表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/84

第二部 VS氷取沢女学院 第六章 2

挿絵(By みてみん)



(あの二人を抑えられたのは大きいわね)


椿にとって天敵である左打者の、それも前の打席でヒットを打たれている梓と雅を


イメージ通りに打ち取れたことを、菫は顔には出さずに安堵していた。


けれど完全に気を緩めるにはまだ早い。壁はもう一つ残されているのだ。


(三連続で続く左打者のラスト……。前の打席では蓮さんのファインプレーに助けられたこの子


を抑え込んでこそ、椿は完全に『ノレる』)


その為に必要な情報を集めるべく、菫は左打席に入ってきた陽菜を見上げる。


マウンドに立つ時と同じでポーカフェイスに徹する表情からは何も読めとれない。


緊張という言葉を知らないのではないかと思えるほど、相変わらず堂々と構えるバッティング


フォームからも同様であった。


ならばと次はバットの握りを確認した。


(……かなり短く持っているわね)


とにかく前へ飛ばす確率を上げるため、バットに当てることを最優先にした握り。


そこからは簡単に三者凡退で終わらす訳にはいかないという明確な意思を感じられた。


彼女もこの打席の意味を理解しているのだと菫は思考を読み取ると、慎重を期して椿にサインを


送る。


まずはアウトコース低めへのストレート。


陽菜が構える位置から最も遠いここならば短く持ったバットでは届かない――はずだった。


しかし陽菜は椿が投球モーションに入った瞬間にバットを握る手の位置を変えた。


短く持っていたのを、いつも通りの位置へと。


しかも陽菜はまるでそこに来るのを予測していたかのように、バッターボックスのライン


ギリギリに右足の踵を残しながら深く踏み込み、足りない距離を無理やり縮めてきた。


(まさか――誘われた⁉)


陽菜が初めからバットを短く持っていたのも、菫ならそれに気づいて最も効果的なコースへ


投げさせると確信した上での罠だったのだ。


化かしあいを制した陽菜は迷いなくバットを振り抜くと、ジャストミートした打球はサードの


頭上を越えてさらにレフト奥深くまで飛んで行く。


長打コースのヒットだ。誰もが会心の当たりにそう思った。


――ただ一人を除いては。


(左打者だし三塁線寄りに守っておいて正解だった!)


レフトのあざみが打球をしっかりと目で追いながら全力疾走で追う。


抜ければ間違いなくツーベース以上のコース。けれど、抜かせるつもりはない。


(打撃で貢献できていないなら、せめて守備で!)


打球からは視線を切らずに左腕を伸ばす。


そして予測したその先へと伸ばした腕の先のグローブに打球が飛び込んでくる感触が伝わって


きた。


「やった!捕っ――」


「あざみ!前‼」


走りながらの捕球に成功し、安堵しかけた瞬間に誰かの声が聞こえた。


それが自分をフォローしに走って来ていた環の声であると理解するよりも先に――



ゴンッ!



鈍い音と同時に、頭部の右側から波をうつように脳を揺さぶる衝撃が疾る。


(やば……キャッチに気を取られすぎてフェンスの位置を確認していなかった……)


頭の中はぼやけていくのに、自分に何が起きたのかだけは何故かはっきりと理解できた。


理解しながら、ぶつかったフェンスとは逆方向へと体は傾き倒れていく。


思考だけではなく視界もぼやけていく。それでもあざみは掴んだ球だけは絶対に離すまいと、


途切れていく意識の中で最後まで左腕には力を込め続けた。


そして最後に――


「あざみぃ――ッッ‼」


ベンチから自分の名を叫ぶ、佳乃の声が聞こえた。






『つ、掴み取ったぁぁッッ!間違いなくヒットになると思われた打球をレフトの桜田さんが


執念のキャッチ!し、しかしこれは……』


『少し危険な角度でフェンスに激突したかもしれませんね……』


『グラウンドに倒れた桜田さんのもとへセンターの蓮さんが駆け寄ります!三塁塁審も選手の


安否と打球の行方を確認しに同じく駆け寄って行きますが……』



そこでざわついていた球場が急に静まり返った。


倒れていたあざみの左手が、ゆっくりと上がっていったのだ。



『それでも打球は落としていなかったぁー!アウト!アウトですッ!』



塁審がグローブに収まったままの球を確認してアウトを宣告すると、あざみはよろよろと


上半身を起こす。


フェンスにぶつけた側頭部はまだ少し痛んだが、視界も思考もクリアに戻っていた。


(また……佳乃に助けられちゃったな……)


途切れかけたあざみの意識を繋ぎ止めたのは、彼女の叫び声だった。あの声が聞こえていなかっ


たら、多分今頃はあのまま気を失っていたであろう。


「ちょ、ちょっとあざみ!大丈夫なの⁉」


「ん……環が私より可愛く見えるから駄目かも……」


思いもよらなかった返しに環はあんぐりと口を開け放つと、すぐに安堵と呆れをひとまとめに


したため息をつき、


「冗談が言えるなら大丈夫そうね」


苦笑しながら右手を差し出す。その手を掴み、あざみが立ち上がると観客席のあちこちから


拍手が聞こえてきた。


三塁塁審が本当に意識がはっきりしているか指の数をかぞえさせてくるが、それにあざみは


問題なく答えてみせると大丈夫だと判断したらしく、「一応、念のために救護室で医師に


診てもらいなさい」とだけ促すだけで交代はさせられずに済んだ。



『フェンスへの激突も恐れないガッツ溢れるプレーを称え、応援するチームを問わず球場全ての


観客から拍手が送られています。私も一緒に拍手を送りたいと思います!』



(うわぁ……、これ絶対にフェンスに気づかずぶつかったなんて言えない雰囲気の


やつだぁ……)


勘違いされたまま賞賛されていることに気づいていたあざみは、恥ずかしさで真っ赤になった


顔を隠すように、サンバイザーのツバを深めに被り直した。



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