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第5話

 外では太陽が激しく自己主張していたが、数本の木々が密集するように生えていて日陰になっている場所があり、その側に小屋が二つ並んで建っていた。


 一つ目の小屋は食料庫だろうか。扉を開けた瞬間に冷えた空気が抜ける。

 天井の梁からいくつか干し肉が吊されていて、他にも木箱がいくつも積み上げられていた。中を見て回ると、どれも野菜が詰まっている。大家族を通り越して業者のような備蓄だ。これだけ用意しておかないと保たないのだろう。

 これはこれで見ていて新鮮な小屋だが、目的はここではない。


 その隣の小屋。一回り小さく、扉を開けると丸太がぎっしりと積み上げられていた。そこから三本ほどを抱えて、近くにあった台のそばに運ぶ。台には鉈のような大振りな刃物が刺さっていた。

 小さい子もいるのに危なくないか、と心配になるが、片付けの時に俺が気をつければいい話である。危ない物には触らない、とちゃんと教えているのかもしれない。


 それよりも、


「薪割りってどうやるんだ……?」


 キャンプだとかをやったことのない俺には薪割りのやり方はわからなかった。


 とりあえず鉈を抜く。それほど深く刺さってなかったのか、簡単に台から離れた。片手でも扱えるほどの軽さだったが、そこで振り回して遊ぶほど子供ではない。

 中に戻ってミイナールに「薪割りの仕方を教えてくれ」なんて言うのはどうにも格好悪くて避けたかった。わからない時には素直にわからないと言うのが大切なのだが、それを理解していてもプライドが邪魔するくらいには子供の自覚はある。


 とりあえず試してみて、本当にダメなら大人しく聞きに行こう。


「確かこうするんだよな」


 丸太を一本台の上に立て、鉈を入れる。刃の半分くらいまで丸太に入ると、今度は丸太ごと軽く振りかぶり、台に叩きつける。それを数度繰り返してようやく、薪は真っ二つに割れた。


 ここにあるのが斧だったら振りかぶって叩きつけていたかもしれない。


「よしよし。こんなもんだろう」


 一回薪を割るだけですでに病み上がりにはキツい作業の予感がするが、それよりも達成感の方が強くてなんだか楽しくなってきた。

 それに病み上がりと言っても二日間ほど寝続けていたのだ。体力はもう十分過ぎるほどに回復しているだろう。

 ただただ黙々と薪を割り続ける。普通ならすぐにでも飽きそうなものだが、これも修行と割り切ってしまえばいい。


 そして用意した三本はすべて手頃な大きさに割られる。

 たった三本でも既に腕へ疲労は蓄積していて、明日が少し怖い。

 どれくらいの薪を用意すればいいのかわからなかったので確認のために一先ず中に戻ると、ミイナールはパン生地のような物をこねていた。少し黒みがかっていて、ただの小麦粉ではなさそうである。


「これくらいで足りるかな?」

「早かったですね。十分ですよ、ありがとうございます。やっぱり男の人がいると助かります」


 手の粉を落としながらミイナールは言うと、俺から受け取った薪をいくつか窯に放り込む。そして壁に掛かっていた長い棒を手に取った。先に赤い石がついた棒である。

 それを俺に渡してくる。


「それではお願いします」

「……なにを?」


 またなにか仕事を頼まれる覚悟はしていたが、これはなにをお願いされたのかわからない。

 そもそもこの棒はなにに使う物なのだろうか。


「そっか……カナタさんはこっちの人じゃなかったですね」


 恥ずかしそうに言いながらミイナールは棒を取り戻そうとしたが、途中で止めた。

 しばし考え、


「やっぱりカナタさんがやりましょう。これは火を点けるための道具です。そのまま火点け棒と呼びます。この棒の部分を通して魔力を石に流すと、石が熱くなるので火が点きます。簡単ですよね?」


 満面の笑みで「さあ、どうぞ」と促してくるが、魔法も使えないので魔力を流す、という作業も良くわからない。

 大人しい性格の女の子は頭がいいイメージがあったが、少なくともミイナールはそれに当てはまりそうにない。天然と言い換えればイメージ通りではあるのだが。

 しかし異世界からやって来た人間と接する経験なんてないだろう。海外から来たホームステイの子に日本の常識が通じないのと同じである。それの規模が大きくなった版だと思えば、今はゆっくりと互いの常識をすり合わせる段階である。


