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うちの猫が強すぎる!  作者: シンカワ ジュン
第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常
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魔王様の専属シェフは、大衆食堂へ向かう

 競りも一段落したらしい魚市場を出て、次に賑やかな市場を抜けて、そうして辿り着いたのは『潮騒亭』という大衆食堂のような場所だった。


「ここの魚介のフリッターが最高に美味いんだ。もちろん他の料理も美味いぜ。しかも、この時間から酒も提供してくれるんだ」


 ダニーさんはそう言って笑う。この様子だと、彼はこの時間……まだ昼前から常習的にお酒を飲んでいるようだ。


「何度も言いますけど、お酒は駄目ですからね、ダニー」

「分かってるって」


 本当に分かっているのだろうか、とジャル様は頭を抱えてしまう。そんな彼の心労などまったく気にしていないらしいダニーさんは、からからと笑うだけだった。

 それじゃ入ろうぜ、なんて軽い口調で先導するダニーさんに続き、私たちも潮騒亭に足を踏み入れる。店の広さはどちらかというと少し狭めで、カウンター席がメインのようだ。

 それにしてもランチタイムにはまだまだ早いからか、お客の姿は無い。むしろまだ準備中なのではなかろうかと思えるほどの静けさだ。


 ……いやこれ本当に準備中なんじゃないの?


「おーい、店主ー!」


 あまりの人気の無さに戸惑っている私とジャル様を置いて、ダニーさんがなかなかの声量でカウンターの奥に声をかける。すると、カウンターの奥にあった小さなドアの向こうから、がなり声が聞こえてきた。


「ダニー、またお前か! うちは昼過ぎから営業だって何度言ったら分かるんだ!」

「いーじゃねーか、俺とお前の仲だろう?」

「ああそうだな! お前さん、金払いだけはいいからな!」


 そう言いながら現れたのは、小柄な年配の男性だった。白い髪に白い口髭、日によく焼けた肌が印象的なその男性は、清潔感のある白い服を着ている。

 男性は初めダニーさんしか目に留めていなかったけど、すぐに私たちの存在にも気が付いたようで「お?」と目を丸くした。


「なんだい、お前さんの連れか?」

「ああ。紹介する。こっちのでかいのが昔からの友人のジャルで、こっちの嬢ちゃんがアイラっていうんだ」


 男性は私とジャル様をじっと見つめると、ふうん、と小さく頷いた。


「お前さんにしては珍しいな、人を連れて来るなんてよ」

「そりゃあこの二人たっての希望だからな。美味い飯屋を紹介してくれってよ」

「美味い飯屋と言ってもらえるのは嬉しいねえ。ささ、お客さん、適当な席に座ってくだせえ。まだ準備中なんで料理の提供はもう少し時間をいただきますが」

「ええ、お構いなく。こちらこそ、準備中だというのに迷惑をおかけしてすみません」

「お客さんが謝ることはねえよ。謝らせるならダニーにだぜ」


 ジャル様がまだ準備中のお店にお邪魔したことをお詫びするけれど、男性は気にしてないと笑う。ジャル様はもう一度軽く頭を下げてから、男性に促された通りにカウンター席に腰掛けた。ちなみにダニーさんは定位置があるのか、ジャル様よりも先にカウンターの一番端の席に座っていた。

 私も二人に続くようにしてジャル様の右隣に腰を下ろした。

 男性は私たちが着席したのを確認してから、開店準備のためにだろう、お店の奥に引っ込んでしまった。


 そういえば、ジャル様と向かい合わせはあれど、隣に座るなんて珍しい状態だなぁ、なんて頭の隅で考えてしまう。お店が少々狭いことも相まって椅子の配置が詰まっているのか、ジャル様との距離も近い。


 ……どうしよう、ちょっと緊張してきた。


 ソワソワと落ち着かなくてモゾモゾしていると、ジャル様の右腕と私の左腕がこつりとぶつかる。それに気が付いた瞬間、私は反射的にこれ以上ないくらいに縮こまって、できる限り体を右側に寄せた。

 ガチガチに固まっている私に気が付いたのだろう、ジャル様が私を気遣うように声をかけてきた。


「アイラさん、そんなに椅子の端に座っていては疲れてしまいますよ」


 そんなこと言われても、正しい位置に座るとジャル様の腕にぶつかってしまうんです、なんてもちろん口に出せるはずもなく。

 私は一度立ち上がってから、ゆっくりと椅子に座り直そうとしたのだが、ふにゅ、とお尻に柔らかい感触が伝わってきたのと同時に「ミッ!」という短い鳴き声が耳に届く。

 その正体は深く考えるまでもなく、もちろんマロンのものだった。


「わっ、マロンごめん!」


 というか、今の一瞬でこの子私の椅子に登ってきたの!?


 私は慌ててマロンを抱き上げ、はっとなる。

 職場であるジャル様の執務室隣の厨房ならまだしも、そもそも飲食店にペットを連れて来てもいいの? いや、よくない。

 この世界ではペット文化があまり根付いていないとはいえ、食事を提供するお店に動物を連れ込むのは衛生的によろしくないのは確かだ。

 真っ先に確認しなければならないことだったのに失念していた。このお店の店主である男性に、マロンを同席させてもいいか聞かなければならなかった。


「あの、すみません!」


 私はマロンを抱き上げて店の奥にいるであろう男性に声を掛ける。男性はダニーさんの時に見せた反応とは違い、穏やかな様子でドアの向こうからひょっこりと顔を覗かせた。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「えっと、この子……マロンっていうんですけど、この子もお店の中に入れていてもいいですか?」


 ふすふすと鼻を鳴らすマロンを男性にも見えるように持ち上げる。男性はマロンの姿をその視界に収めると、カッと目を見開いた。その表情は怒っているというよりは、驚愕に染まっているといった感じだろうか。

 男性は口を何度かぱくぱくとさせたかと思うと、悲鳴にも似た大声を上げた。


「猫じゃねえか!」


 久しく他人の口から聞いていなかった『猫』というマロンを表す単語に、今度は私の方が目を丸くする番だった。

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