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うちの猫が強すぎる!  作者: シンカワ ジュン
第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常
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魔王様の専属シェフは、魔王様から視察への同行を提案される

 ふんふんと鼻歌を歌いながら厚めにスライスしたナプリアを砂糖で煮詰めている私の耳に、厨房のドアが開く音が聞こえてきた。そのドアが繋がる先はジャル様の執務室なので、この部屋に入ってくる人物は一人しかいない。


「お疲れ様です。甘い良い香りですね……今日は何を作っているのですか?」


 その人物であるジャル様が、マロンを抱っこして私の元へやって来た。実は最近、こうして私が料理しているところを覗きにくるようになったのだ。彼曰く、料理が出来上がっていく工程を見るのが楽しいらしい。


 ジャル様の専属シェフとはいえ、私はプロの料理人ではない。お城の料理人の方々にいろいろ教わって以前よりは上手になったと思うけれど、それでもやはり家庭料理に毛が生えた程度の腕前だ。

 だけど私だけが持つ強みとして、異世界の料理を知っているということが挙げられる。オムライスしかりプリンしかり。

 この世界では、野菜と肉の煮込み料理……今日作る予定のポトフや、以前ジャル様に振る舞ったことのあるシチューなどは家庭料理として広まっている。ステーキやハンバーグ、ミートローフなんかの焼きものも一般的な料理だ。

 だけどそんな料理たちも、私の作り方とは若干違ったりする。なんというか、よく言えば発展途上、悪く言うと少し雑、なのだ。それはそれで美味しいものだけれど。あともちろん、高級なレストランやお城の料理は洗練されている。ただ少し残念なことに、一般的に普及している料理の種類が少ない。

 そう感じてしまう理由については、前世が日本人だったという関係してくるだろう。何せ日本には各地に名物があるし、更に世界各国の料理を食べることができるという恵まれた環境だったから。

 だけどこれは、私が魔王国についてほとんど知らないからそう思うのだ。地方に行けばその土地特有の料理もたくさんあるはずだ。海が近ければ海鮮料理が多くなるように。


 うーん、今後の勉強のためにも現地に行っていろんな料理を食べてみたいな。だけどそれも難しいか……お城を離れるのは難しいだろうから。


「おや、どうしました? 難しい顔をしていますが……」

「あ、すみません! 少し考えごとをしていて」

「考えごとですか?」


 私の言葉を聞いて何を思ったのか、ジャル様の凜々しい眉がへにょんと垂れ下がる。これはいけない。とても出来た上司を不安にさせるのはいかがなものか。

 私はジャル様の不安を払拭するために、慌てて今し方考えていたことを伝えた。


「今後の仕事に役立てるために、魔王国の料理をいろいろ食べてみたいなと思っていたんです」

「魔王国の料理をですか?」

「はい。私が住んでいたのは森の近くの田舎村だったので、そんなにいろんな料理を食べたことがなくて。海沿いの町なんかに行けば、この国の海鮮料理が食べられたりしないかなぁ、と」


 この言葉に、ジャル様はなるほどと頷いた。彼は左手だけでマロンを抱っこしつつ、右手を顎の下に持っていきふむ、と思案顔をする。

 しばらく何ごとか考えていたジャル様だったが、一分もしないでそれならば、と口を開いた。


「今度、私と一緒に視察に向かいませんか? 襲撃のあった砦よりも手前に神王国と交易を行っている港町があるのです」


 ジャル様の視察に、私が付いて行く?


