魔王様の専属シェフは、二日酔いで具合が悪い
「うう……あたまいたい」
眩しい光で目が覚めて、見知らぬ天井に驚いて、次いで襲ってきた頭痛に驚いて呻き声を上げる。
どうやら私は二日酔いとやらになってしまったらしい。まあ、『潮騒亭』で調子に乗ってランジューワインをがぶ飲みしたから、こうなることは当然だろう。
それにしても、ここはいったいどこだろう?
痛む頭を押さえながらゆっくりと体を起こしてみれば、なかなかに豪奢な調度品が目に飛び込んでくる。キラキラしているのとはまた違うけれど、装飾がかなり立派なものばかりだ。
よくよく観察しなくとも、私が寝ていたベッドもかなりの上物だ。ほどよい反発力を持つふかふかのベッドは、お城で使用されているものに引けを取らないだろう。
そこまで考えてようやく冷静になった私は、ぽつりと呟いた。
「……ここ、もしかして宿屋?」
いや、もしかしなくても宿屋だ。どう考えても高級な宿屋だ。
「嘘でしょ……私、お酒の飲み過ぎで寝ちゃったの?」
確か、潮騒亭で食事をしたのはまだ昼前だったはず。それだというのに、この外の明るさはなんなのだ。
「まさか私、丸一日寝てた?」
むしろ、考えられるのはそれくらいだ。そして私が宿屋で寝ていたということは、ここまで運んでくれた人がいたはずだ。
それはいったい誰なのか。
……あまり考えたくはないけれど、きっと、おそらく、あの人だろう。
「ニャアン」
「ああ、目が覚めましたか?」
頭を抱えていた私の耳に、マロンとジャル様の声が届いた。慌てて顔を上げると、そこには水差しとコップが乗っているお盆を手にしたジャル様が立っていた。
どうして国王様が水を運んでいるのかという疑問が湧き上がるが、それをさせている原因がほぼ間違いなく自分にあるであろうことは分かる。
だから私は、掛けられていた毛布を慌てて剥ぎ取って誠心誠意を持って土下座をしようとした。しようとしただけで、不恰好に頭を下げるだけになったけれど。
「ジャル様、申し訳ありません! 私ってば、酔ってこんな時間になるまで寝てるなんて!」
この私の謝罪は、ジャル様にとってあまりにも突然のものだったのだろう。彼は驚いたように声を上げた。
「ア、アイラさん! そんなふうに頭を下げる必要はありませんよ。元はといえば、ダニーに飲酒を許可した私が悪いのですから。そんなことより、頭を上げてください。よく冷えたラモナ水です。気分がすっきりしますよ」
「うう……ありがとうございます……」
ジャル様の優しさに甘え、私は顔を上げた。そして彼の手から爽やかな香りのラモナ水を受け取りちびちびと飲む。ほのかな酸味が二日酔いの気持ち悪さを癒してくれた。
ラモナ水を飲み干して、ベッドサイドの小さなテーブルにコップを置く。するとこのタイミングを待っていたと言わんばかりに、マロンが私の膝に飛び乗ってきた。
「ニャン!」
可愛く一声鳴いてから、私の手に頭を擦り付けてくる。この仕草は甘えたくて仕方がない時のものだ。
「ふふ、マロンは可愛いねぇ」
この状態のマロンはとても気前がいいので、ひたすらにごねごねと撫で回すことができる。頭や顎はもちろん、耳の付け根に首元、背中、尻尾の付け根、なんならお腹だって撫でさせてくれるのだ。
しばらくマロンを撫でていた私だったが、一際強くズキンと頭が痛んだことでその手が止まる。うう、と小さく呻いていると、ジャル様が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「アイラさん、頭痛がするのですか?」
「は、はい。二日酔いみたいで……」
ちょっと恥ずかしかったけれど、私は自分の状態をジャル様に正直に伝える。これ以上ジャル様の手を煩わせるのもどうかと思うけれど、痩せ我慢して状況を悪化させる方が後々に響くと考えたら、こっちの方がいくらかいいはずだ。
私の「二日酔い」という言葉を聞いて、ジャル様はああ、と頷いた。
「お酒が残ってしまいましたか。それなら、もう少しゆっくり休んでいてください」
「え、ジャル様、視察は……」
「視察は大丈夫ですよ。ダニーからいくつか報告を受けて、その件で処理しなければならない書類が出てきましたので」
そう言ったジャル様の表情は穏やかだったけれど、少しばかり怒りが滲んでいたのはたぶん気のせいではないだろう。
そうか、ダニーさんもサディさんと同類なのか……。
「……アイラさんが考えていることはなんとなく分かりますよ。まあ、ダニーの名誉のために言っておきますと、彼のそれはサディと比べたら至って常識の範囲内ですよ。今回はたまたま提出書類に不備があった程度ですから」
その程度なら、良かったといえるかもしれない。提出書類の不備なんてもちろん無い方がいいんだけれども、前世でも度々起こることだった。
そんなふうに納得したのも束の間。
「まあ、基本的に毎回不備があって本処理までに三ヶ月くらい掛かるんですけどね」
……これはこれで大問題じゃない?




