田舎娘は、お子様ランチを提供する
「お待たせしました」
ワゴンを押しながら、二人が掛けているテーブルへと向かう。来客用にしては小さなテーブルだ。それこそ二人掛け程度の大きさだろう。これはワンプレート料理にして正解だったかもしれない。
私はまずカトラリーを二人の前に並べ、その次に出来立ての料理を並べた。
「わあっ、これは美味しそうだ!」
「見たことない料理だな……」
サディさんは料理の匂いを嗅ぎながら目を輝かせ、リオン様は不思議そうにお皿の上に乗っているオムライスを見つめている。
「どうぞ、温かいうちにお召し上がりください」
私がそう言って促すと、二人ともスプーンを手に取る。何から手を付けようかと迷っているサディさんを横目に、リオン様はまずスープに手を伸ばした。
「……野菜のスープか」
小さく呟いたリオン様の眉間に少しだけしわが寄る。それに気が付いたサディさんが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらリオン様をからかい始めた。
「あれ、坊ちゃん、まだ野菜嫌いなんですか?」
「う、うるさい! 嫌いではない、苦手なだけだ!」
顔を真っ赤にして怒るリオン様のその様子は、まさに小さな子供そのものだ。というかリオン様、野菜が苦手だったのか。これは野菜を極力省いてお子様ランチを作り上げた自分を、内心で褒めてもいいかもしれない。
リオン様はぐっ、と一度だけ口を引き結んでから、スープをゆっくりとすくう。スプーンには見事に野菜が入っていなかった。リオン様は音を立てずに、恐る恐るスープを口に運ぶ。それこそ猫が水を舐める程度の量だけ、彼の口の中に入っていった。
「……あれ、おいしい」
リオン様が驚いたようにぽつりと言葉を漏らす。金色の目をまん丸にして、もう一度スープに手を伸ばした。今度はきちんと野菜もスプーンですくっている。彼は一度だけ短く息を吐くと、意を決したように野菜ごとスープを口に運んだ。
リオン様はもぐもぐとじっくり咀嚼して、ごくりと飲み込む。彼は再び目を丸くした。
「うそだ……野菜もおいしい」
信じられないといった声色で呟いたリオン様は、先ほどまでの慎重さが嘘のようにスープを勢い良く飲み干していく。もちろん具材の野菜も完食だ。
これにはサディさんも驚いたらしい。彼女も形の良い口をあんぐりと開けている。
「あの極度の野菜嫌いのリオンが、野菜スープを完食した……?」
サディさんが心底びっくりしている。どうやらリオン様が野菜を食べるということは、それほどまでに大変なことらしい。
「なるほど、これは想像以上に期待できそうだぞ」
サディさんの中で私の料理に対するハードルが上がってしまった。いやいや、そんなに期待されても、私の料理の腕前なんて家庭料理の延長でしかない。
過度な期待はしないで、とサディさんに言いたかったけれど、一足遅かった。彼女はメインであるオムライスを一口分すくうと、なんのためらいもなくぱくりと口に含んだのだ。
「どうだ? この卵の料理もおいしいか?」
なぜだか前のめり気味にリオン様がサディさんに問う。ぷくぷくのほっぺたがピンク色になっていて、彼もまた若干興奮しているらしいことが窺えた。
リオン様、そして私もそわそわとサディさんの感想を待っていると、彼女は突然スイッチが入ったかのようにガツガツとオムライスを食べ始めた。
「ちょっとなんだいこれ!? 卵がツヤツヤぷるぷるやわらかなのも不思議だけど、中の赤い……これ本当にリュイなのかい!?」
「リュイ……? あ、もしかしてお米……じゃなかった、このオムライスに使っている食材、リュイっていうんですか?」
「うんそう! いやもう、普段食べてるのと全然違っててびっくりなんだけど。というか、適当に茹でてサラダにする意外にも調理法あったんだ……」
どうやらお米……リュイは、魔王国ではサラダくらいでしか食べられないらしい。それはなんともったいないことか。このリュイの感じだと、リゾットやパエリアにしても美味しくなると思うんだけど。
「リュイは私もここに来て初めて見た食材なんですけど、珍しいものなんですか?」
「メジャーな食材とは言い難いね。でも、保存がきくからそこそこ備蓄はしてるよ」
それはとてもいいことを聞いた。これならリュイを使った料理がそれなりに作れそうだ。もの自体は日本米とは違うので、本当に食べたいのは食べられないけれど。ちなみに、食べたいものは白米やおにぎりだ。
私がリュイを使ってどんな料理を作ろうか脳内でシミュレートしている間に、サディさんはオムライスを完食してしまった。もしかしてこの人、ちょっと早食いの気があるの?
