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ストラトキャスターパンチアウト

作者: 姫川まどり

学校帰りの自転車で旭川を渡る。

 橋を走る路面電車。古い方のやつ。ウチの学生と隣の女子校の学生でごった返す車内がみえた。春の水面は穏やかで、桜の花びらが海にむかってゆっくりと流れていく。

 夕焼けの岡山の街並みはなんだか透明で、ピンク色にそまった街のトーンがグラデーションみたいにやがて紅に。そして紫色へ。黄昏のこんな時間が私は好き。

 自宅の倉庫は改装されて、小さな音楽スタジオみたいになってる。防音なので夜でも気兼ねなく音が出せる。パパが昔必死でアルバイトで買ったっていう古いボロボロのギターアンプ。VOXってロゴが入った黒い箱。真空管とかなんとか。

 音が出ればいいじゃんぐらいな気持でシールドを差し込む。

 ゲインをあげると聴こえるシャリシャリとしたノイズ。関係ないわ。問題ないわ。

 どうせディストーション・ファズでメチャクチャにゆがむし、ひずむ。フェンダーストラトキャスター。形も大好きだけど名前が好きだ。

「ストラトキャスター」って口にしてみて? 気持ちいいから。多分わたしにとって最近のパパが大事にしてる「リッケンバッカー」って言うよりこっちのほうの語感が好きだ。

 なんて言ったらいいのかな「ヴィヴィアン・ウエストウッド」って口にする気持ちよさ。

「ルイ・ヴィトン」より全然良くない?わかんないよね。

 開放弦で意味もなくひっかき鳴らす。

「ぐわあああんぎゃあああん」ってストラトが鳴く。ロックンロールぽーい。パパの元愛機。今はわたしの彼ピな存在。

 わたしはわたしだけのロックンロールをストラトに込めて撃つ。

 弾丸は全部で6発。6本のスチールワイヤー。細いのから太いのまでかきおろしてかきあげる。引き金は指先に留まる銀杏BOYZのロゴが入ったピックだ。一回鳴らすたびににみんなを撃ち抜く気分なんだ。そんな気分をみんなに無差別にバラマキたいよ。


 プロギタリストのパパの影響でちっさい頃からギターを弾いた。てか弾かされた? 誕生日プレゼントはフェンダーの真っ赤なムスタング。横に白い三本線が入っているの。ギターバカの親父は結局そういう選択肢しかないんだね。中学生だったわたしはもっと可愛い、ポップティーンに載ってるようなお洋服が欲しかったのに。でも仕方ないね。わたしがごはんを食べられるのもパパのギターのおかげだもん。

 そんなパパは元は東京で働いてたけど、結婚して地元の岡山に帰っても結局東京に行ったり来たり。基本的にはスタジオ・ミュージシャンってやつで、時には歌い手さんのバックバンドでサポートしたりする。

 この前は一月も家を開けてた。レコーディングなんだって。向こうにマンションも借りてるくらいなんだから、いっそ東京に一家で引っ越そうって言ったのに

「大事な一人娘をあんな忙しい街で育てたくないよ。お前をまっすぐに育てるためにこっちにもどったんよ。どうしても行きたいなら自分の意志で志望大学とかになったら俺も考える」

 もし実際大学とか東京に決まったらウチのマンションに住めとか絶対いうくせに。


 高校生になったらちゃんと好きな子が出来た。

 いつもイヤフォンをつけて休憩時間も地味に過ごしてる子。セルフレームの黒縁メガネが結構似合う。もしかしてオシャレに気を使ってたりして。どんな私服なんだろう? イケメンっていい切れないけどなんかいい味だしてるんだよね。何ていうんだろう? いい雰囲気? うー語彙力足りないわ。

 何故かわたしはその子のプライベートやら勝手に想像したり勝手にストーリーを考えたり、そんなことばかり考えたらいつの間にか好きになってた。峰田君っていう。銀杏BOYZの峯田さんとは漢字も感じも違うけど頭の中ではひらがなで「みねたくん」って呼んでた。

 でもまあ好きになるには動機がちっちゃいよね。エピソードがないよね。恋に恋するってこういう感じなのかなあ。そんなことすら確認する方法がない。

 仕方ないよまだまだ若すぎるよ、たった15歳だよ。15歳の好きがよくわかんなくってもしょうがないじゃん。わたしめっちゃ陰キャだし。ギター弾いてる時だけ開放されるんよ。それ以外は周りに合わせてドキドキしながら、ギター好きとか言っても変わり者扱いされてでハブになんかされたくない。ってぐらいくっそ弱気。

 そんなわたしがみねたくんを好きになったのは、そんな空気も読まずに勝手に好きな曲を聴いて休憩時間に佇んでいるからかもしれない。おんなじ匂いがするっつーか。そんだけで好きになるのも変かな。

 それでも一番気になったのはみねたくんって一体どんな曲聴いてるんだろう?って事だ。

 やっぱ最近のバンド? サチモスみたいなやつ? 実は裏をかいてめっちゃアイドルオタクでアキバ系の地下ドルのライブとか行ってたりして。推しだとかガチ恋とか言ってたりして。

 実はちょい前に「君アイドルにならないかい」っていきなり駅前でスカウトされて、そん時はちょっとおやおやてへへみたいな承認欲求が湧いたんだけど、そのグループのホームページみてあまりの衣装のダサさに一瞬で引いた。

 音源もひどいしどっかの打ち込みオタクが作ったようなこんな高低差で歌えるかいな的なメチャクチャで音楽理論無視なコード進行に加えてくっそ厨二病な歌詞。「笑う」を「嗤う」って書いちゃうような。わたしも二年前はそんな穿った歌詞を難しい漢字や言い回しでノートに書き綴っていた。そんときはリアルで中2だったから病気じゃない。どう転んでも大森靖子ちゃんみたいな世界観なんて出せっこない。ガチ子供だしな。

 そんな事を回想しながら無意識にぼんやりコーヒー牛乳チューチューしつつみねたくんをじーっと見ていたら目があってしまった。

 やっべえ! 目あわすなんてそんなの全く想定外だったし、わたしは動揺して何を思ったのか軽く会釈をしました。

 そしたら向こうも会釈で返してきてくれました。

 うわあああ気まずい! 超気まずいって。気づいたら鏡見なくても解るぐらい赤面してるわ。だって耳があつい。挙動不審で小刻みにふるえていたらみねたくんはイヤフォンを耳から外してこちらに近づいてきたんですけど。昼休みの教室。前の席の子はどっかに行ってる。みねたくんは椅子の背もたれに手をかけこっちに向かって座ってきた。近え! って。

「なあ、自分って時々僕のこと見とるけどなんか気になる事があるん? 僕なんかヘンかな?」

 私は世界最速位のスピードで激しく首を横に降った。見てるのばれとるがな。

「じゃったらなんで見よん? もしかしてコイツ友達おらんのん? みたいな蔑みの目線なん? たしかに友達はほぼおらんけど……」

 首横振り大会の世界新記録を更新するような自己ベストを遥かに超えていやいやして思わずうつむく。どうしよう。なにげに傷つけた? って何話せば……

「いや……いっつも音楽聴いとるから何聴きよんかなあって思って……」

 わあ、超どうでもいい事聞いちゃったよ。これでラッドウィンプスとか言われたら太刀打ちできないよ。聴いたことないっす。すまん。

 パパの英才教育で、というか策略でよくわかんない洋楽ばっか聴かされて、わたしのスマホに入ってる音楽はレッチリとかスリップノットとかそんなのばっかり。日本のミュージシャンなんてペトロールズとか(ギターボーカルの長岡さんが天才すぎる)銀杏、靖子ちゃんとかそんな感じ。逆に最近なにが流行っとん?っておじさんばりに聞きたいぐらい。

