第二部 県大会編 第二章 今度こそ県大会開始!……の前に
第二章 今度こそ県大会開始!……の前に
「という訳で、一回戦の相手は東妙蓮寺に決まったわよ。
去年は二回戦敗退のチーム。まぁ、今のあなた達の実力を試すには丁度良さそうな相手ね」
抽選会から戻った沙希と奈月は一度学校に寄り、ユニフォームに着替えてから河川敷の部員達と
合流した。
そして抽選結果が印刷された用紙を穂澄に手渡すと、全員が興味津々に後ろから覗き込んだ。
「おっ、横須賀学園は別ブロックか」
「でも氷取沢とは同ブロックであります……。しかも三回戦で当たるであります……」
「わたくし達が勝ち進めれば、の話でしょう?今からそんな先の相手を気にしても
仕方ありませんわ」
「だよねぇ……。ぶっちゃけ一回戦すら勝てるかも分からない訳だし……」
「で、あります……」
「はいはい、すぐ弱気にならないの。時には臆病さも必要になるけど、過度な臆病さは
必要ないわよ」
沙希は両手で拳を作ると、喜美と海帆の頭に乗せてグリグリと捏ねくり回す。
「雅の言う通り、まず私達が戦うのは東妙蓮寺よ。データはこれから集めるとして、
あなた達は二週間後の初戦に向けて全力を出せるように調整していくことだけ考えなさい」
『はい!』
全員が定まった目標に対し返事をすると、雅が「一つよろしいかしら」と手を挙げた。
「差し出がましいかもしれませんが、対戦校のデータ収集にうってつけの者がいますわ」
そう言うと指をパチンと鳴らし、自分の専属使用人である千代を呼び出す。
「まずは東妙蓮寺の情報を三日以内に。それ以外のAブロックの高校も、氷取沢を重点的に
全て集めなさい。
わたくしが学校にいる間の時間は全て使って構いませんわ。出来まして?」
「ご命令とあらば」
「では、頼みますわ」
「畏まりました。お嬢様」
主の命を受け、メイドは再び影へと姿を消していく。
「これで先生も余計な時間を割かず、わたくし達の練習に集中できますでしょう」
「いいの?あのメイドさんも結構忙しいんじゃ……」
「お気になさらず。わたくしの専属として雇っていますので、ぶっちゃけわたくしが学校にいる
間の大半は、暇を持て余して自分の趣味に費やしていますもの」
「あのメイドさんの趣味って、ちょっと興味があるわね」
「確か以前に尋ねた時は漫画を描いていると言っていましたわ。あまり他人の私生活を覗き見る
のは好きではありませんので、それを見せてもらったことはありませんが」
「なにそれ超見たい」
沙希の言葉の後に、雅以外の全員がめちゃくちゃ頷いた。
「なんにせよ、しっかり先の氷取沢まで調べさせる辺り、お前も負けるつもりはないみたい
じゃねぇか」
「当然ですわ。戦う前から負けるつもりで挑む馬鹿がどこにいまして?」
「うむ。心・技・体、全てが揃ってこそ、初めて己が実力が出せるのは間違いない」
「そういうことよ。けど野球の試合の前に、もう一つ大事な戦いがあるのは忘れてないわよね?」
「ふみ?練習試合って今週もあるんでしたっけ?」
「多分違うわよ、奈月。先生が言ってるのは期末テストのことだと思うわ」
察しの良い陽菜に対し、沙希は「イグザクトリィ!」と立てた人差しを向けてきた。
「もし赤点を一つでも取ろうものなら、補習をさせられて野球どころじゃなくなるからね。
ちなみにヤバそうな人は正直に言いなさい。先生、怒らないから」
沙希が教え子達の顔を順に見回すと、小さい体をさらに小さくしながら恐る恐る挙げられた手が
二つ。奈月とののあだ。
「ふむ……。ちなみに二人がヤバそうな教科はなに?文系なら私が教えてあげられるけど?」
「……ぜ、全部……ですぅ……」
「……右に同じくニャ……」
「なん……だと……?」
まさかの答えに沙希が驚愕させた顔を二人の保護者である喜美と海帆に向けると、彼女達は揃って