 まさかそんな提案をされるなんて思ってもみなかった。だけど、私が行っても邪魔にならないだろうか? 私はあくまで魔王様の専属シェフでしかないのだし。

 私の抱く不安が伝わったのか、マロンがにゅるりとジャル様の腕をすり抜けて着地する。そしてそのまま私の足に頭を擦り付けてきた。


「わ、マロン、くすぐったいよ」

「ニャン」


 すりすり攻撃が止まぬ中、ジャル様が小さく苦笑して大丈夫ですよ、と私を安心させるように言う。


「私は昔も専属シェフを連れて視察に向かっていたので気にしないでください。ただ、身の回りの細々としたお世話を頼むこともありますので、アイラさんの仕事を増やしてしまう形になりますが……それでもよければ、いかがですか?」


 そのような話なら気後れすることもないかもしれない。ジャル様の身の回りのお世話と言っても、たぶんほぼ無いに等しいだろう。今でも自分のことは自分でしている方だ。


 なんとも魅力的な申し出に、私はほんの少しだけ悩んで頷いた。


「お邪魔でなければ、私もお供させてください」


 この返事に、ジャル様はサディさん顔負けの眩しい笑顔を浮かべる。私はなんだか、顔が熱くなったような気がした。




 ジャル様からの視察同行のお誘いで忘れそうになっていたけれど、私は今ナプリアのフィリングを作っているんだった。

 話をしながらも手はずっと動かし続けていた私えらい。ナプリアは無事に焦げ付くことなくしんなりとなった。

 まだ熱いナプリアを小皿に取り、シナモンによく似た香りの香辛料を振りかける。この私の手の動きをじいっと見つめているのは、誰であろうジャル様だ。大の大人だけれど、こういうところはちょっぴり子供っぽい。

 可愛いなあ、なんて本人にはとても言えないことを心の中で呟いて、出来立てのナプリアのフィリングをジャル様に差し出した。


「味見をどうぞ」

「え、いいんですか?」


 言葉は遠慮しているけれど、声は弾んでいる。

 なんだか分かりやすい反応で、私は小さく笑ってしまった。


「もちろんいいですよ。ただ、まだ少し熱いので火傷に気を付けてください」

「はい、ありがとうございます。わあ、いい香りですね! いただきます」


 いただきますという、私が食前の挨拶にいつも付け加えている言葉を、いつからかジャル様も口にするようになった。なんだかむず痒いけれど、毎日自分に感謝を捧げられているジャル様はもっと気まずいだろうからおあいこだろう。

 ジャル様はふうふうとナプリアを冷まして口に運ぶ。大きめのものを選んだつもりだったけれど、彼は一口で食べてしまった。

 もぐもぐとしばらく咀嚼しているジャル様だったが、噛む回数が増えるにつれ表情がとろとろに溶けていく。これはかなりの好感触だ。ジャル様は特に自分好みの美味しいものを食べると、誰が見ても分かるくらいに表情筋がゆるゆるになるのだ。


「これは美味しいですね! 酸味と甘味のバランスが良くて、表面は柔らかでも芯の部分はしっかりと歯ごたえがある。この香辛料とも相性が抜群で……いくらでも食べることができそうです」

「ふふ、お気に召していただけて良かったです」


 思わず笑いがこぼれてしまうくらいの嬉しい反応だ。ジャル様はキラキラと目を輝かせると、鍋のナプリアのフィリングをじっと見つめて私にこう尋ねてきた。


「これは今日の夕食後の甘味ですか?」


 なんとなく予想できた質問だ。ジャル様はなかなかに甘い物も好きなのだ。

 わくわくと期待に胸を膨らませているジャル様の姿を見て、その見た目とのギャップに内心で身悶えしつつ私は答えた。


「はい。ですが、これで完成ではありません。パイで包んで焼いていきます」

「なんと、ナプリアのパイですか! それはとても美味しそうです!」


 楽しみだなぁ、と本当に嬉しそうに呟いたジャル様は、私の足下にちょこんと座っていたマロンを抱き上げ、彼女の首元に顔を埋めた。


「マロンちゃん、美味しいものが食べられるって幸せですね」

「ニャア……」


 ジャル様に猫吸いされて、マロンは若干迷惑そうな鳴き声を漏らす。その声が耳に届いたジャル様はパッと顔を上げると、すみません、と小さく謝った。


「そうだ、マロンちゃんにも私の幸せを分けてあげましょう。とっておきのおやつを準備しますね」

「ニャン!」


 とっておきのおやつという言葉を聞いてマロンは嬉しそうな声を上げる。まったくこの子ったら、相変わらず現金なヤツだ。

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