 唐突ですがなんかパパに言わせればわたしはギターの天才らしいっす。

「トンビが鷹を生むとかいうけど、もう俺ゃ鷹的な位置なんでお前の場合『鷹がオオイヌワシを生んだ』って感じやな」

 って訳のわかんない事言ってるもんだからオオイヌワシを検索したらがっくりした。

 なんでも一回聴いたらその曲のギターを一瞬で再現出来るのが凄い才能らしい。

 絶対音感? と超絶的指の動き。わたしはわたし自身の事だからなんも努力したわけでもないのであんまりピンとこない。イングヴェイという外人の曲を真似して一発で弾いたら何故かパパは落ち込んで

「俺よりは間違いなく上手い……」

 とぽつんとつぶやいた。なんかごめん。

 しかしあっと言う間に立ち直り、

「こうなりゃ動画サイトにアップしようや。お前顔も可愛いしすげえ可愛いし。一応プロで芸能界出入りしている俺が客観的にみても可愛い。そんなもんがアホみたいな速弾きとかしたら再生回数やばいって!」

 だ・か・ら! 目立ちたくないの! この微妙な年頃で動画が万が一バズって変に有名とかなったら学校生活生きづらい。東京とかじゃないんよ。岡山の普通の商業高校やよ。

 全くこんな世代の女子の微妙な立ち位置とか全然わかってないなオヤジだもんな。

「何聴いとるって? わからんかもしれんからなあ……」

 ぎゃあああ、そう言えばみねたくん目の前でまた勝手に回想シーン作って変な間作ってるわたし。

「山田さんじゃったかなあ、名前」

  ぎゃあああああああ! なんで名前を……わたしの最大級コンプレックス、それは「山田」という名字。とっさに偽名とか使う時にでもベタ過ぎて出てこないよ、しかも下の名前は「尚子」そうわたしの名前は「山田尚子」なのだ。

 パパとママに問いたい。なんでそんな名前にしたんよ? 誠実そうでいいじゃんって笑いながらパパは答える。自分は和哉とかかっこよさげな名前なのに。もうDQNネームでいいから、「海鈴」(まりん)とかせめて……尚子って。こんな名前みねたくんにバレたら死ぬわ。

「山田尚子さんじゃろ? なんか昭和? みたいな名前だったんで覚えとるわ」

 ……もう…死ぬ。両親もまきこんで。

 わたしが落ち込んでいるとみねたくんは何か察したらしく、

「別にええ名前じゃが。僕なんか峰田和義じゃけ、もうちょっとでタモさんニアミスじゃから」

 ごめん、わたしの過度な反応のせいでみねたくんがフォローしてくれてる。マジごめん。

「そう、そう、聴きよる曲の話じゃろ?僕はメロコアとか好きなんじゃけど、山田さん知らんじゃろメロディックハードコアパンクの略でメロコア言うんじゃけど」

 頼むもう山田さんって呼ばないでえ。海鈴って呼んでえ。

 わたしは心の中で耳をふさぎ現実逃避気味になりながら、そういえばパパがメロコアはやっぱ良かったわーとかあん時のバンドブームが懐かしいわーとか言ってた事を思い出した。

「名前なら聞いたことある。昔流行ったんじゃろ。バンドブームとかで」

 もっと思い出した。ハイスタが神とかケンさんが神とか言ってたっけ。ちょっとだけメロコア聴いたけどジャカジャカドコドコいってやったら速くてあんま好きじゃなかった。ギターも簡単だしね。わたし、天才少女だしさ。

「ハイスタが神なんじゃろ? ケンさんとか」

 コレがわたしのメロコアに対するせいいっぱいの引き出しの全てだからこれ以上なにも聞くな。

 するとみねたくんの目がぱっと輝いた。ヤベえ。

「ええ! ハイスタ知っとん? マジ! そうなんよピザオブデスは神なんよ」

 ピザオブデスですか?? もうすでに引き出し空です。

「そこまではわからんわなあ、ハイスタ、ハイスタンダードがインディーズでやっとったレーベルなんよ。他にも色んなバンドがおってどれも最高なんよ」

 みねたくんは喰い気味に話してくる。色んなバンドの名前出されたけど一個もわからん。ハワイアン6ってなんぞ?健康ランド?

「で今聴いてるのはボックスってバンド。ピザオブデスじゃないけどメチャクチャかっこいいんよ。好きすぎてヤバい。すげえエモいんよ。でも十五年前に解散しちゃったけど……」

 そうなんだ。私達が生まれた時と同時に解散したんだ。じゃあもう生でも見れないんだ。こんな笑顔で熱く語ってるぐらい大好きなんだね、だったらなんかみねたくんがかわいそうだな。

「ギターのカズヤさんがファンの子に手をだして赤ちゃんが出来ちゃったんだって。でも偉いっていうか真面目っていうか、バンドを抜けたいとかケジメつけるとか真面目に働くとか言ってそのファンの子と結婚したんよ。で、結局バンド自体が消滅。そりゃギターボーカルの3Pバンドから抜けたら無理じゃ。カズヤさんメチャクチャじゃ。でもメチャクチャかっこいいし、かっこいいギターだし作曲も作詞もやってたし、ボックス=カズヤだったから」

 酷い話だなあ。パパもバンドなんか組んでもロクな事 にはならんとか言ってたなあ。

 みねたくんはスマホをイジってなにか検索してた。

「これがボックスよ。かっこいいじゃろ? そんで真ん中がカズヤさん。一回でいいから生でライブとか見たかったなあ……」

 えっと。……パパじゃん。

 カズヤ=パパじゃん。ってファン(ママじゃ)とのデキ婚の結果がわたしじゃん。バンド解散のきっかけは君の目の前のわたしだし。うわああん。最悪だし。

 呆然としてるわたしに向かって

「とにかく伝説のバンドなんよ。僕CDも持っとるけえ山田さんに聴いてほしいし貸すわ。あんまり好きな音楽の事で話合う人とかおらん思っておとなしくしとったけど、なんか山田さんが聴いたらハマるんじゃないかなって思った。なんか雰囲気っちゅーか。そう言えばカズヤさんぽいよな。顔とか。いや、山田さんは女子だから変な意味じゃねえよ。いい意味で。カズヤさんは男前じゃけど山田さんは可愛いって意味で…」

 可愛いっていってはっとなってみねたくんは顔を紅くしてうつむいた。

 ぽい。って言われればぽいのは当然っす。つかカズヤって名字非公開なんかい! 山田じゃ、山田和哉じゃ。そしてわたしは色濃くDNAを引き継いでるわ。

「最近は『九州事変』のバックギターとかやっとるんよ。まだまだバッキバキにかっこええよ。僕SNSフォローしとるし」

 東京事変じゃなくて九州事変ってバンドあるのん? それって普通にご当地バンドじゃん。HKTみたいな奴? いいのそんな名前のバンドで東京で活動してて。つかどんなバンドのサポートやっとんマイファーザー。そう言えばパパの音楽活動とか一切気にしたことなんてなかった。

「明日CDもってくるけえ、じゃあな」

 なんかえらい関係が急接近した。途中から恋とかなんとかは忘れてしまっていたけど。

 夕暮れの帰り道、多分わたしはあ然とした顔(だと思う)で自転車を漕いでいた。


「こらお前カズヤぶっ殺す!」

 仕事終わってまったりビール飲んでいたら学校から帰ってきた娘の突然の反抗期にパパの顔が青ざめてる。

「お前ヒニンしろって! ヒニン」

「避妊って…そんな言葉どこで……」

「そんなん中学の保健で習うとるわとっくに!」

 あの時パパが調子こいてファンとかとえっちい事にならんかったら、もしかしてバンドはは継続してみねたくんを切ない気持ちになんかさせなくてすんだのに。本当軽率っていうか……

 あれ? あれ? 仮にそのライブをめっちゃ楽しんでるみねたくんの横にわたしがいないぞ。てか存在自体してないぞ。

 これが矛盾……できちゃった婚の成果がわたしだよね。

「もういい! 部屋に戻る」

 ずかずかと階段を登る反抗期を迎えた(って思ってる)娘の態度にあきらかに困憊しているパパの視線を背中に感じて部屋に戻った。

 少し落ち着いて机のパソコンを開き動画サイトで「ボックス」を検索する。「BOX」って言うのね。結構な量の動画上がってるじゃん。

 とりあえず一番再生回数が多いライブ動画をクリックする。と。

 ……ええええ。な、なんだこれ! かっこいい! 凄い! ちょっと聴いただけで敬遠していたメロコアだったけど、ボックスは何かちがう。メロディが超エモい。ドラマチックな展開。メチャクチャかっこいいフレイズ。

 なんだ? 客席のみんな、なんで泣いてるの。ある子なんか泣きすぎてうずくまってる。歌詞は全部英語だし、ライブ音源だから聞き取り辛いけど、のびやかな高音のヴォーカルがディストーションでゴリゴリ歪んだギターに奇跡的にマッチしてる。パパやべえ。

 真っ青なフェンダーストラトキャスター。スイッチに雑にガムテープなんか貼って全然大事に使ってない感じ。だけどなんであんな音がする? 

