初戦闘
劣情を抱いて「脱げ」というのはわかる。
わかりたくもないがわからないでもない。
ただ「着ろ」というのはどういう事か?
ヨシオは「ビキニアーマーを着ろ」と言っている。
確かにビキニアーマーは裸のような恰好だ。
しかし裸ではない。
やはりキモヲタは倒錯の世界を生きている。
「着た方が裸よりエロい」いわゆる『着エロ』の世界をボクはイマイチ理解出来なかった。
コスプレは嫌いではない。
丁寧に作られたコスチュームは賞賛に値する。
でも「コスチュームを着ているほうが裸よりも興奮する」というのがわからなかったのである。
コスプレもののAVを見てても「どうせ全部脱ぐんじゃん」としか思わなかった。
しかしヨシオを見てると思う。
「着衣に興奮するキモヲタもいるのだな」と。
それどころではない。
目の前では暴走状態のヨシオがボクに着替えを迫って来ている。
別にヨシオの前で着替えるのくらいは訳はない。
だがヨシオは明らかに劣情を抱いている。
ヨシオの前で着替えた場合、レイの貞操の無事は保証出来ない。
ボクは全く貞操を大切にしていないのだが、レイの心の中にある貞操観念は『初めては結婚した旦那様』と思っているらしい。
ボクが後から現れて体の中に住み着いて、ホイホイとヨシオに貞操をあげる訳にはいかない。
ぶっちゃけ本音を言ってしまえば、男との性行為自体が真っ平御免なのである。
相手がヨシオなら尚更だ。
やはりここは抵抗しなくてはならない。
場合によってはヨシオと闘わなくてはならないだろう。
レイの心の中を見て「レイは男との結婚を夢見ている」という事がわかった。
レイは「両親のような結婚をしたい」と憧れているようで、マサオやヨシオを見て『キャー!イケメンよー!』と黄色い歓声を上げる気はないようだが。
ボクがキモヲタと結婚しなくて良い・・・というのは一先ず安心ではあるが、「男と結婚する」とレイが当然のように考えているのは交渉の余地があるな、と。
しかしこれは歩み寄り出来るのだろうか?
ボクが歩み寄るという事は「わかったよ、男と結婚するよ」と認める事じゃないのか?
やはりドラゴンライダーになって「結婚の話は一旦保留」にする必要があるな。
この異世界には同性婚はない。
現代の地球でも同性婚が認められているのは先進国の一部だけだ。
中世並の文明である異世界で同性婚が認められている訳がない。
いかん、雑念だ。
もうヨシオが目の前に襲いかかって来ている。
もうヨシオと戦うしかない。
ヨシオはステータスが高いのだろうか?
武器屋、商人が戦闘用のステータスが高いとは考えてにくいのだが。
対してボクは一応『ドラゴンライダー』という事で戦闘職だ。
・・・いや、現在地球にいた時と同じで絶賛失職中ではあるけど。
ヨシオの頭の上にステータスウインドウが浮かんだ。
見ようとするとステータスは見れるようだ。
ボクが異世界の外側から来たせいなのか、誰でもステータスを見れるのかはわからない。
とにかくボクはヨシオのステータスを見た。
名前:ヨシオ
年齢:43歳
ジョブ:商人
レベル:3
身長:157㎝
体重:92㎏
HP:16/16
MP:0/0
力:2
身の守り:1
魔力:0
素早さ:2
かしこさ:2
魅力:0
器用さ:4
所持スキル:愛想笑い、ゴマすり、恰好良いポーズ
けっこう無駄に年齢いってるな。
良い歳こいてキモヲタなのかよ。
そんな事は良い。・・・何だ?このゴミみたいなステータスは?
いや、ゴミのようなステータスかどうかはわからない。
自分はもっと低いステータスかも知れない。
実は『4』て数字は高いのかも知れない。
商人で「かしこさ」と「器用さ」が低いのは致命的な気がするからだ。
人のステータスを見れるなら自分のステータスも見れるはずだ。
「自分の事がわかっているようでわかっていない」などと言うがもしかしたら自分だけはステータスが見れないのだろうか?
名前:レイ
年齢:16歳
ジョブ:ドラゴンライダー(花嫁見習い)
レベル:1
身長:142㎝
体重:32㎏
HP:14/14
MP:12/12
力:6
身の守り:14
魔力:8
素早さ:29
かしこさ:42
魅力:169
器用さ:27
所持スキル:思わせ振り、ステータス閲覧
やはり自分のステータスは見れた。
しかし『花嫁見習い』ってステータスは何だ?
おそらくだが、他のステータスを見るに『力』はきわめて低いな。
魔力も低いけれど、今のところ魔力の必要なスキルも覚えてないし、これから先も魔力が必要になるかはわからない。
岡嶋さんは「ちょっと『魅力』高くしときましたよ」と言っていたけど、他のステータスと比べるにこれはちょっとじゃない。
つーか、ヨシオの魅力が『0』なのね。
これはボクにとって魅力が『0』だから、ボクが見ると『0』になるのか、それとも誰がステータスを見ても『0』なのかは今はわからない。
それはともかく前言撤回『4』は決して高いステータスじゃない。
ヨシオのステータスはゴミクズ以下だ。
HP以外でヨシオよりも下のステータスはない。
そして一つわかった事がある。
ステータスは誰でも見れる訳ではなく『ステータス閲覧』のスキルを持っていないと見れないのだ。
ステータスを見れば見るほど、早くヨシオと闘わなくてはと思う。
何故ならこの武器屋においてある武器や防具の所有権はヨシオにある。
素のステータスでは確かにボクはヨシオより勝っている。
しかしヨシオがここに置いてある装備を選んで装備したら?
