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第十九章  初陣

挿絵(By みてみん)



第十九章  初陣






そして、奈月達――鶴川女子野球部は運命の日を迎える。


合宿最終日。期待と不安が入り混じる中、初めての対外試合が行われる日である。


天気は昨夜に奈月が予想した通りの雲一つない快晴。これ以上ない絶好の初陣日和だ。


「う~……ヤバッ……、なんか緊張してきた……」


「じ、自分もであります……」


沙希に言われた通り学校の駐車場で荷物を置いて待機していると、喜美と海帆が落ち着かない


様子でそわそわし始める。


「今からそんな調子でどうしますの。それでは試合まで持ちませんわよ?」


「そうデース。ノノーアを見習うといいネー」


ビビに言われて二人がののあを見ると、立ちながら器用に寝ていた。


「いや、あれは単純に緊張が眠気に勝ててないだけでしょ……」


「で、あります……」


参考にならない見本に、同時にため息をつく二人。すると見かねた穂澄が、


「ならば私なりの緊張のほぐし方を伝授いたそうか?」


「本当でありますか⁉ ぜひ教えてほしいであります!」


「あ、あたしもいいかな」


「うむ。ではまず目を瞑り、全身の力を抜いてだな……」


穂澄が千葉流リラックス術を教え始めた横で、奈月も一緒に教えてもらおうか迷っていると、


そこで陽菜の顔色がどこかおかしいのに気づいた。


「どうかしたんですか、陽菜ちゃん?もしかして体の調子が悪いんじゃ……」


「えっ……。あ、ああ……大丈夫よ。心配いらないわ」


「ふみぃ……そうですか?ならいいんですけど……」


「心配してくれてありがとう。それより今日の試合、頑張りましょうね」


「はい!どんなチームと戦えるのか今から楽しみです!」


いつものように優しく微笑んでみせた陽菜であったが、奈月のその言葉でまた表情が僅かに曇る。


しかしそれに奈月が気づくより早く、車のクラクション音が辺りに鳴り響くと、一同の前に


颯爽と一台のマイクロバスが停まった。


そして運転席側の窓が開くと、中から沙希が顔を覗かせる。


「お待たせー。全員揃ってるわね?」


「先生、免許持ってたんスね」


「大学の頃に引っ越し業者でバイトしてた時についででね。大型免許だからトラックだって


運転できるわよ」


「す、凄いです!お姉……先生!恰好いいです!」


奈月に褒められドヤ顔をしてみせる沙希だったが、大学を卒業してからは一度も運転を


していないのは黙っておくことにした。


「さぁ乗った乗った。余裕を持って向こうに着きたいし、さっさと出発するわよ」


「いい加減、目的地を教えてくださってもよろしいのではなくて?」


「道中は長いし、暇つぶしに外の景色を眺めながら皆で考えるといいわ。ヒントはここから高速を


使わず安全運転で二時間ってところかな」


皆に続いて雅も乗り込みながら尋ねると、それでもまだ沙希ははぐらかす。


「ってことは県外か?」


「でも小田原とかなら県内でもそれぐらいかかるでありますよ?」


「ニャ……?着くまで二時間もかかるニャ……?ならまだまだ寝れるニャ……」


沙希の思惑通りクイズ大会が始まった車内で全員が座ったのを確認すると、


車をゆっくりと発進させた。


動き出した外の景色に、窓際の奈月が遠足に出かける子供のように目を輝かせる。


「一体どこに行くんでしょう!陽菜ちゃんはどこだと思います?」


「そうね……。出来れば行ったことがない場所がいいかもね……」


奈月に悟られないよう、平静を装って答える陽菜。


この時、一行の目的地を知っていたのは沙希と彼女だけであった。






沙希が言っていた通り、法定速度を守りながら安全運転で道路を北上すること約二時間。


窓の外にはやっと目的地と思われる、学校らしき建物が見えてきた。


「ふむ……ここがそうなのであろうか?」


「さっき見えた標識には浦和って書いてあったネー」


「浦和って……もしかしてまさか、あの浦和学園でありますか⁉」


「知ってますの?東郷さん」


「知ってるも何も埼玉で一、二を争う超強豪校!女子野球の全国大会常連校でありますよ!」


「おー、そいつはいいねぇ。まさに相手にとって不足なしってやつだ」


「いやいやいや!こっちはチームになってから一ケ月も経ってないんだよ⁉ そんな相手は


