田舎娘は、魔王様をお迎えする
リオン様とサディさんは、お子様ランチを綺麗にペロリと平らげてくれた。二人ともとても満足そうな顔をしているから、私の初仕事はほぼ成功したと言っても過言ではないだろう。
「あー、美味しかった。いいなぁ、ジャルの奴、これから毎日こんなに美味しい料理を食べられるんだよ」
「ジャルおじさん、羨ましい……」
私が食器を片付けている横で、サディさんとリオン様がそんな会話を交わしている。そんなふうに褒められると、なんだかむず痒い。
なるべく平静を装いつつ私は二人に尋ねた。
「そろそろデザートをお持ちしてもいいですか?」
「うん! もちろん!」
やけに声の大きいサディさんの隣で、リオン様もキラキラと瞳を輝かせうんうんと頷いている。ここまで楽しみにしてもらえているのは嬉しい限りだ。
私はうきうきとしている二人のために、空の食器を急いで下げて隣の部屋へと向かう。適温に冷やしたプリンは我ながら良い出来で美味しそうだ。ホイップクリームやフルーツがあっても良かったけれど、それはまた今度作ろう。
プリンをトレイに乗せていそいそと戻れば、リオン様とサディさんの視線が私の手元に釘付けになった。
「それがプリンっていうやつかい!?」
「どんな菓子なんだ!?」
二人とも声が弾んでいる。しかも若干前のめり気味で、今にもプリンに手を伸ばしてきそうだった。
「ふふ、お待たせしました。こちらがプリンになります。卵とミルクで作ったお菓子です」
私はプリンの簡単な説明をしながら、スプーンと一緒にテーブルに並べる。薄い黄色の冷たいお菓子は、どうやら二人の興味を強く引いたようだ。
「見た目は結構シンプルだけど……うん、甘い香りがする! これ絶対美味しいやつだ!」
「卵とミルクでこんなものができるのか。冷たいし、柔らかそうだ」
サディさんとリオン様はそれぞれ第一印象からの感想を述べた後、小さいスプーンを手に取りスッとプリンを一口分すくった。
「ほわっ、ぜんぜん抵抗がない。なんだこの柔らかい食べ物」
「不思議だ」
二人はお互いに顔を見合わせ小さく頷き、ゆっくりとプリンを口に運ぶ。もぐ、と咀嚼したのはほぼ同時。そして、カッと目を見開いたのも、ほぼ同時だった。
「なんだこれ! こんなお菓子食べたことないよ!」
「すごい、甘いけど卵とミルクの味をしっかり感じられてしつこくない。柔らかくて舌触りもなめらかだし、この……底の方にある焦げ茶色のソースも、ほどよい苦みだ」
美味しい美味しいと二人はプリンを休まず食べ続ける。そんなに大きな器で作っていなかったから、彼らはあっという間に完食してしまった。
「あれ、嘘、もうない……?」
サディさんは言いながら、器にこびりついているプリンとカラメルソースを必死にこそいでいる。
「このプリンというものは、無限に食べられる」
リオン様はプリンの器とスプーンを持ったまま、小さくぽつりと呟く。
二人ともなんだか物足りないという顔をしていた。空っぽの器を見つめるその表情はどこか哀愁すら漂っている。
……これは、おかわりできることを伝えた方がいいだろうか。
実はこのプリン、少し多めに作りすぎており、二人に提供した分も合わせて五つあるのだ。だけど、ジャル様に食べてもらう分がなくなるのも困るし……だけど残り三つあるから、あと二つなら出しても大丈夫だけど……。
そんなふうに少しだけうんうんと悩み、私は結論を出した。
「……おかわりお持ちしますね」
私のこの言葉に、お二人の表情が一際輝いたのは言うまでもない。
ジャル様が戻ってきたのは、リオン様とサディさんの食事会が終わって二時間後のことだった。
「ただ今戻りました。私が留守の間、何か問題などはなかったでしょうか?」
普段とまったく変わらない様子で、ジャル様は私の元にやって来た。その場所というのは件の厨房だ。残った料理を冷蔵庫にしまったり、使った食器の後片付けをしたり、あと翌日の仕込みなんかをしていたのだ。
それにしても、砦が襲撃されて、それを鎮圧しに向かって、後処理も済ませて……って考えると、お早すぎるお帰りだとは思う。事実、私も油断していた。ジャル様が帰ってきたのを見て、内心でびっくりしたのだ。
サディさんがジャル様のことを世界で一番強いって言っていたけれど、もしも大怪我をしたらなんて危惧していた。だけど、それは本当に杞憂だったらしい。彼は怪我どころか汚れ一つなく私の前に現れたんだから。
「ジャル様、お帰りなさいませ。私の方は特に何も……あ、リオン様とサディさんに夕食をお出ししました」
本当に小さく安堵の息をついて、私は先ほどのことを伝えると、ジャル様の眉と目尻がへにゃりと垂れ下がる。いつもの彼らしい優しい表情に、不思議と安心感を覚えた。
「二人の食事の面倒を見てもらってありがとうございます。リオンはなかなかに食の好みが偏っているのですが、大変ではなかったですか? あと、サディは完全に便乗しただけだと思うのですが、あなたに何か迷惑をかけたりはしていませんか?」
「お二人とも私の作った料理を美味しいと言って食べてくださいました」
いつも通りの穏やかな声色でジャル様は尋ねてきたので、私もいつも通りの調子で答えることができた。
ジャル様は私の答えを聞くと「そうですか」と微笑んで、キョロキョロと厨房内を見回す。その後少し恥ずかしそうにしながら、軽くお腹を擦った。
「アイラさん、あなたがよければ私にも食事を作っていただけませんか? 実はお腹が空いていて」
「ふふ、分かりました。それでは準備しますので、少々お待ちください」
「私がここにいては邪魔になってしまうでしょうから、隣の部屋にいますね」
ジャル様はそれだけ言って部屋を出ようとしたが、にゃあ、という鳴き声が聞こえて足を止める。先ほどまで静かに眠っていたマロンが起きたらしい。彼女はジャル様の足下にとてとてと歩み寄ると、ジャル様の足にスリスリし始めた。
「マロンちゃんもいたのですね。ただ今戻りました」
「ニャァン」
ジャル様の声に返事をするようにマロンは鳴くと、すっくと立ち上がって前足を伸ばした。おやおや、これは抱っこをしての合図だ。
「ジャル様、マロンが抱っこを所望しています」
「おや、そうですか。では私が抱っこしてもいいですか? マロンちゃん」
「ニャン」
甘えるように短く鳴いたマロンは、ジャル様の大きな手に自ら吸い付くように近付いていく。そしてそのまま体を丸くし、ジャル様の腕の中に収まった。
「ふふ、マロンちゃんは柔らかくて温かいですね」
ジャル様はよしよし、とマロンの頭を優しく撫でて、そのまま隣の部屋に繋がる扉の前まで向かう。そしてこちらをゆっくりと向いて、ジャル様はニコリと笑った。
「少しマロンちゃんを借りますね」
「ふふ、はい。存分に撫でてあげてください。よろしくお願いします」
私が許可を出すとジャル様の表情がぱぁっと輝く。よほど嬉しいのだろう。その気持ちは痛いほどよく分かる。私だって、面倒ごとが起きたらマロンに癒やされたいもの。
ジャル様はマロンに微笑みかけながら、隣の部屋へと消えていった。こうして厨房に残されたのは私一人になったわけだ。
「……よし! お疲れのジャル様にとびきり美味しいご飯をお出ししなきゃ!」
私は気合いを入れ直し、冷蔵庫のドアを開いた。