恐らくボクはヨシオに傷一つ負わせる事は出来ずに完敗するだろう。
ここで勝負する限り、ヨシオは装備を固める権利があり、所有権のないボクには装備を固める資格はない。
圧倒的に不利な状況だが、そこはヨシオの『かしこさ:2』に賭けるしかない。
ボクはビキニアーマーを手に迫って来ているヨシオに話しかけた。
「わかりました。
ではボクと簡単な勝負をしましょう。
ボクが負けたらそのビキニアーマーを着ましょう。
もしヨシオさんが負けたら、そのビキニアーマーはヨシオさんが着て下さい」
手にビキニアーマーを持っているヨシオには『ビキニアーマー装備可』の表示が出ている。
つまりヨシオはビキニアーマーを装備出来るという事だ。
「わ、わかった。
勝負の条件を聞こうか?」ヨシオが釣れた、さすが「かしこさ:2」。
「同じ条件で戦いましょう。
防具はなし、のほうが良いですね。
二人とも『力』は低いと思います。
あまり防御を固めてしまうとお互いにダメージが通らず勝負がつかないでしょう。
そして武器ですが、そこに置いてある訓練用の模造刀をお互いに使いましょう。
あまり威力のない武器でもいたずらに勝負が長くなってしまいますし、刃のついた武器でもお互いに取り返しのつかない大怪我をする可能性があります」ボクはそれらしく理由を述べた。
「わ、わかった。フェアな条件だな」ヨシオは条件を呑んだ、さすが『かしこさ:2』。
本当ならここに置いてある武器も防具も所有権はヨシオにあり、勝負するならヨシオには好きに装備する権利があるし、ボクは触る権利すらない。
そんな絶対優位をヨシオは手放したのだ。
そしてもう一つ・・・。
「それでは勝負を行います。勝負を始めるのはもうすぐ鳴る教会の鐘が3つ鳴ったタイミングとしましょう」とボク。
「異論はない。ではいざ尋常に勝負!」とヨシオ。
『いざ尋常に勝負!』という文句をヨシオはサムライスピリッツというゲームをやって覚えた。
しかし『勝負!』と言った後で鐘を待つようになってしまったのでちょっとマヌケだった。
ヨシオは剣を構えポーズを取った。
ボクは剣道で言う「青眼」に剣を構えた。
というか高校の時に剣道の授業がありやっていたポーズで「この構えしか知らない」のだ。
「片手剣を両手で構えるとはやはり素人だな」ヨシオがボクを嘲笑う。
対するヨシオはこなれた風に剣を右手で持ち半身で構え、ともすると「恰好良い」と思ってしまう。
ボクはヨシオの挑発に無言で返した。
勝負の刻を告げる教会の鐘が鳴る。
1・・・2・・・3
3つ鐘が鳴った瞬間にボクはヨシオを大上段から袈裟切りにした。
勝負は一瞬で決り、ボクの勝ちとなった。
確かにステータスのパラメーターでボクはヨシオに負ける要素はなかった。
でもそんなに圧倒的な差があったかどうかボクにはわからない。
おそらくそこまでの差はなかっただろう。
「10回勝負して3回負ける程度の力の差」だとして、今回その3回の負けの内の1回が出てしまうかも知れない。
今回はレイの貞操がかかっていたし確実に勝たなくてはならなかった。
勝負は始まる前から決まっていたのだ。
ヨシオは日本にいた時秋葉原の『武装商店』の常連だった。
そしてその頃から『装備できなくても武器を持って恰好良いポーズを取る事』はスキルとして出来ていた。
そう、ヨシオは訓練用の模造刀を装備出来なかったのだ。
だが、スキルとして模造刀を持って『恰好良いポーズ』を取る事だけは出来た。
ボクは模造刀を持った恰好良いポーズを取っているヨシオに切りかかったのだ。
何故ヨシオが模造刀を装備出来ないとわかったのか?
ボクには『ステータス閲覧』のスキルがある。
ヨシオのステータスを見ていた時に、ヨシオが模造刀に触れ、『訓練用の模造刀は装備出来ない』という表示が出たのを見逃さなかったのだ。
卑怯?それは褒め言葉かね?
「くっ!約束通りビキニアーマーは私が着よう」ヨシオが悔しそうに言う。
いや、着なくて良いって。
誰が43歳のオッサンのビキニアーマー姿を見たいんだよ。
ボクは「これ以上関わりたくない」と、ビキニアーマーに着替えるヨシオを尻目に武器屋を後にした。
武器屋を出る前にヨシオの方を振り返るとステータス画面に「『女装』のスキルを手に入れました」という表示が。
「軍とのコネが出来ると思って来たんだけどな・・・ここにはもう二度と来たくないな」ボクはそう呟くと武器屋を後にした。