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第十六章  合宿開始 前編

挿絵(By みてみん)



第十六章  合宿開始 前編






「おっはよ~、奈月。なんか今日は大荷物だね。どっか旅行でも行くの?」


「おはようございます、仁美ちゃん。これは明日から女子野球部の合宿で学校に泊まり込みを


するので、その荷物なんです」


奈月は旅行用の大きなボストンバッグといつもの学生バッグを机の横に置くと、一仕事終えたよう


に大きく息をついた。


世間はすでにゴールデンウィークに突入している最中の土曜日。学生である奈月達も本来なら


明日から四連休であったが、女子野球部にそんな物は存在しない。


当初の予定通り、沙希が考案していた合宿が無事学校の許可を得て、いよいよ始まるからである。


「ん?明日からなら、明日持ってくればよかったんじゃないの?」


「明日はバッティングセンターで朝練をして、そのまま河川敷に移動しますから。着替えなどの


荷物は今日のうちに持ってきて、部室に置いておいたほうが効率が良いという話になりまして」


「そういうこと。あたし達、明日からは野球漬けだから」


同じく合宿用の荷物を自分の席に置いた喜美が仁美と挨拶を交わすと、


沙希が作ったスケジュール表を見せてくる。


そこには朝から晩まで、まさに野球漬けと称すに相応しい練習メニューがみっちりと組まれていた。


「うっわ~……これは凄いねぇ……。せっかくのゴールデンウィークだってのに二人とも大変だ」


「でも最終日は初めての練習試合がありますし、楽しみです!」


「練習試合ってどことやるの?」


「それが教えてくれないのよねぇ。当日になってからのお楽しみの一点張りでさ」


「ふ~ん。まぁ私も差し入れ持って練習見に行くからさ、頑張ってね」


「はい!ありがとうございます!」






そして半日授業が終わり、奈月達は着替えなどの合宿用の荷物を置くために部室へと訪れていた。


「あれ……?」


「ん?どうしたの、奈月」


扉に鍵を差し込んだ奈月が不思議そうな声を発したので、すぐ後ろにいた喜美が尋ねる。


「鍵が開いてます……」


「昨日、締め忘れたんじゃないの?」


「それは無いわ。私と奈月の二人で確認したもの」


「秋月殿も一緒に確認したのなら間違いないのであろう」


「じゃあ、なんで開いてるんだよ」


「まさか……泥棒ニャ⁉」


ののあの言葉に、一同の間に緊張が疾る。


「た、確かに中から声が聞こえる気がするであります…?」


「い、いやいやいや!ちょ、ちょっと止めてよ!まさか現在進行形で犯行中な訳⁉」


「わたくし達の部室で盗みを働くとはいい度胸ですわね。成敗してくれますわ」


「ま、待つであります雅ちゃん!泥棒が凶器を持っていたら危ないでありますよ!」


腕まくりをして部室の扉を開けようとした雅を、海帆が慌てて止める。


「ならば私が参ろう。物取り程度が相手であれば、武器を持っていようとも決して引けは取らぬ」


穂澄が自分のバットを手に持ち、竹刀のように構える。それに梓も続き、


「相手が一人とは限らねぇからな。アタシも行くぜ」


「忝い。助太刀、感謝する」


「でも、こういうのってポリスにヒャクトーバンしたほうがよくないネー?」


「そ、そうですよ!千葉さんと松本さんが危ないです!」


「でも、その間に犯人が窓から逃げちゃうかもしれないし、むしろこの扉から飛び出してくる


可能性だって……」


そんな風にああだこうだと小田原会議をしていると、不意に扉が向こうから勝手に開き――


「なに部室の前でごちゃごちゃ話してるの?さっさと入りなさいよ」


「ふみぃ⁉で、出ましたぁ⁉……って、立花先生……?」


奈月が海帆や喜美と一緒に腰を抜かしてると、開いた扉の向こう側から不思議そうな顔でそれを


見下ろしてくる沙希。


「なんだ……先生だったのかよ」


「泥棒でなくて良かったネー」


「でも、なんで先生がここにいるニャ?というか鍵はどうしたんニャ?」


