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第4話

 目が覚める。

 もう起きなければならない時間か、と枕元の携帯を探り、いつもの布団と感触が違うことに気づく。普段置いてある携帯も枕元にない。億劫にも閉じたままだったまぶたを無理矢理開いて携帯を探すが、自分の部屋ではないことにようやくここで気づいた。


「ここは……?」


 少々硬い掛け布団を引き剥がし上半身を起こす。ベッド脇に置かれていたチェストから眼鏡を取り、改めて部屋を見渡す。レンガがむき出しになっている壁。床も似たような物で、カーペットが敷いてあるだけだ。目に付く家具は小さな棚とタンス、コート掛け。

 チェストの上にはコップと水差しが置いてあり、そこから一杯だけ水をもらう。


 頭がスッキリしてようやく、異世界に来ていたことを思い出す。


「そうか。異世界か……」


 半信半疑であったが、一度寝たことで本当に夢でなかったのだと実感させられる。心のどこかでは否定したい気持ちが残っていて、それすらも取っ払われてしまった感覚だ。


 力が抜けて再びベッドに倒れ込む。そうすると頭に浮かんでくるのはこれまでの道程、そしてミイナールと戦ったこと。


 惨敗だった。


 こんな調子でこの異世界で暮らしていくことができるのだろうか。女の子にいいようにやられていては元の世界に戻る方法を探すどころではない。魔法の力はかくも恐ろしい物であった。それが使えない俺はこの世界でどれだけ弱い存在なのか。


 ちょっとした風邪を引いただけでも人の思考はネガティブになるものである。今の俺も、ミイナールに惨敗したことでそれに近い状態であった。もちろん、自覚しているからと言ってそれがどうなるものでもない。


 人知れず頭を悩ましていると、部屋の扉が開けられる。

 反射的に体を起こして見ると、入ってきたのは木桶を抱えたマイナールだった。


「起きたんですね」

「うん。ちょうどさっきな」


 そのままマイナールはベッドの脇まで来て、桶の中の水にタオルを浸し、絞る。


「自分で拭けますね?」


 うなずき、濡れタオルを受け取る。


 さっき出会ったばかりの女性の前で服を脱ぐのは恥ずかしかったが、一向に出て行く様子もないので仕方なくシャツを脱ぐ。

 マイナールはそれを半ば奪い取るようにして畳む。


「洗っておきますね」

「それくらいは……」

「一枚増えたくらいじゃ手間は変わりませんから」


 気恥ずかしさに手間取っていては、私がやります、とでも言いかねない雰囲気をマイナールは放っていた。それに比べれば上半身裸くらいはいくらかマシである。自分の着ていた服をほとんど初対面の女の子に現れるのも我慢はできる。


