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第二部 VS氷取沢女学院 第四章 2

挿絵(By みてみん)




(ふみぃ……。先生が仰っていた通り、氷取沢さんの打線は今まで通りとはいかないみたい


です……)


簡単に一点を返上してしまったことを奈月は反省しながら、審判に新しく取り換えてもらった


球をマウンド上の陽菜へと手渡しに行く。


なんと声をかけようか迷っていたので、途中で彼女の表情を窺う。


すると陽菜は意外なほど平然そうに、落ち着いた様子で自分がマウンドまで来るのを待って


いた。


「陽菜ちゃん……」


「流石は去年の準優勝校。手強そうね」


「はい……。陽菜ちゃんの球にしっかりバットを当てて前へ飛ばしてきますし、前回とは


全然違います」


一回戦では陽菜の投げる球に相手打者のバットが次々と空を切り、三振の山を築けた。それと


比べたら雲泥のレベル差だ。


これが全国大会を目指す強豪校の実力なのだろうと奈月は改めて思い知らされていたが……


「でも、思っていたほどではないわ」


陽菜の言葉に、奈月は俯かせてしまっていた顔を上げた。


すると彼女は立てた人差し指の上で、球をコマのようにくるくる回しながら言葉を続ける。


「先頭打者には打たれてしまったけど、今の三番は犠牲フライじゃなければ完全に打ち取って


いた当たりだわ。決して私の投球が通用していない訳じゃない」


それは強がりではなく、確かな手応えを感じ取った上での自己分析であると奈月には思えた。


実際、陽菜の表情にはまだこれっぽっちも焦りの色は浮かんでいない。


「ヒットはまだ打たれるでしょうけど、最終的に二度とホームさえ踏ませなければ問題ないわ。


奈月もそのつもりでリードをお願いね」


「は、はい!分かりました!まずは後アウト一つ取って、次の回の攻撃に繋げましょう!」


「ええ」


陽菜が頷いたのを確認すると、奈月は後ろを守ってくれている仲間達にも声をかける。


「一点返されてしまいましたがツーアウトです!慌てず後アウト一つ取ることに


集中しましょう!」


『おおーッ!』


もちろんそのつもりだという心意気が伝わってくる仲間達の元気な声に奈月も勇気を貰い、


自分の守備位置へと戻っていく。


(やっぱり陽菜ちゃんは凄いです)


すぐ浮足立ちそうになっていた自分とは違い、点を取られても冷静に自分と相手の実力差を


見極められる陽菜を奈月は素直に尊敬する。


本当ならそれは自分の仕事だ。どんな時でも冷静に試合全体を見渡しなさいという久美の教えを


今一度思い出しながら、キャッチャーマスクを着け直して大きく深呼吸をした。


(まだまだ陽菜ちゃんに相応しいキャッチャーにはなれていませんが、せめて足を引っ張らない


ようにしないといけません!)


そして気合を入れ直し、打席に入ってきた次の打者に備えた。


強力な打線を誇る氷取沢女学院の中で四番を任される桜田 あざみ。長身で梓みたくパワーが


ありそうだと奈月は感じていた。


もしホームランを打たれたら同点。しかし奈月は憶することなく、勝負のサインを出していく。


まずはアウトコース低めギリギリに要求したストレートを、あざみはやや振り遅れながらも


バットに当て、一塁線よりも外にいる塁審のさらに後方へとライナーで飛ばしてきた。


(……やっぱりこの人もストレートにはタイミングが遅れてます……)


