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兵を志す者

「ハッ!ハッ!――フゥッ!」

 草葉には朝露。

 靄の残る空気を断つように訓練用の木剣で空に同じ軌跡をなぞる。

 日課にしている100回の素振りがあと数回で終わる。

 そしていつものように、まるではじめから終わるのを待っていたようなタイミングで背中に声をかけられる。その声はいつもと変わらず、ちょうどこんなふうだろう。

「卵はおいくつですかー!?」


 この家に居候させてもらってもう2ヶ月がたった。

 シードルーム家の母は早くに膵炎がもとでなくなったと聞いた。どうやらここに膵炎を治療する術はないらしい。今は毎朝このきのこオムレツを作るのも娘のフィーナの仕事だ。

「シグさん、今日はどんなご予定ですか?」

「そうだな、一度兵舎に顔を出してみようと思う。この街の警備をしてるのも彼らだし、何か分かるかも知れない。それにうまく運べば兵士見習いに取り立てられるかも知れないしな」

 というより俺にとっての本命は入隊だ。

「そうですね!皆さん街の見回りをされるので街には詳しいはずです。でもそれなら市場で商人さんに聞くともっと遠くのことも聞くことが出来るんじゃないですか?」

「確かに情報は持っているかも知れないが、それは彼らにとっての盾であり剣でもある。そう安々と人には話さないだろう」

「あのなあ、シグ。前にも言ったが稼ぎが良いからって戦闘系の職につかなきゃならんてことはないんだぞ?お前は頭もキレるみたいだし、文官でも取り立ててもらえる筋はあるんじゃないのか?それとフィーナ、その青い布地は高いんだから簡単なものでも料理するときはエプロンをつけろって言ってるだろ」

 半分に切れ込みを入れた丸パンにフィーナ特性のきのこオムレツ挟んだものをスープに浸しながら成り行きを聞いていたスターグが割って入る。

 いつでも何の料理でもひとしきり混ぜ合わせて一気に食べるのは、傭兵時代に染み付いた習慣らしい。

 そういった経歴もあって、切れ者というわけではないがスターグは処世術に長けているフシがある。そんな彼の言うことだ、普段なら一考の余地は十分にあるのだが。

「いえ、俺にはやっぱり戦いが向いているんだと思います」

 路頭に迷っていた俺を拾ってここにおいてくれている二人に少しでも早く恩を返したいと言う思いは確かにある。しかし俺が戦闘職にこだわるのは何もそれだけが理由ではない。


 兵舎へ向かう道すがら、家々や畑をそれとなく見て回る。様々なジョブを持った人たちが様々な仕事に精を出している。俺にとっては不思議、というよりもどかしい光景だ。

 自分が他の人と違っていることにはすぐに気がついた。どうやら他のほとんどの人たちは、他人のステータスやジョブを見る――いわゆる鑑定というのができないらしい。

 スターグが文官を進めるくらいだ、それほど恵まれた体格でないことは分かっている。それでもこれはそれを補って余りあるアドバンテージだという自負がある。


 衛兵団の詰め所の前で見知った顔を見かける。どうやら兵舎の警備にあたっているらしい軽鎧の青年だ。

「今日はこっちか?ニコル」

「それはこっちのセリフだが……まあな。この先はむさ苦しい男しかいないが、何かあったのか?」

 いつもは門兵をしているニコルだ。出かけるときはいつも会う上、スターグとも面識があるようで何かと気にかけてくれている。

「実は衛兵団に入団しようと思うんだ」

「うーん、入団か……止はしねぇけどよ、それなりの覚悟はしといたほうがいいぜ」

「今朝同じようなことは言われたよ」

「スターグの旦那だろ。それでも来たってんなら俺がとやかくいうこともないな。隊長は詰め所で珍しく真面目に書類と睨み合ってるよ。しっかりやってきな」

「ああ、合格したら一杯付き合えよ」

「不合格でも付き合ってやるから安心しな」

 ニコルはニカッと笑って拳を突き出した。


 聞いた通り隊長のべッケラーは筋肉質の体躯を簡素な机の上にちょこんと丸めて紙切れとにらめっこしているところだった。

 乾いた木の音のするドアを軽く叩いて中へ入ると、隊長は意外そうな顔をこちらに向けた。

「一応、ここは一般人が来る場所ではないんだがな」

「知ってますよ。ちょっと一般人をやめようかと思いまして」

 要件を伝えた後今朝スターグから聞いたばかりの繰り言をもう一度聞くことになった。


 一悶着あったが兵員が不足している事実はある。それに基本的に志願兵を正当な理由なく放逐する事はできないので、程なくして俺は応接室とは名ばかりの埃っぽい物置で団長と向かい合っていた。

「平常時兵士が行う仕事は主に3つ。見回りや門での入場審査また各要所での警備業務。市外へ出て近隣の魔物を駆除、資源を持ち帰る討伐及び警戒業務。もう一つは何かわかるか?」

