IN BLOOM・INTO THE ROOM
フレイキーとフリッピーのカプがやたら多いのってなんででしょうね
振り落ろされた凶爪を横に飛び退いてなんとか躱す。
あと一瞬遅れていればデッドホースと同じ末路を迎えていただろう。
とんだ「爪」だ。
とにかくイジーは一心不乱に駆けた。
どこへ?それはまず撒いて、冷静な思考を取り戻してから考えればいい。
目にも止まらぬ二激目が鉄製の鎧をスッパリと裂き、地面に突き刺さった。
スラッシュから念話が届く。
『ヤバいぞ、こっちにいたのはヤツじゃあない。敵の数は少なくとも2だ。』
そんなことわかってるし、2ではなく「3」だ。
そしてその3人目のせいで数字は100にも1000にも跳ね上がるだろう。
今は仲間に気を使ってる場合じゃあない。
第三刃をギリギリで躱すとスラッシュに叫んだ。
『インブルームだ!もうじきそっちへ着く。』
3つ目の部屋に戻る彼と、壁を蹴散らして進む彼女。
この時重要なのが距離感だ。
怪物から逃れるため全速力で走らなくてはいけないのはもはや自明の理。
太陽が東から上るくらい当然の事だろう。
しかしここで厄介なジレンマが生じる。
離れすぎると彼女の攻撃方法が変わってしまうからだ。
鎌の射程距離外へと抜けた瞬間、彼女は鎌による追撃をやめ酸弾を発射してくるだろう。
狭い室内で、しかも真っ直ぐ逃げている最中背後からのショットガンを避けるというのかなかなか至難の業だ。
また、跳躍も彼女の武器の1つ。
3部屋半分くらいの距離ならひとっ飛びで間合いをつめてくる。
そんなわけでまだ鎌の方がマシなのだ。
走りながらとなると彼女も攻撃を当てにくく、子供を産むゆとりもないし、跳躍するには近すぎる。
全力で逃げるためには全速力を出してはいけないという赤の女王仮説に似たジレンマを抱き、イジーは走り続けた。
2つ目の部屋を抜けたのと、壁がダイナマイトでも爆破させたかのように飛び散ったのはほぼ同時だった。
剥き出しにされた背中に容赦なく石礫が降りかかる。
彼女の馬鹿力を利用すれば狂った迷宮からだって脱出できるかもしれない。
広間に出たイジーは反射的に一番最初に目についた作業台にの陰飛び込んだ。
仲間はどうしただろう?きっとなんとかなる。彼らなら自分で自分の面倒を見れるはずだ。
そんな言い訳と罪悪感を抱き、今は隠れることに専念した。
体育座りのような格好で固まり、狭い台下に少しでも隠れようと限界まで体をねじ込む。
常人の肉体ならここで本人の意志を裏切って震えを起こすところだが、イジーは百戦錬磨とまではいかないが少々手慣れだ。震えを押し殺すなど造作もない。
暗黒から片腕が突き出されたのはそのすぐあとだった。
人間で言うと二の腕から手首にかけてびっしりと生えた棘の林が、先端の黒く鋭い鉤爪が、さらにそこから伸びる跗節が石壁をひっかく。
ついで逆三角形状の頭部がヌッと顔を出し、インブルームが入ってきた。
ただしサイズは恐ろしく縮んでいた。
いつの間に産んだのか、まず最初に入ってきたのは彼女自身でなく彼女の子供だった。
当然のことながら基本的に子は親に比べてすこぶる小さいもので、この法則は巨大化カマキリにも通用する。
小さな個体でも数メートルを越すインブルームだが、幼体はというと平均男性よりも頭1つ分劣る程度だ。
だからといって虫ケラにしては十分大きい事に変わりはないし、人一人屠るくらい簡単だ。
子供もといソルジャーが入口付近の安全を確認すると、彼女がそのあとに続いた。
今までの豪快な追跡スタイルから一変し随分と慎重な様子。
恐らく触角で気流を読むことにより室外にいながら室内の異様さに気付いたのだろう。
だだっ広い空間を未知の何かが隊列組んで埋めつくしているのだ。
正体が生物なのか非生物なのかすら現段階では判明していないが、とにかく異様なのは確かだ。
罠かもしれない。獲物の仲間かもしれない。他モンスターの営巣地かもしれない。
そういった危険を考慮すれば最強のハンターである彼女といえど慎重にならざるを得なかった。
そこでまず斥候役として我が子を送ることにしたようだ。
不幸にも、最初に目をつけられたのはイジーの隠れている作業台だった。
獲物を追うことよりも隊列組んだ見慣れぬ集団の正体を明らかにさせることを優先したらしい。
これまたいつの間にか5匹に増えたソルジャーが囲むようにその周りを調べ、触っても問題ないとわかると頭上からマザーの触角が伸びた。
2本の髭が入念に、そして執拗に作業台をなめあげる。
直方体のボディ。敷かれた厚いゴムシート。手前のスツール。棚の取っ手。
それら全てを埃でも払うように撫で回すが、彼らはウンともスンともなんの反応もない。
あとは彼女が諦めてくれるのを待つだけ。あわよくばとっとと別室へ探しに赴いていただきたい。
そう願うイジーの首筋に、片方の触角が当たった。
極度の緊張状態の中、少しでも下手を真似見せたら即座に首が飛ぶという状態の中、唐突に敏感な首筋を撫でられたらどうだろう。
いきなり冷水ぶっかけられるようなものだ。
唐突な刺激に流石のイジーも凌げなかった。止めようにも誰にも止めることのできぬ生理現象と同じだった。