無理ゲーだって!」


「うるさいニャ……もう着いたのかニャ……?」


ついに姿が見え始めてきた対戦相手に、車内が俄然盛り上がりを見せる。


そんな中で、奈月は浦和学園という名前に心当たりがあったのを思い出した。


「ふみ?そこって……陽菜ちゃんが通っていた中学校と同じ名前じゃないですか?」


「……ええ、そうよ。浦和学園高等部……。もしかしたら私が通っていたかもしれない高校……」


その陽菜がどうして今は鶴川高校にいるのか。その理由はすでに、この場にいる全員が


知っていた。


そのため車内は陽菜に気を遣い、一瞬にして静まり返ってしまう。


「浦和学園って確か小中高エスカレーター式の学校だったわよね……。ってことは、陽菜の


中学時代のチームメイトも結構いるんじゃ……」


「そ、それは陽菜ちゃんにはやり辛いでありますな……」


「……大丈夫よ。今の私は鶴川女子野球部の一員。例え相手が昔のチームメイトでも


ちゃんと割り切って投げるわ」


心配してくれる喜美と海帆を安心させるために、陽菜ははっきりと言い切る。


「まぁ、もしなんかあったとしてもアタシらが守ってやるからよ」


「うむ。秋月殿はご自分の投球に専念なされよ」


「ありがとう、梓。穂澄」


副将二人の気配りに陽菜は礼を述べると、顔を窓側に向けて近づいてきた校舎を見やる。


その表情が言葉とは裏腹にどこか陰りを拭え切れていないことに、隣に座っていた奈月だけは


どこか気づいていた。






浦和学園高等部 女子野球部。


専用の練習グラウンドを二つ持ち、雨天練習場も完備。その設備は埼玉のみならず、関東でも


トップクラスの充実ぶりを誇る。


それに加えて全国大会常連という実績の下には、県外からも多くの入部希望者――いわゆる


野球留学生も多く集う強豪校だ。


来客用の駐車場に停めたマイクロバスから降り、沙希の後ろをついて校内を歩く奈月達は、


道中で強豪校と呼ばれる理由をさっそく目の当たりにしていた。


グラウンドで練習する選手達からは張り詰めた異様な空気が満ち溢れ、殺気にすら近い物を


感じる。


それは誰よりも野球が上手くなりたいという想いがぶつかり、せめぎ合い生み出した物。


並の選手ではレギュラーどころかベンチにすら入ることを許されない生存競争を生き残るために、


己を誰よりも厳しく、誰よりも追い込んで鍛え上げる光景がそこにはあった。


「ヒュ~、流石は全国大会常連校。練習からして迫力が違うねぇ」


その光景に呑まれる者がいる中で、梓は軽口を叩いてみせる。


「うむ。設備から練習、選手に至るまで無駄が一切感じられぬ。強豪と呼ばれているのは


伊達ではないようだな」


「設備だけで強くなれれば苦労しませんが、それを活かす人材も揃っているといったところ


ですわね」


「な、なんであんた達はそんな冷静でいられるのよ…」


すっかりビビッて腰が引けてしまってる喜美には、胆力の違う三人を見て少しでもそれを


分けて欲しいと心底思った。


さらにその後ろを歩く海帆に至っては、「む……無理……。こんなところに勝つなんて


絶対に無理であります……」と青ざめた表情でアホ毛も萎ませている。


そんな蚤の心臓組を見かねた沙希はため息をつくと、


「安心しなさい。今日やるのはあなた達と同じ一年生のみのチームよ」


「それならなんとかなりそうネー」


「いやいやいや!同じ一年でも絶対レベルが違うでしょ⁉」


「陽菜ちゃんみたいな凄い選手が九人いるのでありますよね⁉自分、知ってるでありますよ⁉」


「あーもういつまでビビッてんだよ。いい加減、腹を括れって」


梓は両腕をそれぞれ喜美と海帆の首に回すと、気合を入れ直すために腕の中で少し締め上げる。


力加減を間違えて、海帆が泡を吹きながら慌ててタップしてきたが無視した。


「でもピヨっちが九人なら、おっぱいの大きさではこっちの圧勝だニャ。なんたってうちには


なっつんがいる……ぉぉぉぉぉぉお!」


陽菜のアイアンクローが最後まで言わせず、ののあの頭蓋骨を軋ませる。それを見て奈月は


苦笑する。


強豪を目の前にしても大半がいつも通りなのに沙希は頼もしさを感じつつ、さらに歩みを進めて


行った。


「第一グラウンド……ここね」


そして案内板に従い、金網で囲われた敷地内へ入ると、そこでまた奈月達は歓声を上げた。


「凄く広いです!ベンチも有りますし、外野にも高いフェンスが有ります!


