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第二部 県大会編 第二章 2

挿絵(By みてみん)



「じゃあ奈月達とののあ達でグループ分けするか」


一度学校の部室に戻り、制服に着替えながら梓が今後の方針について提案する。


「でも、皆で一緒に勉強したほうがよくないデース?三人寄ればモンキーの知恵って言うネー」


「いやいやいや。モンキーじゃなくて文殊の知恵だから。猿だと退化してるから」


「皆で一緒に勉強するのはいいけど、場所はどうするであります?妥当なところだと学校の


図書室になるでありますが……」


「ふむ……。だが教え合うとなると口頭での説明が必要になるであろうし、図書室では迷惑に


なるのではなかろうか」


「だなぁ。それ以外でこの人数だとそれなりに広いところじゃねぇとな。


ファミレスは……だらけそうだから駄目か」


「なら、わたくしの家に招待いたしますわ。少し遠いですが、送迎の車を用意させますので


少々お待ちを」


「ワオ!ミヤービの家!きっとお城みたいで空も飛べそうネー!」


「いやいやいや。ビビの金持ちの家に対するイメージってどうなってんのよ……」


「あ、あの……私の家じゃダメでしょうか?そもそも私のせいでこうなってしまった訳ですし、


これ以上風見さんにご迷惑をおかけする訳にもいきませんし……」


奈月の提案にそれまで黙していた陽菜がピクッと反応する。


そして「わたくしは別に気にしませんわよ」と鞄から取り出したスマホで電話をかけようと


していた雅との間に素早く割って入ると、


「いいの?私はその方がいいと思うけど、こんな人数で急に押しかけたらご両親にご迷惑じゃ


ないかしら?」


「うちは今、お父さんもお母さんも家にいませんし、おじいちゃんだけですので事情を話せば


きっと大丈夫だと思います」


「ちなみに奈月の両親が家にいないってのは、海外で仕事をしてるからだからね」


喜美が補足を加えると、まずいことを聞いてしまったかもしれないと思っていた陽菜が安堵の


息をつく。


「確かに奈月の家なら、客間と自室を使えばこの人数でも大丈夫かもね」


「奈月んちってここから近いんだっけか?」


「はい。走って五分くらいです」


「なら歩いても二十分はかかりませんわね。わたくしの家より近いですし、短縮できる移動時間を


少しでも勉強に当てられるのならそれで宜しいのではなくて?」


「決まりね。ええ、これは決して私利私欲で勝手に決めようとしているのではなくて、あくまで


合理的に考えた上での判断よ。さぁ1秒でも時間が惜しいわ、さっさと着替えて奈月の家に


行くわよ」


急に早口で仕切り始めた陽菜に、奈月以外は「あっ、はい」と最早慣れた様子で無表情のまま


返事をすると、そのまま黙々と着替えを続けた。






そして、道中のコンビニで小腹を満たすための食料の買い出しを済ませた一同は、静かな住宅街に


ある一軒家の前に辿り着いた。


「ここが私の家です」


南と書かれている木製の表札が掲げられた玄関の前で、奈月が振り返る。


庭とガレージも付いている、小奇麗でなかなか立派な外見の二階建て一軒家。


その玄関の扉を、奈月は鍵を取り出して開き、


「ただいまです!」


元気よく帰宅の挨拶をすると、玄関から一番近い部屋から、白髪頭だがまだまだしっかりとした


足取りの元気そうな老人が出てきた。


「おかえり奈月。今日は早かったね。おや……そちらの方々は?」


「いつもお話している女子野球部の皆さんです!」


「ああ、この人達が。初めまして、奈月の祖父です。いつも孫がお世話になっております」


柔らかな物腰で丁寧に挨拶してくる祖父に、何度も奈月の家に遊びに来ている喜美以外は


恐縮しながら、『こ、こちらこそ!』と挨拶を返す。