 わたしのマスタングよりひと周り大きいストラトキャスターに、ストラトキャスターの音に心を奪われてしまう。惹き込まれる。

 ありゃ、なんだこの背中のゾワゾワ感は。そしてわたしはなんか泣いてる。

 カズヤの歌に。


 みんながんじがらめで子供だって束縛感や不安感だってあるけど、

 そんな事はこの一瞬は全部すてよう。一緒に歌おうぜ。


 英語だからよくわかんないけどそんな歌詞。

 ミドルテンポの曲でみんな声が枯れるぐらいに大合唱。いや大絶叫といったらいいのか。この場所にわたしもいたい! カズヤに会いたい! と猛烈な衝動に襲われた。

 時間を忘れ動画を漁って泣いたり興奮したりしていたらすっかり喉が渇いて下におりたら、秒で落ち込んだ表情のカズヤに再会できた。



「聴いた? 良かったじゃろ」

 あいかわらずボックスの事になると食い気味に話してくるみねたくんとの距離感の近さにキョドりながら借りたCDをわたしてにっこりわたしは頷いた。

 実は全CD(といっても音源はミニアルバム合わせて三枚)買ったんだよねえ。

 小遣い足りなくてパパにおねだりした。CDが欲しいと言ったら、

「自分からCD買いたいなんてはじめてじゃない? パパはなんか嬉しいぞ」

 と反抗期からいきなり甘えモードのわたしに顔をにやけさせながらお金を出してくれた。買うんはパパのCDってことも知らずに。

 だって過去ボックスのボの字もパパは喋ってくれなかったし、なんか色々あるかもしれないし、わたしが今更ボックス好きとか言ったら絶対調子乗ってくるに違いないし、理由とか聞かれたらみねたくんとの事も話さなきゃだし、色々めんどいじゃん。

「実はさあ」

 みねたくんはテレたような表情でぼつりと喋った。

「僕ベース練習しとんよ。中学の時お年玉全部おろしてさらに足りない分は親から借りてベース買って。ボックスはギターボーカルだから歌に自信なくて、それにベースのクボタさんもめっちゃ渋いんよ」

 クボタ? あ! 時々東京から遊びに来るパパとおんなじようなスタジオ・ミュージシャンやってるとか言ってた久保田のおじさん! そう言えばそうじゃん。あの人じゃん。そっかそっか。ハゲてて気づかなかったごめん。

「僕もいつかバンドしてえなあなんて思うとるけどさ、友達少ないし楽器なんか誰もひけんし、学校に軽音楽部もねえし……」

 ううう。ここは……ここはわたしの運命じゃない?絶対。

 ドキドキしながらおずおずと手を小さく上げた。

「わたしギターだったらちょっと弾ける」

「えええ! マジ! ええが、やろうやバンド。山田さんギター持っとん?」

 わたしが小さくうなずくとまたしても食い気味に

「じゃあ貸しスタジオとるわ。知り合いがやっとんで。僕もそこで練習しとんよ。とりあえずお互いどんくらい弾けるか確認だけでもしよう!な?」

 みねたくんがそれはもう全力で嬉しそうなのでわたしもなんか嬉しい気持ちになって、学校帰りは全力で自転車を漕いだ。

 ツアー帰りで久しぶりに岡山に帰ってきたパパは上機嫌でビールを飲んでる。

「おっ! おかえりなお。今日はなんか早くないか?」

 わたしはずかずかと早足でパパの座ってるソファーの横にどっかり座った。

「カズヤ! カズヤのストラトキャスター、まだ持ってるんだったらわたしにちょうだい!」

 いきなりの反抗期モードリターン的なオーラのわたしに怖気づいたのと同時に

「なんで呼び捨て? てかなんでストラトとか言い出すん」

「パパがボックス時代に使ってた青いストラトキャスターまだ持ってるの? 持ってたら頂戴っていってるん」

「ボックス? 俺お前にボックスの話とかした覚えねえぞ。ありゃ若い俺がメチャクチャな理由でバンドをメチャクチャにした、黒歴史っちゅーやつだし……」

 自分でメチャクチャにしたという自覚はあるんかい! と思いながら、

「とにかくあのストラトってまだ持っとん?」

 パパは渋々うなずく。なんだ。やっぱ未練も後悔もあるんだ。理由を話すと娘のわたしが出てくるのは絶対だからこんなにモゴモゴしてるんだね。そんなのはとっくにわかってるっちゅーの。こっちも理由を話すのはちょっと気恥ずかしい。あのストラトであんな音を出したいのだ。それに好きピのためとか絶対言えない。 

 パパは呆然とした表情で、とぼとぼとした足取りで古びたギターケースをギター部屋(ギターだらけのパパの部屋)から持ってきた。 

 変な興奮感で素早くジッパーを下ろすと、コントロールの一部がガムテープで無造作に止められたボロボロの青いストラトキャスターが現れた。

「お前が使うの?言うけどコレなんか変な音するよ。ピックアップとか色々いじりすぎて訳わからん音がするよ」

 その音が好きなんよ!

 なんか物おしそうな顔したパパから、パパの青春をあっさり奪い取った。わたしのせいで青春をためらったのならわたしがパパの青春を引き継ぐ。このストラトキャスターと共に。


「わあギター持ってきたん。ケースにフェンダーって書いてあるけど中もフェンダーなん?僕もフェンダーのジャズなんよ。クボタさんとおんなじ」

 土曜日みねたくんと待ち合わせて彼がいきつけのスタジオに向かう。

 昨日は明日何着ようかとか散々悩んだ挙げ句こんがらがってしまって、結局普通のスキニージーンズにダボTシャツというなんでもない組み合わせの自分に落ち込んでいた。

髪型なんて、長く伸ばした髪が弾くのに邪魔にならないよう、後にくくってニットキャップ。ほとんどすっぴんだしこんなの全然可愛くないじゃん。でもヤツはわたしが重そうに背負ったギターケースにしか目が行ってない。わたしはギター運搬員でしかないんか。うええん。

 みねたくんのワクワクした視線が刺さりながらギターケースをあけてギターをひっぱりだす。

「えええええ!カズヤのストラト!」

 そりゃそのものだからね。

「そっくりじゃが。もしかして狙っとるよな、ガムテとかボロいとことかそっくりじゃん。わざと傷とかつけとったらなんかもったいないで。でもかっけええ!」 

 ボロいのはパパのせいじゃと思いながら、本物とか言ったらすごくややこしいからやめとこうとも思った。

「ちょっと音出してみようよ」

とパパのお下がりのファズを挟んでシールドを挿してアンプに火を付ける。

 ボックスの販促ピックあるからもってけとか言われたけどそこまでやったら恥ずいのでお気に入りの銀杏BOYZロゴのピックを使おう。え?もしかしてみねた繋がりで好き感でてる? 考えすぎ?