「あれ?言ってなかったっけ?顧問だからスペアキー持ってるのよ」


そう言って、バットのキーホルダーが付いた鍵を見せてくる。


「それより早く中に入りなさい。渡したい物があるんだから」


「渡したい物……ですか?」


陽菜の手を借りて奈月は起き上がると、そこで部屋の中にもう一人誰かがいるのに気づいた。


「ハロハロ~」


部室のパイプ椅子に腰をかけ、陽気な声と共に手をひらひらと振っていたのは久美だった。


その横には大きめのダンボール箱が上下に積まれている。


とりあえず奈月達は言われるまま部室に入ると、最後尾の穂澄が扉を閉めたのを確認してから


沙希が全員の前に立ち、


「え~、今日は皆さんにとって嬉しいお知らせがあります。久美、取ってくれる?」


「あいよ~」


横で椅子に腰かけたままの久美はダンボール箱を一つ開けると、中から透明のビニールに包まれた


それを取り出して沙希に手渡す。


そこからさらに中身を取り出し広げてみせると、奈月達から一斉に感動の声があがった。


「じゃじゃーん!本郷スポーツの協力により、鶴川女子野球部のユニフォームが完成しましたー!」


「って言っても、私達の代が使ってたのと同じデザインだけどねぇ」


半袖の上着の左胸側に『鶴川』と赤色の文字で縦に書かれた、真っ白なユニフォーム。


袖には文字と同じ赤色の二本の線と、黒色で書かれた小さな文字で埋められているだけの、


シンプルなデザインだ。


「今風に鶴川の文字を横にしたり、ローマ字にしたりって案もあったんだけど、やっぱりこれが


一番しっくりきてね。ちなみにもう全員分作っちゃったから変更は出来ませーん」


「だ、大丈夫です!私もそれがいいです!」


十年前に初めて女子野球を見て、憧れた人が着ていたのと同じデザインのユニフォームに思わず


奈月の声が興奮で上擦る。


それはチームメイトも同じようだったようで、


「アタシもいいと思うぜ。全国大会まで行ったユニフォームだし、験を担ぐって意味でも悪くねぇ」


「うむ。偉大な先輩方に恥じぬプレーをせねばならぬと、自ずと気合も入ろう」


「でも袖のラインの上にこっそり書かれた本郷スポーツの文字……。このセンスだけはちょっと


いただけませんわね」


「い、いいじゃない!部費が出るまでのユニフォーム代を立て替えたのはうちなんだし、


スポンサー特権よ!」


「はいはい。とにかく今から全員に渡すからそんなに群がらないの」


やいのやいのと手に持ったユニフォームに群がってくる奈月達を一度振り払うと、沙希はコホンと


一つ咳ばらいをする。


「それじゃ背番号順に渡すからね。まず背番号1番、秋月 陽菜!」


久美から受け取った未開封のユニフォームを、返事をして一歩前へ進み出た陽菜に手渡す。


「期待してるわよ、エース」


「ご期待に添えるよう努力します」


中学の時と同じエースナンバー。しかし今は、あの時とは違う新たな仲間達と共にこの背番号を


背負う。


「次。背番号2番、南 奈月!」


「は、はい!」


「主将として、今度はあなたが私に夢を見させてね」


「はい……!精一杯、頑張ります……!」


「それと、あなたにはもう一つプレゼントがあるわ」


そう言って、『それ』だけは久美には頼まず、自身の手でダンボールの中から取り出し、手に取る。


「先生……それ……!」


「あなたが使っていたのと同じバットよ。なんとか久美が見つけてくれたわ」


「まぁ二本だけなんだけどねぇ」


「これは私から受け継いだ物じゃない、正真正銘あなただけのバット。これからはこのバットで


あなた自身の物語をどう描いていくのか、楽しみにしてるわ」


「は、はい……!立花先生……本郷コーチ……本当にありがとうございます……!」


奈月は受け取った憧れのユニフォームと新たなバットを大事そうに抱きかかえ、感極まって涙ぐむ。


「背番号3、笹川 喜美!」


「は、はい!」


「エースは陽菜でも、あなたもエースになれない訳じゃないわ。二人揃って鶴川のダブルエース。


