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はい。


 はい。

話をしたい。それに答えた。僕が嘘をつくなと言うからはいと答えてくれ。言葉はそれだけでいい。そうしたらその言葉を破らないように気を付けていてくれ。話はそれだけで十分だ。


 秘伝の。

霊媒は自分が憧れたり尊敬したりした先生がいないから平気でほとんどよそ者に秘伝を教えるという話を持ってくるのだ。

指導者が秘伝を引き継ぐ弟子を育成できなかった。ならば抱え死にすればいい。誰にも明かさずに墓まで持っていけば良い。部外者に渡すくらいならば。

たしかに僕も二年か三年お世話になった。門下だった。当時の先輩方はすでに皆おじさんかお爺さんだった。

皆はどうなったんだ。何故、先輩方を差し置いて僕にお鉢が回ってくる。そんなバカな話があるか。僕が一番腕がたったというならまだ分かる。でもそんなことはなかった。僕が一番新入りで、僕が一番下手だった。

引き継ぐ弟子は門下だった人間ではなく門下であり続けた人間から出るべきなんだ。でなければ門下とはなんだ。集金装置でしかないのか。門下生の才能や腕の問題というならそれこそ指導者の力不足なんじゃないのか。

それが指導者が人に恵まれないという不運だったのだとしても。


 Men Going Their Own Way.


 

 ⬆ここまでで6,662文字。


 ○ 2020/07/30


 ○ 2020/07/31


 これから。

これからだ。良くなる。これからだ。悪くなる。これからだ。今まで通り。全てはこれからだ。これまでだとしても。

それが分かるのはこれからだ。


 ○ 2020/08/01


 異なる言葉。

見立てまたは置き換え。簡略化された寸劇が行われている。

紙の人形が動く。平たい紙の人形。部位毎に切り分けられた人形。それは関節で結ばれて可動式だ。影絵の為の人形なのだろうか。くるり。くるり。前腕を回して。肩を回して。発声をしている。場面は生け贄の儀式。あるいは火刑。

紙の人形の女が燃やされている。火は足下ではなく左右の脇から付けられている。長い薪によって。足下から燃やさないのは被服が燃えて裸になり下腹部を晒さぬように配慮しているのかもしれない。

女は聞き慣れない言葉を叫ぶ。二音。三音。四音。

二音と三音が繰り返され時折四音が混ざる。二音に複数種類あり三音もそう。四音は聞き取りずらく判別できない。

山で真言を聞いた感触に似ているか。何かの祈祷なのか。意味がありそうな気がする音の連なりだ。ただの命乞いかもしれないが。始めの音は口を大きく開ける発音。母音があ音が多いが、え音から始まる音もある。次の音が口を小さく開く、い音、お音。う音と、ん音はよくわからなかった。う、んは叫びづらいのかもしれない。

 紙の人形の女の左隣後方で紙の人形の男が左腕を振り上げ高らかに叫ぶ。もっともっとだ。これは親切な事に日本語だ。

叫びながらじりじりと焦げてゆく紙の人形の女。

ぼんやりと眺めた。

こうならないために手放したのではなかったのかとおもいながら。


 ○ 2020/08/02


 ○ 2020/08/03


 足萎えのウーフニック。


 生きて三年待つなら死んで十年待つ。


 今や新型の肺炎は猛威を存分に振るい死者は溢れんばかりだという。死者は列をなして己の死後の行く末の沙汰を待つ。その列の果てが見えぬという盛況ぶり。皆々膝下まで泥濘(ヌカルミ)に浸かり満足に動けぬままに遅々として進まぬ行列が捌ける日を願うばかりだという。

ああまったく今死ぬはなんたる大損。後三年も待てばそうはならぬ。格別の配慮賜りて速やかに往生せん。

ああまったくその様に十年余も待つことの辛きこと辛きこと。今しばらく、三年も待てばよい。


 Il Separatio.


