田舎娘は、またしても衝撃の事実を知る
マロンとリオン様のほのぼのとした喧嘩は、サディさんが二人の仲裁に入ったことであっという間に終了した。これはサディさんが有能だったというよりも、マロンとリオン様の二人共がサディさんのことを嫌っているから離れていったというのが正しい。
「うう、なんとなく分かってはいたけどさ、さすがにこの反応はボク悲しいよ」
サディさんがわざとらしく涙目になっているのを見て、リオン様が半眼になっている。マロンは検査台の上で毛繕いをしていた。
「サディ、自業自得です」
ジャル様が小さく溜め息をついて、さて、と口を開いた。
「じゃれ合いもこのくらいにして、早速マロンちゃんを視てもらえますか?」
「ああ、いいぞ」
リオン様は大きく頷いて、検査台の前に立つ。しかし、彼よりも検査台の方が高い。
「……踏み台!」
顔を真っ赤にしてリオン様は言う。うん、可愛い。
私は若干どころかだいぶ失礼なことを考えていたけれど、もちろん顔になんて出さない。だけどサディさんはそんなことお構いなしといった具合で、ぶふっ、と吹き出した。
「このっ! サディ! 笑うな!」
「ふ、ふふっ、これが笑わないでいられますか! お坊ちゃんは相変わらずお可愛らしい!」
「わーらーうーなー! あとお坊ちゃんって言うなー!」
と、リオン様が地団駄を踏みながら叫んでいる。これはいったいどういうことなの。サディさんはリオン様を全力でからかうためにか、魔法で踏み台を出したり消したりしている。
さすがにこれはちょっと悪質では、と思っていると、リオン様が涙目でサディさんのお尻をべしべし叩いた。
これはもう完全に機嫌を損ねて不満を爆発させている子供と、めちゃくちゃ大人げない駄目な大人のやり取りだ。正直に言おう。心が痛む。
どうしたらいいのか分からなくて私がオロオロしていると、普段は穏やかにニコニコしているジャル様が厳しい視線をサディさんとリオン様に向けた。
「サディ。親しい間柄とはいえ、一国の王にその態度はなんです。本来ならば極刑もの……いえ、再び戦争が起こってもおかしくありませんよ」
「ぐっ」
ジャル様からもっともな指摘をされて、サディさんは言葉を詰まらせる。分かっているのならからかったりしなければいいのに、とは思ったものの、たぶん彼は言っても聞かないんだろうな。
ついついサディさんを白い目で見てしまった。しかもしっかりばっちり目も合ったので、サディさんはふい、と顔を逸らす。その時の表情が若干膨れっ面だったので、たぶん反省していないだろう。それについてはジャル様も私と同じように考えたのか、呆れたように溜め息をついていた。
「……サディ、あなたには追って何かしらの罰を与えます」
「ええっ!?」
「なぜ驚くのです。当然でしょう」
ジャル様は毅然と言い放つと、次に、とリオン様に視線を向けた。
「リオンもリオンです。私たち以外に付き添いの者がいないとはいえ、気が緩んでいるのではないですか。一国の王が先ほどのような態度はいただけません。いくら相手がサディとはいえ、女性の尻を叩くなど」
「うっ、ご、ごめんなさい」
普段よりも目尻を吊り上げたジャル様が醸し出す空気に耐えかねたのか、リオン様はその容姿に見合った素直さで謝罪の言葉を口にする。
うん、美少年が涙目でごめんなさいをする様は実に眼福だ。
……なんて、とても失礼なことを考えてしまったけれど、たぶんこれは現実逃避だと思う。
いったい何に対しての現実逃避なのかといえば、それは先ほどジャル様が何気なく言い放った言葉に対してだ。
そう、ジャル様はこう言っていた。
『いくら相手がサディとはいえ、女性の尻を叩くなど』と。
私の聞き間違いでなければ、とんでもない情報がサラッと流されたことになる。
「……え」
ああもう、これはちょっと我慢できない。
「サディさん、女の人だったんですか!?」
私はお腹の底から、この場で一番間の抜けた叫び声を上げた。
先ほどから、サディさんがお腹を抱えて笑っている。
「あっはっは! アイラ、キミってばボクのこと男だと思ってたんだね! まあ、そこいらの男よりもカッコイイ自覚はあるけど!」
「なおのことたちがわるい」
私がサディさんを半眼で睨み付けていると、ジャル様が申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「アイラさん、すみません。私の説明が不足していたばかりに」
「いえ、ジャル様は何も悪くありません。悪いのは私です。私が勝手にサディさんのことを男の人だと思い込んでいたから」
だってサディさん自身が言う通りカッコイイし、身長だって高いし、一人称もボクだし。
でもだからといって、それらがサディさんを男と決めつける要素ではないことも今では分かる。よくよく思い出してみれば、サディさんを初めて目にした時に女性にも見える中性的な顔立ちだって考えてたじゃない。そりゃそうだよ。女性だもの。
サディさんはひーひー言いながら目尻に溜まった涙を拭っている。その仕草は相も変わらず女性の胸をときめかせるものだった。
「こいつ、絶対にわざと言ってなかっただろ。どう見ても面白がってるし」
リオン様がサディさんに対して辛辣な言葉を放つ。これに関してはジャル様も同感らしく、わずかに目を伏せてから頭を抱えていた。
「ふっふっふ、レディ・キラーの異名は伊達じゃないですからね」
「村娘の言葉を借りるが、お前本当にたちが悪いな」
背後に花かキラキラした光が見えてきそうなくらいに気障ったらしい仕草をするサディさんに、リオン様はジト目を向ける。つられて私も半目になってしまった。ついでにジャル様も。
そんなふうに己以外の三人が険しい顔をしていることに気が付いたらしいサディさんは、えっ、と声を上げた。
「なんでそんな目でボクを見るんだい」
「その理由が分かっていないあなたが私は心配ですよ」
売り言葉に買い言葉、とはまた違うけれど、ジャル様とサディさんはそんなことを言い合う。
よよよ、とサディさんはわざとらしく嘘泣きをすると、突然私に抱きついてきた。
「アイラぁ、ジャルが冷めた目でボクを見るよ〜」
サディさんにハグされて一瞬混乱したけれど、私の腕にふにふにとした柔らかいものが押し当てられていることに気が付いてすぐに現実に引き戻される。
「うわ、サディさんってば本当に女の人だったんですね」
「何気にキミが一番ひどくない?」
先ほどまでのわざとらしい態度はどこへやら。私の発言を受けたサディさんは一気に真顔になっていた。
そんな彼……いや、彼女の姿を見て、リオン様が心底呆れたように口を開く。
「自業自得だろ」
リオン様の容姿に見合った少々高い声は、この検査室に面白いほどに響き渡った。