 体を拭かなければならないほど眠っていたのだろうか。そうであるなら、いくら手加減無用と言ったとはいえ、ミイナールに一言、言いたくなる。


「どれくらい気絶してたんだ?」

「ほとんど一日ですね」


 丸一日も気絶していたとは。なんだか損したような気分になる。


 とりあえず、激しい運動――ほとんどミイナールに投げられていただけだが――の後だからか、風呂にでも入りたい気分だった。

 こちらの世界の風呂事情はどうなっているのだろうか。日本人としては湯船に浸かりたいが、この際には体を綺麗にできれば文句はない。


「終わりましたね」

「ああ、ありがとう」


 タオルを返して、代わりにマイナールがタンスから取り出したシャツに着替える。

 もしも目覚めていなかったら、マイナールに全身を拭かれていたのだろう。マイナールに他意はないといえ、想像するとそれだけで気まずくなる。直前に目が覚めてよかった。


 窓の外の景色はまだ明るく、本当に丸一日も眠っていたのかと疑いたくなる。


「ミイナールも本当に手加減しなかったんだな」


 マイナールはクスリと笑た。

 出会ってから初めて笑顔を見たような気がした。


「あれでも手加減していたんですよ?」

「そうか。それはショックだな……」


 力の差がそれだけあるのも今は受け止められる。魔法というものは本当に便利だ。


「もしよければあの子と仲良くしてあげてくださいね。同年代の子がここにはいないので寂しくしてると思うんです」

「それは……当然そうするけど」


 家族として共同生活を送るのであれば、否が応でも仲は深まっていくだろう。

 美少女と同じ屋根の下。意識しそうになって振り払う。


 短い時間ではあるがマイナール姉妹と小さな子供達以外にここで暮らしている人の姿は見なかった。マイナールの言葉が本当であれば、妹のことを心配するのもうなずける。

 しかしそれはマイナールも同じではないだろうか。それを尋ねると、


「私には……ルーフがいましたから」

「いなくなってやっぱり寂しいんだな」


 マイナールの言葉にはどことなくそういった雰囲気があった。


「……あまりからかわないでください」


 想像では、図星を突かれて慌てふためくマイナールが見られる、と思っていたが現実はそうならないらしい。

 少しだけ微笑んだだけでマイナールはまた、いつもの表情に戻る。


 そして横に退けていた掛け布団を直すと、


「きっとこちらの世界に来た疲れもあったのでしょう。子供の頃、おじ様に連れられて外国に行ったことがあります。その日の夜に私も熱を出しましたから、カナタさんもそれで眠っていたんですよ」


 優しく言いながら、力だけは問答無用でベッドに寝かしつけられる。そして手を額へ。


「熱はないようですが今は休んでください。ミイナールのこと、お願いしますね」


 そう言ってマイナールは部屋を出て行った。




 再び目が覚めた時、今度はちゃんとここが異世界であると認識していた。していただけに、少しばかり落ち込んだのだがすぐに頭を切り替える。

 少しの間ベッドの上でボーッとしていても今回はタイミングよくマイナールが訪れることはなかった。


 窓から外を見るとまだ明るく、下の庭先では子供達が遊んでいた。

 一日眠って、それからまた日付を跨いでしまったらしい。我ながらずいぶん寝たものだが、マイナールの言った通り疲れが溜まっていたのだろう。


 しかし寝過ぎたせいで体の節々は固まってしまっている。ベッドから降りて体を伸ばすと、至る所からバキバキと音がなった。


 そして、一息吐いたところでチェストに畳んで置いてある俺の制服に気がついた。さっき――と言えるかは微妙だが――起きた時には下は制服だったはずだ。それも綺麗になって畳まれている。


「あぁ……マジか……」


 確認してみると下着も新しくなっている。

 最初に俺のことを家族と言ってくれたのはマイナールだったか。だとしてももう少し恥じらいと言うかそういう物はないのだろうか。庭で遊んでいる子供の中にも男の子はいるが、同じレベルに見られて接せられているのなら、なんとも言えない気分になる。

 あの中にまだ思春期の子はいないのだろうか。


 しばらくベッドに突っ伏し、ようやく気持ちに折り合いをつけることができた。

 マイナールがその気であれば俺が恥ずかしがることはない。一人っ子だが、姉がいるとあんな感じなのだろう。


 綺麗になった制服に着替える。


 庭先にはマイナールの姿もミイナールの姿もなかったが、子供達に聞けばなにかわかるだろう。この孤児院での俺の仕事も二人に聞かなければならない。

 最初の課題として魔法を覚えなければとは思っているが、一日中魔法の練習に時間を使えるわけがない。


 二階から一階に下りる。


 レンガ等の石と木だけで建てられているこの孤児院は、現代日本で育ってきた俺にとっては新鮮な光景だった。薄暗い廊下も、少しヒンヤリとしている空気も今はまだ楽しめる。

 応接室だけレンガの壁を隠していたのかと思えば、一階に降りてからは壁紙が貼られている部分がほとんどだった。お陰で雰囲気もガラリと変わった。


 どこぞの城にでも迷い込んだような心地で、見ているだけでも楽しい。少し余裕ができたら異世界の色々な場所を見て回るのも悪くない、と考えられるくらいにはポジティブな思考ができていた。