「銀杏BOYZ好きじゃ。漢字ちがうけどおんなじみねただし、いいよね」

 くったくない笑顔でチューニングしている。わたしもドキドキで引きつった笑顔で音を合わせる。よく考えたら密室で二人っきりじゃん。防音だし。ってアホか。

 期末試験で結局このギターで初めて音を鳴らす。弦は新品。なんだかんだいって結構マメにメンテナンスしてたんだね。かわいいね。

 一発目のストローク。

「ぎゃわわわわわわーん」

 なんちゅう音。CDとかと全然違う。あっちこっちに音がとっちらかって統一感の欠片もない。まるで暴れる馬みたい。やけくそになってボックスの曲のリフを刻む。

 一心不乱に、ストラトに振り落とされないよう集中。混沌した音の洪水が急にものすごい音に変わる。さすが娘。これってカズヤの音っぽくない?

 夢中になって一曲分弾ききった。我に返ってみねたくんを見た。

 完全に呆然とした顔。どっかに魂が飛んじゃったみたいな顔してる。

「す、す、す、すげえ……」

 ヤバい。引いてる? なんかビビられてる?

「なんでこんなに弾けるん! めっちゃボックスじゃが! ボックス生で聴いたら絶対この音じゃ。カズヤのギターじゃ!」

 ヤバい。大絶賛? なんか褒められてる?

「ちょっと合わそうや。オールオアナッシングとか弾けたりする?」

 そりゃまあ一回聴いたら弾けるんじゃない?って思いながら

「じゃあ行くよ1・2・3」

という掛け声でイントロに入る。ありゃりゃ。上手い。みねたくんベースヤバいじゃん。スラップもばっちりの指弾き。たった数年でここまで弾けるもんなの? もしかして天才?

 何か目の前にボーカルマイクもセットしてたので調子に乗って歌いだしてしまった。英語は結構得意だし、ギターと同時にボーカルも耳コピできてるっぽい。


 さあ一緒に出かけようよ

 君にとって辛いことばっりだったかもしれないけど

 僕が今度はそばにいる。

 バスケット・ケースにサンドイッチとコーラを詰め込んで

 だってこんな青空じゃないか

 人生イチかバチかだろう?

 間違った選択だったとしても気にしない

 僕がこんどはそばにいる

 何度でもリセット出来る

 人生イチかバチかだろう?

 なにもかも0からはじめればいいんだ


「なんなん? 山田さんなんでそんなに歌うまいん? なんでそんなにギター上手いん?  まるでカズヤの生まれ変わりみたい。女の子だからいうたらまるで娘みたいじゃ!」

 生まれ変わりってまだ死んでないし、まるでって言わなくても娘なんよ。

「歌とかあんまカラオケとか行ったこと無いし上手いとか下手とか知らんし」

「いや上手いって。上手いとか超えてバイブスみたいなもん感じた。一瞬泣きそうになったわ。女の子がボーカルなんて想像してなかったけど、めちゃよかったしもうギターボーカルでキマリじゃな。とりあえずボックスのコピバンしよう! そんで秋の学祭に申し込もうよ。よっし! 後はドラム探さんととおえんな」

 ちょっとちょっと。勝手に話が進んでるって。わたしは陰キャなんよ。学祭とか人前とか絶対無理だって。

 だめだ。満面の笑顔のみねたくん見てたら断れない。どうしよう、一緒に楽器やったらますます好き好きスイッチが入ってる。

「そうだね……やってみようかな」

「すげえ、めっちゃすげえ。僕こんな展開予想とか全然してなかった。嬉しい。山田さんがおらんと絶対できんことじゃったけえ」

 わたしもこんな展開予想できたら超能力者だわ。

 こうして秋の学園祭に向かって一個、ちっちゃなバンドが始まりかけたっぽい。



「はじめまして……」

 みねたくんはキョトンとした顔で目の前の女の子に向かって挨拶する。

 ウチの学校の制服を着た背丈のちっさい童顔の美少女。

「紹介するわ。わたしの幼馴染の子で牧瀬リナ。ガチのドラマーです」

「ドラマー? ドラム候補今日紹介するとは聞いてたけど……この子が?」

 それは仕方ない。目の前のロリロリ少女が、「叩いてみた」動画でアホぐらい再生回数を稼ぐけど馬のマスクで顔を隠したドラマーの「RINA」とは知らないだろうから。顔出しNGで全く謎の女の子。小柄で華奢な身体でばっかみたいな凄いドラムを叩く。年齢も不詳なので勝手に小学生もしくは馬に認定されてるけど、わたしたちと同じ歳なんだな。幼馴染なのは嘘ではない、パパが思わず業界飲みでRINAの正体知っとるとか酔った勢いで言ったもんだからおもいっきりオファーされて今は隠れスタジオ・ミュージシャンのバイトをやってる。週末東京行って日曜日には帰る生活。実は某超有名なシンガーの超売れたアルバムのドラムは彼女だったりする。

 素性を一切明かしてないのはわたしと同じ陰キャの人見知りが過ぎるのだ。おかげで超気があって超親友。同じ高校に入ったのも友情の証。クラスは違ってしまったのがクソ悲しい。

「…はじめ…まして」

 はじめまして二回目じゃ。陰キャの上にコミュ障だし、超声小さい。

 学校でも噂になるくらいの美少女なのに、告白されそうになると逃げるというか気配を消すという荒業を使いドラムとは別で変な伝説を作ってる。実は存在しないとか、昔学校で死んだ少女の霊じゃないかとか。じゃあとりあえず3人で合わせてみる?

 演奏後。

 あ。みねたくんがこないだと同じ表情でぽかーんとしてる。

 そりゃあのRINAだもんね。

 わたしもパパからは「よっ天才ギター少女!」とか甘やかされてるし、リナは明らかに天才ドラマーだし、みねたくんも才能の伸びてくスピードが天才だし、ちょっと怖いものなしだね。

 陰キャのリナにドラムをやってもらえた最大の理由はわたしの恋の応援なんだって。

 思わず恋バナとか親友に相談するなんて、正しい高校生の生活っぽくない?

 それでもしわたしたちが上手くいったら今度は自分ももっと勇気だして自分を表現したいって。

 それにやっぱ動画とかあげるのは自分を認めて欲しい欲求が強いからだと思うんだ。

 馬のマスクなんか外そうよ。正直あのマスク怖いし目が死んでるしとりま素直になろうよ。リナくっそ可愛いんだし。

 わたしも自分の殻を破って明るい世界に飛び出したい。それがリナと一緒だったらもっと嬉しいもん。

 リナとは小学校低学年からの付き合いだけど、小6のある日リナにだけはわたしがギターやってるの知ってほしくてパパのスタジオに来てもらったんだ。

 そしたらそこにあったドラムセットにちょこんと座っていきなり鬼ドラムを叩いた。あん時のえ? なんで? っていう驚きは今でも覚えてる。

「どこでそんなすげえドラム覚えたの!?」

 って聞いたら「…うん……」ってうなずくだけで全然答えになってないし。

 でも最近謎がやっと解けた、ボックスのウィキで。

 バンドのドラムは牧瀬康弘、「ヤス」。岡山県出身だと。パパに聞いたら

「そうなんよ。一緒に上京して始めたバンドがボックスで。で、バンド解散して一緒に岡山帰ったんよ。ヤスは親父の会社継いで今は土建屋の社長よ」

 なるほど。なんであっさり解散したか訳がわかった。つまりドラマーの人も同時期に子供が出来て安定の道を選んだってことだわ。そんでリナが生まれたと。

 結局jかわいそうなのは一人取り残されたベースの久保田のおじさんだけじゃん。つっか全員今だ仲良しじゃん! 黒歴史じゃないじゃん。

 リナがいきなりなのに超あっさりとボックスの曲を叩けたのはパパみたいに黒歴史にせずに、牧瀬さんはしっかりと娘に伝えたかったからだ。

 つまりこのボックスのコピバンってかなりオリジナルの濃度が濃いわけだね。

 結局パパには文化祭目指してパパのコピバンしまーす! なんてはずかしくて言えないまま、いつの間にかみねたくんはしっかりエントリーしてきた。あれ? 登録したのはいいけど、バンド名ってまだきまってなくない?

