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Welcome To The J  作者: Pの幻肢痛
ケースA
2/9

マンティス・クライシス


 散乱した残骸を踏みしめ、ついに最後の部屋へと突入する。

 あれからなんの問題もなく作業は続いた。

 即席の焚き火にあたり、ときおりステーキ肉を噛みちぎりながらひたすら叩く。

相変わらず石壁は崩れ、相変わらず黒い点は一歩も動かず、相変わらず広間の壁はウンともスンとも言わない。

 それが逆に不気味だった。なにもないわけがない。これだけで終わるわけがない。


 最後の壁に手をかけようとしたとき、不安は的中した。


 「デッドホース!これを見てくれ!」


 なんの変わりもないと思えた地図上に、ようやく変化が現れた。

 ヤツを示す黒い点が一瞬にして消えていたのだ。


 「・・・・・・死んだのか?」


 というデッドホースの言葉は推測というよりも、できればそうであってほしいという僅かな希望に近かった。


 「だったらドアも消えるだろ。」


 持ち主が死ねば建築物も灰燼と化す。これもこの世界の常識の1つだ。

 そんなこといちいち指摘されなくてもわかってる。

 じゃあこの蒸発現象をどう説明するんだ?

 向けられたデッドホースの瞳にはその2つの感情が渦巻いていた。


 突然のアクシデントに狼狽える2人。

それを嘲笑うかのように黒点は全く同じ位置に出現した。


 「なんだよ、どういうことだよ。」


 「一応向こうの2人に伝えておこう。」


 地図をデッドホースに託すと、イジーはスラッシュに警戒するようにと念話を飛ばす。

 いささか唐突な登場だが、魔法やスキルやミニカマキラスが存在するなら呼吸するようにテレパシー送ったってなんらおかしくはなかろう。


 『・・・こっちも気になる点がある。』


 『どうした?』


 『修復スピードが格段に落ちているんだ。このペースでいけばいずれこちらが競り勝つ。

 これもヤツの嫌がらせかもしれないが、片手間になにか他の準備をしているのかもしれん。

 そっちも十分注意してくれ。』


 

 必ず最後の最後でなにかぶちこんでくる。その不安は杞憂ではなかった。

 しかし今のところ対策らしい対策はできない。

 今の彼らの選択肢はひたすら壁を殴る。ただそれだけだ。


 「いける!いけるぞ!生きて街まで帰るんだ!」


 もはや外界との間にあるものはただの石壁1枚のみ。

今更ヤツになにができる?外へまわってまた修復合戦を繰り返すか?

 生憎ヤツは遠く離れた部屋で作業中だ。今からダッシュで向かったところで到底間に合う距離じゃあない。

 完全に勝利を確信するイジー。

しかし、次の瞬間彼は戦慄に包まれた。


 「! やばい、もっとはやく叩け!今すぐ破るんだッ!」


 「テメーに言われなくてもさっきから全力でやってんだろ!焦ってるんじゃあない!」


 イジーの様子は明らかに異常だった。

 今までもそうだったが、より死に物狂いでハンマーを叩きつけている。

 まるでなにかに取り憑かれているよう。


 


 ドアが開いた。



 思考も、心臓も、呼吸も、世界全てが止まったように思えた。


 「おい、なんでだよ。」


 ありえない、脳自身が目の前の現実を拒んでいる。


 「どういうことだ、なんでなんだよ。」


 疑問と恐怖の嵐が頭を駆け巡り、冷静な思考を根こそぎ吹き飛ばす。


 「いたんだ・・・!敵は『もう1人』いたんだッ!!」


 彼らから見て左隣の部屋。

 そこに新たな黒点が浮かんでいた。


 もはや左隣の部屋は単なる部屋とは見れなくなっていた。

イジーからすると、そいつは口をあんぐりと広げ暗黒を見せつける怪物だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ついにスラッシュとリーズが競り勝った。

ヤツと自分達を阻むものはもうなに1つない。


 突入口ができた瞬間、間髪入れずリーズがロッドを振るう。

 今度はこちらがアクシデントを与える番だ。


 ロッドから放たれた雷はまっすぐとヤツの腹に吸い込まれていった。

 部屋はおろか広間までもが青い光に満たされ、「ギャッ!!」という悲鳴があがる。


 壁に叩きつけられうなだれているが、容赦してやる義理はない。

 トドメをさそうとした時、スラッシュが止めた。


 「待て、ヤツじゃあない。」


 確認せずぶっぱなしたため気付かなかったが、確かに項垂れている彼とヤツは全くの別物だった。

 髪色も身長も違ければ顔立ちも異なる。装備だってちゃんとした鎧だ。

 なによりもヤツにはなかった名札がある。


 それでも彼女はだからなんだと言わんばかりに依然ロッドを突きつけるのをやめようとしない。


 「ま、待ってくれェ〜〜。俺も被害者なんだぁぁぁ。

 クソ、あのサイコ野郎・・・・・・アイテム渡して、ここを守れば食料やるって言ってきたんだ。

 そ、それで仕方なくやってだだけで・・・」


 「ヤツはどこに?」


 震えながら辛うじて指を刺す。その方向にあるのは天井だ。


 「・・・・・・なるほど。」


 指の先にあったのは、ぽっかりと口を開いた穴だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 焦りと恐怖からか、こんな単純な世界の法則すらも失念していた。

子供騙しでアホなトリックだ。


 「どーりで表示されないわけだ・・・・・・。ヤツは2階を通ってたんだ!

