ブラッシュ・スプラッシュ
ところでインブルームのオスは針金状の身体をしてて、ケツからメスの子宮に潜り込むと精子吐き出しながら一生そこで暮らすって設定考えた
めんどくさいからやめた
ひとまずの危険は去ったが、絶望的な状況に変わりはない。
兵糧は昼まで。仲間は一人死亡。そしてモンスター。
壁は今頃修復されてるだろう。あと何発かで壊れたはずだったのに、蓮の葉に到達する直前で蜘蛛の糸は大鎌によって断ち切られた。
不安通り一筋縄ではいかないようだ。神出鬼没かつ鬼出電入、正体不明の犯人にイジー達は見事に翻弄されていた。
「デッドホースは?」
スラッシュの質問にイジーはかぶりを振り、顛末の語った。
二階に潜んでいた敵、5つの部屋。既の所でけしかけられたインブルーム、無残にも力尽きたデッドホース。
交代するように今度はイジーが聞いた。さっき犠牲になった男、そして第二の敵についてだ。
「他の被害者だ。ヤツに脅され修復をさせられていたらしい。
・・・嘘じゃあなければな。」
「一応制止はしたのですが・・・・・・。」
これが我々の成れの果てか、と全員が思いショックを受けた。
閉じ込められ、散々弄ばれ、挙句の果てには奴隷として使い潰される。
虫かごに入れられた昆虫と同じだ。それも子供の頃カマキリに与えていた餌に近い。
インブルームの「食べカス」を調べてみたが、驚く程になにも残されてなかった。
いくらカマキリといえど蝶の羽根など食べられないものは残す。それと同じで装備や持ち物に手はつけない。
だから普通それらが綺麗に残っているはずだ。
しかしあったのは修復用に渡されたものであろう金槌や釘、齧られ大穴を開いた鎧、布切れ同然となった衣服、申し訳程度の食料、いくつかの宝石、そして彼本来のものであろうハルバードだけだ。
冒険者にしてはあまりにも少なすぎる。死ぬまで続いた幽閉生活で素材も持ち物も限界まで使い尽くしたことを語っていた。
簡易的な焚き火をこしらえるにしても木や石が必要だし、夜通し火を絶やさぬとするともっと必要となる。
武器や装備の手入れにも素材はかかせない。
最低限生きてくだけで素材はどんどん溶けていく。
さらに食べ物となると石の牢獄で見つかるものは限られてくる。
生きるためにはいずれヤツに媚びることになるだろう。
「ヤツの場所は?」
仲間達に配った地図は、所詮ある一点を切り取った複製版に過ぎない。
人間やモンスターの動きをリアルタイムで追うにはイジーの持つ最新版を見る他ない。
なのでイジーは自らの地図を無言で差し出した。
2階では至る所で黒点が蠢いていた。
1つの部屋に複数で固まっているものもいれば、延々と一人寂しく彷徨う者もいる。
ヤツに命令されたのか、あるいは食料を巡って争ったか。北東の2つの黒点のうち片方が消えた。
反対側では赤点が黒点を追う真っ最中だった。距離はえげつないスピードで縮まり、やがて黒点が消えた。
そのような地獄がフロア中で繰り広げられていた。
いずれも表すものは死であり、イジーらの末路だ。
一同、凄惨な光景に言葉を失っていた。
重い沈黙を破ったのはイジーだ。
「さっき見た時はこんなもんなかった。2階にいたのはヤツだけだ。」
「インブルームの相手してる間に他の階層から誘導してきたんじゃあないか?」
たった5分程度だ、というイジーの反論する。
「閉じ込められた人々は常に出口と憎きヤツを追っているはずです。
だから扉を開けば向こうから勝手にこちらへ来てくれるでしょう。
フロア中を駆けてドアを開いてまわるだけならカップラーメンより早く終わります。」
他の被害者がどれだけいるかは未知数だ。
イジーは考える。自分がヤツなら奴隷達にどんな命令を下すだろう?
