2021/03/09から
○2021/03/09
死んだ人よ。
無関心な関係だった。お互いにそっとしていた。悪くなる事があっても良くなる事はないかのように。そっとしておくことが出来る全てだった。信じていた。そうしているうちに片方はあっさり死んでしまった。だ。
怠惰な温存療法がよかったのか悪かったのかの結論が出ることはもうない。なくなった。あるいはこれが結論なのか。無関心な関係の終わりに涙を堪えられなかった。今でもさほどの興味もない。思い出しては少しだけ泣くけれど。さほど好きでも嫌いでもない。いや、うっすら嫌いかもしれない。しかしそれ以上にどうでもいいと思っている。それでも涙は出るのだから不思議なものだ。気持ちもふさぐ。自我と衝動が解離している。このまま自我が肉体から逃げ出せたらどれだけいいだろうか。肉体の苦しみは自分勝手に自我を苦しめる。
自我も肉体を自分勝手に働かそうとするのだからお互い様ということなのだろうか。
○2021/03/10
風が強い。
とぼとぼと歩く。目的地は路上。ただただ歩く。風が吹き荒ぶ。暖かい日の冷たい風。これといった事もなく歩いていると死んだ人の事が思い出される。涙もろい。すぐに目に涙が溜まり視界が滲む。花粉症かもしれない。痒みは全くないが。風に花粉が混じっているのかもしれない。不安定になっている。急に力が抜けていく。歩きながら。分からない事を思う。何がこんなに引っ掛かっているのだろう。自分に何ができたというのか。今さら何が出来る。路上を歩く。決めていたまま。辿り着いたなら引き返す。来た路をそのまま。
何も掴まえられずに。
○2021/03/13
くらがり。
テレビの電源元をきろうとしていた。コンセントが複数繋げる、スイッチが付いたやつだ。その前にCDプレーヤーの電源をきろう。きった。するとテレビがついた。演劇か。ちょうど台詞が発言された。どんな発言だったか。忘れた。
触りもしないリモコンが動いたのだろうか。それとも知らず知らずに触れてしまったのか。リモコンの隣に手を置いたがその時に触ったのか。触った程度で作動するのか。棚上げし、直ぐにリモコンでテレビの電源をおとした。
○2021/03/15
今日も。
何事もなく。用事もなく。少しだけ年をとった。状況は少しだけ悪くなる。毎年。毎月。毎日。毎時。毎秒。悪くなる。
ずり落ちる日々よ。影どもは願いをかなえなかった。
三十六も出てひとつたりとも賛同者はいなかった。一つもだ。
僕はふりかえった。僕は彼等の願いをかなえなかった。
僕は僕の願いをかなえない彼等の願いを何故かなえねばならないのかと自問した。彼等もかなえない。僕もかなえない。お互い様だ。そしてそれまで。ありふれた自答。
僕はふりかえった。僕はまず彼等の願いを叶えてやるべきだったのか。そうしてその次に僕の願いを叶えて欲しいと頼むべきだったのか。そうすれば少なくとも一方は願いがかなう。もしかすると両方とも願いを叶えていたかもしれない。甘い考えではあるだろうが。誰の願いもかなわないよりかはましなきもする。まず与えよだ。
善。
僕は悲しかった。そうして悲しさに耽溺しながら何故こんなに悲しい気持ちになるのか考えた。涙がぽたりぽたりと一滴二滴と垂れた。考えていると、僕は信じていた事に改めて気付いた。約束を信じ、善を信じ、神を信じていた。こうなるまで僕の中にそんなものがあると今の今まで認められなかったろう考えではある。
自分から出た影を放り出し、神に委ねた。
影がいつか願いを叶えてくれるのを待たず、神に委ねた。
約束の期日を延期されても、神に委ねた。
それまでの日々をさほど変わらずに送れると神の判断に委ねた。そしてそれは失敗だったのではと今では考えている。
自分から出たモノを信じられない。自分から歩み寄れない。近くではなく遠くを求める。与えてくれと願うばかりで与えてやれない。僕は弱かった。僕は愚か者だった。そう考えた。
