第二部 VS氷取沢女学院 第十章 3
椿の全ての想いを乗せて舞い上がった打球が飛んでいく。
球場のあちこちから一斉に歓声が上がる。
全ての人が、綺麗な放物線を描くその打球の行方に目を奪われていた。
『ライトの松本さんが打球を追いながら下がる!下がるぅ‼』
――ただ一人を除いて。
陽菜だけは打球を目で追うことはせず、投球を終えて上がったままであった左足をゆっくりと
地面へと下ろしていく。
そして背筋を伸ばして直立の姿勢に戻すと、目を閉じ、深く長い息を静かに吐き出した。
『しかし松本さんの足が止まった!落ちてくる打球を見据えたまま体を正面に向き直し、
慎重にグローブを構え――』
陽菜がゆっくりと左手を上げていき――
『――捕りましたぁ!試合終了~~ッッ!
激戦を制したのは鶴川高校ッッ‼これで準決勝へと駒を進めましたぁッッ‼』
空に向かって高く突き上げたその手を――力強く、握り締めた。
「陽菜ちゃん!」
掲げた左手に導かれるようにして奈月が、チームメイトが一斉にマウンドの陽菜に向かって
駆け寄って行く。
まるで優勝を決めたかのように勝利の喜びを爆発させる鶴川ナイン。その脇で、椿は一塁ベース
の手前で未だに打球が飛んだライト方向を見つめたまま立ち尽くしていた。
「…………なんでだよ…………」
ぽつり……と、そんな言葉が口から漏れた。
「お前らはまだ一年だろ……。来年も……再来年だってチャンスはあるじゃん…………」
頬を一筋の涙が伝っていく。
「だったら譲れよ……譲って……くれよぉ…………」
叶うことはない懇願の言葉を、椿は震える声で呟いた。
「椿……」
――と。
そんな彼女の名前を、背後から呼ぶ声がした。
振り向かずとも椿にはそれが誰の声なのか分かっていた。
「……すみません……菫先輩…………あたし……あたし…………」
菫に向ける顔が無い椿は、そのまま前を向いて言うしかなかった。
しかし、情けなく震えるそんな自分の体を――菫は背中越しに強く抱きしめてきた。
「菫……先輩…………?」
「……ありがとう、椿。私がこの最高のチームで野球が出来たのも……ここまで野球を
続けられたのも……全部あなたのおかげよ」
ぎゅっと。しかし優しく抱きしめられた腕に力がこもる。
「あなたは最高の後輩よ。だから自分を責めたりしないで……。本当に……本当に感謝して
いるわ……。今まで……ありがとう……」
「すみ……れ……せん……ぱぃ…………」
頬を伝う涙の数が増えていき、グラウンドの土を濡らしていく。
一度溢れ出した涙は止めようがなかった。堰を切ったように両目から際限なく流れ出す。
「ぁぁ……うぁぁ………あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
そして椿は――抱きしめられた菫の腕の中で、赤子のように声を張り上げて泣きじゃくった。
【続く】