随分とやつれてるじゃあないか。肉がほしいんだろ、ほらやるよ。
その代わり侵入者を監視しろ。
侵入者を殺せ。
壁を修復しろ。
墓穴を掘れ。
こうなると奴隷達は従うしかない。背に腹は変えられない。
敵は軍隊、こちらは3人。戦闘にしろ壁の攻防にしろ勝算は極めて低い。
くわえて・・・
「まずいぞ、ヤツの居場所がわからない。」
その通り。地図は点でもって人間やモンスターを示すが、ただそれだけだ。
黒点なだけで誰かは教えてくれない。赤点なだけでどの種かは教えてくれない。そういうものだ。
だからヤツはちょうど今イジーらの真上で、時代劇の忍者よろしく見張っている黒点かもしれない。
あるいは2階中を可能な限り駆け回っている黒点かもしれない。
あるいは北西で他の遭難者を追い回す黒点かもしれない。
あるいは逃げている方かもしれない。
あるいは南東の集団の中の一点かもしれない。
ただそばに黒点を置くだけでも、イジーらを威圧し縛るだけの効果がある。
ヤツ自身が釣り餌でありトラップだからだ。
ヤツを殺せば迷宮も死ぬが、迂闊に追えばデッドホースの二の舞だ。その迷いこそが彼らの動きを愚純にする。
敵はチームではなく単体。しかし武器は軍隊と難攻不落の大迷宮。
まさに八方塞がり。しかしなにがなんでもなんとしてでも出なくっちゃあいけない。
口を開いたのは例によってイジーだった。
「俺に考えがある。かなり危険でクレイジーだけど、これしかない。聞いてくれ。」
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インブルームはまだ遠くまでは行っていなかった。
狩りの疲れを癒すためか、移動が億劫なのか、未だに先程入っていった部屋にいた。
6つの爪で天井にしがみつき、死んだように微動だにしない。
冷たい人工物の迷宮も相まって、時間が止まったと錯覚させるような光景であった。
眠っているわけではない。休みながらも、獲物が通りかかるのを待っているのだ。
この高さなら十分射程距離内。真下を通ろうものならたちまち鎌の餌食となる天然トラップだ。
ときおり哀れな幼体が犠牲となるが、親も子も特に気にしない。
最後の子供を手にかけ、習わし通り仕事道具の手入れをこなす彼女の複眼に、新たな餌が映った。
広間側からノコノコと顔を出すスラッシュはさぞや絶品に見えただろう。
味気のないジャンクフードの残りカスを捨て落とすと、狩りを開始した。
一歩一歩、音もなくにじり寄る姿は誰の目から見ても恐ろしい怪物だ。
闇の中だろうと彼女の瞳は獲物に噛り付き離さない。
部屋はそこまで高くないし、広くもない。
急遽増築された小部屋といった規模だ。なので少し何歩か移動し、少し上体を起こし、少し腕を振るうだけでいい。
攻撃準備が完璧に整うまで、幾ばくともかからなかった。
4本の細足で膨らんだ腹部を持ち上げ、尾は「つ」の字に立たせ、得物はいつでも弾き出せるよう胸の前で折る。
既のところでスラッシュはやる気に溢れた彼女の梯子を外し、広場へ引っ込んでいってしまった。
攻撃を延期され拍子抜けする彼女だがそんなことでは闘争本能を冷ますことはできない。
刑の執行時刻が少々伸びただけに過ぎない。獲物を追う首がドアへ突き入れられた。
その時だった。一瞬、眩い閃光が広間を満たしたかと思えば、彼方から一筋の電撃が走った。
リーズの遠距離魔法だ。
ノコノコと首を出した的はインブルームの方だった。雷は剥き出しの顔面に吸い込まれるようにして直撃した。
これには怪物も大いに怯み、首は勢いよく背後へ振られた。
