武器屋
見合いが終わって家に戻る。
母親が家の前で待っていた。
「レイ、どうだった?」母親は心配そうに聞いてくる。
これだけ親身になられると「最初から破談に持ち込むつもりだった」とは胸が痛んで言えない。
「見合いは・・・発展的解消・・・という感じで終わったよ」ボクは母親に答えた。
「発展的・・・解消・・・???どういう意味かしら?」母親が頭をかしげている。
「この世界には『白でも黒でもない玉虫色の答え』があっても良いでしょう?『発展的解消』って言うのはその『玉虫色の答え』なんだよ」ボクは答えた。
簡単に言えば「まとまらなかった。ダメだった」と言う意味だが日本にいた時に失職して何回か就職面接を受けているが面接の結果は『オメーなんていらねーや』というストレートのものではなく『今回はご縁がなかったと言う事で』とオブラートに包んだものだった。
何でもストレートに言えば良いというものではない。
異世界は遠回しな言い方を学ぶべきだ。
しかしボクが言った日本語の『玉虫色の答え』は異世界の言葉に自動翻訳され伝えられた。
つまり異世界にも似たような表現はあるらしい。
その夜、風呂に入ろうとした。
そりゃ入るだろう。
合法的に女の裸を見れるチャンスだ。
しかし家に風呂はない。
当たり前だ。
水道もないガスもない異世界で風呂がどこにでもあるわけがない。
マサオが「私と結婚すれば毎日風呂に入れる」と言っていた意味がやっとわかった。
庶民は2日に一回体を拭く程度にしか清潔を保てないとの事だ。
そして月に二回くらい温泉の公衆浴場へ行くのだ。
これは慣れなくてはいけない。
シャワーどころか水道とガスのない世界に来たのだ。
しょうがなく木の樽に井戸から汲んできた水を張り体を拭くために裸になった。
・・・何の感慨もない。
女の裸を見ているんだぞ?
興奮くらいしたって良いはずだろう?
男は興奮した時、下腹部がテントを張る。
女が興奮した時は一体どうなるのだろうか?
いやそんな肉体的変化だけではなく、全くボクは自分の裸を見て全く興奮しなかった。
それどころか軽くウンザリしていた。
ボクが日本にいて男だった時、自分の裸を見て「何が悲しくて男の、しかも自分の裸を見なきゃならんのだ」と思ったウンザリに少し似ている。
ボクはレイの裸を見て「16年間毎日見てきた自分の裸を何で見なきゃいけないのか?」とウンザリしていた。
まあレイの裸は見ても興奮しないのはわかる。
身内の裸どころではない、自分の裸なのだ。
母親の裸、女の兄弟の裸を見ても興奮しない。
それどころか「裸でウロつくなよ!みっともない!」とイラついて怒鳴ったりもする。
レイの裸を見て何とも思わないのはわかった。
でもボクはちゃんと女体に興奮するんだろうか?
そんな事を考えながら体を拭いた。
体を拭き終わったボクは居間に戻った。
そこには仕事が終わって帰ってきた父親がいた。
・・・普通にイケメンじゃん。
この世界にはイケメンはいないと思っていた。
イケメンがイケメンとして扱われていないだけの話で、いない訳ではないのだ。
「パパとママは幼馴染でな。
パパは子供の頃モテたんだぞ!
それが何故かはわからないんだが、子供の頃モテたパパが突然ブサイクって言われだしてな?
ママ以外のパパにキャーキャー言ってた女の子が突然現れた男達を追いかけ始めたんだ。
ママは『別に顔を好きになった訳じゃないから』ってパパと結婚してくれたんだ」父親は安酒をあおりながらボクに話をきかせてくれた。
「あなた、またその話ですか?
本当に酔うとその話ばかりね」母親は呆れながら言う。
父親がモテなくなった訳はハッキリしている。
日本から来たキモヲタ達がメディアの力を使って異世界における美醜の価値観を変えたのだ。
それまでイケメンだった者はブサイクに、日本から来たキモヲタ達がイケメンとして扱われるようになったのだ。
しかし母親は父親の内面を好きだったので、父親の外見はどうでも良かったらしい。
そしてキモヲタが美醜の価値観を変えたのは男だけだったとの事だ。
そりゃそうだろう。
自分がモテるようになったって女性の美醜の感覚を反転させていたら結局はブサイクしか集まらない。
それではハーレムを作ろうとしているのか動物園を作ろうとしているのかわかったものではない。
ボクは母親を女神のような女性だと思った。
日本に母親のような女性がいたら・・・いや、そんな女神のような女性がボクになびく訳がないな。
とにかく父親は「結婚は良いぞ」と言いたいらしい。
確かに父親にとっても、母親にとっても結婚生活はオススメだろう。
しかしマサオのようなゴミのような男と結婚するとなれば、話は別だ。
この世界の価値観でマサオはゴミではない、というのが両親に見合いを断った理由を説明出来ない理由だ。
一つ救いがあるとするなら両親とも「娘が進みたい進路があるなら娘の希望を優先すべきだ」と思っている事だ。
しかし突然「軍人になりたい」と言い始めた娘の真意を図ろうとしているのだ。
ともすると「結婚したくないから思い付きを口にしている」ように聞こえる。
「軍人になりたい」とは先程両親に聞かせたばかりだ。
両親とも「どう反応すべきか」悩んでいる。
それに「全く軍にコネがない」と頭を抱えているようだ。
娘が真剣に進路を考えた結果軍人になろうとしているのなら、親としては最大限の応援とサポートをするべきだろう。
しかし軍人は有事には死と隣り合わせの職業だ。
本音では娘には女としての幸せを手に入れて欲しい。
そしてその『幸せ』こそが、今日のお見合いの成功だったのである。
こうして見るとボクは親不孝者だろう。
しかしボクは男と結婚するつもりはない。
相手がマサオなら尚更だ。
次の日、マサオに紹介された武器屋に行く事にした。
武器屋は帝国軍御用達で軍部と太いパイプがあるという。
武器屋に帝国軍の偉い人を紹介してもらい、軍人になり最終的には竜騎士になろう。
ボクは武器屋に入った。
聞き覚えのある音楽が流れる。
この音楽・・・ファミマに入った時に流れる音楽だ。
ボクが武器屋に入るとすぐに男が現れた。
間違いない。
この男がこの武器屋の店主だ。
なぜなら・・・秋葉原にいそうなキモヲタだからだ。
「マサオさんから話は聞いています。
あなたがレイさんですね?