「街でくだ巻いたり酒場の女の子に絡むことですか?」

 隊長は眉間にシワを寄せてうなだれる

「どうして俺が頭を抱えているかわかるか?」

「頭痛ですか?」

「……まあないとは言わんが、どちらかと言えば胃痛だ。要するにお前の回答があながち的外れじゃないからだ。3つ目は休養。兵が置かれる一番の理由はなんと言っても有事の際に即応できる常備戦力としての意味合いが大きい。平常業務はその間の暇つぶしだ」

「それ言い切っていいんですか……?」

「お前が聞き流せば問題ない。話を戻すが、正直言って現状兵たちの勤務状況は芳しくない。なにせさっき言った有事が起こったのは直近でも3年前、それも下水の反乱だ。大水で溢れ出した下水を食い止めるべく土嚢をちぎっては投げちぎっては投げ、ってそんなもんは英雄譚にはならんだろう。もちろん平和に越したことはないが……お前から見てどうだ、我が兵隊の練度は?」

「正直言って……下の中ってところでしょうか」

「正直すぎるわ!まあなんだ、そのなけなしの指揮をさっき言った市外活動なんかで維持してるのが現状ってわけだ」

 質問に答えただけなのに隊長は渋い顔で眉を吊り上げた。

「そんな話を入団希望の俺にするもんじゃないと思うんですが」

「まあそうなんだが、スターグからお前の話は聞いている。あいつは頭の切れるタイプじゃないが独自の嗅覚ってもんを持ってる。俺はお前に兵たちの訓練係、とりあえずは小隊長くらいを任せてみようと思うんだが」

 さてはスターグの差金だな。でないと入隊していきなり小隊を任されることなどあるはずがない。あれだけ軍はお勧めしないなどと言っておきながらそれでも俺が入隊を希望することを見越して手回しをしていたわけか。赤の他人の俺に一体どこまでお人好しなのやら。

 しかしこれで行程を短縮できたのは事実だ。ここは素直に感謝しよう。


「それに実はここだけの話だが不穏な噂がある」

「噂?」

「ああ、まだ未確定の情報だが、セデスが攻めてくるんじゃないかって話だ。まだこちらから実働的な動きを取るような段階じゃないようだが、中央庁からの書簡によると不穏当な軍の動きがあるらしい。それで俺もこんな訳のわからん紙に目を通さんとならんわけだ」

「一大事じゃないですか」

 というか中央からの書簡をわけのわからん紙とか言うなよ。

「とは言えお前はまだこれから入団しようって身だ、いきなり実戦というのに抵抗もあるだろう。希望は可能な限り叶えてやるつもりだ、必要なら後衛部隊の閑職に置いてやることもできる。後日でもいい、よく考えて希望を言ってくれ」

「いえ、さっきの条件でお願いします。小隊長、謹んで引き受けさせていただきますので配置も他団員同様に適切にお願いします」

 スターグの縁者として気にかけてもらえるのはありがたいが、前線で小隊を率いる――こっちからしては願ったりなったりだ。

 シードルーム家の家計は決して楽観できる状況ではない。大黒柱のスターグは数年前に左肘に矢を受けた傷が元で退役、今でも重いものは持てず動きもどこかぎこちない。俺に気を使ってなんでもないように振る舞っているが、今は現役時代の貯蓄を食いつぶして生活している現状だ。

 俺には秘密らしいが、そんな秘密を隠し通せる器用な親子ではない。

 そんなわけで立身出世、家計を安定させるのが当面の目標だ。

 それが済んだら自分の出自でも調べよう。


「ところで隊長、確か俺を見つけてくれたのって隊長ですよね?」

「ああ、そうだ。魔物の調査に入った森で倒れてたのを俺が連れ帰ってスターグに渡した」

 そんな物みたいに。と思ったがとりあえずそこはどうでもいい。

「その時の状況を教えてほしいんですけど」

「状況……うーん、まあお前の身分は記憶喪失の行き倒れだからな、自分のことが気になるのはわかるよ。けどな、わけのわからん紙のせいで俺が今忙しいのは知ってるだろ?こんなこと片手間に話すもんでもないし、手が空いたときにでも現場に連れて行って説明してやるよ。すまんがそれまで待っててくれ」

「……そうですか」

 正直急ぎの案件でもないので問題ない。

 すでに痕跡なんてないだろうし、急いだからなにかわかるというものでもない。それに今の生活だって気に入っている。これは優先事項じゃない。


 ともあれそんなわけで俺ははれて入団、小隊長となった。

 明後日、午前中に正式な辞令と隊の編成を通達するので訓練所に顔を出すようにとのことだ。ちなみに通常小隊は10人以上が目安だが、この片田舎の過疎兵団では分隊が存在しないのでその規模は隊長含め5~7人程度らしい。

 果たしてどういう顔ぶれになることやら。





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