並のモンスターならば10回は即死するであろう雷撃を食らってこの程度で済んだのは、ひとえに鋼のごとき外骨格の賜物だろう。
なにはともあれ彼女を殺めるには至らなかったが、彼女の堪忍袋を殺めるには十分だった。
命中を確認したスラッシュは、先程までのイジーよろしく無我夢中で走り出した。
その直後、爆砕した石くずが広間中に飛び散る。
続いて巻き上がった砂煙を切り裂き、軍勢を率いたインブルームが現れた。
扇状の羽を孔雀よろしく広げる威嚇のポーズ付きだ。
彼女の外骨格からすれば銃弾なんぞ豆鉄砲に過ぎなかったが、今回の電撃ははそのレベルを遥かに越えている。
それが正体こそわからないものの「獲物」ではなく明確な「敵」として認識させた。
だから極彩色の羽を露わにし、両腕を高らかに挙げて迎い撃った。
例え自分より強く大きな鳥だろうと猫だろうと人間だろうと全力で威嚇する。
それがカマキリの生き方だ。
おびただしい数のソルジャー達が床を蹂躙し、一直線に突き進む。
遠目で見ればさながら大草原。
銃弾と魔法による迎撃に為す術もなく倒れていくが彼女らに恐怖や仲間の死を想う感情なぞない。
「マ、マ、マ、マ」となんとも奇怪な、ノイズが混じったような呻き声をあげながら、ただただ猛進的に女王の命令に従い突き進むのみ。
軍隊の殿を務めるのは女王自身だ。
前面の突撃隊を盾にし、自らは陣の最深部で走る様子はチェスや将棋でいう王そのもの。
だが、この魔蟷螂の君主はそこらのボードゲームの王よりはよく働く。
迎撃に夢中なイジーらは暗黒も手伝い見えやしないが、突き上げられた腹部からは常時新たな子供が吐き出され続けていた。
乱暴にひりだされ、地べたに落とされるやいなや彼女らは産声を挙げる間もなく走り出す。
イジーとリーズは広間を挟んで向かい側、1つ目の部屋の入口から魔虫を迎撃していた。
兵士ドモはイジーの拳銃が火を噴く度弾け、、リーズが電撃を放つ度軌道上を走る一列が蹂躙される。
それでも軍隊の進撃は、女王の怒りは止められない。
最前列が辿り着くまであと幾許といったところでスラッシュが滑り込んだ。
2つ目の部屋へ逃げ込んだのと、ついに軍隊が入口に到達したのはほぼ同時だった。
しかし入口は一度に軍勢を受け入れきれる程広くない。
運悪く前を走っていた者は後続に押し潰される形で次々と命の灯りを消していくが、その程度の損失は気にもとめず我先にと殺到し続けてた。
気が付くと2つ目、3つ目と部屋を満たしていき、着実にイジーらを追い込んでいった。
目の前の壁に、イジーは思わず悪態をついた。
先程同様、5つの目の部屋は無慈悲にも閉ざされていた。
言うまでもない。ヤツの仕業だ。せっかく汗垂らし血吐き壊したドアが新たに設置されている。
「なに、1回で済んだことが2回に増えただけだ。」
スラッシュはそう吐き捨てると背負っていた大剣を構え、倣うように2人もカマキリに揃えた。
一度に一匹ずつ譲り合って、などという能も発想は毛頭なく、三頭の怪物の頭が一気にねじ込まれてきた。
細い体を絡ませあい、石壁にこすりつけながら私がいく私がいくともがく様子を見ると永遠に入れなさそう気さえする。
それでも後続に無理矢理押され、少しずつながら徐々にその全身を見せつつある。
憎き女王の仇を発見するやいなや、「マ、マ、マ、マ」は一層激しくなった。
そこに容赦なく、大剣が振り下ろされる。
大柄な持ち手をゆうに越す体躯、そこからなる圧倒的な質量に為す術もなく三匹仲良く永遠の闇へと旅立った。
