妖しい酒場
ここは、夜の賑やかな町のど真ん中。
その大通りに位置する、バーの前で停まった深緑色の自動車。
シトロエンB14の中だ。
「ミニ・ニューヨーク・バー」
俺は不意に口から小さな声が出た。
海の向こうの大陸で、栄える都市の名を冠した、バー。
ド派手な青文字ネオン、それに寝そべってグラスに口付けする女の看板。
看板は、物凄く如何わしいデザインだ。
しかし、建物自体はパルテノン神殿のような感じの作りだ。
バーは一見すると、ド派手な看板を掲げた普通の店に見える。
しかし、裏では密輸・密売に手を染めているとの噂だ。
噂なら良いのだが、本当なら面倒な事になるぞ。
「そろそろだ、準備しろ?」
助手席から、ポリーヌ隊長の声がした。
彼女は、今回の任務のため、灰色がかった髪をポニーテールにしている。
服装は今、ピンクドレスを着ている。
手には、長いピンクのグローブだ。
「ここが、敵の取引場所ですかね?」
「らしいけど、どうだかね?」
運転席のイーサンも、店を見つめる。
パトリスも、後部座席で欠伸をしながら店を眺めていた。
イーサンは、黒いスーツを。
パトリスは、緑色のドレスと同じ色の長いグローブを。
隊長や二人が、こんな格好をしているのは、今回の任務のためだ。
そして、自分は灰色のスーツを着ている。
その姿が、ネオンで照らされた近くのケーキ屋の窓に写った。
艶のある茶髪の髪。
深い茶色の瞳に、眼鏡。
我ながら、地味な印象だなと思う。
「二人とも、気を抜くなよ? もうすぐ潜入捜査かっ!」
『パンパンッ』
『ドドドドドドドドドドドドーー』
店内から、激しい銃撃音が聞こえてきた。
潜入捜査官の正体が、相手にバレたのか。
「急げ、我々も店内に突入するぞっ!」
急いで車から飛び出た、隊長はボンネットから武器を取る。
彼女は、背中に鞘を背負い、腰にベルトを巻く。
パトリスは、牧杖を握る。
イーサンは、戦斧を背負い、軽機関銃を手に取る。
『ドドドドドドドドドドドドーー』
『ドドドドドドドドドドドドーー』
「急げ、速くしないと逃げられてしまうぞっ!!」
ポリーヌ隊長はそう叫ぶと、両開きのドアへと走り出した。
ドアの向こう側からは、短機関銃をぶっ放す銃撃音が外に漏れてくる。
そして、自分は短機関銃《ウィンチェスターSF》を握る。
背中には、出縁型混を背負う。
「よし、突撃だっ!」
「右は私がっ!」
「左は俺が行きますよっ!」
両手に拳銃を構えた、ポリーヌ隊長はまた怒鳴る。
パトリスは、牧杖を構えて、右のドア横に付く。
イーサンも、軽機関銃を構えて、左側に付いた。
「入るぞっ!」
『ドガッ』
ポリーヌ隊長は、勢いよくドアを蹴破ると中に飛び込んだ。
『パンパンパンパンパンパンッ』
「ぐわっ! なな何だっ!」
『ドドドドドドドドドッ』
「撃ち返せっ!」
ポリーヌ隊長は突入するなり、両手の拳銃を派手にぶっぱなした。
それを撃たれた、黒スーツに黒いパナマ帽のギャング連中は反撃してきた。
隊長に撃たれて死ぬ奴も居れば、撃ち返してくる奴も居る。
奴等は、全員が短機関銃を撃ちまくる。
ここは、一階の広いダンスホールだ。
白い壁に囲まれた空間に、六本ある太い柱。
しかし、柱の陰に隠れる暇なく、何人かのギャング達は撃ち殺されてしまう。
「反撃するなら、死になさいっ!」
『ボボボボボボボボボボッ!』
『ドドドドドドドドドドドドーー』
パトリスは、牧杖を振るって小さな火の玉を振り撒いた。
イーサンも、軽機関銃から、激しい銃撃をばら蒔く。
「ぐわあっ!?」
「殺られ・・・」
凄まじい撃ち合いを演じたギャング達だが、訓練された我々に敵うはずがない。
奴等は、あっという間に蜂の巣にされてしまった。
ここの連中は、雑魚ばかりだったが、潜入捜査官は何処だ。
「死んだか?」
隊長は、辺りを見回して呟く。
『バンッ! バンッ!』
『ババババッ!』
『ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!』
ん、奥から、銃を撃ち合う音がする。
「捜査官は奥だっ! はっ!?」
「死ねやっ! 兄貴達の仇ぃーー!」
