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第二部 県大会編 第一章 2

挿絵(By みてみん)



同時刻――神奈川県立 青少年センター前。


今日ここで行われる高校女子野球 神奈川県大会の組合わせ抽選会に参加するために、


奈月と沙希の二人は鶴川高校 女子野球部の代表として訪れていた。


「いや~、懐かしいわねぇ。十年前と全然変わってないわぁ」


「先生もここに来たことがあるんですか?」


「私も主将だったし、当時の顧問をしてくれていた先生と一緒にね」


そして今は自分が顧問として、奈月の隣に立っている。


奈月も当時の沙希と同じ体験が出来て嬉しいのか、上機嫌で目を輝かせながら改めて自分達の


前にある建物を一緒に眺めた。


普段は演劇などの公演を行っている全812席の中規模ホールで抽選会は行われ、そこへ向かう


べく鶴川高校とは違う制服の学生達が次々と中へ入っていく。


言うまでもなく他校の女子野球部の主将達だ。そしてこれも当然だが、上級生ばかりである


彼女達の姿を見て、奈月はさらに心を躍らせる。


「凄く野球が上手そうな人達が一杯です!」


「そりゃまぁ基本的には各校の主将が来てるからね。必ずしも一番上手い人が主将になる訳では


ないけど」


そこで沙希は腕時計で時間を確認する。抽選会の開始までにはまだ時間はあるが、


あまりのんびりしている余裕もなかった。


「それじゃ、私達も行きましょうか」


「はい!」


元気よく返事をして、奈月は沙希の後ろをついて行く。


正面入口の自動ドアが開いていくと、広い空間のロビーに出迎えられた。その右手には


併設されている喫茶店が。そして左手には案内所と待合所が並んでいる。


今はそのどちらにも用はないので、直進する沙希に続いて会場である中央ホールへ向かおうと


すると――


「おい!来たぞ!」


何やら声が聞こえたと奈月が思った次の瞬間には、前を歩く沙希と一緒に大勢の大人達に


囲まれてしまっていた。


「鶴川高校の立花 沙希さんですよね⁉ 今大会では監督として女子野球に復帰なさると


お聞きしましたが本当でしょうか⁉」


「現在はご自身の母校で教員をなさっているそうですが、やはりこの為に教職を目指されたの


ですか⁉」


「一言!一言お願いします!」


手にペンとメモ帳を持つ者。ボイスレコーダーを向けてくる者。ひたすらカメラのシャッターを


切る者。


総じて記者と呼ばれる者達による質問責めの迫力に圧倒され、奈月は思わず沙希に身を寄せ、


服の端をぎゅっと掴んだ。


しかし沙希は特に驚いた様子もなく、「あちゃ~……。ここまで注目されてるとは


予想外だったわぁ……」と小声で呟きながら頭をポリポリとかいていた。


そしてコホンと一つ咳ばらいをすると、奈月も見たことがない見事な営業スマイルへと一瞬で


切り替え、


「確かに私は鶴川高校の女子野球部で顧問をしております立花 沙希ですが、今大会の主役は


実際にプレーをするこの子ですので。


鶴川女子野球部への質問は全てこの南 奈月にお願いします♪」


「ふ、ふみぃ⁉ 先生⁉」


沙希の言葉を受け、記者達の視線が一斉に奈月へと移り、集まる。その一瞬の隙を見逃さず、


沙希は一人だけ囲みを抜け出すのに成功していた。


「あっ!ちょっと立花さん⁉ コメントを!」


「答えられる質問には答えましたので、後はノーコメントでお願いしま~す」


そのまま振り向かず、軽く挙げた右手だけをひらひらと振ってみせると、奈月に対しても


「いい機会だから取材慣れしときなさ~い」と丸投げして一人会場の中へ入って行ってしまった。


あの様子では追いかけても碌なコメントは取れないと思ったのであろう。記者達は代わりに、


沙希から聞くはずだった分も含めて奈月にコメントを求め始めた。


人生で初めての取材。しかも知り合いが一人もいない状況に加え、大勢の記者に囲まれての


質問責めに奈月は一瞬でテンパっていく。


そのため何を質問されているのかもすぐに分からなくなり、とりあえず「は、はい!が、頑張り