まるで球場みたいです!」


「ここは埼玉の県大会決勝が行われる、埼玉ドームスタジアムを似せて作ってあるのよ。


普段からこういう場所で練習することで、本番でも違和感なく実力を発揮できるようにってね」


「決勝戦を前提に練習ねぇ…そりゃ強くなる訳だわ」


陽菜の説明に、沙希も呆気に取られながらも感心したように頷く。しかしすぐに引率者としての


顔を取り戻すと、


「とりあえず空いてる三塁側のベンチに荷物を置かせてもらいましょう。私は向こうの監督に


挨拶しに行ってくるから、その間にアップしときなさい」


指示を出し、返事が返ってきたのを確認すると沙希は一塁側のベンチへ向かって歩き出す。


そして奈月達も言われた通りに三塁側のベンチへ向かおうとした――その時だった。


「あ~!陽菜だ!本当に陽菜がいる!」


幼い声が聞こえたかと思うと、こちらへ全力疾走で向かってくるユニフォーム姿の少女が一人。


声と同じく見た目も小柄で幼いその少女は一目散に、他の者には一切目もくれず、陽菜へと


飛びつきそのまま抱き着いてきた。


「陽菜~!久しぶり~!元気にしてたか~!」


「千紗……。あなたは相変わらず元気そうね」


抱き着いたまま頬をすりすりと擦りつけてくる千紗と呼んだ髪の短い少女の頭を、陽菜は


慣れた様子で優しく撫でる。


「陽菜ちゃんのお友達ですか?」


「ええ。早坂 千紗、中学時代のチームメイトよ」


「む……。お前らが陽菜がメールで言ってた鶴川の女子野球部だな!」


相変わらず陽菜に抱き着いたまま顔だけを奈月達へ向けると、まるで猫のように髪の毛を


逆立たせ、威嚇を始める千紗。それに反応したのか、ののあも同じように髪の毛を逆立たせて


応酬する。


いきなり始まった猫二匹による縄張り争いに全員が、「なんだこの状況」という顔をしていると、


不意に現れたもう一人の浦和学園のユニフォームを着た少女が千紗の首根っこを掴み、


陽菜から引き離す。


「試合前に敵とじゃれ合ってんじゃないさね、この馬鹿」


「放せ~!放せよ杏子~!別にじゃれ合ってないし陽菜は敵じゃないだろ~!」


梓と同じくらいの背丈がある杏子と呼ばれたその少女は、手の中で暴れる小柄な千紗の首根っこを


掴んだまま慣れた手つきで持ち運ぶと、奈月達と少し離れた場所で降ろす。


「杏子……」


「久しぶりだな、陽菜。思ったより元気そうで何よりさね」


牧 杏子はかつてのチームメイトが健やかであるのを確認すると、フッと笑い、隣にいる奈月へ


視線を移す。


「あんたが南 奈月かい?陽菜から色々と聞いてる。まずは陽菜にまた野球を始めさせてくれて


ありがとうな」


「そ、そんな!私は別に何もしてませんから顔を上げてください!」


サンバイザーを取って頭を下げてきた杏子に、奈月は慌てて顔と手をブンブンと左右に振りまくる。


「あっはっはっ!謙遜しなくてもいいさね。あんたが陽菜からどれだけ信頼されているか、


送られてきたメールを読めば分かるさ」


「ちょ、ちょっと杏子!余計なことは言わないで!」


「なんだ。昔の仲間とまだ連絡を取り合ってたのかよ。てっきり邪険な雰囲気になるかと


思ってたけど杞憂だったみたいだな」


「そんな訳ないだろ!今でも陽菜はあたしの一番の親友だ!」


「お、おう……わりぃ」


千紗がまた逆毛になりながら威嚇してきたので、思わず謝る梓。そんな千紗を躾けるように


杏子はげんこつを振り下ろす。


「じゃあ、ヒーナは今日ここで試合するのを知ってたんデース?」


「ええ……。でも先生が秘密にしていたから言えなくて……ごめんなさい」


「それは引っ張りすぎのあの方が悪いだけですわ。というか当日の現地に着くまで秘密にするとか


普通は有り得ませんわ」


「まぁ、先生にも先生なりの考えがあったのであろう」


「多分あの人、そこまで深く考えてないと思うニャ」


「なんてこと言うでありますか、ののあちゃん⁉」


さり気なく陽菜をフォローし、そのまま脱線を始めた鶴川ナインを見て杏子がおかしそうに