亡骸の押しのけて新手が顔を出すが、次の瞬間にはイジーの愛刀で串刺しにされる。
引き抜かれた刀を追うようにまた次の犠牲者が現れ、すかさず大剣が振り下ろされる。
その度に大剣を振り下ろし、振り上げ時の隙を補って刃を突き刺す。
この息の合ったコンビネーションの繰り返しで既に15匹は葬った。
しかし15匹といってもたかが15匹、敵全軍からするとほんと一部に過ぎない。
いかんせん一度に始末できる数が限られ、新手が顔を出す間隔も遅い。
死体が敷き詰められた狭い入口に譲り合い精神のなさが著しく回転率を落としていた。
こっちが一匹殺る頃には新たに数匹生まれてるといった有様だ。これではジリ貧だ。
イジーは背後のリーズに叫んだ。
「あとどれくらいで破れる?」
「3分くらいですね、間に合いそう?」
「厳しいかもしれない。」
カマキリは男ドモに任せて、リーズは壁の破壊作業にあたっていた。
1人だと格段にペースは落ちるが、やるしかない。
ケツに火がついた今、やるしかないのだ。
無作法に押し寄せてくる怪虫の圧力に、少しずつヒビが目立ち始め、悲鳴をあげていた。
崩れ落ちるのも、2人の体力気力が尽きるのも時間の問題だ。
なんとかその前にできるだけ数を減らし、5つの目の部屋へ行かなくてはならない。
もはや模様と思えるほどのヒビが壁を蹂躙した頃、入口には兵士の死骸の山が堆く築かれていた。
兵士の勢いがだいぶ落ちたように見えるが、これは気のせいではない。
インブルームとて無限に兵士を生み出せるわけではない。
生命誕生の神秘を無理矢理即席でひりだすわけだから当然対価を払う必要がある。
対価とは自らの体力。故に産みだし続ければいつかは息耐えるという、かなり情けない最期を迎えるはめになる。
そして軍勢の規模からしてその限界ラインにもうじき到達するはずだ。
亡骸を食らうことである程度の回復ははかれるものの、多くは期待はできない。
生産ペースは今やナメクジ並のスピードへ落ちていた。完全停止も目に見えている。
生むインブルームと殺す2人、イザナギとイザナミを思わせる鍔迫り合いに見事勝利したのは人間側だった。
2人は、限られた時間の中でステーキ肉をほうばりとりあえずの体力を回復させる。
その直後、音を立てて壁が崩れ落ちた。
倒れた石材とともに生き残りの兵士が雪崩込む。
その背後には土煙を纏う女王。
怪物はこちらを睨むと、胸部の共鳴器官を震わす。
「キ、キ、キ、キ、キ」、エコーがかかったように掠れ、二重にブレた不快な金切り声が迷宮中に木霊する。
この世のどの生物にも、どんな音にも似つかぬ声だった。
人間界ではあまり耳にしない言語だが、翻訳するとなると凡そ「殺せ」とか「八つ裂きにしろ」といった意味だろう。
この説を証明するかのように、司令を確認した兵士達の動きはより一層激しいものとなった。
一番近くにいた、そんな理由からまずスラッシュに白羽の矢が立った。
自慢の跳躍力を振りかざし、一番槍が放たれた。
ここまできて黙って食われる趣味はない、すかさずスラッシュは大剣を構える。
振るゆとりなどない。縦に構えるだけで精一杯だった。
否、縦に構えるだけで充分だった。
正面から刃に激突し、呆気なくくたばるカマキリ。
勇ましい一番槍の、あまりにも間抜けな最期だった。
時代劇や特撮の雑魚キャラのように、わざわざ間を開けたり少数でしかかからない、といった気遣いを虫ケラ風情が持ち合わせているわけがない。
一番槍によってとうに火蓋は切られていた。怪物の波が一斉にして2人を襲った。
