界を張らないといけねえからな」


 ダニーさんは簡単に言うけれど、明らかにとんでもないことではないだろうか。海そのものに結界を張るというのがある意味で壮大すぎて、私の貧弱な脳みそでは理解が追いつかない。


「ひとまず、この結界でヴァイスがこっちの船に被害を出すことはなくなったはずだ。船が全部港に戻ったのを確認してから、ヴァイスがどこにいるか探し出して、討伐だな」

「そうですね」

「俺たちも一旦戻るぞ。結界を張ってるとはいえ、海の神獣を船上で相手するのは悪手だ」


 ダニーさんの一声で、この船を操縦している乗組員の人たちも慌ただしく動き出す。大きく右に回って進路をテーラの港に向けると、出航したときよりも上の速度で港へと舵を切った。


 その時だった。


 ガゴン! という鈍い音が、私たちの耳に届いたのだ。


 大きな船体すらも震わせるその音は、きっとダニーさんの結界を破ろうとして発せられているものだろう。


 そう……たった今話をしていたヴァイスが、私たちの前に現れたのだ。

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