そう呼ばれるようになりなさい」


「は、はい!頑張ります!」


受け取ったユニフォーム。それは見た目よりも、ずっと重みを感じる物であった。


「背番号4、東郷 海帆!」


「は、はいであります!」


「正直、あなたはまだまだだけど才能がない訳じゃないわ。それは私が保証してあげる。


県大会までまだ時間はあるし、焦らず着実にレベルアップしていきなさい」


「了解であります!」


本当に自分などが袖を通していいのかと思うユニフォーム。今はそう思っていても、きっと胸を


張ってこれを着られる日が来ると信じ、努力を誓う。


「背番号5、千葉 穂澄!」


「はい!」


「攻守の要として頼りにしているわよ、副将」


「委細承知しました!」


父の期待に背き、剣の道を捨ててまで自ら選び取ったユニフォーム。自分一人で背負うには


重すぎるが、肩を貸してくれる仲間達がいることを彼女はもう知っている。


「背番号6、風見 雅!」


「ここにいますわ」


「あなたの成長力には毎日驚かされているわ。けど、もっともっと私を驚かせてちょうだい」


「承りましてよ」


興味などなかったチームスポーツ。そのユニフォームに自分が袖を通すなど想像も


していなかったが、今はこの重みも悪くはない。


「背番号7、服部 ビビアーノ!」


「はいネー!」


「あなたに期待してるのは守備力とその底抜けな明るさよ。ムードメーカーとして、


どんどんチームを盛り上げてちょうだい」


「イエス!お任せ下さいデースー!」


ユニフォームから感じる重みは誰よりも軽いかもしれないが、それでも鶴川女子野球部の一員で


あることに違いはないと気を引き締め直す。


「背番号8、猫又 ののあ!」


「はいニャ」


「あなたの足は全国でも通用する最強の武器よ。その自慢の俊足で相手チームを


どんどんかき乱してね」


「まぁ、出来る限りのことはするニャ」


親友の付き添いで流されるままに始めた野球。けれど今は、その親友と同じユニフォームに袖を


通せるのが決して嫌ではなかった。


「背番号9、松本 梓!」


「うっス!」


「打撃だけじゃなくて外野陣のまとめ役としても頼りにしてるわ。もう一人の副将」


「ののあじゃないですけど、アタシも自分に出来ることをやり抜くだけっスから」


また一緒に野球をしよう。そう誓い合った憧れの人とは違うユニフォームだが、


だからこそ全国大会で再開を果たすためにも秘めた闘志を滾らせる。


「そしてこれは私の分……と」


背番号のない監督用の、しかし選手たちと同じユニフォーム。このユニフォームに再び袖を


通す日が来るなど、一ヶ月前までは想像もしていなかった。


今でも本当に着てもいいのかという迷いはある。しかし十年前に置き去りにしてきた自分を


取り戻すために。裏切ってしまった仲間達へのケジメをつけるために――


彼女はもう一度、このユニフォームに込められた重みを背負う。


全員にユニフォームが行き渡ったのを沙希は確認すると、一度天井を仰ぎ見ながら


大きく深呼吸をし、「よし!」と気合を込めて前を向く。


「今日からはそれを着て練習するわよ。予備も一人三着まで作ってあるから、使い潰すつもりで


ガンガン汚していきなさい!」


『はい!』


「でも、それ以降は有料だからね。まぁその方がうちも儲かるから、どんどんボロボロに


してくれちゃっていいからね」


「あんたはいつも一言多い。せっかく私が良い感じに締めたのに台無しじゃない」


下衆い顔で金の話をする久美に沙希はチョップを入れると、部室は笑い声で包まれた。


これで鶴川女子野球部としての体制は全て整った。あとは県大会に向けての準備を進めていくのみ。


各自が手にしたユニフォームに、それぞれの誓いを立て――


ここまで全てが順調にきていた鶴川女子野球部が、初めて壁に立ち塞がられる運命の合宿が始まる。




【続く】

今回はちょっと短め。

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