 だから1階の地図には表示されなかった!」


 「向こうからわざわざ出迎えてくれるなんて都合いいじゃあねーか。

 ぶちのめして帰るぞ。」


 戦慄から先に立ち直ったのはデッドホースだった。

最初は驚きこそしたものの、すぐに殺意と怒りがフツフツと蘇ったようだ。

 さっそく戦闘準備に入るデッドホースをイジーが慌てて止める。

 こんなのどう見たって罠だ。それもかなり見え透いている。


 入ったところをドア閉めて監禁するのかもしれない。

 デッドホースの予想通り隠した爪で切り裂いてくるかもしれない。

 今まで影も形もなかったブービートラップがあるかもしれない。

 どうにせよ、無闇に入るのは得策とは言えない。


 「わかってるよ、こんな状況になってなお迂闊に飛び込むバカはいねーよ。

 ちょっと地図見せな。」


 地図によるとヤツのいる地点はちょうど中央。

 つまり開きっぱなしドアの真ん前だ。


 「くたばれゲス野郎ーーーーッ!!!」

 

 決め台詞とともに、拳銃が火を吹いた。

 何発もの銃声が寒々しい迷宮を駆け巡り、その度鉛玉が暗黒へと消えていく。


 反射音からして壁ではないなにかに当たっている感覚は確かにする。

 なのに黒点は1mmも動こうとしない。


 「流石に無防備なわけねーか。盾でも置いてんのか?」


 警戒を一層強め装填しながらデッドホースが言った。

 とりあえず威嚇のため今一度マガジンを空にしようと銃口を向ける。


 突然の出来事だった。

 トゲに覆われた巨大な黒い腕がヌッと飛び出し、ドア枠を掴む。

 負けじともう片方も石壁を積み木のように突き破って現れる。


 「O・O・P・S......M・P・K.....」


 耳障りな咆哮とともに怪物のエイリアンじみた頭部が一気に突き出された。

 忘れもしない顔。今の最悪な状況は元を辿れば全てこいつの責任だ。

 天井部分を崩しながら、インブルームがその醜悪な全貌見せた。

 脈動するイモムシのような腹。

 いきなり照らされた灯りにまだ慣れ切れてない黒い瞳。

 枝のような四肢を伸ばし全身を持ち上げる戦闘態勢。

 ボクサーよろしく顔の前で構えられた殺意たっぷりの大鎌。

 焚き火に照らされたそれはどれをとってもカマキリそのものだった。



 イジーは小さい頃よくカマキリを飼っていた。

 腕や黒目を持つところに知性を感じるし、強いし、なによりかっこいいからだ。

 だから虫を捕まえてきては与え、狩りの光景に惚れ惚れとしていた。

 大概の虫けらは鎌にホールドされた時点で息絶えていた。

 あとは鋭利な牙で貪られ、跗節の一欠片も、内蔵の切れ端すらも残さず綺麗に胃に収められる。


 そして今まさに、その光景の再現がされていた。

 インブルーム最大の脅威はネグレクトと言ったがそれは全体を通しての話。

 接近戦となると最大の称号は子供から両腕の鎌へと変わっていく。

 「鎌の射程距離内だけは絶対に入るな」、それはインブルーム戦において必ず心得てなくてはいけない要だ。


 後退るよりも、思考するよりも早く鎌が振るわれた。

 あっという間だった。

 鎌とは言うが実際のところ鎌の形状なんてしていないので斬ったり刈ったりなどいった芸当は持ち合わせていない。

両腕に生えた無数のトゲで獲物を捕らえる。それがカマキリの鎌の役目だ。

 いわばトラバサミだ。アイアン・メイデンと比喩してもいい。

それらに掴まれた柔らかく脆い人体がどうなるかなど、考えただけでゾッとする。


 「クソッタレ」と捨て台詞を吐くゆとりすら与えられなかった。

 全身が針に貫かれた時点ではまだギリギリ生きていた。

 しかし真のトドメとなるのはトラバサミでもアイアン・メイデンでもない。ギロチン台だ。

普段は収納されている牙を剥き出しにし、捕らえた獲物を貪りトドメをさす。

 巨大化してもそのスタイルは変わらない。


 地面にデッドホースだったものが垂れ落ち、残骸が部屋中に散った頃、イジーは無我夢中で今まで来た道を引き返していた。


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