第二部 VS氷取沢女学院 第六章 3
「二打席連続ファインプレーでアウトにさせられるなんて、ついてませんでしたわね」
陽菜がベンチに戻るとかけられた雅の言葉に、彼女は不思議そうな顔をしてみせた。
「ついていない?どうして?」
「どうしてって……普通ならどっちもヒットになって当然の当たりだったじゃねぇか」
それを不運と言わずになんと言うのかと、思わず傍にいた梓が口を挟む。
しかし陽菜はヘルメットとバットをいつもと変わらぬ淡々とした様子で片づけながら、
「でもヒットにはならなかった。なら、それが全てよ。
私の運が悪かったのではなくて、私の打撃が相手の守備を上回っていなかっただけの話だわ」
「相変わらずピヨっちは思考が修行僧だニャ。ののあだったら悔しくて不貞寝してるニャ」
「試合中に寝るのはどうかと思うでありますよ、ののあちゃん……」
そんな選手同士の会話に聞き耳を立てながら、沙希は内心ホッと安堵の息を吐いていた。
どんな選手であろうと試合中のプレーが何故か悪い方向へばかり転がってしまうということは
あるものだ。
そして多くの者はその流れに引きずられるように、自身のリズムを崩してしまいがちになる。
しかし陽菜はそのタイプには当てはまらなかった。
至らなかった点を運のせいにするのではなく、あくまで己の実力不足と考えられる思考。
ある意味で悟りとも言える境地に至っている高校生などそうはいないだろう。
(一度崩れると脆いけど、そう簡単に崩れないのが陽菜の強さでもあるのよね)
そして、その真逆が喜美だ。
だからこそ、この二人が互いの弱点を補え合えれば、最高の投手陣になると沙希は確信して
いた。
そのためにまず喜美に必要なのは、経験とそこから生み出される自信。
県内最強クラスである氷取沢打線を相手に、自分に与えられた役割を果たせれば、間違いなく
彼女は大きな成長を遂げるであろう。
(もちろんそれが簡単なことではないと分かってる……。けど、私は信じてるわよ。喜美)
マウンドに向かう喜美の背中を見つめながら、沙希は組んだ腕に力を込めた。
四回の裏。氷取沢女学院の攻撃は五番、亜麻根 玲子から始まる。
先発の陽菜との球速差を逆手に取った奇襲とも言える喜美のリリーフであったが、奇襲は
あくまで奇襲。相手の虚を突いてこそ、その効果は初めて発揮される。
『強振からの打球はショートの頭上を飛び越えレフト前へー!氷取沢、先頭打者が塁に
出ましたー!』
「よーし、それでいい!ミートポイントの広い金属バットとお前らのパワーなら、多少は芯から
外されようが当たれば飛ぶんだ!
あのピッチャーは球種こそ多いが変化量はそうでもねぇ。惑わされず、タイミングを合わせる
ことにだけ専念してバットを振り抜いていけ!」
『はいッ!』
ここが同点に――さらには逆転へ向けてのターニングポイントだと嗅ぎとったのだろう。
どっしりと座り構えていたそれまでとは違い、立ち上がって選手達へと指示を飛ばす梨花。
そして反対側の一塁側ベンチでも、同じくここが勝負所だと感じ取っていた沙希は、
相手指揮官のその姿を苦々しく見つめていた。
(ホント、憎たらしいほど冷静にすぐさま対策を打ってくるわね……!)
最短でこちらの一手を打ち砕くための方法を見つけ出す戦術眼の広さ。
その指揮官が示す道に対し、全員が臨機応変に対応し歩いてみせる選手層の厚さ。
どちらかが欠けても成り立たない。否――成り立たせる為、今日まで梨花は彼女達を鍛え抜いて
きたのだ。
そのチームとしての完成度の高さは、沙希に対しても強烈なプレッシャーとなり襲いかかって
来ていた。
(……けどね、だからってこっちも引く気はないのよ)
確かにチームの完成度では氷取沢には遠く及ばない。
だが、代わりに鶴川には未完成であるが故の武器がある。
伸びしろという名の――最強の武器が。
そして十年前に氷取沢を破ったその武器を、今は教え子達も持っていると沙希は確信していた。
――しかし。
『打ったーッ!速い打球は一・二塁の間を抜けてライトへーッ!
一塁ランナーは二塁を回り三塁へ……向かおうとしましたがストップ!
ライトからの好返球に、これ以上は進むことが出来ませんでしたーッ!』
喜美は続く六番・蓮 環にも連打を浴び、ノーアウトのまま、ランナーを一・二塁に背負って
しまう。
ここで氷取沢監督の梨花は七番・田中 絵里香に送りバントを指示。
アウト一つの代わりにランナーをそれぞれ進塁させ、得点の確率をより高めることを選択した。
これに対し、沙希も動く。
八番・萩原 純との勝負を避ける敬遠をバッテリーに指示すると、自ら全ての塁を埋めて背水の
構えを見せた。
『ええと……。確かこれは満塁策……でしたっけ?』
『です。全ての塁にランナーを置くことで、どの塁でもフォースアウト……つまり野手が
ベースを踏んでさえいればタッチ無しでもアウトに出来るようになります。
これにより打者に内野ゴロを打たせられれば、ダブルプレーに出来る確率が塁を一つ空けている
時よりも格段に上がる訳です』
『なるほど……。今はワンアウトですので、ダブルプレーを取れれば無失点でチェンジに
なります。ハイリスクではありますが、ハイリターンな作戦でもあるという訳ですね』
理解が速い涼子に文代も感心しながら、『です』と返す。
そして二人は同時に次の打者――緊張を隠せぬ面持ちでバッターボックスへと歩みを進める、
橋本 椿へと視線を注目させた。
【続く】