ます!」とその言葉しか覚えていないオウムのようにひたすら同じ答えを繰り返すしかなかった。


そんな奈月のぐだぐだな対応に記者達も、(あ、この子はダメだ)と悟り始めた、その時だった。


「ん……今、一緒に入ってきたの……」


「横須賀学園の比良坂と氷取沢の川島だ!こっちはもういい!先に彼女達のコメントを取るぞ!」


奈月達を囲んだ時と同じように、一瞬で今度は去年の優勝校と準優勝校の主将を囲む記者達。


あっという間に周囲に誰もいなくなっても奈月は混乱から回復せず、相変わらずオウム返事を


続けていたが、しばらくしてやっと我に返った。


「ふ、ふみぃ……私は一体……」


きょろきょろと辺りを見回すと、自分の代わりにインタビューを受けていた二人がちょうど解放


されようとしているところであった。


先に取材を終えた、薄茶色のブレザーの制服を着た氷取沢女学院の主将――川島 菫がこちらに


向かって歩いてくる。


右肩の前で一つに束ねた栗色の柔らかな髪と同じく、物腰も柔らかそうな女性というのが


奈月の第一印象であった。


その想像通り、菫は奈月と目が会うと優しく微笑んで会釈をしてくれた。


氷取沢女子野球部で唯一の三年生にして主将。奈月から見た年上の彼女は、


同じ高校生かつ主将とは思えないくらいしっかりしていて大人びていた。


思わずうっとりとした瞳で菫の後姿を追い続けていると、もう一つの気配が近づいてきたのに


気づき、奈月は振り返る。


そこにはネイビーカラーのセーラー服に黄色のスカーフを巻いた、横須賀学園の制服姿を着た


比良坂 叡がいた。


身長は鶴川女子野球部で一番背が高い梓よりもさらに少し高い。スラッとした長身は陽菜を


思い出させるが、半袖の制服から覗かせている無駄のない腕の筋肉は彼女の比ではない。


そして何よりも奈月の目を一番惹いたのは、腰まで真っ直ぐに伸びた綺麗な金色の髪――では


なく、その碧眼の瞳であった。


意思の強さを示すかのような目力のある瞳からは歳不相応な気高い威厳が感じられ、同時に


絶対的な自信に満ち溢れていた。


叡は菫とは違い、奈月には挨拶せず――いや。まるで道端に落ちている石ころ程度にも


気にとめた様子もなく、目の前を素通りして行く。


その傲慢とも受け取れる堂々とした王者の姿を奈月は緊張した面持ちで見送っていると、


叡が通りすぎる瞬間、視線だけをこちらに向けてきたので目が合ってしまう。


刹那――奈月は心臓ごと全身が凍りついてしまいそうになるほど、ゾクリとした悪寒に襲われた。


それは圧倒的な恐怖。


睨まれた訳でも凄まれた訳でもない。


ただ、野球選手としての直感が――本能が奈月にはっきりと告げていた。


今の自分ではこの人には敵わない、と。


これまでどんな凄い選手を見ても早く戦いたいと目を輝かせてきた奈月が、生まれて初めて感じた


圧倒的なプレッシャーに、身動きどころか息までも出来なくなってしまう。


そんな奈月から叡は表情一つ変えること無く視線を前へ戻すと、そのまま会場の中へと姿を


消してしまった。


そこでやっと奈月は動けるようになる。


潜っていた水の中から顔を出した時のように「ぷはッ!」と息を吹き出すと、


止まらない冷や汗が流れ落ちる顔を体ごと会場の入口へ向ける。


(あの人が横須賀学園の主将さん……。高校生で最強の投手と先生が言っていた


比良坂 叡さん……)


適う気がしない。けれど倒さねばならない強敵の横顔を思い出しながら、奈月は自身を


鼓舞するように拳を握りしめる。


けれど体の震えは……いつまで経っても治まらなかった。


『これより第三十八回 全国高等学校 女子野球選手権 神奈川県大会の組合わせ抽選会を


開始致します。


関係者の方は一階、紅葉坂(もみじざか)ホールまでお集まり下さい』


「ふみぃ⁉」


館内アナウンスでどうして自分がここに来ているのかを思い出し、奈月はとりあえず今は


比良坂 叡のことを忘れると、慌てて会場へ向かって駆け出した。



【続く】

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