 ○ 2020/08/04


 無学者 論に負けず。

 

 ○  2020/08/05


 オッパウ大爆発。


 ○ 2020/08/06


 ○ 2020/08/07


 今日も暑い。今月の満月も恙無(ツツガナ)く過ぎた。これといった変化もなく。当然発見もない。二十九番影。


 霊媒は影を排出する者の内的な進歩を話すが、まったく自覚もなく二十九個も出した。それに内的な進歩の内訳の説明もない。内的な進歩という言葉だけが虚しくはためくばかり。


 人間は”事実”よりも”物語”を信じる。


 ○ 2020/08/08


 ○ 2020/08/09


 今日もすっぽかされる。倉庫ももう居るだけでじっとりと汗をかく。柔軟体操を念入りに行う。三点倒立する。仰け反り頭と足で人体橋を作る。横転しうつ伏せになり腕で押し上げ頭を接地、つまさきと頭で人体橋を作る。倒立する。暑い。


 ある痙攣者が知り合いの霊媒に痙攣の方法を話した。触りだけだ。人体の左右の自認。その転換。一拍子半の起発。後頭の随意化の手順。狼狽える筋肉への模倣について話した。

ふわふわとした話だ。当然その霊媒は痙攣者にはならなかった。が、その霊媒はいい気になって誰それにそれらの事を話したんだそうだ。それを聞いたその人は何をどう思ったか知れないが、それを機械で再現しようとしたそうだ。何度も何度も話を聞きに来た。霊媒も何度も何度も話したんだそうだ。そのかいがあったのかなかったのか。なんとできたそうなその機械。何台うれたか知らないが、そのうさんくさい機械の売り上げでビルが一棟立ったそうだ。まったくひどい話だ。職人の執念には頭が下がる。その機械で一体何をどうするのかさっぱり見当もつかないが。又聞きで工夫研鑽の果てに何かが出来て、売れて、成功したのだ。まったくひどい話だ。


 ○ 2020/08/10


 ウサギによる飢餓 。


 ○ 2020/08/11


 弱者の武。

弱者の武というものは存在しうるのか。

武というものにはほとんどの場合、体育の要素がある。

腕、脚、首を太く、出来るなら長く。可動域を広く。より早く、より速く、より長く。よく動き、よく食べ、よく休む。変成だ。こうして適応した弱者は強者に変成する。転向する。このように日々の地道な積み重ねの末に変成した弱者は弱者の武の成功例といえるがもう弱者の仲間とは見なされないだろう。

弱者が弱者のまま、強者と渡り合うという幻像。

弱者の武が弱者を弱者のままではいさせないのなら、それを弱者の武と言うとき強者の立場から言っているのではないのかという疑念。強者が作った弱者の武なのではというありふれた帰結。弱者には弱者の武を作れぬ。生粋の弱者故に強いという事を知らない。弱いということをも知らない。弱さの外へ行けぬのだから。何も知らない者。

(ミズカ)らの内にないモノを形作り伝える事がどうしてできようか。強者へと引き上げる事が弱者の武。


 弱者が弱者の為に弱者の武を作ったならばそれは弱者以外には意味の分からぬあやふやで多大な背反を幾つも抱えた妄想に映るのかもしれない。


 寝台の底が抜けた。ごとり。四つある角の一つが抜けたようだ。東北側か。音を立てて沈む敷き布団。頭側が沈んだ。頭の位置を東から西に変えた。頭が水平より低いよりは足が水平より低い方が寝やすいだろうという思いだ。実際試すと気持ち寝やすかった。それが昨日の朝のことだ。


 霊媒がやって来た。うぉんうぉんと唸りを上げる白いつるつるとした化繊らしきチョッキを着て。換気扇付きのだ。

すごいぞ思ったよりうるさい。僕はそれが正規品なのか怪しく思った。霊媒は椅子にすわり大した話はない旨を僕に伝えた。その間もうぉんうぉんと唸る小さな換気扇。うぉんうぉん。

僕はそれについて触れなかった。霊媒もそれについて話さなかった。うぉんうぉん。うぉんうぉん。ぱんぱんに膨れた白い化繊らしきチョッキ。救命胴衣を思わせる未来の服飾。21世紀になったんだなあとしみじみ思った。うぉんうぉん。

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