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第二部 県大会編 第一章 県大会開始!……の前に

挿絵(By みてみん)



第一章  県大会開始!……の前に




「ういーッス!今日も練習、頑張りまっしょいネー!」


部室のドアを声と同じくらい元気一杯に開け、いつもと変わらず陽気を振りまきながらビビが


入ってくる。その後ろからは同じクラスの穂澄が対照的に落ち着いた振る舞いで入ってきた。


浦和学園との初練習試合から一ケ月半が過ぎ、六月もすでに残り僅かとなった梅雨の季節。


この屋外スポーツにとって天敵な季節が終われば次はいよいよ夏。待ちに待った高校女子野球の


全国大会が行われるのである。


「んん~?ナツーキはまだ来てないのデース?」


「奈月なら今日は先生と一緒に県大会の組合わせ抽選会に行くって言ってたでしょ」


「オウ!そうだったネー。うっかりハチベーだったヨー」


奈月と同じクラスであり幼馴染みの喜美がユニフォームに着替えながら不在の理由を改めて


説明すると、ビビはポンっと手を叩いて納得する。


――そう。全国大会の出場校を決める地方予選。


鶴川高校にとって戦いの舞台となる神奈川県大会の組合わせ抽選会に、主将であり部長でもある


奈月と顧問の沙希は共に出向いていた。


「ってか、奈月のクジ運ってどうなんだ?」


「ん~……。特に良くもないし悪くもないと思うけど……」


梓の問いに喜美が自分もよく分からないといった様子で答えると、その右隣で着替え終えて自分の


ロッカーを閉めた海帆がポツリと、


「とりあえず、いきなり横須賀学園(よこすかがくえん)とか氷取沢(ひとりざわ)女学院に当たるのだけは勘弁してほしいで


あります……」


「よこすかと……ひとりざわニャ?そこは強いのニャ?」


「確か横須賀学園は去年の県大会優勝校で、氷取沢が準優勝校だったわよね」


ののあと陽菜の言葉に海帆はまとめて頷くと、右手の人差し指をピン!と立てて各校への補足を


加えていく。


「去年の横須賀学園はチームが全員一年生だったにも関わらず、全国大会ベスト8まで


勝ち進んだ今大会の大本命校であります!」


「全員一年で全国まで行ったって、まるで十年前の先生達みたいだな」


「実際、鶴川の奇跡になぞらえて横須賀の奇跡と言う人もいたであります。でも多くの人には


横須賀の乱と言われていたであります」


「うむ。その名なら私も聞いたことがある。確か一年生が上級生に対して下克上を果たし、


チームを乗っ取ったという噂であったが……」


「下克上とは穏やかではありませんわね。一体どういう事ですの?」


今度は穂澄と雅からの言葉に海帆は待ってましたと言わんばかりに鼻息を荒げ、


「横須賀学園には、どんなに実力があっても一年生は試合に出れないどころか、練習中はボールと


バットにも触られてもらえない伝統があるのであります。


一年生の時には高校野球で戦えるだけのフィジカルを作り上げるのに専念させると同時に、


野球へのハングリー精神を植え付け、練習後には許されているボールとバットを使った自主練で


自分の才能を伸ばせない人を篩い落とすのが目的なんだそうであります」


「それはまた……随分と尖った方針ですわね」


「でもそうやって、氷取沢と並んで神奈川の二強として君臨し続けてきた実績が有るのであります。


けど、そのやり方に異議を唱えた一年生がいたのであります。


それが全国大会ベスト8の立役者である、エース投手の比良坂(ひらさか) (えい)さんであります」


「あっ、その人なら知ってる!スポーツニュースでもかなり取り上げられてた人だよね」


「全国大会で1試合の奪三振記録を塗り替えた横須賀学園のエース……。その人なら私も


ネットで見たわ」


「そうなのであります!比良坂さんは凄い投手なのであります‼」


海帆はまるで自分が褒められたかのように自慢げに興奮すると、小さな体を喜美と陽菜に向かって


前のめりにしながら乗り出してくる。


「最高球速は154km/h。これは日本女子プロ野球界の最高球速記録とタイで、幻とされ続けて


きた160km/hに今最も近い投手としてプロのスカウトからも注目されまくりなのであります!


