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第二部 VS氷取沢女学院 第一章 思惑

挿絵(By みてみん)



第一章  思惑






準々決勝当日――試合開始1時間前。神奈川県立球場。



『高校女子野球、神奈川県大会。全国へ行くために必要なたった一つの切符を賭けて、


今日から準々決勝が行われます。


その第一試合となるのが、十年前に創部一年目にしながら県大会を制し、全国大会でも大旋風を


巻き起こしたあの鶴川高校!


鶴川の奇跡と呼ばれたあの出来事を覚えている女子野球ファンの皆様も多いことでしょう。


その鶴川高校の女子野球部が今年、十年の時を経てを復活! 当時と同じく一年生のみで今大会を


勝ち進み、本日ついに優勝候補の一角である氷取沢女学院と相まみえます!


実況は私、本間(ほんま) 涼子(りょうこ)。 解説は女子プロ野球チーム、横浜シューティングスターズで監督を


務められた経験もあります、大矢(おおや) 文代(ふみよ)さんでお送りします。


大矢さん、今日はよろしくお願いします』


『はい。こちらこそよろしくお願いしますね』


自分達を映すカメラが設置された球場の実況室の中で、スーツを着こなした二人の女性が


目の前のデスクに置かれたマイクを通して挨拶を交わす。


一人は自らを実況者とお茶の間に自己紹介をした、きちっとセットされたセミロングの


黒髪の女性。


緊張したその面持ちはまだどこか幼さを残しているが、これでもテレビ局に入社して五年目の


中堅アナウンサーである。


『さて大矢さん。試合開始1時間前ですが、一万五千人が収容できる球場はすでに八割が


埋まる入り。


その観客席からは試合開始を待ちわびる人達の熱気がすでに感じられますが、高校女子野球とは


こんなにも人気があるスポーツなのですね』


『いえ、地方大会の準々決勝でこの観客数は異例ですよ。決勝戦でも普通はここまでは


入らないでしょうね。それだけ今日の一戦が注目されていると言えます』


もう一人の丸いフレームの眼鏡をかけた初老の女性――大矢 文代が訂正を加えると、


涼子は『なるほどぉ……』とわざとらしいほど大きく頷いた。


『実は私、最近まで女子野球……というか野球自体あまり詳しくなかったものでして……。


正直に申しますと、鶴川の奇跡と言われてもピンと来ないんですよね。


当時はやはりこのように凄い人気だったのですか?』


『十年前の鶴川高校が有名になったのは、県大会の決勝で氷取沢女学院との死闘を制してから


でしたね。


そして全国大会でもベスト4まで快進撃を続けていくうちに、それまで一部のファンにしか


知られていなかった存在が、一気に全国区になったといったところでしょうか』


『その快進撃の原動力となったのが、今回は鶴川高校の監督として指揮を執る


立花 沙希さん、でしたよね?』


『ええ。県大会の決勝で彼女が見せたパフォーマンスでファンになった方は多いでしょうが、


もちろん野球選手としても高い実力を兼ね備え、見ている人全てをわくわくさせてくれるとても


魅力的なプレーをする選手でした。


怪我さえなければ今頃は間違いなくプロとして活躍していたでしょうし、人気が低迷する


女子プロ野球界にとっても起爆剤となってくれていたはずです。


それだけに肩を壊して野球を辞めたと聞いた時は、私も本当に残念でならなかったものです』


『それほどまでの人が、母校の女子野球部に監督として戻ってきた訳ですか……。なるほど。


確かにそれはドラマ性を感じますね』


『ですが、今日この試合を見に来ている人達はそれだけが目的ではないと思いますよ』


『と……言いますと?』


『氷取沢女学院の監督、土屋 梨花さんの存在です。


十年前、彼女は県大会の決勝で立花さんと投げ合った、当時の氷取沢のエース投手でした。


あの決勝戦で敗北した土屋さんは翌年のリベンジに燃えていましたが、立花さんが怪我で引退し、


鶴川高校も県大会に出場してきませんでした。


ですが再戦が叶わなかったこの二人がまるで運命に導かれるかのように、互いに母校の監督と


して、こうしてまたグラウンド上で相まみえたのです。


今度は選手としてではなく、監督としてどのような名勝負を見せてくれるのか――私を含め、


そう期待してる人も多いのではないでしょうか』


『なるほど……。この試合が因縁の対決と呼ばれているのはそういった理由だったんですね。


果たして今回の勝利の女神はどちらに微笑むのか⁉ 気になる試合はご覧のチャンネルで


10時から放送致します!』


最後に涼子がカメラに向かってドヤ顔を決めてみせると、すぐさまインカムから『はい、スタジオ


に映像返りました。オッケーでーす』という女性の声が聞こえてきた。


同時に涼子は固めていたドヤ顔を崩すと、溜まりきっていた緊張を全て体の外へ吐き出すように


大きく、長い息を吐いた。


それとは正反対に実況放送慣れしている文代は、目の前に置いてあるペットボトルに入った


緑茶を、のほほんとした雰囲気でストローを吸って口に含んでいく。


「あ、あのぉ……こんな感じで宜しかったでしょうか……?」


とりあえず台本通りに進行してみたものの、初めてのスポーツ実況者という立場にまだ勝手が


掴めない涼子が恐る恐る文代に尋ねる。


すると文代はペットボトルをマイクの横に置き直してから、涼子に向かって微笑んだ顔を向け、


「ええ、こちらはとてもやりやすかったですよ。本番もこのような感じで是非お願いしますね」


「よかったぁ……」


なんとか及第点には届いていたようだと涼子は椅子の背もたれに体重を預け、そのままズルズルと


崩れ落ちながらもう一度安堵の息をついた。


『おい、本間。映像そっちに返ってるぞ』


「ふぇっ⁉ う、嘘っ⁉ も、申し訳ございません!大変失礼しました!」


インカムから聞こえた、別の女性の声に涼子は慌てて姿勢を正して座り直す。


すると笑いを堪えた実に楽しそうな声が続けて聞こえてきた。


『くくっ……冗談だよ。実況席に映像が返ってくるのは試合開始五分前だ。それまでは今みたく


ダラけてていいぞ』


「ちょっと三田村(みたむら)さぁん……勘弁して下さいよぉ……」


『悪かった。くくっ、少しでもお前の緊張をほぐしてやろうと思ってな』


絶対に微塵もそう思っていないのが丸わかりな、意地の悪い含み笑いの混じった声で言ってくる


番組プロデューサーの三田村 優子(ゆうこ)はコホンと一つ咳払いをして仕切り直すと、


『で、どうだ?初めての実況席でやる仕事の感想は?』


「正直、まだ試合は始まってませんし実際に実況をした訳ではないのでなんとも……」


『おいおいなんだその自信なさげな答えは。お前がやりたいって言ったから、上の反対を


押し切って実況を任せたんだぞ。私の顔に泥を塗らんでくれよ?』


「あ、あれは三田村さんが私にそう言わせたみたいなものじゃないですか!」


『だが、やると決めたのはお前自身だ。だったらしっかり責務を果たせ』


「……言われなくても分かってますよ……」


向こうには聞こえないよう小声で呟き、顔に出さず心の中でべー!と舌を出す涼子。


そしてやっぱり私はこの人が苦手だと再確認しながらインカムを外す。


「……ちょっとお手洗いに行ってきます」


そのまま文代に一声かけてから立ち上がり、インカムから聞こえた『またか?頻尿なら良い医者を


紹介するぞ?』という声を完全に無視して実況席から出た。



【続く】

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