吹き出す。そして、そのまま高笑いし、


「良い仲間みたいだな、陽菜。お前が元通りになれてるようなのも納得したさね」


「杏子……。でも私が今こうして前みたく野球を続けられているのは、杏子と千紗があれを


送ってくれたから……」


「おっと、その話はここまでだ」


杏子は陽菜の言葉を遮ると、片目でウインクをしてみせる。


「私はお前と本気でやり合えるのを楽しみにしてたんだ。余計な情を持ち込むなら試合の後に


してくれ」


「……分かったわ。私もあなたと本気で戦うと約束する」


陽菜と杏子は一歩ずつ前に出ると、がっちりと握手を交わす。どさくさに紛れて千紗も


その両手の上に自分の手を重ねた。


「じゃあな、陽菜。また試合で」


「あたしは一試合目の五回から投げる予定だからなー!お前らなんか全員三振に


してやるからなー!」


「敵チームに情報をバラすんじゃないよ」


ごつん!とげんこつで千紗の頭を叩き、そのまま動かなくなった彼女の首根っこを掴んで


一塁側ベンチへ引きずって行く杏子。陽菜はその後姿をしばらく見送った後、


握手を交わした右手を見つめ、ぎゅっと握り締めた。


「さぁ、私達も行きましょう」


「はい!」


憂いを断ち切った顔になった陽菜に奈月は元気よく返事をすると、肩を並べて三塁側ベンチへ


向かって歩き出した。






―― 一方、陽菜が旧友と再会を果たしていた頃の一塁ベンチ。


「すみません。鶴川高校の立花ですが、ご挨拶に伺いました」


浦和学園の選手に指示を出しているユニフォーム姿の中年の女性を見つけ、


沙希はそれが終わるのを待ってから声をかけた。


すると、やや小太りのその女性は沙希の方へと顔を向け、


「ああ、これはご丁寧にどうも。私、浦和学園 女子野球部の二軍監督をしております福田と


申します」


福田と名乗った女性は頭につけたサンバイザーを脱ぐと、右手を差し出し握手を求めてきた。


それに沙希もお辞儀をしながら応じる。


「本日はこちらの無理な提案をお受け頂き、本当にありがとうございました」


「いえいえ、こちらもちょうど新入生の実力を計る相手を探していましたので渡りに船でしたよ」


「そう言って頂けると助かります」


「それに、あの立花 沙希さんが作ったチームというのにも興味がありましたしな」


「あはは……私のこともご存じで?」


「それはもう。女子高校野球界では伝説の一つですからな、鶴川の奇跡は」


あ、これは絶対に県大会決勝のアレも知ってる人だと沙希の額から一筋の汗が流れる。


その話題にいかないうちに、沙希は自分から言葉を切り出した。


「とにかく今日はよろしくお願いします」


「ええ、こちらこそ」


「それと実は……お願いついでに、今日の試合で一つそちらのチームにしてほしいことが


あるのですが……」


「なんでしょう?ハンデでもお望みですかな?」


「結果的にはそうなってしまうかもしれませんが、実は……」


そして沙希は語り出す。


秋月 陽菜をよく知るであろうこのチームを初陣に選んだ、真の目的を。






「よ~し、ちゃんとアップは済んでるわね……って、なにやってんの?」


相手チームの監督、福田との話を終えた沙希が三塁ベンチに戻ってくると、準備運動を終えて


ベンチの中に集まっていた奈月達に声をかける。


よく見るとベンチのど真ん中に座布団を敷き、その上に一本のバットが飾るように置かれていた。


奈月が使っていた――というか、元々は自分のバットが。


「え、えっとこれはですね……。このバットをベンチに置いておけば御利益があるのではという


話になりまして……」


「なんせ先生が全国大会行きを決めたサヨナラホームランを打った伝説のバットっスからね。


御神体としてはこれ以上のもんはないって話っスよ」


「私は反対しましたわよ。神頼みならぬバット頼みなんてナンセンスもいいところですわ」


「でも雅ちゃんが一番、風水的にはあっちの方角に向けたほうがいいとか拘っていたであります」