「女の子過半数だし、ボックスのコピバンつーことで『ピンクボックス』って名前で登録したわ。ええじゃろ?可愛いっていうと思って」

 なんかみねたくんはドヤ顔で女の子受けしてる感だしてるけど……

 ピンクボックスってなんかこう、ヒビキがエロくね?って思ったんですけど。

「…なんか…エロい……」

 ものすごく小さな声でリナも抗議してるっぽいがもちろんみねたくんには聞こえてない。

 まいいか……登録しちゃったんだし。ってピンクボックスってなん?

 ともかくこうして私達の高校最初の夏は血のにじむような努力と全力の汗で費やされるはずだった。が。


 夏休みに入った。

 みねたくんは数年前からから全曲ぐらいボックスのベースを猛練習してきたし、つかボックスだけしか練習してないし、わたしは夏休みの宿題やべえとか思いながら高速リフを弾くし、歌詞ももともとパパがアホなせいでそんな難しい英語じゃないので楽に覚えてしまったし、リナに至っては途中で飽きたのか、元曲の倍ぐらいオカズを挟んでムダに技巧に走るわで、特にやることがなくなった。

 もっとバンド内の衝突とか上手くやれないみたいうわーんみたいなありがちエピソードがまったく発生しない。これでは青春不燃焼だわー。

 バンドの練習もそこそこにプールにいったり花火に行ったり。

 まさかリナがプールに学校指定の水着で来るとは思わなかった。私服はいつも超似合ってる病みカワゴシックロリータ・ファッションなのだが、実は現役ロリータブランドのショップ店長のリナママ(ちなみにリナはママが18歳の時生まれた子。なのでまだ33歳なのだ。わたしのママも実は34歳、パパは36歳です)の着せかえ人形なのである。

 本人はいつでも着替えが用意されている環境に育ったおかげで服には全くの無頓着。というか関心がない。下手すればジャージ上下とかで現れる可能性も高い。

 下着ですらこのロリ体型に全く似合わない高級品でレースなんかバリバリ。よっぽどアニメがプリントされたパンツとかのほうがしっくりくるんだろうけど、なんせママにとってはビスクドールのように愛でられてるし、まあ可愛いのはアホほど可愛いからね。

 ともかくピンクボックスという一つのつながりのおかげでわたしは恋愛的には超充実した夏休みだったのだ。音楽にかけた青春みたいなのはそれでも必死なみねたくん担当ということで。

「ぼくなあ……」

 夏休みも何日かで終わり。旭川沿いの河原でなんとなく二人になった。

 もしかしてこんなの初めてじゃね?やばたみがすごいんですけど。超アセる。

 なんかずっと一緒にいてしゅきっぴというよりなんか仲間意識のほうが強くて。やっぱ恋愛の仕組みとか方法なんてわかんなくてもういいやって感じになってたのかな。

 でもこうやって二人でいるとなんか胸がきゅうってなる。やっぱ好きなんかも。

「山田さんがおらんかったらこんな夏はこんかった思うよ。僕は僕の好きとかそういうのに拘ってわかんないやつとかどうでもいいって思っとったんよ。だけど山田さんと牧瀬さんがまるで……」

 みねたくんはうつ向き顔を両手で隠してる。照れてるんかな?

「魔法使いみたいに現れて…そんで魔法みたいに音楽が鳴って……」

 なにいうとるん?わたし、わたしらこそみねたくんがおらんかったら陰キャのまま黒色の高校生活送って大人になってなんも思い出なんか作れんで終わっとったよ!

 って言葉に出せなくてわたしもうつむいて

「うん、うん……」

 って頷くしかできなかった。なんかもどかしいね。もっと言えたらいいね。

「とにかく、とにかくピンクボックスはいいバンドじゃけえ。今の所それしかわからん。いっぱいいっぱいじゃ」

 みねたくんが笑いながらもうすぐ枯れそうな夏の青空を見上げて言った。

 つられてわたしも笑った。

 ベンチに吹く風は少しだけ涼しい。高校一年の夏休みはすげえ充実した?

 わたしは想像もつかないくらい楽しかったよ。

 パパが「青春なんてあっちゅーま。エンジョイしなきゃもったいないぞー」って言ってたけどホントそのとおりで、これが青春って呼ぶ時間ならばそれは凄いスピードで駆け抜けてるって思うもん。


 二学期に入りあっという間に十月にはライブだ。

 持ち時間は二十分ほど。ボックスの曲は結構短めなので無理すれば5曲ぐらいやれるかな。

 なんせ高校生だからいつも貸しスタジオを使って練習というのにも無理が出てきた。結局パパの「趣味」のスタジオという名目でわたしの家のスタジオを使う事になった。

「こんな設備が充実してるなんて山田さんのお父さんって何やってる人なん?」

 カズヤをやってました。なんて言ったらみねたくんは失神してしまうだろう。これがバレてしまったら変にギクシャクしそうで怖い。ましてやボックスの二世が3人中2人いますよーとか言ったら、なんか泣いちゃいそう。大丈夫。久保田さんはまだ独身だから二世ベーシストはいないので。

 焦りなのかなんなのか、学園祭が近づくにつれ練習量も多くなった。わたし的には少なくともパパよりイケてるとか思ってるし、リナもみねたくんももうバッチリ仕上がってるんじゃないかなあ。やりすぎは逆に良くなくない?とか思いながらみんなが帰った後リビングでお茶飲んでたらいつの間にか向かいのソファにパパが座ってた。

「あのさあ」

 神妙な表情。

「お前バンドやってるの?」

 ビクっとした表情のわたしに更に追い打ちがかかる。

「スタジオ防音だけどさ、なんかあの……ボックスの曲じゃないんかなあとか思うんだけど……」

 バレとる。

 なんか娘が親に隠れてコソコソと親の楽曲練習してるなんてかなりハズくない?パパへのハッピーサプライズ? フラッシュモブ? だったら超ダサくね?

 しかもパパが黒歴史とか言い切った、もしかしたら暗い闇みめいた感情があったりしたらいやだなあとも思ってた。

「…パパは感動してる……」

 なんですって!? 

「理由はよくわからんけど、尚子がバンド組んで音楽やってるっていう事自体が嬉しいわ。なんせ引っ込み思案で表に全然でないし、ギター弾いてる事自体隠してるっぽかったし……」

 そうか。ボックス以前にギターへの向き合い方が気になっていたのか。

 別にわたしはパパに無理やりギターを押し付けられたなんて思ってないし、ギター大好きだよ。

 って言いかけたら

「で、なんでボックスなん?もしかしてなお、パパが好き過ぎる感じつかファザコン的なあれなん?なんでハイスタとかメジャーな奴にせんのん?」

 岡山と東京と行ったり来たりしてるもんだからパパの口調は標準語と岡山弁が行ったり来たりする。わたしもうつってしまった。

「それは……」

 まずはファザコン説を完全論破したかったが、仕方がないので話の発端のみねたくんのことやリナも手伝ってくれて学祭に向けて活動してる事を告白した。好きピとかそこらへんはぼやかしたけど。

「つまり尚子はそのみねたっていう男の子が好きなんじゃん。好きな子のためにパパのバンドを引っ張りだしてるんじゃん。パパとんだピエロじゃん」

 ううう……好きとか言うとらんが。簡単にバレとる。

「じゃあ手っ取り早く俺が直接に熱血指導を……」

「それは駄目!」

 食い気味に拒絶した。だからわたしがカズヤの娘だなんて秘密なんだから。

 かなり落ち込んで「俺の黒歴史……」とかブツブツ言ってるのは無視した。

「とにかくカズヤはスタジオ出禁だから。みねたくんも絶対会わさないないから」

 自分のスタジオ出禁と理不尽な娘の言動にさらに落ち込むパパを横目に部屋に帰った。

 心配しなくてもみねたくんの夢のためとかそれ以上にわたしはボックスの曲が大好きなんだよって言いたいんだけど。でもやっぱ恥ずかしいんだけど。

 大体バンド名がピンクボックスなんよ。

 なんだかんだもうすぐ学祭の日がやってくる。


 秋風が旭川の水面を抜けていく。わたしはギターケースにしまった青いストラトキャスターを肩に背負って自転車を漕ぐ。橋の上にはいつもの路面電車。最近はチャギントンのやつをよく見かけるけど、旧い車両も大好きだ。

 今日は学祭の日だ。教室にギターを背負ったわたしが入ったらなぜかみんながざわついた。

「ボックスとか言うバンドのカバーやるってあんたらじゃったん」

 同じようにベースを持ち込んだみねたくんとわたしを交互にみながら友人が言った。

「なんか自分らがカバーするバンドの元ボーカルの人がSNSでつぶやいててかなり話題になっとるで」

ええ?

