精霊さんと出勤
・ この物語はフィクションです。
・ 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
・ 登場する地名、固有名詞等は全て架空のものです。
※ タイトルに「刑事」とつきますが、基本的に事件は発生せず、
推理要素もありません。
※ 内容的には日常路線・・・・・と思います。
俺の職場である仙臺西警察署は、我が家から歩いて20分の距離にある。
東北最大の都市、森の都仙臺市。
人口流出が喫緊の課題の東北地方の中で、人口の一極集中を受け成長を続ける
地方中核都市。
人の集まるところに犯罪もまた集まる。
その刑法犯認知件数は「市」単体の数字でありながら、発生認知件数の少ない県
の総認知件数を遥かに凌駕する。
仙臺西警察署はその名の通り、仙臺市西部を管轄する大規模警察署である。
仙臺市街西部から山縣県境の山間部までを受け持ち、やたら管内は広い。
俺が所属する刑事第一課には27名が在籍しており、一係・二係・鑑識・庶務に
分かれている。
ちなみに俺は一係で、管内西部地区担当だ。
朝の挨拶をして部屋に入り、自分の席についてパソコンを立ち上げていると、
新人君がコーヒーを置いてくれた。
朝のお茶くみと清掃は、刑事課1年目の新人の仕事だ。
午前7時ころには出勤して、清掃をしながら出勤してきた
先輩・上司にお茶を出す。
今のご時世、コンプライアンスやらハラスメントやら何かしらに抵触しそう
な慣習ではあるが、そこは警察村社会、暗黙の容認がなされている。
出勤時間は序列でほぼ決まっており、新人は7時出勤。平刑事課員は7時30分。
巡査部長と係長(警部補)が7時50分。課長(警部)と刑事官(警視)が8時と
いった具合だ。
まあ、本来の勤務時間は午前8時30分からなんですけどね。
誰も文句を言わないし言えない。
それが警察クオリティ。
コーヒーを啜りながら本日の段取りを始めようとすると、部屋に精霊さんが
トタトタと走って入ってきた。
そう、精霊さんがついてきたのだ。
同伴出勤。
本当は部屋に居て欲しかったのだが、
「この世界に慣れるまでは行動を共にしたい」
とのことで、とりあえず今日は一緒に通勤してきた。
羽をパタパタと動かしながら、飛ぶとも走るとも形容しがたい独特な動きで
俺の後を付いてくる様子は、なかなかにファンタジーだった。
おっと、精霊さんが新人君の足にぶつかりそうだが・・・・・・・精霊さんが
見えているかのように足を避ける新人君。
通勤途中でもこんな感じだった。
精霊さんの説明では、見えていないのではなく、見えているが認識していない
ということらしい。
意識下で、何かが足にぶつかりそうだから避けているだけ。
いわゆる認識疎外というやつだろうか。
透明になったり、存在自体を消すのではなく、それを見る者の意識から
存在を欠如させるというかなんというか・・・・・・・よくわからん。
俺の机までやってきた精霊さんは、ぴょんと机に飛び乗ると、机上におかれ
ている文具類や書類を物色し始めた。
精霊さんは知識欲がすごい。
研究者気質とでもいうのだろうか。
『界渡り実験』を成功させたというのもうなずける貪欲さだ。
そんなわけで、昨日も就寝間際にひと悶着あった。
メールチェックのために家のPCを立ち上げたら、ものすごく喰いつかれ、
小一時間かけてPCやらインターネットやらについて質問攻めにされた。
最終的に「文字が読めなければ使用困難」と告げたところ、すぐにでも文字を
習得するとのことで、その協力を要請されている。
そんな簡単に文字が習得できるのか疑問ではあるのだが、この貪欲さなら割と
早く覚えてしまいそうだ。
頭もよさそうだしね。
そもそも人間ふぜいとは出来が違うのかもしれない。
そんなわけで今日は仕事の合間に図書館に寄って、文字の習得の助けになりそう
な本や、この世界の歴史関係の本を借りることになっている。
それにしても・・・周りを気にせず話しかけてくるのは勘弁してほしい。
ここで返事をしたら、
「何かに話しかけているかのように独り言をぶつぶつ言っている危ない奴」
認定がなされてしまうではないか。
ただでさえ課内での俺のポジションは微妙極まりないというのに。
あ、返事をせずにスルーしていたらわかりやすく拗ねた。
ボールペンを蹴っ飛ばすとか止めてください。
午前8時30分、朝礼開始。
各係の本日の行動予定報告と庶務係からの雑事連絡、最後に課長からはっぱ
をかけられ終了。
後は各々自分の業務に入っていく。
広域窃盗事件捜査本部専従要員の俺はショルダーバッグを肩にかけ、
捜査本部のある仙臺南署に向かう。
仙臺南署・仙台西署・村田警察署の3署合同の捜査本部。
ここ半年、俺の主戦場となっている場所だ。
不機嫌な精霊さんを宥めすかしてバッグに入ってもらい、交通課から借りている
おんぼろスクーターに跨って出発する。
だんだん肌寒くなってきてはいるが、上着をひっかける程ではない。
心地よい穏やかな陽射しと涼やかな秋風。
この天気の様に良い一日になりますように。
俺は心の中でつぶやくと、アクセルに力を込めた。
御閲読いただきありがとうございます。