今のファールで奈月はそれに気づいた。


先頭打者の菫もそうだったし、三番の彩芽にもストレートに対する振り遅れのファールが


それぞれあった。


始めは陽菜のストレートの威力が勝っているのだと思っていたが、どうもその考えは


違うようだ。


そして――その理由も奈月は分かり始めていた。






『変化球狙い……ですか?』


『ええ。氷取沢の打者は秋月さんのストレートではなく、変化球に狙いを絞っていると思われ


ますね』



実況席の大矢 文代もまた、それに気づいていた。



『まだ始まったばかりですので確証は有りませんが、ストレートに対しては振り遅れての


ファールが続いていますし、逆にヒットと犠牲フライになったのはどちらも変化球でした。


変化球が来るのを待って、ストレートが来たらカットしてファールで逃げる。そういう指示が


ベンチから出ていると思われます』


『なるほど……。ですがそれって可能なんですか?ストレートと変化球って球速が


違いますよね?打者としてはバットを振るタイミングが全然違うんじゃ……』


『秋月さんが投げる変化球は二種類。縦と横のスライダーですが、このどちらも高速型ですので


ストレートとの球速差は10km/h以内なんです。


ですから打者にしてみればほぼ同じに感じられる球速差故に、どちらか分かりにくく幻惑させら


れやすくなりますが、逆を言えばほぼ同じタイミングでバットを振りにいけてしまうという利点


にもなるんです』


『つまり……変化球のタイミングで振りにいって、それがストレートだったとしても少しの


振り遅れで済む……ということでしょうか?』


『です。とはいえ、当然ですがストレートと変化球では球速だけでなく球の軌道が違ってきます


よね。ですからその球がどちらなのかを瞬時に見極める選球眼が必要になってきます。


氷取沢は去年の決勝で横須賀学園の比良坂さんにストレート一本で抑え込まれて以来、打撃練習


では160km/hのストレートに設定したピッチングマシーンを相手に、徹底した対策をしてきた


と聞いています。


普段からそれだけ速い球に目が慣れていれば、130~140km/h台と十分に速い球を投げて


くる秋月さん相手でも、ある程度は余裕が生まれるのでしょうね』



文代の解説に涼子はもう一度「なるほど」と納得していると、打席ではあざみが


ストライクゾーンから外したストレートをしっかり見送っていた。


どうやら選球眼が優れているという仮説は間違っていないようだ。


(ここでボール球のストレートで様子を見てきたか……。どうやら向こうのキャッチャーには


こっちの狙いがもうバレちまったみたいだな)


まぁこれだけ露骨にやっていれば当然かと梨花は特に気にした様子もなく、むしろ余裕の笑みを


浮かべる。


(分かったところで徹底的に選球眼を磨かせたうちの打者はボール球にはバットを振らない。


ストライクゾーンで勝負してもストレートはファールにされる。なら後は変化球で勝負するしか


ねぇもんなぁ?)


そしてその変化球こそを氷取沢の打者達は待ち構えているのだ。


そこで縦か横かの読み合いにはなるが、二分の一の確率なら決して悪くない結果になるで


あろう。


そんな梨花の思惑通り、すでに一点を返せた選手達からはすぐにでも逆転できるというムードが


伝わってきていた。後は誤算だった椿がどこまでやれるかにかかっている。


(正直、今日の橋本には期待できねぇが、それでも相手のエースさえ打ち崩しちまえばうちの


勝ちは揺るがねぇ)


総合力は圧倒的にこちらの方が上なのだ。点の取り合いになれば負ける要素はどこにも


なかった。


だからこそ最低でもこの回にもう一点取り、陽菜と奈月のバッテリーにプレッシャーをかけて


おきたいという梨花の考えを、打席のあざみも理解していた。


長打を意識したスイングが続く。けれど大振りになりすぎて空振りはしないよう注意を払い、


鋭くコンパクトなスイングを保ちつつ本命の一撃を放つその時を待つ。


そして梨花から言われていた通り、ツーストライクまで追い込んでからストライクゾーンに


入る変化球で勝負をしてきたその球を、あざみは力強く打ち返した。



『打ったー!え、ええっと、確かこれは……』


『流し打ちです』


『そ、そうでした!流し打ちー!』



ファーストの喜美とセカンドの海帆との間にある守備の隙間へと強烈なライナーが飛んでいく。


少し振り遅れたが、それが反って良い方向へと飛ぶ結果となった。


高さはないが低くスピードの乗った打球に、誰もがライト前へ抜けたと思った――その瞬間


だった。


バシイィィンッッ!


グローブに打球が勢いよく吸い込まれた音。


その音を奏でたのは――海帆であった。


打球に対して抜群の反応を見せた海帆は迷いなく地を蹴って飛び込むと、目一杯まで伸ばした


左手のグローブで目標を捕獲し、そのまま前のめりに腰から下を海老反りにしながら着地して


土の地面の上を滑っていく。


そしてしゃちほこのような不格好な態勢のまま球の入ったグローブを掲げてみせると、同時に


塁審がアウトを宣告した。



『と、止めたーッ⁉ 完全に抜けたと思われた当たりを、セカンドの東郷さんが


ダイビングキャッーチッッ!』


『これは驚きましたね。二回戦ではエラーが多く守備はあまり得意ではなさそうだと思って


いましたが……見事なファインプレーでした』


『初回から両チームとも素晴らしい守備を魅せました!攻守共に最初からフルスロットルな


試合は二回の表へとステージを移します!』



【続く】

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