表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/84

第二部 VS氷取沢女学院 第三章 誤算

挿絵(By みてみん)



第三章 誤算




気負いなく自然体で左打席に入る陽菜の一挙手一投足を観察しながら、菫はこの場をどう凌ぐか


を考えていた。


次のバッターは右打ちの喜美。


ただでさえ椿とは相性の悪い左打者の陽菜は歩かせ、なおかつ守り易くする満塁策で喜美と


勝負するという手もあったが、右打者だからといって穂澄や奈月のように必ずしも有利に


なるとも限らない。


何より椿の今の状態ではコントロールが期待できないため菫のリードも機能せず、運任せに


なってしまう可能性が高い。


まだ試合は始まったばかりとはいえ、初回でこれ以上の失点は出来る限り避けたい菫としては


博打に博打を重ねたくはなかった。


判断に迷った菫はベンチに座る梨花を見る。


すると敬遠のサインは出ず、陽菜との勝負を監督は選択してきた。


菫は梨花に向けて小さく頷くと、腰を下ろしながら陽菜を打ち取るための配球を考え始めた。


(椿の球に力がなくなってしまっている……。正直、球威の無いストレートはゾーンの中に


投げさせにくいわね……)


それにコントロールも安定していない。


鶴川打線の中ではクリーンナップよりかは打撃力が劣る陽菜が相手でも、変化球で裏をかいて


打ち損じてくれるのを願うしか今は手がなかった。


限られた手札の中から菫はカーブを選択し、サインを出す。


椿が頷いたのを確認すると自身は両手を大きく広げ、「コントロールはミスしてもいいから


力のある球をお願い」と伝えた。


椿がマウンド上で大きく息を吐き出し、セットポジションに入る。


そして投じられた初球――


(……マズイ!)


要求したアウトコースではなく、ほぼど真ん中に来てしまっている球に、菫の表情に焦りの


色が生まれた。


しかもカーブであるはずのその球はほとんど曲がる様子を見せず、完全に失投だと分かった。


その絶好球を陽菜は迷わず打ちにいく。


しっかりとバットで捉えた球は椿の頭上を僅かに越え、センター方向へ向けて飛んでいった。



『良い当たりのセンター返しぃ!守備の正面ですがこれは落ちるかぁ⁉』



あらかじめ定位置よりも少し前で守っていたセンターの(はす) (たまき)が、打ち返された瞬間、即座に


打球に反応して全速力で前へと駆けていく。


予想落下地点は自分がスタートを切った位置とセカンドベースの丁度中間辺り。


だが弾道が低いので、普通に構えての捕球は無理だと走りながら判断していく。


むしろノーバウンドで捕れるかもギリギリだ。それもかなり危険な賭けをした上で、である。


ツーアウトなので走者は打球が飛んだのと同時にスタートを切っている。


恐らくは二塁ランナーの梓は三塁も回ってくるはずだ。そうなった場合、ワンバウンドで


確実に捕球してからホームに返球してもアウトに出来る確率は半々だろう。


(どうする?どうする⁉)


一か八かの賭けに出るか、堅実に少しでもアウトを取れる確率が高い方を選ぶか環が選択を


迫られる中――その声は聞こえてきた。


「蓮さん!お願いッ!」


悲痛とも感じられた菫の叫び声で、環の決断は一瞬で下された。


カッと目を見開き迷いを捨てると、菫の期待に応えるためノーバウンドでの捕球を目指す。


(分の悪い賭けは好きじゃないんだけどねッ!)


すでに落下を始めている打球に向けて足のギアを緩めぬままスライディングをし、走るよりも


速く地面を滑り流れていく両足の間でグローブを構える。


少しでもタイミングがずれれば打球を後逸してしまう可能性があるまさに大博打であったが、


環は寸分の狂いもない計算と動きで落下地点に滑り込むと、地面に落ちるギリギリのところで


打球をすくい捕ってみせた。



『と、捕ったーッ!センター蓮さんのファインプレーが飛び出しましたぁーッ!』


『お見事』



スライディングが止まるのと同時に環が球の収まったグローブを高々と掲げると、三塁側の


応援席だけでなく球場全体から大歓声が上がった。


ファインプレーを称賛する拍手を浴びながら環が立ち上がると、一塁ベース手前で無表情を


装いながらも悔しそうな心の内を隠しきれていない陽菜からの視線に気づき、挑発するように


わざと顔を向けてニヤッと笑ってみせる。


そしてベンチへと戻りながら、バックホームに対するバックアップとして菫の後方へ回り込んで


いた椿に向けて、拳を握りしめた右腕を突き出してみせた。


「環……」


「感謝していいわよ、椿!むしろめちゃくちゃ感謝しなさい!」


冗談を混ぜながらの大きな声で未だ覇気が戻りきっていない椿を鼓舞すると、その前方で


ほっと胸を撫でおろしていた菫に向かっても親指を立てる。


「蓮さん、本当にありがとう!助かったわ!」


「いや~、ぶっちゃけ我ながらよく捕れましたよ」


「菫先輩にお願いされた以上は恰好つけたいもんね、環は」


同じく外野のレフトを守るの桜田(さくらだ) あざみに茶化され、「そ、そんなんじゃないわよ!」と環が


顔を真っ赤にして否定する。バレバレな嘘にベンチへと戻ってきていた他の仲間達から


笑い声が上がった。


(今のファインプレーにはアウト一つ以上の価値があるわ。先制はされてしまったけど


これなら……!)


初回にいきなり先制され重苦しくなりかけた空気を一変させてくれた環のプレーに、菫は心の


底から感謝しながら逆襲への確かな手応えを感じ始めていた。


しかし、そんな中で――


「……橋本。ちょっと裏に来い」


いつもとは違う静かな口調で椿を名指しした梨花がベンチから立ち上がる。


その瞬間、選手達からは笑みが消え、あれだけ明るくなりかけていた場の空気が一瞬で


凍りついた。


梨花がこういう口調になるのがどういう時かを全員が知っていた。


それは……本気で怒っている証。


「ま、待って下さい監督!今の回の失点は私に責任があります!だから椿は――」


故に慌てて菫が椿を庇おうとしたが、梨花は釣り上がった両の目でギロリと睨みつけ、


それ以上の言葉を許さなかった。


「川島。お前は先頭打者だろ。これ以上審判の印象を悪くする前にさっさと打席に行け」


「で、ですがッ……!」


それでも食い下がろうとした菫の前に、椿が立った。


「あ、あたしは大丈夫ですから……。監督の言う通り、菫先輩は早く打席に向かって


下さい……」


「椿……」


椿は今にも泣き出しそうな表情を無理やりに笑顔へ変え、震える手で菫のプロテクターを外す


手伝いをしていく。


これ以上はチームにも菫にも迷惑をかけたくないという椿の想いを痛いほど感じ取り、


菫は顔を歪ませながら急いで一緒に防具一式を外していった。


そして代わりに打者としての装備を身に着け、最後に自分のバットを手に取る。


「……必ず、すぐに逆転してみせるからね」


「……はい!信じています!」


それが今の椿にしてあげられる精一杯のことだと菫は無理やり自分を納得させると、


決意を込めた背中を椿に向ける。


打席へと向かうその後ろ姿を見届けると、椿も彼女に背を向けてベンチ裏へと姿を消していく


梨花の後を追った。



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