「あ、あれは多数決でやると決まってしまいましたから仕方なくですわ!」


「うむ。では私も試合前に一度拝んでおくとするか」


穂澄が神社で参拝するように二礼二拍手一礼すると、全員がそれに続く。


「え、なにこの絵面。どこからどう見ても怪しい新興宗教なんだけど」


「まぁまぁ先生。これで皆の士気が上がるならいいじゃないですか」


真顔でドン引きする沙希に、喜美が苦笑しながらフォローを入れる。


「はぁ……。雅も言ってたけど野球をするのは神様じゃなくてあなた達なんだからね。


そこだけは履き違えるんじゃないわよ」


確かに今さら却下して試合前に士気が下がる方が問題だと沙希は諦めると、深いため息をついた。


「とにかく今日やるのは二試合。どちらも一年生チームが相手よ。


一試合目は陽菜。二試合目は喜美に投げ切ってもらうからね」


「はい」


「は、はい!」


「一試合目は一時間後。それまで打撃と守備の練習をしながらグラウンドの感触を確かめるわよ。


それと奈月」


「はい。なんですか?」


「あなたは打撃練習なしね。その代わり陽菜と一緒に投球練習をお願い。


あっ、そうそう。相手のスタメン表も渡しておくわ」


そう言って沙希は、福田と交換した相手チームのスターティングメンバーとベンチ入りメンバーが


書かれた紙を奈月に渡す。


「陽菜、その中で中学時代に一緒にプレーした人はいる?」


「……はい。半分は」


奈月が持つ紙を覗き込み、確認した陽菜が頷く。


「なら、その子達の特徴を奈月に教えておいて。そうすれば奈月もリードしやすいでしょ」


「分かりました」


「な、なんだか先生……本気で勝ちに行くつもりでいるでありませんか……?」


「当たり前でしょ。やる以上は勝つわよ。もし負けてもいいなんて気持ちでプレーをしてたら


速攻で私と交代させるからね」


「いや、それはルール的にどうなんニャ……?」


しかし沙希なら本気でやりかねない。そう思ってしまう一同であった。


「じゃあ時間もないからノックから行くわよ。ちなみに打順は練習が終わってから発表するから」


「相変わらずそういう大事なことは最後まで引っ張りますのね」


もう慣れたと言わんばかりに雅は小さくため息をつく。


こうして試合前、最後の練習が始まった。






「見て見て杏子!陽菜が投げてる!陽菜が投げてるよ!」


「そりゃ陽菜は投手なんだから投球練習くらいするさね」


三塁側ブルペンで奈月を座らせ本格的に投げ始めた陽菜の姿を、千紗と杏子は反対側の


一塁側ブルペンから眺めていた。


「うぅ~!杏子はあれを見てなんとも思わないのかよ!一度は野球を辞めるって言った陽菜が


投げてるんだぞ!感動とかしないのかよ!」


「生憎、私は陽菜を信じてたからな。当たり前のもんを見ても当たり前としか思わんさね」


「あ、あたしだって信じてたし!杏子より何倍も何百倍も信じてたし!」


「はいはい。分かったからお前も肩を作っておけ」


そのためにキャッチボールに付き合ってやってるんだろうが、と杏子がため息をつく。


しかし横目で陽菜の投球をチラ見すると、その口元には笑みがはっきりと浮かんでいた。






そして試合開始五分前。練習を切り上げた鶴川女子野球部は自軍ベンチの前に集合していた。


「じゃあ一試合目の打順を発表するわよ。まず一番、センターののあ」


「はいニャ」


「二番、セカンド海帆」


「は、はいであります!」


「三番、サード穂澄」


「はい」


「四番、キャッチャー奈月」


「はい!」


「五番、ライト梓」


「うっス」


「六番、ショート雅」


「…………」


「雅?」


返事がないのを不審に思い、沙希が名前を呼び直す。


すると雅は腕を組んだまま、明らかな不満を全身から表明しながら言ってきた。


「承服いたしかねますわ。何故、わたくしがそのような後ろの打順ですの?」


「不満?」


「ええ、納得のいく説明を要求しますわ」


少なくとも雅は、ののあや海帆よりも打撃は上だと自負していた。クリーンナップの三人は


