第二部 VS氷取沢女学院 第五章 3
「プレイッ!」
試合再開の合図が主審からなさせ、打席に入っている菫がバットを構える。
そして頭の中で、試合前に徹底的に調べ上げた相手投手の情報を思い出していく。
(笹川 喜美さん……。二回戦を見た限りでは変化球中心の投手だったわね)
そのデータ通りに初球はやはり変化球から入ってきた。それほど変化が大きくないカーブを
菫は値踏みをするように見送る。
外角高め――ギリギリとはいかないが中々良いコースに決まったその球を見て、コントロールは
決して悪くないことも再認識していく。
同時にここまでの全ての情報を即座に統合し、喜美からヒットを打つイメージを組み上げて
いった。
二球目。
インコースへの直球に見えたその球はシュート回転をかけながら自分の胸元へと向かって
きたが、菫は構わずストレートを打ち返すイメージでバットを振り抜く。
『三塁線に強烈な打球ぅ!しかし僅かに外へ逸れてファールです!』
フェアだったら間違いなく二塁打以上になっていたであろう紙一重の当たりに、観客席の
あちこちから安堵と落胆の二種類のため息が一斉に漏れた。
しかし打った当の本人である菫は顔色一つ変える事なく、これまでと同じく自然体でバットを
構え直した。
(……少し振るのが速かったわね)
球種の見極めが甘かったのもあるが、ファールになった原因を菫はそう自己解析していた。
そして同時に、そうなってしまった理由も導き出す。
『なるほど。球速差、ですね』
『は、はい?』
『秋月さんの球速は平均で130km/h台後半でしたが、代わった笹川さんは100km/h前後と
いったところでしょうか。このスピードの差が肝なんです』
『確かに30km/h近く差がありますけど……それがどうかしたんですか?球は遅い方が打者は
打ちやすいんじゃ……』
『普通ならそうです。ですが氷取沢の打者は秋月さんの速い球を前の打席で体感し、次の打順に
向けてベンチからその球を観察しながら打つイメージを作っていました。
そこへ準備していたものとは全く異なるスピードの球が来ると――』
『あっ!イメージしていたものと違いすぎるから、タイミングがズレてしまう!』
『です。これだけ球速差が大きいと、今の川島さんには見た目以上に笹川さんの球が遅く
感じているはずでしょうね。とはいえ……』
そこで再び金属バットが球を叩く音が響き渡り、二人の会話は中座した。
『あーっと!今度はドンピシャなタイミングで綺麗なセンター返しぃ!
笹川さんの足元を通り抜けた打球はそのままセンターへと転がります!』
『……並みの打者が相手であれば有効な手でしたでしょうが、川島さんの打撃力は並みでは
ないんですよねぇ』
『そうでした!氷取沢はシード校のため川島さんの打席数は南さんよりも一試合分少ない
ですが、彼女も実はここまで打率10割!
さらに今のヒットで記録が継続中のままとなりました!』
そして三塁側応援席が盛り上がりを見せるのはそれだけではない。
『観客もよく分かっています!彼女が塁に出た意味を!得点への期待を!』
『さぁ、采配が裏目に出てしまった鶴川にとってはピンチですよ』
(私の采配が裏目に出た。ここで一気に喜美を叩いて試合をひっくり返してしまえ……と
向こうには思われてるでしょうね)
腕組をし、ポーカーフェイスを保ったまま沙希はマウンド上の喜美を見つめていた。
しかしその仮面の下に隠している感情は焦燥ではない。むしろ不敵な笑みを浮かべたいのを
必死に堪えていた。
(上等じゃない。イケイケで来てくれれば、それだけまだこっちにも残されたチャンスの
可能性が高くなるんだしね)
沙希にとって今の状況は決してピンチなどではない。むしろ想定内だ。
それを理解している奈月が確認するようにこちらへ視線を向けてきたので、沙希は同じく視線
だけを合わせ無言のまま頷く。すると彼女も一つ大きく頷き返してみせた。
(それじゃ……二の矢と行きましょうか!)
【続く】