確かにお美しい!
マサオさんが娶りたく思うはずです。
聞くところによると竜騎士を目指しているとか?
竜騎士になるために私に軍部への口ききをして欲しい、との事ですが・・・。
申し遅れました。
私はこの武器屋を経営しておりますヨシオと申します。
是非あなたにはこの武器屋のかんばん娘になってもらいたいのですが」出会ってすぐにスカウトされてしまった。
ボクはとりあえず「この店の事を知らないから『わかりました』とも『嫌だ』とも言えません。
でも既に聞いていると思いますがボクは軍人に、ドラゴンライダーになりたいんです。
でも一応この武器屋の説明をしてください。
この武器屋で働いていたら帝国軍の幹部の目に止まる、という事もあるかも知れません」とボク。
「わかりました。
先ず、この店に入って来た時に音楽が流れたと思います。
あれは魔法でギミックを作り上げてファミマの入店時を再現しています。
私は昔、ファミマでアルバイトをしていたのです」とヨシオが言った。
やっぱりか。
どうりでコンビニみたいな武器屋だと思った。
「先ず店内に入って、真っ直ぐ歩くと弁当コーナーにぶつかります。
そこを曲がって真っ直ぐ突き当たりまで行くと飲料コーナーにぶつかります。
飲料は魔術でキンキンに冷やしてあります。
そこをさらに曲がって真っ直ぐ突き当たりまで行くと雑誌コーナーにぶつかります。
この世界の印刷技術は我々『異世界転生者協力会』が独占しています。
なのでこの武器屋では異世界にある雑誌が全て手に入ります。
そこをさらに曲がって真っ直ぐ突き当たりまで行くと会計コーナーがあります。
こうして知らないうちに武器屋を一周しているのです。
武器屋にフラっと入って1周するといつの間にか買い物をしてる、という仕組みです。
これを『客動線』と言います」ヨシオがボクに武器屋の説明をする。
非常にわかりやすい説明だった。
「武器屋について説明を受けたかったんであって、コンビニについての説明が受けたい訳じゃありません!」とボク。
「武器屋ですよ?
コンビニみたいな武器屋ですけど確かに武器屋です。
コンビニでカップ麺が売っているコーナーに防具が置いてあります。
コンビニでスナックが置いてあるコーナーには武器が置いてあります。
この武器屋のコンセプトは『ついでの買い物』です。
飲み物を買おうと店内をグルッと回っているうちに、気付いたら『伝説の剣』を買っていた・・・そんな店にしようと思っています」ヨシオはシレッと言った。
「この異世界で発明をして一財産を得ようというなら、日本にあった異世界で必要な物を思い浮かべる事です。
『異世界転生者協力会』には様々な元技術者がいます。
彼等の力を借りれば物を産み出す事はそれほど難しい事ではありません。
異世界に来て何か『必要だ』と思った物はありませんか?」ヨシオがボクに聞いてくる。
「『必要な物』・・・鏡かな?
ボク異世界に来てまだ自分の顔をちゃんと見てないんです。
ガラス製のクリアで安い鏡は必要だと思いましたね」とボク。
ヨシオが心底イヤそうな顔をしてボクの話を聞いている。
「鏡・・・ですか。
協力会の中に元ガラス職人がいない訳ではありません。
ガラス製の鏡は作ろうと思えば作れるでしょう。
しかし・・・我々協力会のメンバーは鏡が嫌いなのです。
鏡が嫌いというか『自分の顔か嫌い』と言うか。
鏡製作に力を貸してくれる協力会のメンバーがいるとは思えません」ヨシオは苦虫を噛んだような顔で言った。
良く考えればそうだ。
地球でも中世にはガラス加工技術は相当発展しているはずだ。
ガラスの鏡もあれば、ガラス窓だって中世ヨーロッパにはある。
地球からの転生者が来ている異世界でガラス製品が未発達である事を不思議に思わねばいけなかった。
ヨシオはあからさまに話題を逸らした。
「それよりドラゴンライダーになりたいんですよね?
ドラゴンライダー用の軽量化した防具・・・『ビキニアーマー』は取り揃えてございます。
是非試着して下さい。
当店には試着室はございませんが、ご安心して私の前で試着して下さい。
・・・というか試着しろ!」ヨシオは目を血走らせ鼻息を荒げながら言った。
途中までは話題逸らしだったが、途中からは意地でもボクにビキニアーマーを着せようと必死になっていた。
しかし防具の品揃えがおかしい。
女性が多い騎士ですら四人に一人しかいないと言っていた。
軍人で男女の比率はボクの予想では9:1くらいだろう。
なのに明らかに女性物の防具が店に置いてある防具の8割を占めている。
しかも妙にセクシー系の防具のラインアップが厚い。
ビキニアーマーはそんなに売れないだろうに一通り揃っている。
『水の羽衣』に関してはシースルーだ。
素肌の上に『水の羽衣』を着たら裸が見放題だ。
ボクは改めてヨシオを見た。
ヨシオは暴走状態だ。