 もしかすると、あれだけミイナールとの戦いにムキになっていたのも、自分の知らない世界で己のアイデンティティを確立させるためだったのかもしれない。


 柄にもなく自己分析をしてしまい、何だか恥ずかしくなる。


 外に出てまぶしい太陽の光に目を細めつつ、ボールと木の棒を使って謎の遊びをしていた子供達の下へ近づく。


「カナタ兄ちゃんだ」

「もう大丈夫なの?」

「ミイ姉ちゃん強いでしょ?」


 俺に気づくとすぐに寄って来る子供達。カナタ兄ちゃんと呼ばれたことといい、いつの間にか受け入れられていて嬉しい限りだ。


 子供達と視線を合わせるように屈む。


「マイナールかミイナールがどこにいるかわかるか?」

「多分、台所だよ」


 そう言われても、この孤児院に来てから寝てばかりだった俺には台所がどこにあるのかわからない。

 中を歩いた感想だが、たくさんの子供が暮らしているだけあって一般家庭の家よりも相当広いのだ。台所の場所も見当がつかない。


「誰か案内してくれるかな?」

「僕が行くよ!」

「俺も俺も!」

「私もやりたい!」


 と口々に言い始め、次第に誰が案内するかで喧嘩になりかけたので、仕方なくその場にいた全員に案内をお願いすることにした。

 思いの外、大所帯となったが船頭多くして、ということもなくすぐ台所に辿り着くことができた。


 ドアを開けると一斉に子供達が台所へ突撃する。


「おやつの時間はまだよ」


 突如として台所に押し寄せた子供達にミイナールは目を丸くする。

 しかしそこは慣れたもので、すぐにその目的を見抜いて文句を言う子も構わず台所から追い出した。その姿は流石と言う他ない。

 しかし子供達もまた、俺を出汁にしておやつをねだるとは、強かで将来が恐ろしい。


「ごめんなさい! 大丈夫でしたか? あまり手加減できなくて……」


 子供達がいなくなって落ち着くと、いきなりミイナールが頭を下げて来た。


 ほとんど眠っていた俺からすると昨日の話だが、ミイナールからすれば二日前の話だろう。それなのにこうして頭を下げるとは。この二日間、ずっと気にしていたのかもしれない。

 許さないと言えばそのまま一生気にしそうだった。


「見ての通り問題ないよ。ミイナールのお陰で魔法の大切さが身に染みてわかったからむしろお礼を言いたいくらいだな」

「いえ、私は何も……」


 そんなイタズラ心は早々にしまい込む。本当に一生気にされてたらこっちも居心地が悪い。


 台所は調理場とご飯を食べる所が一緒になっているのか、結構な広さがあった。

 かまどと水が入れてあるだろう大きな瓶。壁には大きな鍋やお玉など、たくさんの調理器具がかかっていた。子供達全員が席につける木製の大きなテーブルと長椅子が置いてあり、その長椅子に腰掛ける。


「部屋はどうでした? 空いてて広い部屋があそこしかなくて殺風景でしたけど……」


 俺が台所を見回している間にも、ミイナールは仕事の手を止めていなかった。


「客じゃないからな。十分すぎるほどだよ」


 背中を向けたまま「それはよかったです」とミイナールは言う。

 ここで、ミイナールを探していた目的を思い出す。


「俺はここでなにをしたら良いんだ?」

「そうですね……。お姉ちゃんとも話してるんですが色々やってもらうと思います。塀の修理とか薪割りとか……力仕事を」

「……雑用ってことだな」

「すいません、押しつけるような感じになっちゃって」

「謝らなくていいって。魔法のマの字も知らないんだからなんでもするよ。働かざる者食うべからずとも言うしな」

「男手が足りてなかったので本当に助かります」


 詳しい割り振りはまだ決まっておらず、今日のところは大事を取って休ませようという話にもなっているようだった。

 つまり暇だと言うこと。


 しかし俺が暇でも目の前のミイナールは忙しそうにしている。それをボケッと眺めてられるはずもなく、


「俺も手伝うよ」

「いえいえ、大丈夫ですからカナタさんは休んでてください」

「ずっと寝てたからこれくらいは手伝うよ。これ以上寝てても体に悪そうだ」


 遠慮するミイナールの隣に立つ。


 流石に甲斐甲斐しく働くミイナールを無視してベッドに横になる、なんてことはできない。少しでも体を動かしていた方が、気分も紛れるというものだ。


「それじゃあ……そこから外に出ると薪が積んであるので、手頃な大きさにしておいてもらえますか?」

「……了解」


 簡単な料理の手伝いをするつもりだったが、言いつけられたのはガッツリとした力仕事。

 ミイナールの遠慮のなさは予想外であったがそれを表情に出すことはせず、示された勝手口から外に出る。

キリの良い所で切ると短すぎるか長すぎる……。

結局微妙な所で切ってしまった。

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