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第二部 VS氷取沢女学院 第二章 3

挿絵(By みてみん)



「うぅ……、申し訳ないであります……」


一度もかすることすらなかったバットをベンチに備え付けられた収納スペースにしまい、


そのまま隅で不貞腐れているののあの横に座った海帆はがっくりと肩を落とす。


「二人ともドンマイネー!まだ試合は始まったばかりデース!」


「そうだぜ。たった一回の三振がなんだ。練習試合から連続三振記録を更新中でもこれだけ


明るいビビを少しは見習え」


「オウ、アズーサ!それ知ってマース!


褒めてるようで実はけなしてるっていうコートーテクニックデース!」


「おっ、バレたか」


何も出来ずにアウトになってしまった二人を励まそうとビビと梓が即興で漫才を始めるが、


イマイチだったのか海帆は苦笑を、ののあは嘲笑を浮かべるだけであった。


(リアクションを返せるならまだ余裕はありそうね)


それを横目で見ながら沙希はひとまず安堵の息をつく。


完璧に対策を施され、そして間違いなく残りの打席も同じように攻めてくるだろう。


それに対する打開のイメージが今の打席で全く沸かなかったから、二人は不安で落ち込んで


いるのだ。


(しっかりうちを研究してくれちゃって……。格上なんだから少しくらいは慢心しなさいよね)


試合が開始してから立ちっぱなしの自分とは正反対な、三塁側ベンチで足を組んで行儀悪く


座る相手チームの監督へと視線を移し、沙希は心の中で舌打ちをした。


当然このまま二人を放置する訳にはいかない。打席の度に凹まされていては、守備にも


悪影響が出てしまう可能性があった。特に海帆は実際、二回戦でやらかしている。


そう考えた沙希の行動は迅速だった。すぐさま二人を呼び寄せると、あるミッションを与える。


「――どう?試合中に出来そうかしら?」


「ぶっちゃけて言いますと、ののあちゃん次第だと思うであります……」


「ののあに不可能はないニャ!みほりん、さっそく教えるニャ!」


「ベンチの中でやると相手にバレるから裏でやりなさい。チェンジになったら呼ぶから」


「了解ニャ!」


「了解であります!」


言われた通りバットとボールを持ってベンチの裏へと姿を消していく二人を、振り向かない


まま気配だけで確認すると、そこで試合が動き出していた。



『あ~っと、フルカウントまで追い込みましたが結果はフォアボール。これは少し勿体なかった


でしょうか?』


『厳しいところを攻めた結果ですので仕方ないですね。少し慎重になりすぎた気もしますが、


それよりも千葉さんの選球眼の良さと粘り強さを褒めるべきでしょう』



結果として八球目でフォアボールを選んだ穂澄が一塁へとゆっくり走っていく。


一方マウンド上では、味方ベンチから感じる『橋本ォ~。厳しく攻めろとは言ったが歩かせて


いいとは言ってねぇぞォ~』という説教が込められた監督の視線に、椿がブルッと身を震わせて


いた。


(仕方ないじゃん……。文句ならストライクゾーンが狭い今日の審判に言えっての……)


梨花の視線から逃げるように背中を向け、不貞腐れながら足でマウンドの土を均す。


審判によってストライクゾーンの広さが変わるのは分かっているが、それにしても最後の球は


椿からすればストライクゾーンのギリギリ内側へと投げたものであった。


(でもまぁ、あそこがボールにされるってのが早い段階で分かっただけでも儲けものじゃん)


ならば勝負球は二度と同じ場所に投げなければいいだけだ。今日の自分の調子なら、


それを成し得る寸分違わぬコントロールが可能なのだからと椿は切り替えた。


その様子を感じ取った菫は椿に声はかけず、代わりに右手を顔の前で立てて、(ごめんね椿、


私がギリギリを要求しすぎたわ)と謝る仕草をしてみせた。


それに対し椿も同じように少しだけ右手を挙げると、(菫先輩のせいじゃありませんって。


気にしないで下さい)と笑ってみせる。


そしてすぐに真剣な眼差しに戻ると、次の打者に備えた。






『さぁ、ツーアウトながらランナーを一塁に置き、ここで迎えるのは鶴川の主砲!