ともかく、その二人より後ろというのはプライドが許さなかった。


沙希は「ふむ……」と呟くと、前髪を人差し指でくるくる巻きながら、


「確かに六番っていうのは一見すると下位打線だけど、私はそうは考えていないわ。


クリーンナップに出塁率が高い穂澄、奈月を並べているから、それだけあなたと梓には


ランナーがいる場面で打席が回ってくる可能性が高くなる。


そのチャンスを生かせる勝負強さ、度胸の良さを買ってのこの打順よ」


「…………」


「もちろん常にそういう風に打順が回るとは限らないわ。だから今回の打順は二つに分けて


考えているの。


一番から五番までを一区切り。そして六番から九番まででもう一区切りっていう風にね。


つまり雅、あなたには六番でありながら、もう一人の先頭打者としての役割も期待しているのよ」


そこで雅の眉がピクッと動いたのを隣に立つ梓は見逃さなかった。


「こんな難しい役割を任せられるのは、チームで一番器用な打撃が出来るあなたしかいないわ。


どう?これでも納得してくれないかしら?」


「……なるほど。つまり、わたくし以外にこの大任が務まる者がいないという訳ですわね」


「あー、そうだなー。そんな難しい役割はアタシには無理だなー」


これ以上ない程の棒読みで沙希を援護する梓であったが、自分よりも『今はまだ』格上であると


認識している彼女にも不可能であるという裏付けが、雅の自尊心を見事にくすぐった。


「分かりましたわ。そういう理由があるのなら納得せざるを得ませんわね。


六番という大任、この風見 雅にお任せくださいな」


自信たっぷりに髪をかきあげる雅。その姿を見て、奈月以外の全員が「ちょろい」と心の中で


呟いていた。


「じゃあ時間くっちゃったから残りは一気にいくわよ。


七番、ピッチャー陽菜。八番、ファースト喜美。九番、レフトビビ」


「はい」


「は、はい!」


「了解ネー!」


無事にスタメン発表も終わり、沙希は一度手をパン!と叩いて全員の気を改めて引き締める。


「よっし!初陣だし、主将を中心にして円陣を組みましょうか!」


そう言って自ら一番近くにいたビビと喜美の肩に腕を回し、それに倣うように他の者達も肩を


寄せ合いながら奈月をぐるっと囲んで円を作り上げていく。


「じゃあ奈月。一言お願いね」


「ふ、ふみ⁉ な、何を言えばいいんですか⁉」


「別に難しく考えなくていいわよ。あなたが今、何を考えているか。何を皆に伝えたいか


思ってるまま言葉にすればいいだけ」


「そ、そう言われましても……」


急な無茶ぶりに奈月は困った顔でチームメイトの顔を一人一人見ていくが、すでに全員が


奈月の言葉を楽しみに待っていた。


これはもう誰かに代わってもらう訳にはいかない状況だと奈月は腹を括ると、


たどたどしい口調で喋り出す。


「わ、私は今……とても緊張しています。初めてする試合を前に、今にも心臓が口から


飛び出してしまいそうな程ドキドキしています」


「あはは……自分もであります」


「あたしもあたしも」


苦笑する海帆と喜美に、奈月も苦笑で返す。


「でも、それ以上にワクワクもしています。皆と一緒に出来る試合は、きっと楽しいだろうなって


考えたら、ドキドキよりもワクワクが止まりません」


奈月はもう一度、全員の顔を一人一人、順番に見回していく。仲間達も同じ気持ちだと


奈月に頷いて見せた。


「だから、皆で一緒に試合を……野球を楽しみましょう!


勝っても負けても楽しかったと言える、そんな素敵な野球をしましょう!」


『おおッッ!!』


奈月の願いが込められた掛け声の下に、鶴川女子野球部の心が一つになる。


ついに火蓋が切られる初陣を前に、士気は最高潮に達していた。


迎え撃つは強豪 浦和学園。


だが奈月達の目には、もう恐れは残っていなかった。




【続く】

ちょろい(ちょろい)

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