刃が踊り、銃弾が放たれ、大剣が圧倒的な暴力を叩きつける。
その一撃一撃が軍勢を削っていくが、それはイジー達とて同じだ。
狭い室内で壁際に追い詰められ、相手はレギオン。どちらが不利かは言うまでもない。
休みなく群がってくる爪を全てを防ぎ、躱すことなど物理的に不可能だった。
ある時はひっかけた防具を裂き、ある時は腕や肩を掴んではダメージを与え、得物に縋り付いて動きを封じる。
これならまだ不発に過ぎない。
針に覆われた腕の抱擁を受けてしまうとこれがかなり厳しい。
「鎌による捕獲→牙による捕食」コンボを比喩でなくコンマでぶっぱなしてくるカマキリと対峙して、抱擁はそのまま死、ゲームオーバーに繋がる。
もはや正当法で勝てる見込みは一欠片もなかった。
仮に立ち塞がる壁を全て薙ぎ倒したとしても、その先の王将を討てる可能性となるとゼロと言っても大袈裟じゃあない。
さながら、波になめられ崩れていく砂の城のようだった。
だがこれでいい。元よりインブルームに勝つ気はなかった。
ただヤツに勝てればよかった。
女王陛下に向かってまたしてもリーズの雷撃が飛ぼうとしていた。
が、同じ手は二度も食わない。ましてや今度は攻撃動作までしっかりと睨んでいた。
インブルームはたまたま近くにいた4体の兵士をむんずと掴み上げると、リーズに向かって大きく振った。
物を持ち、さらに投擲するという昆虫らしからぬ戦法に雷魔法は忽ち掻き消された。
防御に利用された哀れな一般兵の運命は語るまでもない。
「歩兵が邪魔なら王将を直接殴ればいい」作戦に切り替えたのか、これを境に何度も雷撃が女王を襲った。
ある時は大鎌を振るい、ある時は兵士を盾に防いでいくがいくつかは捌ききれず外骨格をなめていく。
部屋の一番奥から遠距離魔法を放たれ、さっさと砲手を片付けてくれよう兵士を向かわせるも、それを2人の剣士が邪魔する。
気が付けば一方的に好き放題攻撃を浴びせられていた。
が、ただやられるだけの女王ではない。
今まで兵士達に任せていたが、ここにきてついに重い腹部を上げた。
腹部はさらに上がり、また上がり、限界まで上がる。
逆に上半身は下がり、さらに下がり、土下座よろしく地面に密着するまで下がった。
上半身と下半身が平行に伸びた姿は横から見るとU字磁石のようだ。
あるいは、獲物に毒針を向ける蠍を彷彿とさせる体勢だった。
リーズが叫び、一瞬してすぐ濁った不透明の液体が猛スピードで真っ直ぐ飛んできた。
腹部から発射された酸弾だった。球体状に固まった何粒もの弾丸は、進路上にいた兵士を溶かし貫きながら突き進んだ。
カマキリのえげつない消化力を攻撃方法へと昇華させたそれは、石壁くらいではその進軍を止めるに至らない。
着弾点から白い煙をあげ、無数の穴が石壁に生まれる。
これを待っていた。
大鎌、酸弾、牙、突進・・・・・・、インブルームには石造りの要塞如き、積み木のように吹っ飛ばす力も手段もある。
それを利用した。かなり危険で無謀な策ともいえぬ自殺行為だったが、一先ずはどうにかなった。
あとはもう一度同じ事をするだけだ。
ボロボロの格子のような姿に成り果てた石壁は手で簡単に押し崩せた。
3人は最後の壁へ駆けて行った。
すぐに後ろから追っ手が追い付くが、もはやそれは味方にすら見えた。
矮小なキノコ体から繰り出される行動などたかが知れている。
一度ウケたネタを何度も繰り返す幼児の如く、ヤツはまた迷いなく酸を放つ。
その時がチャンスだ。最後の壁を破壊させ、見事外へ脱出する。
そしてその後はどうするか?どうやってカマキリドモから逃げ切るか?