夢なら覚めてくれ。そう何度も願った。生まれてくるべきではなかった。涙はぽたりぽたりと変わらずに垂れていた。覚めてくれなかった。死ぬこともできそうもなかった。
何も分からない。
ねむる。
もう眠ろう。すっかり疲れてしまった。悪い夢の現実から逃げ出す。悪夢を見るがそれくらいは仕方ないのだろう。
血を吐いた老人に怯えながら電話をして救急車を呼ぼうとする夢。いちいちまる。いちいちまるだ。押すぞ。
今や見ない折り畳み式の携帯電話が暗がりで鳴る。自分以外には誰もいない。どことも知れない暗がり。ボタンを押して通話。声がきこえてきた。高く細い幼い女の子の声だ。その声はこういった。だれまま。血が引いていくような冷めた乾いた声色。それに返事をしなかった。
電話の悪夢が続いているな。文字にして気付いた。
電話に怯えているのだろうか。この文書を構築するのに使用しているのもスマートフォンという電話をする機械だというのに。
僕が間違っていたよ。影を手放したのは失敗だった。
今さら仲直りなんてのは出来やしないが。影にはどこかで自分達の正しさを大事してうまくやっていってほしいと思うよ。うん。間違っていた。間違っていたがそれはそれとして。なかったことにはできない。自分がそうされたら手のひらを返しやがってと思うから。次の影かその次の影からは好きにさせよう。次の影にはもう自分には要らないと話がいってしまっている。やっぱなしとはいかないだろうから。繊細な問題だ。必要とされているかいないかは。
いや、飯炊きだっていうから。炊飯器があるしいいかなって。
あいかわらずウカツだったなあ。優しさが足らないんだろうな。巡り巡って自分の首を絞めて泣くことになった。とんだ笑い話だ。泣いてばかりいる。笑い話だ。
○2021/03/18
風がほどほど。
石段の上、植木が半分切られていた。股になっていた所の一方がざっくり伐られている。太い方だ。伐られているのに気付いてから何日かたったが枯れてはいない。残った細い方の枝からは青々とした葉が少ないが茂り風に揺れている。
石段の下、隣の一軒家が解体され砂地が晒されている。砂地にきっとキャタピラの後だろう、でこぼこと残っている。
影は、五十は仲間が欲しいのだという。今から一年半くらいは掛かりそうだ。今は三十六柱。数えかたはこれでいいのか分からないな。三十六洞とかか。まあいいか。とにかく14ほど追加して欲しいとか。きっと追加したらもう10くらい欲しいとか言い出すのだろうけど。そんなに集まっていったい何をしたいのやら。
○2021/03/24
面談。
病院にいく。お医者さん。話をした。
事件があった。十年以上も前の事だ。
その経験が自分を苦しめているのかどうか。訊かれた。正直、分からなかった。もともと不活性な人間だった。僕の記憶の中の自分。事件があった。事件がなかった自分を想像できなかった。事件があった。あるいはなくても結局はこうなっていた気もする。証明はできない。ただ事件があった。そしてそうだと言うことはできたろう。事件が変えてしまった。僕はそれを不誠実な応答だと思うが。そうだと言うことは嘘ではあるまい。もっと激しい症状があればきっとそう訴えたろう。治療を要する何か。夜半に叫びながら飛び起きたり、酒浸りになったり、とにかく社会が周囲が許容できない何かがあれば。
ただ緩やかに悪くなるのにまかせる。怠惰な温存を糾弾する人はいなかった。お医者さんもしなかった。相談したい事はあるか訊かれた。僕にはなかった。お医者さんに相談するというよりは経済的な問題だと思います。
ただ怠惰な存在を病というには症状がなさすぎた。足裏に汗をかく。あるいは全身に汗をかく。ほのかな他者への緊張。自他へのあきらめ。無気力さ。
お医者さんは相談したいことがあればいつでも来てくださいと言った。
面談は終わった。一時間。さほど長くは感じなかった。
次の来院は未定だ。