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間章 横須賀の姫王

挿絵(By みてみん)



間章  横須賀の姫王





私立 横須賀学園。


東西が海に面した横須賀市に創立して今年でちょうど二十年。


その東側、観光名所として有名な『記念艦 三笠』近くの海上沿いに学び舎を構える共学校である。


文武両道を掲げる校風であるが、数々の運動部が全国大会への出場を果たしている


スポーツ強豪校としてのイメージが世間的には強い。


特にその中でも有名なのが女子野球部であった。


学園創立と時を同じようにするかのように、日本で女子野球のプロ化が決まったのもちょうど


この頃で、当時の女子野球ブームの波に乗るように横須賀学園でも創立当初から女子野球部が


立ち上げられていた。


そこから年月と実績を積み上げ、神奈川における高校女子野球の強豪校として氷取沢女学院と


共に二強と呼ばれ続けてきた名門であったが、その歴史が一人の少女によって改革されたのは


記憶に新しい。


横須賀学園の乱。


人々にそう呼ばれたクーデターの首謀者である比良坂 叡は、組合せ抽選会から戻ると、


真っ先に女子野球部の部室へと向かっていた。


鍵のかかっていない扉を開けると中に一人、ユニフォーム姿の少女がいた。


鶴川高校の部室とは比べ物にならないほど広々とした部室の中で、少女はパイプ椅子に座り、


長机の上に開いたスコアブックを読み解いていた。


「お帰りなさい、我が王。今年の組合わせはいかがでしたか?」


叡の帰還に気づくと少女――雪ノ下(ゆきのした) 風香(ふうか)は立ち上がり、まるで彼女の家臣のように、恭しく


ウェーブのかかった髪と共に頭を垂れてみせた。


それに対し叡も、王と呼ばれるに相応しい威風堂々とした物腰で椅子に腰をかけながら答える。


「氷取沢とは今年も別ブロックとなった」


「そうですか。では初戦の相手はどこで?」


「知らぬ。クジを引いてそのまま帰ってきたからな」


足を組み、指先で机をトントンと叩く叡。


それに対し風香は呆れるでもなく、むしろ慣れた様子で「そうですか」と納得すると、


部室に備え付けられた電気ケトルを使い紅茶を淹れ始めた。


「県内など取るに足らぬ有象無象と昨年で分かっておるからな。あくまで我らの敵は全国の


猛者どもよ」


「ですが慢心しては足をすくわれましょう。


蟻の一穴まで許さなくてこそ、真の王たるかと具申致します」


「フッ。相変わらず心配性な女だな、卿は」


「それが私の仕事だと心得ておりますので」


紅茶を用意しながら言い切る風香を見ながら、叡は嬉しそうに口元を緩ませる。


風香とは横須賀学園の女子野球部に入ってから付き合いであるが、こうも自分に対してずけずけと


意見してくるのは、この部では彼女だけであった。


それ故に叡も彼女には心を許し、懐刀としての信を置いている。


一年前――


比喩でもなんでもなく本当にたった一人の力で上級生チームを打ち負かし、女子野球部を


乗っ取った叡はそのカリスマ性もあって同学年のチームメイト達からはリーダーとして認められ、


支持されるようになった。


そしてその言動や立ち振る舞いから、叡はチームメイトから愛称も込めて『姫』と呼ばれるように


なった。叡に心酔している風香だけは『王』と呼ぶが。


ともあれ現在の横須賀学園 女子野球部は叡を頂点に据えた王国なのである。


そして風香はその王と臣下達との調整役。


だがその立ち位置に奢ることは決してなく、選手としての実力も周囲から認められているため、


叡以外のチームメイトからの信も厚い影の大黒柱であった。


「そういえば会場で面白そうな者に出会ったぞ」


不意に叡が放った言葉に、ティーカップに紅茶を注いでいた風香の手が思わず止まる。


彼女が言う『面白そうな者』とは、決まって野球の才能――特に打者としての才能が突出した者を


指す。


どういう理屈かは知らないが、叡には一目会っただけでそれを見抜くことが出来るのだそうだ。


実際、去年の大会でも試合前に叡が面白そうだと言った者は、彼女からヒットを打ってみせた。


氷取沢女学院の主将、川島 菫も神奈川では唯一のそれであった。


「……その者はどこの高校の者でしたか?」


「さてな。見覚えのない制服であったので余は知らぬ」


(そうなると今年から新設された女子野球部……?いや、もう一つ可能性があったな……)


叡に紅茶が入ったティーカップを差し出すと、そのまま風香は自分のロッカーにしまってある


鞄からスマホを取り出す。


そして予想から導き出された答えを検索し、表示された画面を叡に見せた。


「もしかして、その制服はこれではありませんでしたか?」


「おお、そうだ。よく分かったではないか」


紅茶を一口飲んでから、画面に映し出された鶴川高校の女子制服を見た叡が頷く。


「で。それはどこの学校なのだ?」


「鶴川高校です。十年前に、創部一年目にして神奈川県大会を制した鶴川の奇跡。


ご存知ありませんか?」


「知らぬ。余は過去の栄光になど興味はない」


きっぱりと斬り捨ててみせた叡に風香は、「そうですか」とやはり表情一つ変えぬまま納得する。


「なるほど、鶴川か。去年はどうだったのだ?」


「去年は大会に出ていません。創部一年目の全国大会後にエースを怪我で欠き、その後の


鶴川女子野球部は廃部になっていたそうです」


それが今年になって、その当時のエースを監督に迎え、復活したことも風の噂で聞いていた。


「鶴川はうちとは逆ブロックですので、決勝まで勝ち進んでこないと当たりませんね」


さらに抽選結果を検索して確認した風香が言うと、叡は嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべ、


「そうか。あの者と当たるのは決勝か」


「お楽しみになさってるところに水を注しますが、今年から再始動した鶴川が決勝まで勝ち進める


可能性は極めてゼロに近いと思います」


「だが、十年前は創部一年目で県大会を制したのであろう?」


「奇跡はそう何度も起こる物ではありませんよ。それに過去の栄光にはご興味なかったのでは?」


「うぐっ……」


痛いところを突かれ、叡が珍しく言葉に詰まる。


こんな風に彼女を言いくるめ、黙らせられるのも風香だけであった。


「さぁ、飲み終わったのなら着替えて練習に行きますよ。


我がチームの王がグラウンドにいなければ、他の者達も気が引き締まりませんから」


そして家臣というより叡を管理するマネージャー……むしろ母親のように着替えを急かす。


渋々と従い制服を脱ぎ始めた叡を見届けて、風香もスマホをしまいながら鶴川について考えていた。


あの叡が認めた打者がいるチームである。ああは言ってみせたが、万が一があるかもしれない。


(念のために今のうちから偵察を入れておくか…)


石橋を叩きまくってから渡るのが雪ノ下 風香の信条。


叡の右腕にして横須賀学園 女子野球部の参謀が、密かに動き出そうとしていた。



【続く】

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