「僕の地元岡山の高校生が学祭でボックスのカバーバンドやるらしいよ。〇〇高校だから見に行ってあげて。実力はヤバいレベルっす。僕が完全保証します。公認なんで。ある意味ボックス復活ライブだよ」

 ……何を書いとんパパは! アホかあ! しかもめっちゃ拡散してるじゃん。ヤバいじゃん。そりゃある意味復活ではあるけど。血縁純度は高いけどさ。いやハードルカチアガリじゃ!

「なんでこうなっとん……」

 みねたくんはガタガタ震えてる。そりゃそうだ。地方の純朴なバンド少年がリスペクトするご本人様が唐突に宣伝したらそりゃびびる。マジでごめん。リナが真っ青な顔で教室にやってくる。もうすでに泣きそうである。パパのクソバカが!

「ほらなんかすげえステージ前に人がおるで」

クラスメイトが窓の外を見て驚いてる。

 パパの曲を聴いて結果大人になれないまま大人になっちゃったっぽい人とか、なんか普通に若いパンクキッズとかも色々な人達でステージ前がごったがえしてる。ピザオブデスのTシャツとか着てるけどそこからはお呼びはかからなかったよ。そっか結構なスピードでメジャー・デビューしてたんだよな、インディーズちがうしなあ。そんなことよりまず。あそこに立つの? うちら。

「なんでカズヤさんが。なんでカズヤさんが……」とうわ言のように繰り返す真っ青な顔したみねたくんがあまりに不憫すぎる。パパはわたしらのガラスのメンタルわっかっとるんか?

 ステージには絶対学校の備品でなさそうな巨大なアンプ。テントの下で機材チェックしてるあのPAのプロっぽいおじさん誰よ? こんなん絶対学校の予算で組めるステージじゃないやん。どこかの親切な父兄が好意で無償でセッティングしてくれたんだろうな……そう、身内にな!

 いうたら可愛い娘の学芸会だぞ。ニコニコ遠巻きで見守れっつの。どこぞの野外フェスじゃねえって。

 学校側も一般開放したらこんなに訳わかんない人がやってきましたみたいな的状況に絶対困惑してるはず。普通の高校の定番テンプレ学園祭なんよ。

 校内展示やら教室内の出展とかあって、わたしらは校庭に作られたステージでの発表になる。

 ステージのプログラムは校内の合唱部やら、身内ノリでやってやろうかみたいなクラスのリア充っぽい人たちのコントとか、校内の可愛い子が集まってアイドルソングを歌う青春の1コマみたいな感じとか。最後の出番がわたしら。

 わかる。わかりみがすごい。内輪でエンジョイする筈だった演目なのに大多数のいかちい観客。ド直球ホームな場所の筈なのにスーパーアウェイに変わってしまった。絶対みんな青ざめてるよ。

 大体なんでステージ下にごっついお兄さんが複数で腕くんで控えとる? 何を抑える係?

 ごめんみんなわたしらのせいだ…いやあのアホ(パパ)のせいだ。巻き込まれたのはわたしらも一緒だし多分一番チビりそうなのがわたしらピンクボックスだわ。そんな混乱をよそにステージプログラムが始まってしまった。

 司会進行は我が校の生徒会長と副会長の男女。離れた場所からこっそりみていても緊張で爆発寸前、声が震えてる。

「たっ、ただ今から学園祭ステージプログラムを始めます」

「うをおおおおおおおおおおおお」

 観客よ。なんだその一体感よ。

「最初に合唱部によるコーラスを行います」

「うおおおおおおおおおおおおお」

 間違いなく間違っとる。ここは熱い場面ではねえ。

 合唱部はコンクールで慣れているのか、それでも困惑の表情をいっぱいに歌いだす。

「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」

 めいいっぱいの気持ちを込めて美しいユニゾンを奏でる。いっぱい練習してるんだ。きれいな歌声。静まり返る観客達。歌い終えると盛大な拍手。

 さっきの「うおおおおおおお」なんて雄叫びが無かったかのよう。空気ちゃんと読んでるんか?みんな聖者のような穏やかな表情じゃん?

 次のコントは悲惨な位噛みまくり、ネタも飛びまくり。やんちゃな気持ちで軽く参加した同士のみなさんがボロボロと崩れ去っていく。静まり返るステージを終え、取り返しのつかない黒歴史とトラウマを胸に刻み去っていく。客よ、お前ら彼らの青春踏みにじったな。

 半泣きの表情でスクールアイドルのみなさんが登場した。この日の為にみんなで協力して作った衣装が可愛らしい。ベタなアイドルソングのイントロがオケでながれだしておどおどしながら彼女たちが振り付けを必死に踊りだす。

「あーーよっしゃいくぞー!タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」

 観客のほぼみんながなぜか息のあったコールを繰り出す。あんたらプロか?プロオタク?どんだけ対応力あるん?

 思いがけない大応援に嬉しさと安堵のあまり歌いながら泣き出す子もいる。

「頑張ってー」「ライブバージョン!」とかテレビで観たアイドルライブの現場みたいになってるやん。メンの名前とかちゃっかり覚えてコールしてるし。何この訓練された客。パパのファンめちゃいい人やん。だったらさっきのコントでも笑ってやれっつーの。

 いろんな考えがぐるぐる回っていたらスクールアイドルライブが終了。満面の笑顔の女の子たちが手を振りながらステージを降りる。裏側で待機していたわたしたちに全員ハイタッチで「ありがとー」って言ってくれた。

 生徒会長たちがステージに上り進行を再開する。

「次は校内有志の軽音バンドピンクボックスの演奏で…」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 めっちゃ食い気味に観客のおたけび。もうだめだ、ステージあがりたくないよおお。

 全員これが晴れの舞台で、文化祭に向けて練習をかさねた高校生達の高まる感情を隠しけれないドキドキでもハツラツみたいな感じ。と真逆の表情で全員まるで這うようにステージに立った。

「ボックス!」「ボックス!」「ボックス!」という掛け声。

 ちがーう!わたしらは「ピンクボックス」じゃ!

 別に音楽界の奇跡とか起こすわけでもないし、あんたらも奇跡の目撃者になんかならんわ。わたしらはただの即席コピバンなんよ。

 でもなんかしなきゃ始まらない。少なくともわたしはギターを弾いて歌って、みねたくんはベースを弾いてスラップして、リナはドラムを叩いて踏んで、そうじゃなきゃはじまりも終わりもしない。

 わたしはつばを飲む。

 やばい、ヤバたみがヤバい。だめじゃ語彙力よ。そう言えば初めて気づいた、わたし人前で演ったことねえ……

 大好きなはずのわたしの、もうわたしのラブラブ彼ピのはずの青いストラトキャスターなのに今日はずっしりと重く感じる。なんなん? 意地悪しとるん? ストラップが肩に食い込む。ヴーンと低音を静かに唸らす巨大なギターアンプが爆発寸前みたいに背中でわたしを威圧する。右手に持った銀杏BOYZのピックが震えてる。神様、ミネタカズノブ様。

 この手を、どうかこの指を弦に触れさせて。いい音を鳴らさせて……

 リナのドラムスティックが小さく合図する。スネアの渇いた音と同時に渾身、全身全霊の勢いで腕を振り下ろす。ストラトがわたしに「やりゃできるじゃん!」って言った気がした。

 爆音が鳴った。

 ドラムとベースとギターと、かき鳴らすリフと、歪むディストーションファズ。音が勝手に走ってわたしを追い越していく。置き去りにしないで! すがるように祈るように歌いだす。目をつむってまた開いて観客席を睨む。

 わたしたちの最初の演目「KISS ME」。弾くわたしの手から離れるように暴れる音が、ストラトキャスターから放たれる音の弾丸がみんなをぶったおすんだ!  