「実は今日から一週間程、期末テストの勉強を皆と一緒にお家でしたいのですが……いいです


か?」


「うん、もちろん構わないよ。じゃあ、おじいちゃんは皆さんにお茶を淹れたら自分の部屋に


いるから、何か用があったら声をかけてね」


「ありがとうございます!おじいちゃん!」


『お、お邪魔します!』


全員で一緒に頭を下げると、祖父は「自分の家だと思って、ゆっくりしていって下さいね」と


微笑み、玄関からは真っ直ぐに繋がるキッチンへと歩いていく。


「では、どうぞ上がってください」


奈月も靴を脱いで家の中に入ると、先ほど祖父が出てきた左手側のリビング兼客間に皆を


案内する。


「お~、確かに結構広いな」


「人の家できょろきょろなさらないの。お行儀が悪いですわよ」


通された客間は、洋式の床に敷かれた絨毯の上に乗った長方形の座卓を中心にして、


部屋の隅にはテレビが置かれていた。


梓が言う通り広々とした見た目の印象が有り、実際に全員が座れそうな程のスペースがある。


「とってもエクセレントなお部屋ネー」


「うむ。手入れも掃除もしっかりしていて、南殿の真面目さを表しているようだな」


「えへへ……。一階のお掃除は、ほとんどおじいちゃんがやってくれているんですけね」


それでも祖父が褒められたのが嬉しくて、奈月は照れ臭そうに笑う。


「そう言えば奈月ちゃんのご両親は海外で働いていると言ってたでありますが、


何をなさってるんでありますか?」


「お父さんもお母さんも大学の先生です。今はアメリカに住んでいるお知り合いの先生の


お手伝いをしているって言っていました」


「確か二人とも考古学の教授よね。あたし達が中二の時だっけ?向こうに行っちゃったの」


喜美が補足を入れると、全員が意外そうな顔をしてみせた。


そして同時に心の中で思っていたことを、梓だけは構わず口にする。


「親御さんは大学教授なのに、娘は勉強が全くダメなのか……」


「この子、ステータスは野球に必要な運動神経に全振りしてるから……」


「ふみぃ……」


項垂れる奈月の頭を、陽菜がここぞとばかりによしよしと撫でる。


「それよりここで勉強するのニャ?確かに広いし、テーブルも大きいけど流石にあれで全員一緒は


無理そうな気がするニャ」


「あっ、はい。ですので私の部屋も使おうと思います。


とは言ってもここより狭いしテーブルも小さいので、三人くらいしか一緒に勉強できません


けど……」


「先生から奈月の面倒を見るよう言われてるし、あたしはそっちね。後の一人は……」


「私が行くわ」


『うん、知ってた』


ノータイムで挙手した陽菜に向けて、奈月以外の一同の声がハモる。


しかし陽菜の下心以外は特に問題はなさそうな割り振りなので、それですんなりと決まった。


「では私達は二階にいますので、何かありましたら私かおじいちゃんに声をかけてください」


「海帆、穂澄。そっちは大変かもだけど宜しくね」


「了解であります!」


「うむ。任されよ」


この二人がいればまぁ大丈夫だろうと喜美は一階の勉強会を託すと、奈月と陽菜の二人と一緒に


お湯を沸かしている祖父に一言説明してから二階に上がって行った。


客間とは逆側の、玄関から見て右手にある階段を上って行き、右に一部屋。左に二部屋有る


うちの、『なつき』と手書きの平仮名で書かれたネームプレートが付けられた奥の部屋の


ドアを開けて中に入る。


「奈月の部屋に入るのも久々な気がするわねぇ。高校に入ってからはすぐ野球漬けで、


ここまで来る暇がほとんどなかったし」


前に喜美が来た時と変わらぬ、ベッドのシーツやカーテンなどをピンクで統一した、いかにも


女の子っぽい可愛らしい色合いの部屋。


窓際に勉強机とタンスが並んで設置され、その後ろのベッドの上には、黒いバッタをデフォルメ化