 それを指摘すると再度ミイナールは恥ずかしそうに頬をかいた。そして棒を俺から預かろうとして、やっぱり止めた。

 忙しない奴だ。


「これも魔法の練習です。体の中を流れる魔力をイメージして、それが棒に流れていくイメージです。カナタさんにも魔力は流れていると思うのでとりあえずチャレンジしましょう」


 と言い残して、ミイナールはパン生地をこねる作業に戻った。

 体良く面倒な説明を省かれた気もするが、ミイナールの言う通りこれも練習でとりあえずやってみないことには始まらない。


 気合いを入れるように軽く頬を叩き、棒の先にある石を焚きつけ用の枝の塊に押し当てる。

 そして目を閉じて魔力の流れをイメージする。イメージするにはやはり目を閉じた方がやりやすい。

 最初にイメージしたのは体内を通る血管の図。そしてそこを流れる血液のイメージと魔力を混ぜていく。血管の中を魔力が流れるイメージだ。魔力の流れる経路はわからないが正確な物でなくても大丈夫なのだろう。イメージ上の魔力が手の指先を伝って棒に流れ、そこから更に先端の石にまで。


 どんなものかと目を開けて見るが、一筋の煙の出ていない。


 再び目を閉じて続ける。

 座禅をしているような心地になりいつの間にか、火を点ける、という目的すら忘れて集中していた。


 気が付くと、目を閉じているのに周囲の状況が何となくわかるようになっていた。

 窯の中に積まれた薪。生地をこねるミイナール。瓶の中で揺れる水。食器棚の上を走るネズミ。直接眺めているような感じではなく、例えるならサーモグラフィーの映像を見ているような感じだ。

 不思議な感覚であった。


 その感覚の中でミイナールがこちらを見たのがわかった。


「カナタさん、もう大丈夫ですよ」


 声をかけられた途端、これまで感じていた世界が消えてまぶたの中の暗闇に戻る。そして同時に、体の前面から熱を感じる。体の感覚が戻って来たようだ。

 目を開けると薪に火が点いていた。ごうごうと燃え上がり、炙られるように熱い。


「おぉ……点いてる……」


 感動して思わず声を出してしまう。

 火が点いた、というレベルではなくバーナーで燃やしたような火の勢いだが、窯に火が点いたことに変わりはない。


「なんか不思議な感覚だったよ。目を閉じてるのに周りの様子が見えてさ……」


 ミイナールに話すと、合点がいったように、


「ああ、私もたまになりますよ。すごく集中して魔力を練っていると自分以外の魔力も感じられるようになるんですよね」

「あれが魔法を使う時のイメージか……」

「そのもう少し先の所ですよ。普段魔法を使う時はそこまで集中しませんから。その感覚を早いうちに知られてよかったですね。」


 微笑みながら言うミイナール。


 あれが魔法を使う時の感覚の一歩手前であれば、魔法を使うこともなんとなくイメージできる気がした。

 もしかすると、本当に俺にも魔法が使えるかもしれない。


「それよりも疲れてるんじゃないですか? いきなり魔力を使うと……」


 と、言われてようやく体の疲れを自覚する。

 薪割りの疲労に加えて慣れない魔法を使ったことも関係あるのかもしれない。

 大した疲労でもないが心配そうなミイナールの手前、休むことにする。大丈夫と言っても、また新しく仕事を頼まれることもないだろう。


 先ほど薪割りをした木陰。日陰でそこそこの気温、そして柔らかな風。昼寝をするには絶好の場所である。


 疲れてはいてもこれは魔法を使った疲労と考えれば嬉しい限りだ。

 抑止力だなんだと気を張ってはいても、やはり異世界に来たのであれば魔法は使いたい。今はあまり読まなくなったが、昔は俺もファンタジー小説の類いはよく読んでいたのだ。


 昔の妄想を思い出しながらまぶたを閉じると、すぐに意識は離れていった。

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