 ねえ君。なんでそんな悲しい顔してるんだい?  

 涙なんて君に一番似合わない表情だよ  

 僕らは偶然同じ時代同じ場所に生まれてこうやって泣いたり笑ったり

 世界の平和とかを願うわけじゃないんだ

 僕の願いはほんとうにちっぽけだけどほんとうは一番大きいよ

 それは君が笑ってくれること

 それは君が笑ってくれること

 笑ってキスしてくれること

 笑ってキスしてくれることなんだ


「眼の前の可愛い制服の女の子がカズヤのストラトキャスターで、ブードゥーやダンカンとか適当に組み込んだって言われるあの時の音で、あの頃のカズヤの音が目の前で鳴った途端にあたまおかしくなって記憶がぶっとんだ!」

 後で聞いた感想。ちょっとでも気を緩めたらぶん殴ってくるように暴れるストラトにしがみつくようにカッティング。空気を切り裂く。

 楽器を手に入れてボックスの曲しか弾いたことないみねたくんのベースがブンブン唸ってリズムを統制する。

 技巧派のはずのエリが手数を出さず力強いビートを叩き出す。これもボックスの音?  いやわたしらピンクボックスの音だ。わたしはわたしのギターを弾く。ストラトキャスター!新しいマスターの言うこと聞きなさい!


 チャンスは偶然やってくるかも知れないけど

 いつジャンプしてもいいように 僕らは準備しておくんだ

 ヘイ? チューニングはOKかい? いつでも飛べるかい?

 僕が3・2・1って言ったら一緒に始めるんだ

 それが新しい歌さ

 君のヘタっぴなセブンズコードが好きだ

 この曲の重要なフレイズだよ

 君のびっくりするような叫び声が好きだ

 とっても重要なキーワードだよ

 さあ飛んでいこう

 好きだった草原も

 夏のむせた匂いも飛び越して

 観たこともない場所に行こう


「Fly a way」この曲好き!なんか頭がピリピリしびれてビートの洪水に弾かれたい衝動が抑えられない。パパってこんな凄いんだ。才能が最高。

 やばたみすげえ! ほらみんなバカみたいに暴れておんなじ衝動にかられて一本指を突き出してわたしを指してる。間奏の時に思わずいてもたってもいられなくなって、わたしはギターを抱えて背中から観客の中へダイブしてしまう。沢山の手に支えられてそれでもギターを掻き鳴らす。

 ほんのちょっとの時間に色々ぐるぐる思い出した。何かわかってる気がして周りから一歩引いて意味もない優越感に浸りたかったのか。わたしはギターの天才だもん、みんなと違うとか言って結局殻に閉じこもって小さなシェルターの王様だったんだよね。なんでもかんでも真剣にならず、「余力を残してますから。キリッ」みたいな感じ。ばかじゃんわたし。

 演奏中初めてリナを見る。動画のドラム姫(馬)RINAとは全然ちがう。涼しい顔して難しい3連符なんて叩かない。汗まみれでフットペダルを踏みつける。スネアがハイハットが弾ける。もう汗だく。制服にツインテール、小柄な天才ドラム美少女。リナもわたしと同じ、ムズムズしてたんだね。自分をもっと晒したかったんだね、今牧瀬リナだよ、素の。

 みねたくん、やっぱ好きだ。しゅきしゅきしゅき草とまんない感じ。君のベースに乗せられてるよ、君のスラップに刻まれる、お客さんもわたしたちも。なんか気持ちいー!

 なんだこのとてつもない一体感。

 お客ももうぐちゃぐちゃ、どこからともなく頭の上を転がってくる。さっきのごっつい兄さんがそれを引きずり下ろす。そういう係ね。汗まみれだよやっぱり。

 お客さんがベルトコンベアみたいにわたしの身体を運んでなんとかステージにたどり着く、サビ歌わなきゃ。歌わなきゃ。

 最後のフレイズ、だけど涙がぽろぽろ流れて嗚咽して歌えないよ。あっシンガロング。

 みんなが歌い出す。わたしはストラトキャスターをかき鳴らすしか出来ない。

 みんな歪め!この世界が終わるまで。世界が終わった後の空なんて見ることができないだろうけど、きっとわたしたちの歌が歪んで弾けてレーザービームを発射して曇り空が開けて空から千の天使が下りてくるんだ。

 わけのわからない言葉が頭を渦巻いてそして最後の曲が終わった。

 持ち時間20分。演目は5曲予定してたのにタイムオーバーで4曲で終わっちゃう。もうわたしたちの後ないんじゃろ。トリじゃん、演らしてよ。演らしてよ。

「あ、ありがとうございました。ピンクボックスの演奏でした」

 生徒会長が上ずった声で入ってくる。なんか客は呆然としてそこら辺に倒れてへたりこんでる。なんか嗚咽しちゃってる人もいる。終わったっていうのにずっと叫んでる人達。

 わたしたちは上手くやれたんだろうか? 彼らのボックスをボックスへの思いに答える事ができた? 全然そんな重みなんか背負うつもりなかったのに。気づけば異様な空気感に包まれてる。一体感だったのかな? だめだ、答え合わせできないよ。ボックスのライブ行ったこととないし。

 生徒会長が続ける。ステージ終了の挨拶が始まるのだろう。

 わたしたちは莫迦みたいにぜえぜえしながらステージを降りるのを忘れてた。

「えー。今回機材などを協力してくれた当高のOBの方たち、そして在校生の父兄の方たちでもある山田さん久保田さん牧瀬さんによる特別演奏がありますので最後にお願いしますー」

 え? えええええええ?何?今なんつった?

 お客さんもきょとんとしてる。山田、久保田、牧瀬?誰それ?って顔。バカ!

「もうおめえのギターでいいけどちょこっとだけ貸せ。一曲やろうってなったんで」

 後から声がしてわたしの肩からストラトキャスターを外した。

「リナよけえ。ワシがすわる」

 いかにも土建屋の社長っぽいヤンチャな雰囲気の牧瀬のおっちゃんがドラムから娘をどかす。

「わりい、なんか急に決まったもんだから。たまたま遊びに来ただけなのに巻き込まれちゃってさ。ちょっとそのベース貸してくれない?」

 見覚えのあるけどハゲオヤジにはっとなって、みねたくんはフリーズして動かない。

「ごめんなーみんな。急に出てきて。実はなあ、このボーカルの超美少女は俺の子なんよ。すげえ上手かったやろ。いいギター弾くやろ尚子は。これから多分引っ張りだこになるバンドになるからよろしくな。後ドラムはヤスの娘な。動画でRINAいうのがおるやん、これこれ。牧瀬の娘なんよ」

 コンプライアンスという概念の欠片もないバカオヤジがペラペラとネタバレしている。

「あとなあ、ベースの男の子が笑えるっつーかベース買ってから俺らの曲しか弾いた事ないんだって。2年であれやったらクボタの人生かっこ悪いよなあ」

 淡々としゃべるカズヤ、いや目の前のボックスに客はぽかーんとしてる、すんごい静寂。

「そんでウチの娘がこの子の事好きで、気引こうとしてバンドはいったんじゃって。俺の青春がまさか娘の恋愛に利用されとるとは困ったもんじゃ」

 いやああああああ、みねたくんが見れない! 顔が向けられない! 殺す。このオヤジぶっころす!

