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第3話

「どうしますか?」


 いつの間にかそばに立っていたマイナールから問いかけられる。


 今のミイナールの力が、魔法によるなのだろう。それだけで簡単に制せられると、魔法の使えない俺は抑止力としての役目すら果たすことはできない。

 魔法という力の恐ろしさを身に染みて理解させられた。


 しかしそれで終わるほど素直な性格はしていない。このまま負けっぱなしでは終われないのだ。せめて魔法を使えないなりに一矢報いなければ気が治まらない。


「まだやれるよ!」


 自分に活を入れるようにして、立ち上がる。

 受け身は取れていないが、ちょっと投げられただけで戦闘不能になるほど柔な体はしていない。

 頬を叩いて気を引き締める。


「わかりました。では、頑張って下さいね」


 マイナールは僅かに微笑んだように見えたが、気のせいかと思うほど一瞬だった。


 俺がまだやる気であるとマイナールが伝え、ギャラリーは俄に沸き立つ。あんな一瞬で終わってはつまらなかったのだろう。ミイナールの活躍を見たい子供達の歓声であるが、その中にもいくつか、俺を応援するような声も混じっていた。

 ミイナールも驚いたような表情を浮かべつつ、再び対峙する。


 先ほどと変わらず、特に構えを取ることはしないミイナール。俺を侮っているわけではないだろう。


 これまでミイナールが戦ってきた相手は、よーいドン! で始めるような相手ではない。不意打ちだまし討ち上等のマフィアである。故にいつでも戦闘態勢に入れる心構えができていて、構えを取らないあの姿勢が構えとも言える。


 その時点で俺とは意識が違っていた。

 そもそもの話、命を狙うマフィアと町の不良とではレベルが違うのだ。最初はそのことを考えず、一方的にミイナールを格下だと決めつけていた。

 ところがどっこい、格下だと侮っていたミイナールは格下どころか格上も格上である。真面目にやって勝てるかどうかもわからない。

 しかし一先ずは勝てないまでも実力を示そう。


 踏み出したのは同時だった。

 俺が一歩を踏み終えた時、いつの間にかミイナールが目の前に迫っていた。


「また私の勝ちですね」


 肩を腕で押さえられて動きを止められ、空いている右手は喉元に添えられていた。この状況では首を絞めて窒息させることも、喉笛を引き千切ることも可能だ。武器を持っていたら一瞬で終わっていた。


「……もう一回」


 返事はなかったがミイナールは俺から距離を取る。


 始まりの合図はなく、ミイナールは俺が動くのを待っていてくれている。考える時間は十分にあった。


「……力もダメ。速さもダメ」


 こうして向き合っている状態では不意打ちのしようもない。

 しかしいくらミイナールが魔法で動きを速くして、力を強くしても、同じ人間である以上、付け入る隙はあるはずだ。


 結果、選んだ策はカウンター。

 攻撃する瞬間になら意識の隙ができるはずだ。それも容易なことではないが、現状では一番可能性が高い。


 三回目の対峙。

 距離を詰めようとした俺の後ろをマイナールが取り、転がされる。


 四回目の対峙。

 カウンターを狙うも、ミイナールの速さに追いつけずに、投げられる。


 五回目の対峙。

 繰り出したパンチも容易く受け止められ、投げられる。


 六回目の対峙。

 踏み出した俺の足をミイナールが引っかけて転ばせる。


 向き合う度に変わる倒し方に、ミイナールの余裕が見て取れた。


「……もう一回頼む!」

「でも、カナタさん……」


 俺は何度倒されても立ち上がるが、何度も俺を倒すミイナールの方が気が引けていた。

 手加減をしているお陰で決定的なダメージは負っていないものの、それが逆に俺の心に火を点けていた。


 なんなら気絶するまでやったって構わない。ミイナールが手加減してくれているうちは何度でも立ち上がるつもりだった。


「カナタくん。どうしてそんなにするんだ?」


 いつの間にか俺の周りには、ヴィデールさん、マイナール。ミイナールの三人が揃っていた。子供達の姿は見当たらない。飽きて別の場所で遊んでいる。

 心配そうな表情を浮かべているミイナールと違って、残りの二人は不可解なものを見るような目つきであった。

 素直に気持ちを話すべきか迷い、男の意地がそれを止めた。


「このままじゃ……この孤児院に置いてもらう意味がないんです。なにもできないままじゃ抑止力どころか足手まといですから」

「別にそれ以外にもやってもらうことは――」


 言いかけたマイナールをヴィデールさんが制す。


「それだけじゃないだろう?」

 面白がるように笑みを浮かべる。自分の考えを見透かされているようで、思わず笑ってしまう。

 隠してみてもやはりヴィデールさんにはわかってしまうのか。


「そうですね。男として負けたままでは終われないですから」


 それを聞いたヴィデールさんは満足そうにうなずく。マイナールは呆れたように首を振っている。そしてミイナールは困ったようにヴィデールさんの顔を見ていた。


 確かにこの二人には理解できない気持ちだろう。


「よしわかった。ミイナール。気絶でもさせてやりなさい。そうでもしないと諦めてくれないようだからな」


 面白がっておきながら俺が勝つ可能性は微塵もないと思っている。しかし俺自身、それは自覚しているのでなにも言わない。その中でなにをするかが俺の戦いなのだ。


 小さくため息を吐いたミイナールは、覚悟を決めたようにこちらを見る。


「今度は手加減、しませんからね?」

「どんと来いだ」


 ヴィデールさんの言葉のお陰で、これが最後の戦いになってしまった。

 せめて今までのように一瞬で終わるのではなく、少しでも長く戦うために集中しよう。


 大きく息を吐き出す。


 これまでミイナールは俺の攻撃を待ってから、それを利用するような動きをしていた。しかし今度は気絶させるためにミイナールからも動いて来るだろう、と予測を立てる。


 最初はこれまで通りただ立っていたミイナールだったが、俺が動かないとみるとその姿が消えた。

 今までなら目でも追えなかっただろうが、今回は集中している。自分に向かって右側にカーブを描いて向かって来るミイナールの姿をしっかり捉えていた。


 捉えたと言ってもそれはほんの数瞬の出来事で、体を動かすよりも早く眼前に迫ったミイナールの拳が顎にかかっていた。


「くそっ!」


 知らずの内に声が出ていたかもしれない。

 せもても、と首を引き、顎を拳から離そうとする。

 しかし抵抗もむなしく、ミイナールの拳は俺の顎を打ち抜いた。

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