田舎娘は、魔王様に料理を提供する【ΦωΦ】
準備と言っても、ハンバーグは焼くだけ、お魚は揚げるだけ、スープは温めるだけと、ほとんどやることはない。あとはチッケライスも温めるために炒め直して、卵で包むだけだ。他にやることと言えば、お茶を淹れるためのお湯を用意するくらい。
だからそれほど時間も掛からないし、洗い物も少なくて済む。
「ワンプレート料理は本当に楽なんだよねぇ」
仕上げた料理をお皿に盛り付け、用意したお湯とティーポット、カップとソーサー、余分なお湯を捨てるための器、そして茶葉の入った容器をワゴンに乗せて隣の部屋へと運んだ。
「お待たせしました」
私の声に顔を上げたジャル様は、湯気の立つ料理を目に留めてふにゃりと笑う。彼は膝で丸くなっているマロンを撫でながら、私に声を掛けてきた。
「とてもいい匂いです。ますますお腹が空いてきました」
「今日のメニューはオムライスとハンバーグ、お魚のフライと野菜スープです」
「オムライス? 初めて聞く料理ですね。楽しみです」
ニコニコと微笑むジャル様の前に料理とカトラリーを並べてから、食事の邪魔になるだろうと思ってマロンに声を掛けた。
「マロン、ジャル様は今からお夕食だから、膝から降りようね」
私の声にマロンは顔を上げるも、すぐにふいと視線を逸らす。どうやら彼女は動く気がないようだ。
「もうっ、マロン!」
「ふふ、私もマロンちゃんと触れ合えて嬉しいですから、このままで大丈夫ですよ」
ジャル様が穏やかな口調で言ってくれたので、私はその言葉に素直に甘えることにした。
「申し訳ありません、ジャル様。それでは、マロンをよろしくお願いします。私はお茶の準備をしますので、どうぞ温かいうちにお召し上がりください」
「はい。それではいただきますね」
大きな手がスプーンに伸びていくところを見届けてから、私はお茶の用意を始める。今日のお茶は紅茶の中でも食事に合うものを選んだのだが、これが前世で飲んだ少々お高いウーロン茶の味に似ているのだ。
しっかりと熱いお湯を茶葉が踊るようにティーポットに注ぎ、蓋をして蒸らす。その間にカップにもお湯を注ぎ温める。
さて、あとはお茶が美味しく出るのを待つだけ、となった時に、ジャル様が声を掛けてきた。
「せっかくですから、アイラさんもお茶だけでも一緒にいかがですか?」
どうやらジャル様は、私が一つしかお茶を入れていないことに気が付いたようだ。
魔王様とお茶の席を共にするなど畏れ多い、というのが本音だけれど、昨日も一緒にお茶を飲んでいるし今更か。
私は少し気恥ずかしく思いつつも、ジャル様からの申し出を受けることにした。
「ありがとうございます。それでは、お茶だけですがご一緒させていただきます」
ワゴンの下段から予備のカップを取り出し、そちらにもお湯を注ぐ。ふわふわと湯気の立つ様子をしばらく眺めてから、ボウルにお湯を移した。その後、きっと美味しく出た紅茶をそれぞれのカップに注ぐ。私の鼻腔をくすぐる少しだけ香ばしい匂いに、ホッと息をついた。
「お待たせしました」
スッ、とジャル様に紅茶を差し出せば、彼は目尻をわずかに下げてふわりと微笑む。
「ありがとうございます。……ああ、とても落ち着く香りのお茶ですね」
「今日の食事に合うお茶をご用意しました」
私の言葉を受けたジャル様は、早速紅茶を一口飲む。さすがは魔王様、その姿はとても品があった。
「……うん、アイラさんの言う通り、これは食事に良く合います。ますます食べる手が止まらなくなりますね」
「そう言っていただけて嬉しいです」
ジャル様は初めて出会ったあの日から、私の料理を美味しいと言って食べてくれる。食べる姿は上品なのに表情はまるで子供のようで……大人の男性に対して抱くには失礼だとは思うのだけれど、可愛く見えてしまうのだ。
もちろん、そんなことは口が裂けても誰にも言わない。墓場まで持っていく所存だ。
「アイラさん、準備が終わったのならどうぞ座ってください。一緒にお茶を飲みましょう」
そう促された私はジャル様の向かいにある椅子に腰掛け、熱々の紅茶が揺れるカップに手を伸ばした。
ΦωΦ
アタシを抱き上げたのは、前はガルって呼ばれてた大きなオスだ。でも今はジャルって呼ばれてる。あと『マオーサマ』って呼ばれていることもある。なんかよく分からないから、アタシもジャルって呼ぶことにするわ。
このジャルは、ご主人さまよりも手とか腕とか固いんだけれど、抱かれ心地がとびきりいいの。たぶん、ご主人さまよりも収まることのできるスペースが広いからだと思う。だから、アタシはジャルのことがわりと好き。とりあえず、ご主人さまの次くらいには。
ジャルはアタシを連れて、ご主人さまのいる部屋とは別の部屋に移動した。そしてそのまま椅子に座って、アタシを膝の上に下ろしてくれたの。この膝も固いんだけれど、ご主人さまよりも広いから丸くなるにはうってつけなのよね。
「マロンちゃんは柔らかくて可愛いですね」
そう言ってジャルはアタシの頭を撫でる。相変わらずご主人さまよりも撫でるのが上手だわ。うっかり喉を鳴らしちゃうじゃない。
ふにゃふにゃと体の力が抜けたから、アタシはそのまま丸くなる。このオスの膝はご主人さまよりも温かいから、本当に気持ちいいのよね。
ジャルはアタシの頭や顎、背中を撫でながら、突然こんなことを言いだした。
「……アイラさんは、地元に恋人などいないのでしょうか」
「ンナァ?」
ご主人さまにコイビト? それってツガイとかいうやつかしら?
うーん、そういうニンゲンは見たことないわね。まあ、たとえご主人さまのツガイがいたとしても、アタシが認めるオスじゃないと許さないけど。
「はぁ……私はなぜ魔王などやっているのでしょう。いや、そもそもどうして魔族なのか……」
「ニャア?」
このオスはいったい何を言っているのかしら。アタシには難しくてよく分からないわ。
それより、アタシを撫でる手が止まってるわよ。
ぺしぺしと尻尾で手を叩いてやれば、ジャルはハッとしたようにまた手を動かし始めた。そうそう、アナタはそうやってアタシを満足させていればいいの。
ぬくぬくしてたらちょっと眠くなっちゃった。このまま寝ちゃおうかしら。そう思って目を閉じたら、アタシの耳の後ろをジャルは指先で撫でた。ううーん、気持ちいい。
うとうとし始めたアタシの耳に、ジャルの低い声が届く。
「アイラさんを専属シェフに、なんて聞こえはいいですが……結局、私の傍に置いておきたいからと縛り付けただけではないですか。こんな身勝手では、ウォルフとそう変わらないですよね」
……何を言っているのかよく分からないけど、ウォルフっていうのはアタシと同じ目をしたオスのことよね。あのなんだか気に入らないオス。そういえばあのオスをまだぶっ飛ばしてなかったわ。
次に会った時は、自慢のネコパンチをお見舞いしてあげなきゃ。