しかも変化球は一切投げず、ストレートのみで並み居る全国の強打者を次々と三振に仕留めた


ピッチングスタイルに魅了されたファンも多いであります!」


「陽菜より10km/h近くも速ぇのか。けど、いくら速くてもストレートだけで三振取れるとか


一体どんな球なんだよ」


「対戦した打者は皆揃って、あのストレートは今まで見たどんな変化球よりも打てる気がしないと


口にしてるであります」


「まるでストレートが変化球に見えたかのような言い方なんデース?」


「なんだそりゃ。なぞなぞかよ」


「とにかく、その比良坂さんが当時の女子野球部の監督と上級生を相手に、チームの全権譲渡を


賭けて一年生だけで試合を申し込んだのであります。


結果は一年生の勝利……というか、実際は比良坂さんが打ったホームランの一点を、自ら大量の


三振を築きあげて守り切ったワンマンショーだったであります。


そして約束通り試合後に監督を更迭させ、上級生も新チームに不和を生じさせるからと全員を


部から締め出したそうであります」


「なるほど。それで横須賀の乱ですのね」


「とりあえず色々な意味でやべぇピッチャーがいるチームだってのは分かったニャ。


で、もう一つのところはどうなんニャ?」


「氷取沢女子学院は神奈川県大会で最多優勝を誇る名門中の名門であります。年功序列が絶対な


バリバリの体育会系でも有名でありましたが、厳しい上下関係が行き過ぎて、二年前の春に


上級生が『指導』と称し、下級生に暴力を振るっていたのがテレビで取り上げられて問題に


なってしまったのであります」


「あ~……、それもテレビやネットで一時期話題になってたわよね。前時代的とか昭和で時間が


止まってるとか叩かれてたの憶えてるわ」


「……どこにもそういう馬鹿はいるもんだ」


自身の中学時代を思い出したのか、梓が苦々しく呟く。そんな彼女に配慮して、海帆は出来る限り


言葉を選んで話を続ける。


「事態を重く見た高校女子野球連盟は、氷取沢女子野球部に一年間の公式戦 出場停止を


科したであります。


氷取沢自身もそこからさらに、当時の監督の解任に加え、暴力を振るった三年生だけでなく


同学年の部員全員も連帯責任で退部させた上で、女子野球部の活動も一年間、一切禁止させて


反省を示し、イメージの回復に努めようとしたであります」


「一切の禁止ってことは、練習もしちゃダメってことネー?」


「その通りであります。だから当時の二年生以下の部員は、一人を除いて他の強豪校に


転校してしまったであります。


そしてその残った唯一の一年生、川島(かわしま) (すみれ)さんが翌年に新監督と共に新入生をまとめ上げ、


出場停止が解けたその年に県大会準優勝という結果を残したのであります」


「名門は腐っても名門ってか。そういや先生達が十年前の決勝で戦ったのが氷取沢だったな」


「オウ!つまり鶴川と氷取沢は因縁の相手ネー!」


「ってか、そこも一年生が主体のチームだったのニャ?その2チームが決勝まで行けてるなら、


ののあ達にも十分チャンスが有りそうじゃないニャ?」


「同じ一年生でも横須賀学園や氷取沢に入る人達は、中学時代にエースや四番を任されていた


人達ばかりであります……。とても自分達とは違うでありますよ……」


『達』というよりも『自分だけ』を比べたのだろう。それまで活き活きとしていた海帆の姿が、


途端に空気が抜けた風船が如く萎んで小さくなっていく。


そんな弱気な彼女を励ますように、着替え終えた穂澄は正面に立ち、すっかり縮こまって


しまった肩に優しく右手を添えた。


「確かに中学時代の実績は違うであろうが、だからといって己を卑下する必要もあるまい。


私はこのチームでなら、十分に優勝まで勝ち進めると思っているぞ」


「そうね。私も穂澄と同意見だわ。それにエースや主砲ばかりが揃ったからといって、必ずしも


強いチームになるとも限らないのが野球よ」


「中学の全国大会経験者である二人に言われるとその気になりそうだけど、今までの練習試合の


結果を見るとね……。


いや、投げた試合が最後以外は全部負けたあたしが言えた事じゃないんだけどさ…」


「それは笹川さんが、最後の練習試合以外は使える変化球を二種類までに限定されていたから


でしょうに」


「だな。その証拠に全球種を解禁した最後の練習試合は、東京の強豪校相手に四失点だけで抑えて


投げ勝ったじゃねぇか。もっと自信を持てって」


雅の言葉を珍しく肯定する梓に背中を強く叩かれむせ返った喜美は、(変化球を禁止されてた


陽菜はそれでも投げ勝ってたんだけどなぁ……)と内心思いつつも、口にすると面倒になりそう


なので黙っておくことにした。


「キーミもミーホもどんどん上手くなってるのは間違いなっしんぐネー。ワターシも負けて


られないヨー!」


そんな晴れない喜美の心の内を察したのか、ビビがさらにフォローを重ねてくるが、


「おう……、お前は本当に頑張れ……」


初打席から連続三振記録を絶賛継続中の彼女に向かって梓は深いため息をつくが、ビビは全く


気にした様子もなく、むしろ何故か得意気に親指を立てて「任せるネー!」と応えてみせた。




【続く】

ふるすいんぐ 第二部 県大会編 始めました。

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