今大会すでに三本のホームラン、さらにはここまで打率10割という驚異の一年生、


南 奈月さんが打席に入ります!』


『二試合で三つのホームランもですが、打率10割というのは本当に凄いですよねぇ』


『あ、資料通りに驚異のって言ってみたんですけど、やっぱりそうなんですか?』


『野球というのは投高打低と言われるように投手が圧倒的に有利なスポーツです。


プロでも3割、つまり三打席に一回ヒットが打てれば一流と格付けされるくらいですからね』


『なるほど。その説明を聞くと南さんのバッティングがいかに優れているかが私にもよく分かり


ます。この打席、要注目らしいですよ視聴者の皆さん!』



「よろしくお願いします!」


元気よく一礼してから右打席に入った奈月の挙動を一つたりとも見逃さぬように注意深く


観察しながら、菫は穂澄の時以上に警戒度を最大まで引き上げていく。


(四番でチームの主将……まさに鶴川の要ね。だからこそこの子を抑えられれば、間違いなく


試合の流れは引き寄せられる)


だが無理は禁物だ。可能な限り攻める上で、引き際のラインもしっかりと頭の中で明確に


定めてから菫はサインを出した。


その初球――インコース高めにわざと外したストレートを奈月は見送る。菫はそれを手が


出なかったのではなく、余裕を持って見送ったと感じていた。


(……三番の子もそうだったけど、インコースの球に全く怯む気配がないわね)


打者からすれば、自分にぶつかると錯覚してしまう軌道のはずだ。しかもそれが初見の


投手なら、海帆のように恐怖で腰がひけてしまうのが普通の反応である。


(サイドスローとの対戦経験が豊富なのか、それとも何かしら対策をしてきたのかしら……)


どちらにせよインコースを武器として有効に使えないのは痛手である。


ならば、と今度はアウトコースに構えた。


これも様子見のためにわざと外した低めへのストレート。奈月はそれもバットを持つ手を


僅かに動かす素振りを見せながらも見送った。


(……二球とも反応はしたわね。ストレートに狙いを絞っているけど、ボール球だから


振らずに見送ったってところかしら)


そう推測した菫は三球目にして攻めに転じる。


要求したのは奈月の膝元へと沈むインコースのシンカー。


きっちりストライクゾーンの中に入ってきたそれを、予測とは違い奈月はバットを振って


きたが、結果として空振りを取れた。


(これを振ってきた?狙い球がストレートじゃなかったのだとすると……)


そこで菫は一つの結論に至る。


先程の穂澄もそうであったように、奈月も狙い球を絞るタイプではなく、ストライクゾーンに


入ってきた球のみを全て迎え打つタイプなのだと。


そして四球目。菫は自身の仮説を裏付けるべく、今度もストライクゾーン内のインコースへ――


しかしシンカーとは真逆の、今度は打者から逃げていくように外へと斜めに曲がっていくカーブ


に奈月はなんとか食らいつき、一塁線よりも右へと打球を飛ばしファールで逃れた。


(やっぱりストライクゾーンに入ってきた球には、三番の子と同じでどんな形でもバットに


当てようとしてくるわね)


これでカウントはツーボール・ツーストライク。


まだボールカウントに一つ余裕が残ってる分だけバッテリー有利なカウントではあるが、


菫の心に油断はなかった。


ここで今日初めてのサインを出す。万全を持って奈月を打ち取りにいくつもりであったが、


それに対し椿が首を横に振った。


(それは中盤まで温存しておく予定だったじゃないですか。


確かに菫先輩がそこまで警戒する打者だってのはあたしにも分かりましたけど、変化球に


タイミングが合ってないですし、まだ使う必要はありませんって)


椿の考えを汲み取り、菫は少し迷うが、最終的に彼女の今日の出来の良さを信じることにした。


改めてサインを出し直すと、椿は嬉しそうに頷いてみせた。



【続く】

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