苦笑いを浮かべながら、
「ぶっちゃけ奈月は鶴川に受かったのが奇跡のレベルです……」
「ののあちゃんも似たようなもんであります……」
「オウ……」
沙希は右手で顔を覆い、奈月とののあに二物を与えなかった天を仰いだ。
しかし入試には合格できたのだから希望はあるはずだと即座に切り替える。
「……仕方ないわね。期末テストまでの一週間、二人は練習を早上がりしていいから
家でしっかり勉強しなさい」
「ふみぃ⁉ そ、そんなぁ……」
「マジかニャ? 本当に早く帰っていいニャ?」
正反対のリアクションを返してくる二人に対し、沙希も当然さらなる対策は思いついていた。
「喜美。海帆。あなた達も早上がりしていいから、責任を持ってこの二人に勉強を教えなさい。
入試の時もそうだったんでしょ?」
「ですよねー……。やっぱりそうなりますよねー……」
「で、あります……」
「ふみぃ……。喜美ちゃん……ごめんなさい……」
「いいわよ、あんたの面倒を見るのは今に始まったことじゃないし。とりあえず赤点回避を
目標に頑張りましょ」
「ののあは一人でも大丈夫ニャ。だからみほりんのお守りはいらないニャ。決してズル休みが
出来なくなるとか思ってないニャ」
「はいはい。ののあちゃんはやれば出来る子なんだから、また一緒に勉強を頑張るでありますよ」
とりあえずこれで二人はなんとかなるか。なんとかなるんじゃないかな。まぁちょっと覚悟は
しておくかと沙希が軽く現実逃避を始めていると、
「あの~……、なら、アタシも早引きさせてもらってもいいっスか?
大丈夫だとは思うんスけど、念のために英語だけはちょっと復習しておきたくて……」
「あら、今さら後乗りなんて随分と卑怯な真似をなさいますのね」
「う、うるせぇな!だから念のためだって言ってんだろうが!」
「だったらアズーサにはワターシがイングリッシュを教えるネー。その代わりジャパニーズを
教えてほしいデース」
「マジか⁉ そいつは助かる!けど、アタシは人に教えられるほど国語は得意でも
ねぇんだよなぁ……」
「ならば、僭越ながら私で良ければ服部殿に国語を教えるが如何か?」
「イエス!ホズーミがティーチャーなら安心デース!」
「ちょ、ちょっと待って!」
あれよあれよとチームの大半が期末テストに向けて勉強会を開く流れになり、慌てて沙希が
現状を確認する。
とりあえず勉強会に参加しなくてもよさそうなのは陽菜と雅だけ。
けれどこの二人だけ残しても出来る練習は限られてくるし、それならいっそ今日までに溜まって
いるであろう肉体の疲労を全て抜く意味も含め、一緒に休ませたほうがいいのではないか。
けれどレベルアップのためにも練習は少しでもさせておきたいし……
沙希が目を閉じて腕を組み、眉間にしわを寄せつつ首を捻りまくりながら「う~ん……う~ん……」
と悩みぬくと、やがて意を決した……というよりも諦めに近いため息をついた。
「……オーケー。なら全員、この一週間は部活動を休みにしてテスト対策期間にしましょう。
陽菜と雅もそれでいい?」
「私は構いません」
「仕方ありませんわね。わたくしも同じく構いませんわ」
「ふみぃ……私のせいでご迷惑をおかけしますぅ……」
二人にも心の底から申し訳なさそうに奈月は謝ると、陽菜は「気にしなくていいわ」と
しょぼくれるその頭を撫でた。
「じゃあ今日は今から練習をしても中途半端になっちゃうし、これで解散にしましょう。
ここまでするんだから絶対に赤点は取るんじゃないわよ。特にそこの二人!もし一つでも
赤点だったらどうなるか……分かってるわね?」
百合香を彷彿させる、背後に般若の面が見える笑っていない笑顔で釘をさすと、奈月とののあは
顔を真っ青にし、奥歯をガタガタ震わせながら何度も頷いてみせた。
【続く】