「多分なあ。多分じゃけど5曲やる言ってたのに時間切れで4曲だったんよなあ。

融通聞かんとか思うとったやろ?実は後がつっかえとったけん」

 こっそりちらっとみねたくんをみたら、その場でへたり込んでる、絶対わたしの好きバレとか頭にないわ。

「ほら、対バンの時間なんじゃからはようどっかいけ」

 わたしたちは客席の中に飛び込んだ。あたりまえのように。

「そんじゃ大トリじゃ。なおがやる筈だった曲はこれじゃろ。シングル出たし一番ヒットしたけえな。ざまあとしか言いようないわ。美味しい所もってくけよーみよれ」

 客が気絶した状態から正気に戻った感じで我に返る。目の前にいるのはボックス。悔しいけど、ガチで観たかったバンド「BOX」。本当は「VOX」が良かったんじゃけどまんまはダメとか思ってBOXにしたんよ。口でいやかわらんしみたいな。

 あほっぽいネーミングエピソード。

 ざわつきから悲鳴めいた雄叫びが周りで聞こえる

「わりい前置きがながすぎた。じゃあやります『FriendsAgein』!」

 ストラトキャスターが鳴く。本当の音はこっちなん? わたしが泣く。

 ええもんオトンよりわたしの方が上手いわ。でも……

 パパの方がエモい。こんなん泣くわ。

 うわああん、返してえ、もうあのストラトはわたしのもんじゃけえ、パパのばかあ。

 会場はもうどちゃくそ。泣いてない人なんか一人もいない。

 モッシュ&ダイブ。みねたくんがわたしの上空を転がっていった。リナなんかしらないおっさんたちにリフトされて空中飛んでるみたい。なんか可愛い。

 もうええが。なんの問題もねえ。復活しろ。こうやってみんな待ってたんだ。記憶の中で無くなったりすんな。みんな忘れちゃ無いんだ。わたしらの世代にもちゃんとボックスの音をくれ!

 ここにいる人達それぞれのわたしなんか想像もつかない15年の思い出や悲しさや喜び、それをひっくるめて、そんなのぽいっとスキップしてボックスは歌う、ストラトキャスターが歌う。本当もうどちゃくそじゃ。


「まあそういう訳で…」

 みねたくんが切り出す。

 あのドチャクソでメチャクチャ楽しかった一瞬から数日たった。

 結局エモいところはあのクソ親父ーずがが持って行ったんだよね。

 わたしたちはポカンとするだけだった。驚くことしか出来なかった。感動するしかなかったよ。そりゃ本家本元が出てくれば所詮わたしたちは 前座でしか無いわ。

 駅前のハンバーガー屋、みんなくっそ腹が減ってき帰りがけに寄った。

「僕がおるバンド、ピンクボックスとかめっちゃ舐めた名前にしてごめんなさい……」

 いやいやそこじゃないって。女子二人で首をブンブン横にふる。

「ほぼ7割ぐらいボックスじゃったんやなあ。すげえバンド」

 遠い目をしてみねたくんが呟く。

「別に隠してたわけじゃないんよ。言い出すタイミングとか……ちょっと難しいじゃん」

 二人してみねたくんに慌ててフォローを入れる。

「いやそういうのは別にいいんよ。逆に猛烈に感動した。こんなバンド絶対できねえもん」

 親父どもはあの後妙に盛り上がってバンド再結成しようぜとか大騒ぎ。結局わたしらが火をつけたのかもしれない。

 だとしたら大事件だ。あの伝説のバンドが活動再開とか本当に実現すればすごい話じゃん。まあうちらのおかげっちゃおかげじゃあ。

「でもなー」

 みみねたくんはなんかへこんだ顔で私たち二人に向かっていった。

「学祭も終わったし僕たち解散みたいな事になるんかなあ… だって僕のわがままに付き合ってもらっただけじゃから……」

 カフェラテを一口啜ってほおっとため息をついた。

 わたしたちふたりは口を揃えて言った。

「なんで?」

「 だって学祭のためだけに作ったバンドだからなあ。目的を失った今では活動する意味が無くなったって言うか……」

「どうして?」

 わたしとリナは同時に立ち上がった。

「どうして解散しないとダメなん?ピンクボックスはずっと続くんよ」

「そうなん!?」

 みねたくんは目をまん丸にしてわたしたちに向かって言言った。

「そうじゃが。このままずっとどんどんガンガン突き進んでいずれはメジャーデビューよ」

「メジャーデビュー?」

 みねたくんはありえないぐらい大きく目を見開いた 。

「そうそう、こんな凄いバンドは辞めるわけにはいかん。日本の音楽界の損失じゃが。別にボックスのコピバンじゃなくてもいいよ。わたしたちピンクボックスの新しい音楽作っていこうよ。そしたらさあんな親父バンドとか一発で抜いちゃうよ」

 そう、わたしたち(特に女子二人は)はかなりやる気満々なのだ。なぜかわかんないけど、心の真ん中に火がついたって言えば恥ずかしいけど、この3人だったらなんかすげーことができる気がするんだ。

「じゃあ……まだやってもいいん? まだ音を鳴らしてもいいん?」

「そりゃそうじゃが。みねたくんのかっけーベースがないとはじまらん話じゃが。わたしたち3人が揃ってピンクボックス じゃろ?」

「 ……あのう、ピンクボックスって名前やめない?」

「あんたがつけた名前じゃろう!」

「ええんならええんじゃけどさあ。今考えればちょっとえっちい感じせん?」

 それ今言う? 今気づく?

「ええんよ、わたしらはピンクボックスで」

「て言うか僕が浮いてねえ? なんかギャルバンみたいだし」

「だったらみねたくんがいっそのこと女装して完全にギャルバンとして活動してみる?」

「うーん」

「何? 何真剣に考えとん!  冗談やよ」

「それと……」

「カズヤさんが言っとった、山田さんが僕のこと好……」

「まって!」

 やべえ、わたし顔真っ赤だ。

「とりあえずバンド内恋愛は今の所禁止だから。色々もつれるから」

 みねたくんはえ?って顔でわたしを見る。

「もしかして僕、告ってもないのにフラれるみたいな感じになっとらん?」

 違うんだ。わたしのわがままだけど、もしみねたくんが本当に好きならば好きって気持をもっとゆっくり育てたいんだ。その間にみねたくんが他の彼女が出来てもかまわない。たった15歳のわたしたちは、そんな急いで大人じゃなくてもいいんだ。

 今は頭の中がしゅきでいっぱいじゃなくって、勝手に新しい曲のメロディが、コード進行がぐるぐる回る。今すぐ鼻歌で録音したいようなフレイズが浮かぶ。

 歌詞は英語かな日本語でいいじゃん、日本人だし。とかそんな事が占めてる。

「…わたし…」

 おお、珍しくリナが口を開いたよ?

「…もっとパンクっぽい服にする……」

 それは今のロリータ路線でいいんじゃ! 美少女枠じゃ! あれ何わたしプロデューサーみたいな感じになってる? 

「じゃあ僕ももっとロック感出したほうがいいかなあ」

 いやみねたくんはいつもみたいにこざっぱりした服装でいいから。つかなんで服から入る? だったらわたしも!

「あのさあ……」

「どうしたん山田さん」

「その山田さんなんだけど……わたし『海鈴』って名乗っていいかな…なんつて…」

「まりんってwwwww」

 リサが見えないけど語尾に草生やしとる。

「ウケるんですけどwwwwww」

 だから生やすなって!このゴスちびが。

「でもさ海鈴。ぷっ」

 みねたも吹いとる。

「山田尚子って僕は好きだけどなあ」

 言った後に顔を赤くしてるみねたくんが可愛い、しゅき。

「わかったわ山田尚子でいいわ」

 わたしはピンクボックスのボーカル・ギター山田尚子。

 愛用のギターはボックスのカズヤから受け継いだ青いストラトキャスター。わたしのギターで、リナのドラムで、みねたくんのベースで、聴いたみんなを音楽でパンチアウトする。


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