したと思われるゆるキャラっぽいぬいぐるみが置かれていた。


「ここが奈月の部屋……」


最後に部屋に入ってきた陽菜はうっとりとした表情で部屋を隅々まで見回すと、山頂に登りきった


登山家のように、何度もスーハーと部屋の空気を吸い込んでは吐き出していく。


「ああ……奈月の匂いがするわ……」


「止めんか」


喜美が速攻でトリップした陽菜の頭にチョップを入れて正気に戻していると、その間に奈月は


苦笑しながら、押し入れの中から取り出した組み立て式のテーブルを部屋の中央に設置していく。


「陽菜ちゃん、どうぞ好きな場所に座ってください」


「ありがとう、奈月」


促され、荷物を邪魔にならない場所に置いてからテーブルの一角に腰を下ろそうとした時、


「あら……その写真……」


ふと勉強机の上に飾られていた写真立てに気づき、座るのを中断して歩み寄った。


写真に写っていたのは鶴川女子野球部のユニフォームを着た十人の少女達と、真ん中で


金属バットを大事そうに抱きかかえた幼稚園児くらいの小さな女の子だった。


その女の子が奈月であるのは陽菜にもすぐに分かった。そして隣でしゃがみ、ピースサインを


右手で作りながらもう一方の手を奈月の肩に回して笑っているのも高校時代の沙希で間違いない


だろう。


「そう言えばそんな写真も飾ってあったわねぇ。十年前におじいさんに撮ってもらったんだっけ?」


「はい!私のもう一つの宝物です!」


「小さい頃の奈月……尊い……」


「だからあんたはすぐにトリップするんじゃないの」


もう一度チョップを喰らわし、鼻血を垂らしている陽菜の鼻にため息をつきながらティッシュを


詰め込む喜美。


「ってか、その写真ってよく考えたら先生とコーチ達も写ってるのよね」


沙希については動画で知っていたので、当時はまだよく知らなかった他の二人を改めて探して


みると、すぐに見つかった。


久美は沙希のすぐ後ろにいた。沙希と同じくはっきり面影が残っているし、眼鏡をかけているのも


彼女だけなので間違いないだろう。


そして百合香は……


「あの人……今と全然変わってないわね……」


奈月とは逆側の、ピースしている沙希の右腕に自分の両腕を絡ませた百合香を見つけ、


喜美だけでなく陽菜も驚きのあまり軽く唖然としていた。


どう見ても今の百合香は写真のまんまであった。十歳も歳を重ねたとは思えないし、


むしろこの頃から時間が止まっているのではないかとすら思えてくるほどに何も変わっていない。


今度若さを保つ秘訣でも聞いてみようかと考えながら、陽菜は写真立てを元の位置に戻して


奈月に向き直ると、


「奈月。この写真ってデシカメかスマホで撮った物なの?」


「はい。確かおじいちゃんがスマホで撮ってくれた物をプリントアウトしたものです」


「そのデータってまだ残ってるのかしら?残ってるのなら是非、私も欲しいのだけど。ええ、これ


は決して私利私欲で言ってるのではなくて、私も鶴川女子野球部の一員として、偉大な先輩達(と


奈月)が写った画像データが欲しいだけなのよ」


「いい加減にせんかい」


早口で一部分だけ小声で誤魔化そうとした陽菜に、三度目のチョップが決まる。


「分かりました。後でおじいちゃんに聞いてみますね」


「本当⁉ ありがとう大好きよ奈月!」


「はいはい。このままだと一向に勉強が始まらなくてあたしが怒られる羽目になるから、


そのくらいで勘弁してよね」


どさくさに紛れて奈月に抱き着こうとした陽菜の制服の襟首を掴むと、強制的に座らせる。


恨めしい顔で見てきたが当然無視した。


そしてやっと、二階の勉強会が始まった。



【続く】

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