薄幸の窓際で ~ハイリンダの青春録~
「嗚呼……あの向こう側に見える木の葉が全て落ちる頃には、私は死んでしまうのね…………」
ベッドに横たわりやつれた顔で窓の外を眺める少女。幼少から病弱で医者には長くは無いと言われていた。
「死ぬの?」
勝手知ったる他人の家と言わんばかりに窓をガラリと開け、ハイリンダは顔を覗かせた。少女は無表情でハイリンダを見る。
「ええ……もうすぐ」
少女は眼を閉じ、少し多めに息を吐いた。
「死にたいの?」
ハイリンダは窓から身を乗り出しついには部屋の中へと入り込む。少女はそれを咎めること無く横目でハイリンダを見る。
「例え生きたとしても皆のように飛んだり跳ねたり出来ないもの。死んだ方がいいわ……」
「あ、そ……じゃあその目貰うわね?」
ハイリンダはギラリと光るナイフを取り出すと、少女の目元へと近付けた。少女は慌てて飛び起き部屋の隅に逃げ込んだ。
「な、何をするの!?」
「生きたまま青い瞳を引き抜かないとダメなのよ……次の儀式で使うから死ぬなら頂戴な♪」
極めて愉快に笑うハイリンダに、少女は怯え声も出なかった。そしてその刃先が再び目元へと宛がわれると、少女の恐怖は限界を超えダラダラと禁を失した…………。
「やっぱり嫌なんじゃない……」
ナイフをしまうハイリンダ。指先で少女の涙を拭うと目線を少女に合わせ優しく問い掛けた。
「あとどれ位生きたい?」
「へ?……ふ、普通に生きたい……です」
眼を剔られる恐怖から解放された少女は正直に問に答えた。気が変わりナイフを取り出される事を恐れたのだ……。
「ふ~ん。ま、その方が良いわね」
ハイリンダはポシェットから干からびた草や異臭を放つ布切れを取り出し合わせ始めた。
「ねぇ……」
「は、はい……」
少女はたった今ズボンが濡れている事に気が付き慌てて股を手で隠しながら返事をした。
「後50年生きられる様に出来るんだけど……デメリットがあってね?」
「は、はぁ……」
「永遠の孤独、愛する人との死別、終わりの無い欲望……どれがいい?」
「……詳しく聞いても良いですか?」
余りにも突然訪れたソレを疑うこと無く、少女は繁々とポシェットを覗き込んだ。
「その前に着替えたら? ちょっと臭ってきたわよ?」
「…………」
恥ずかしさの余り少女は顔を赤くし、物陰で慌てて服を取り替えた。ハイリンダは後ろを向き最後に混ぜる仕上げを眺めている。
「……良いかしら?」
「え、ええ……」
新しいズボンに着替えベッドへと座る少女。ハイリンダは一つ一つを手に取り丁寧に説明を始めた。
「コレは一生誰とも会えなくなる毒。気配が消え去って周りから認識されなくなるわ。コッチはアビスデバッチの尾よ。幸せを食い物にする醜い生き物……そして最後は地獄の底から救った水。飲めば底無しの欲深いモンスターに変身するわ。さ、どれか選んで♪ ……あ、選ばないのは無しよ? コイツら入れないと薬の効果が発揮されないからね」
少女はポカンと口を開け、半信半疑のまま『愛する人との死別』を選んだ。
「へー……恋人すら作らないつもり?」
「いいの……私は今までずっと一人だったから。これからも細々と針仕事で生きていくわ」
ハイリンダは黒光りする尾の様な物を細かくすり潰し煎じた。そして出来上がった団子状の秘薬を少女の口に放り込んだ。
「じゃ、また五十年後に来るわ。死んだらその目、頂戴ね~♪」
ハイリンダは来た窓から出て行くと、そのまま何処かへと去って行った。残された少女は口の中に残る極めて不味い味に現実味を感じながら、水を飲み落ち着くことを優先した。
―――五十年後
そこには年老いた少女がいた。シワは深く足腰は弱り、針に糸を通すことすら難しくなっていた。
「来たわよ♪」
古びて立て付けの悪くなった窓から、あの日と同じくハイリンダが現れずけずけと入り込む。
「待ってました」
部屋には少女しか居なかったが、テーブルの上には暖かいティーセットが二つ並べられていた。
「私は今日……死ぬのですか?」
「そうね、後ろで死神が砂時計をひっくり返したわ」
少女は落ち着いた雰囲気でカップに紅茶を注いだ。ハイリンダは無言で席へ着くと並々と注がれた紅茶へ口を付ける。少女はハイリンダを見つめながら静かに口を開いた。
「初めて貴女がココへ着たとき、私は嬉しかったわ……ベッドに寝てばかりの私は友達も居なかったからとても退屈で退屈で。それはまるで急に出来た友達の様だったわ……」
「……早く紅茶飲まないと死ぬわよ?」
ハイリンダは少女の死期を悟っていた。もう間もなく天に召されるだろう少女は、不思議と生気に満ちた顔でハイリンダへと語りかけている。ハイリンダは話半分に聞いていて、頭の中は少女が死んだ後の目の鮮度を保つ事ばかりであった。
「それからずっと、貴女と再び会える時を心待ちにしていたの。まるで生き別れた恋人との再会を夢見る少女の様にね…………」
「……余程友達に恵まれなかったのね」
ハイリンダの紅茶が空になり、少女は覚束無い動きでハイリンダにおかわりを注ぐ。
「私はもう死ぬわ……でも最後に貴女に会えて……とても幸せだったわ」
「―――!?」
ハイリンダがおかわりに手を着けた瞬間、そのカップを持つ手に力が入らなくなる。手が痺れ座っている感覚が無くなり首がキツく締め付けられる様な息苦しさに見舞われた!!
「……が、がは……っ」
ハイリンダが絶望の淵に引きずり込まれる痛みで少女を見ると、少女は安らかな顔でイスにもたれ掛かっていた。腕はブラブラと揺れ、意識は既に無い。砂は全て落ちきっていた…………。
「ば、バカなの……っ!? こんなアホな話があるわ、け……!!」
ハイリンダは懸命に手を伸ばし抗うも、その意識は地獄の底へと連れて行かれる事となる。近隣住人が二人を発見し、仲良く土葬へ葬る。
そして少女は死後100年間、寂しい思いをせずに済んだ…………
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