「くたばれっ! 何処のパーティーのもんじゃ、ボケぇ~~!!」
ポリーヌ隊長は奥を睨むが、咄嗟に後ろに振り向く。
何故なら入り口のドアから、ギャングが入って来たからだ。
『ドドドドドドドドドドドドーー』
『ドドドドドドドドドドドドーー』
トミーガンを撃ちまくる、ギャング共。
だが、正確に狙った訳ではない連中の射撃は当たらない。
「五月蝿い連中ね、死んで黙ってなさいってのっ!!」
「俺達が雑魚だと思うなよっ!!」
『ボボボボボッ!』
『ドドドドドドドドドッ!』
パトリスとイーサン達が、撃ち返すと、連中は次々と死んでいく。
外から、連中はドアを通って来るが、三人の銃撃に撃たれてしまうだけだ。
「うぎゃっ!」
「ぎゃっ!?」
『バンバンバン』
「エリック、ここは私達に任せて、お前は先に潜入捜査官を救いに行けっ!」
「了解、ポリーヌ隊長っ!」
ポリーヌ隊長は、敵を牽制しながら、俺に命令を下す。
その命令通りに、俺は奥を目指して走る。
奥に向かったは良いが、ここはバーのカウンターのようだ。
暗い雰囲気の中に、煌めく緑色の光。
右はカウンターで、左は黒いテーブルだ。
『ドォンッ! ドォンッ!』
『ドドドドドドーー』
半自動散弾銃《オート5》機関拳銃《コルト45マシンピストル》だ。
ギャング達は倒したテーブルに隠れ、カウンターに存在する誰かを撃っている。
あの裏に、潜入工作員は居るんだろうな。
「おいっ! お前達っ!!」
『ドドドドドドッ!』
「うぎゃっ!」
「があっ!?」
俺が声を掛けると、奴等はこっちを向いてきた。
その隙を狙って、短機関銃《ウィンチェスターSF》を撃つ。
これで、二人とも、弾丸を喰らって死亡だ。
『パンパンパンパンッ!』
「まだ居るわよっ!」
「ぐっ? うぅ」
回転式拳銃を撃った、真っ赤なドレスを着た謎の女性。
彼女の視線の先を追うと、机の裏に隠れていたギャングが死ぬのが見えた。
「あんたが潜入捜査官だな」
「そう、コードネーム・リンリンよ」
リンリンと名乗った彼女。
確かに、捜査官のコードネームだ。
真ん中分けにした、長い艶のある黒髪
アイシャドーの塗られた、漆黒の黒目。
白い肌。
細い顔。
それ等に加えて、唇は真っ赤に染められている。
そのせいで、彼女はまるで娼婦に見える。
「正体がバレちゃったのよ、それよりボスが裏手に逃げたわ」
「裏には別動隊が居るはずだが?」
不機嫌そうに語るリンリンは、カウンターから飛び出る。
その後を追って走るが、彼女の走る速度は速い。
「地下室よ、私はそこから連中が出入りするところを見ていて、見つかっちゃったの」
「地下室ね?」
走るリンリンに、何とか付いて行く。
彼女と二人で、カウンター奥のドアから奥に行くと、奥の倉庫が見えた。
開かれっぱなしのドアから見えるのは、酒樽やワイン瓶の詰まった棚だ。
「地下室は・・・アレ、あそこだわ」
「何処だよ」
リンリンと一緒に、ドアの中に入った。
この倉庫を見渡すが、何処にも地下室への入り口は見当たらない。
「ここよっ!」
『ガタッ!』
リンリンが、ワイン瓶を一本動かすと、ググーーと棚が動き出した。
どうやら、ワイン棚は巧妙に偽装された、仕掛け扉だったようだ。
「階段が?」
「中に行ったのね?」
ワイン棚の裏には、薄暗い階段が地下へと続いている。
その下の階へと、リンリンは歩いていく。
「気をつけて、居るわよ」
「敵かっ?」
『チュッ? チュッチュッ!』
地下室へと下りた、リンリンと俺だったが、ここには敵は居ない。
その代わり、ワイン樽が所狭しと置かれていた。
だが、向こう側の部屋にギャングが居るのを、リンリンが見つけたらしい。
次の部屋に続く入り口に、ドアはなく、向こう側が見える。
入り口の右脇に、リンリンは張り付き、俺も反対側に張り付いた。
その時、運悪く足元のネズミが騒ぎだした。
「だれだっ!」
『ドドドドドドーー』
『ドドドドドドーー』
「ボスッ! 逃げて下さいっ!」
「分かったぜっ!」
うわ、一気に撃って来たか。
ネズミのせいで・・・。
ギャングの子分達の銃撃は激しくて、身を出して反撃できそうにない。
その間に、ボスは地下道を逃げ始めた。