「リュイを包んでる卵も美味しかった……卵料理ってもっと固いイメージがあったから、これにも驚いたよ」
「それに関してはぼくも同意見だ。……うん、おいしい」
リオン様もオムライスを食べ始めている。こちらもなかなかのスピードで減っていっており、彼もまた気に入ってくれたことが窺えた。
「この赤いソースがママトを使ったやつなんだよね?」
「はい。ケチャップっていいます」
「これいいねぇ。揚げ物に合うねぇ」
どうやらサディさんはケチャップをいたく気に入ったらしい。お皿の隅に余っていたケチャップを魚のフライにも付けて食べている。この様子だと、フライドポテトとケチャップの組み合わせを教えた日にはいったいどうなることか。
リオン様とはいうとオムライスから一旦手を離し、ハンバーグをナイフとフォークで丁寧に切り分けていた。ハンバーグはお店で食べるような肉汁たっぷりの仕上がりじゃないけれど、それなりに美味しいはずだ。たぶん。
少々不安になりつつも、リオン様がハンバーグを口にする瞬間をチラチラと窺う。彼はこの私の視線に気付いた様子もなく、一口大に切り分けたハンバーグをぱくりと口に含んだ。
「……っ、おいしい!」
リオン様の表情がぱぁっと輝いた。
「うんうん、これも美味しいよ! 結構肉々しいけどパサつきもないし、何より味付けがいい!」
サディさんもペロリと平らげて感想を言ってくる。こんなに喜んでもらえると、私も嬉しくなってしまう。
「ハンバーグってもう少し肉の臭みがあったと思ったけど、香辛料のおかげかな、気にならないや」
「そう、ボクもそう思ってた。魚もあんまり臭くなかったけど、これもアイラの調理が上手だからなのかな」
はて、そうなのだろうか。お魚やお肉は、あの特殊な冷蔵庫のお陰か鮮度は悪くなかったように思うのだけれど。でも考えてみたら、私がここにお世話になっている間、食事にお魚が出てくることはなかったように思う。もしかして、臭みとかが強くてあまり好まれていなかったのだろうか。
そんな私の疑問に答えるように、サディさんとリオン様がゲパルドの食事情について話を始めた。
「ゲパルドはねぇ、各地からいろんなものが集まるけど、内陸だからか魚介類には弱いんだよね。輸送費が掛かるから物価も高くなってるし」
「こちらも似たようなものだ。神都は地価も物価も高い。それだというのに、その……神王国は料理に関しては魔王国よりもおいしくないのがな……」
「ああ、神獣ってあんまり美味しくないんだっけ? でも野菜とか果物は美味しいものが多いだろう? あと忘れられないのはお酒だよね」
美味しいお酒が飲みたいなー、なんて、サディさんはのんびりとした口調で言う。テスの村には神王国からの行商人なんかも時々立ち寄ってくれていたけれど、そういった食事情は聞いたことがなかった。神獣が美味しくないとか、お酒が有名とか。
「国境付近の村に住んでいましたけど、神王国の食事の話は初めて聞きました」
「そうか。まあ、自慢するようなことでもないだろう。料理がおいしくないなんて」
前世では料理が美味しくない……いわゆるメシマズを話のネタにするとある国の国民が意外といたりしたんだけれど、わざわざ言うことでもないか。