実を言うと誰一人として考えてなかったが、硬い草木に紛れれば幾分かは撒く算段もつくだろう。
とにかく、今は脱出が最優先事項だ。
「とっとと撃ってこいよ」とイジーが弾丸でもって煽ると、挑発の効果はこちらを睨み出す砲塔によって現れる。
あとは酸弾を避け、一目散に逃げるだけ。
忌々しい迷宮ともカマキリともオサラバだ。
地図をふと見ると、ちょうど真上の部屋で黒点がジッと立っていた。
だからなんだ。
後ろ髪を引くのはもはや獲物を逃し悔しがるヤツの表情が見られない惜しさだけだった。
ヤツが動いたところでカマキリは止められないし、イジー達も止められない。
ついに、砲口から放たれようとしたその時だった。
視界の隅で天井が開き、次に宙を舞う円筒状のなにかが映ったかと思うと、次の瞬間には稲妻の如き閃光が部屋中を満たしていた。
おまけとばかりに耳を劈く破裂音まで伴わせ、その場の全員から視覚と聴覚をもぎ取っていった。
目と耳が正常に戻った時、彼らは室内に広がる異様な光景に目を剥いた。
兵隊ドモがショックで倒れているのはわかる。
彼女らは女王の司令を聞き逃さぬよう、足にびっしりと感覚毛を生やしているのだから、爆音にやられたところで驚きはしない。
しかし問題は女王までもが地に伏せている事だった。
あれほどまでの強靭さをぶつけ、暴君さを振りまき、剛堅さを見せつけていた無敵の昆虫女王が、あろう事に今では無様に床を舐め、死んだようにピクリとも動かない。
理解が追いつかなかった。
理解したくなかったのかもしれない。
頼みの綱が倒れたということは、唯一壁をいともたやすく破壊できる彼女すら通用しないということは、つまりどういうことかと言うまでもない。
しかしここは無枠ながら、しばらくは声の出せない彼らに代わって3文字で言わせてもらおう。
終わり、だ。
時に大胆さこそ物語を動かす櫂となるが、今回櫂を買ってでたのはリーズだった。
迷いの感じられぬ歩調で巨大カマキリに近付くがいなや、静止も聞かずなにかを引き抜いた。
それは注射器だった。
ただしサイズはクイーンサイズ。 (女王だけにね)
長さといい太さと言い腕程もある注射器は腹部と胸部とを繋ぐ肉を腹側から刺していた。
透明の筒に残った僅かなオレンジ色の液体が見える。
「麻酔銃ですね。それも強力なヤツ。このタイプは殺しても目覚めませんよ。」
「だろうな。」
本人も驚くくらい無愛想で感じの悪い声がスラッシュから吐き出されたが、状況が状況だ。誰も責めやしない。
そうだった。ヤツは今まで何十人、あるいは何百と閉じ込めてきたんだ。
大抵の脱獄方法の対策はしていて当然。
そして、ヤツは水面直前で引きずり込むのが大好きだという事も忘れていた。
いいや、心のどこかでは不安を募らせていたが、希望にすがろうとしまいこんで見ぬフリをしていただけだ。
万策尽きた。賽は投げられた。もうダメだ。スリップノットを結ぶしかない。
色々と言葉を並べてみるが状況は変わらない。
冷酷な静寂と絶望が室内を支配していった。
さらなる異変に最初に気付いたのはまたもやリーズだ。
動かぬインブルームの傍に立ったことでチームを俯瞰できたのが大きな要因だろう。
少なくとも視界も意識も目の前のカマキリにのみ集中しているスラッシュは少なくとも言われるまでは気付けそうにない。
巨大なカマキリが一瞬にして無力化される。それにも劣らぬイリュージョンが、狭い室内で披露されていた。
「・・・イジーがいません。」
インブルームのモデルになってくれた子がこの前死にました。
メスに胸部と腹部の間をかじられて死んだ。即死だった。
文字通り皮一枚でぶら下がってる状態で上半身だけプラプラしてた。
でも下半身は元気だったよ。
ぼくの勘違いせいかもしれないけど極性が反転したように見えた。
後ろ向きに歩くようになってたし、腹部の先で道探ってるようにも見えた。
カマキリ特有の上を目指す習性も残ってたよ。
目も触角もなくなったのに上下はわかるらしい
とにかく元気だった。
でも段々と死んでいった。
まず右中足が動かなくなって、次に左が死んだ。
直接栄養吹き入れたりしてたけど、二日後にとうとう死んだ。
カワイソーだから標本にするとき上半身と下半身を重ねて置いて、なるべくくっついて見えるようにしたよ。
R.I.P.