声を上げたわけでもはない。飛び上がったわけでもない。反射的に逃げたわけでもない。
ただビクンと大きく反応しただけ。身近な例を挙げるとジャーキング(寝てるといきなり身体がガクッとなって目が覚めるアレ)程度。
しかし彼女を警戒レベルを跳ね上げるのには、それだけで十分だった。
乱暴に鉤爪が薙ぎ払われ、運悪く近くにいたソルジャーごと作業台が宙を切る。
地面に押し留めていた金具やボルトももはや意味をなさない。
無残にももぎ取られた作業台はしばらく運動エネルギーの任せるまま飛び続け、石壁に当たると四散した。
そして顕となったイジーを、およそ2万6千個の瞳がしっかりと捉えた。
確かに彼女はしっかりとイジーを見た。しかし認識はしていない。
複眼による360度死角なしの視界、高速で飛び回る蠅の動きすらスローモーションに見える程高度な時間分解能、さらに紫外線や赤外線まで感知し暗視モードさえ兼ね揃えた超高性能の「目」。
視力こそ弱いものの、一聞すれば完全無欠に思える彼女の目にもある欠点があった。
カマキリが生き物(餌)として認識するのはもっぱら動くものに限られる。
なので基本、石ころや返事をしない屍などには食らいつかない。
逆に紐で引っ張るなどして動かせば屍肉だろうとゴム製ゴキブリだろうと餌と認識し大鎌を振るう。
酸とソルジャーを除けばただの巨大化したカマキリと囁かれるインブルームもこの習性を持つ。
彼女にとって、必死で震えを抑えるイジーは作業台や石壁の破片・燻りさえしなくなった焚き火と変わらない。
やはり最初に調べるのは3匹に減ったソルジャー達だ。
6本の髭による洗礼が全身を擽る。
一本一本髪をかきわけ、剥き出しの中耳を無作法に犯し、うなじを撫で、背中をつつき、ときおりズボンの粗面にひっかかる。
頭の先っちょからケツまでとことん愛撫された。しかしここで先程のようにピクリとでも反応すれば結果は見えている。
脳裏にデッドホースや餌として与えたジョロウグモの末路が鮮明に浮かび上がる。
飛んで行った作業台ほど楽に殺させてはもらえない。
巨大昆虫に全身を貫かれ、圧迫され、生きたまま貪られる様は考えるだけでゾッとする。そんな死に方だけはしたくない。
石のように身動き1つ取らず、必死で耐え続けた。
髭による執拗な検査は唐突に終わりを告げた。
暗闇の中で、イジーとは別のなにかが壁を沿って蠢いていたのだ。 荒い息をあげ、死にものぐるいで四肢を振るう小動物。
イジーはまだ推定無罪だが、これは誰がどう見ても有罪確定だった。
並のハンターなら見落とすかもしれないが、360度見渡す視界と暗視ゴーグルは見逃さなかった。
動かないものは認識できない。逆に言えば少しの動きも見逃さない。
即座に刑が執行される。
枝のような六肢が巨体を跳ね上げ、新たな獲物のすぐ背後に降り立った。
くじら一頭分の距離があったが彼女の跳躍力の前では関係ない。
あとはわざわざ描写する必要もあるまい。
走り出した時点でどうあがこうと受刑者の運命は確定していたからだ。
鉄の処女にギロチン台。そして断末魔。全ては一瞬だった。
残骸にまみれた顎を前肢で拭う。その動作はどこか満足気で、一仕事片付けたあとの伸びに似ていた。
続いて剣山や爪を丹念に舐める。仕事道具の手入れだ。
遅れてやってきたソルジャー達が彼女を囲むが、目当ては取りこぼした残飯ではない。
親の四肢に近付くと、一心不乱になめまわし始めた。
三片の跗節もその先の細かな爪も余すことなく丁寧に掃除し、石や獲物の破片などゴミを取り除く。
しばらく手入れは続き、満足するとようやく動き出した。
これといった縄張りを持たぬインブルームに行先などない。全ては運任せのその日暮らし。
旅先で動くものがいれば喰らい、ちょうどよさげな寝床を見つければ休む。迷宮の内だろうと外だろうと同じだ。
ひとまずターゲットは殺した。日に二体も狩れば当分飯の心配はない。
とりあえず、なんとなく彼女は進む。
とりあえず、目の前の新たな部屋へ進む。獲物が向かっていた先だ。
入り方は変わらない。まず斥候役がいき、鎌を入れ、頭を突き刺し、ついで全身が入る。
人間用の扉は巨体に耐えきれず軋み、一部が拡張され一部が崩れ落ちた。
こうして腹部の先まで完全に消えると、ようやくイジーは緊張を解いた。
殺されたのが誰かはわからないが、ヤツのおかげで助かった。
声からして仲間ではないのは確かだがこれ以上考えるゆとりはない。
ドッと疲れがわきあがり、無理な姿勢を崩してしばらく無防備に寝転がった。
すぐ真横の部屋から仲間達が顔を出した。スラッシュとリーズだ。
【補足】インブルームの幼体について
作中でポンポン産み出される使い捨ての子供、通称ソルジャーは単為生殖で生まれたいわばクローン。
卵でなく体内である程度育てられてから一匹ずつ排出される
アラタ体が縮小してるため成長スピードがアホみたいに速い反面正常に成長せず、さらに自分から食事しないし積極的に盾や非常食として活用されるので平均寿命はクソ短い
ちゃんとヤって生まれたヤツはちゃんと成長する。