第二部 VS氷取沢女学院 第八章 諦めぬ者達
第八章 諦めぬ者達
「ストライーク!ツー‼」
主審の軽快な声がグラウンドに響き渡る。
それとは対照的に、打席に立つ穂澄の表情は重苦しく、険しい物へとなっていた。
二球続けてのインハイへのストレート。低めのみに絞っていたこちらの狙いが完全に裏目に
出てしまった。
否――裏目にされたというべきだろう。
この場面で高めに球は来ないであろう。二球続けて同じコースには投げて来ないであろう。
まるで穂澄の考えが漏れ聞こえているかのように、菫のリードはことどとくその反対を行って
いた。
そして、ここまで見事に手玉に取られると思考も揺らいでしまう。
(……三球連続でインハイという可能性もある。ならば狙い球を低めのみにするのを止めて、
中間的に戻すべきか……?)
いつもならば、カウントが追い込まれた場合にはバットを短く持ち直し、球種やコースなどの
予測を一切止め、来た球を打ちに行くというシンプルな打法へと切り替えていた。
そうやって甘い球が来るまではファールにして凌ぐ。穂澄が追い込まれてから粘り強く出塁でき
るのは、それが可能だからであった。
だが――
(果たして……今のあの投手にそれが可能であろうか……)
八回まで一人で投げ続けても未だに衰えぬ球威。むしろ回を重ねるごとに球のキレは増し続け、
初回で対戦した時とはまるで違う。
それだけの球を、これまでと同じようにストライクゾーンの四隅ギリギリに投げ込まれては、
流石の穂澄でも予測無しにバットに当てる自信はなかった。
(やはりここは初志を貫き通す……!)
その決断が功を奏し、3球目――ついに低めへと球が来た。
軌道からして、これもアウトコースのギリギリへのストレート。そう判断して穂澄はバットを
振りに行く。
――が、バットを振り始めた瞬間に球の軌道が変化した。
穂澄の足元へ。ストライクゾーンからも外れるように斜めへと大きく曲がっていく。
(しまった!シンカーであったか‼)
見逃せば明らかにボールになる球。当然、そんなところまでバットは届かない。
ならばどうすればいいか――穂澄の判断は早かった。
バットをこれ以上前へ行かせぬため、開きかけている両腕の肘に急ブレーキをかけて逆に閉じる
ための力を込める。同時に腰から上で始まっていた回転運動にも急ブレーキをかけた。
しかし一度バットを振ると決めた体の動きは簡単に変えられるものではない。
それでも穂澄は可能な限り不可能に抗い続けた。
結果――完全にスイングするのだけは免れ、バットを振る動作を途中でやめるハーフスイングと
呼ばれる体勢で止まることは出来た。
主審から判断できる球のコースはボール。しかしハーフスイングで止まったように見えた穂澄の
バットが本当に振っていないかまでは判断できず、一塁塁審を指さし判定を委ねた。
球場にいる全ての人達からの視線を一身に浴びながら、一塁塁審が下したジャッジは――
両手を左右に広げる、スイングはしていないのというものであった。
同時に一塁側からは大きな安堵の息が一斉に漏れる。特に一塁ベンチ内のそれは格段に深く、
大きかった。
(ラ、ラッキー……。振っていたと判定されてもおかしくはなかったし、一塁の塁審には
感謝ね……)
沙希はそう心の内で呟くと、今にも腰から崩れ落ちそうになっていた体に力を入れ直し、
「穂澄!」
一度打席を外した彼女の名を呼ぶ。
そして穂澄がこちらに顔を向けたのを確認すると、ネクストバッターズボックスにいる奈月と
ベンチの中とを順に指さしながら言葉を続ける。
「まだワンアウトだからね!それとあなたの後ろには奈月達がいるのを忘れるんじゃ
ないわよ!」
その言葉だけで沙希が自分に伝えようとしていることに気づいたのか、穂澄はハッとした表情に
なった。
そしてすぐに力が戻った目で改めて沙希を見つめると、大きく頷いてみせた。
(……そうであった。例え私が打ち取られたとしても、後ろにはまだ南殿が――頼りになる
仲間達が控えているではないか)
それなのに自分一人でどうにかせねばと考えていたなど、なんという自惚れであろうか。己が
未熟さがおかしすぎて、笑みを浮かべてしまいそうであった。
「はぁ~~……すぅ~~……」
もう一度深呼吸をし、精神を整え直す。
「すぅ……」
そして打席に入り――迷いを断ち切った眼差しで構える。
(狙うはただ一つ!低めの球のみ‼)
【続く】




